第十話 姫王子騎士団の出征と見知らぬ依頼人 

「ち、ちょっと一体どうしたんですか!?」


 俺は駆けていく人波の中から商人らしき犬顔をした全獣人の男を掴まえて聞いてみた。


「ああ兄さん、これから姫王子様の騎士団が出陣するそうだ! お見送りをしなきゃ罰が当たっちまう!」

「姫……王子?」


 果たしてそれは姫なのか王子なのかと俺が首を傾げていると、エマリィが説明をしてくれた。


「ステラヘイム王国第一王女ユリアナ・ベアトリクス・カカ・ステラヘイム様のことだよ」


「ん!? ユ、ユリアナベアベアステテラ?」


「もう。百聞は一見に如かずだね。ボクたちも見に行ってみよ」


 と言うことで俺たちも大通りへ。


 通りの両側にはまるで祭りのように人だかりで溢れていて、その真ん中を長槍を肩に担ぎ鉄兜と革鎧に身を包んだ軽装歩兵が六列縦隊で歩いている。


 そして馬に乗った騎馬兵の列が近づくと観衆たちの間から拍手や歓声が沸き起こった。


 フルプレートアーマーに身を包んだ厳つい騎兵たちの中に、体格は小さくて細いが胸甲に施された煌びやかな装飾が一際目を惹く存在が。


 人々はその胸甲騎兵が眼前に差し掛かると口々に「ユリアナ様!」や「我ら姫王子様にご武運を!」と声を掛け、その声の一つ一つに応えるかのように片手を上げて、集まった民衆を慈しむように見渡しながら泰然自若に俺たちの前を通り過ぎていくお姫様。


 顔はよく見えなかったが、これだけの人気を誇るのも頷ける美貌の雰囲気は遠目にもわかった。


「しかし何故姫王子さまなの?」


「それはね。ユリアナ様は小さなころからお転婆で五歳の時に自分の騎士団を作ると言い出して、十二歳の時にはその騎士団を率いてダンドリオンの近くに現れたはぐれ竜を見事に追い払ったから。以来見た目の麗しさと男勝りの勇猛さに敬意を込めて皆が姫王子様と呼ぶようになったの」


 すると傍らに居た十代らしい二人組の男たちが会話に割り込んでくる。格好からして何かの職人っぽい。


「そうだぜ旦那。姫王子様はこのダンドリオンの、いやステラヘイム王国全土の女神様であり守護神様なんだ。なんでも聖龍様のご加護を受けてるって話だ。ユリアナ姫王子様の出陣の勇姿を拝めただけでも末代まで語り草になるってもんだぜ!」


「そうだそうだ。今回は南のサウザンドロル領で発生した叫ぶものスクリーマーを討伐するための遠征なんだ。ダンドリオンじゃここ数日間、南からの物資が届かなくて皆心配してたが、姫王子様が出向いてくださるんだ。これでもう一安心だ!」


 と、好きなだけ喋りまくり肩を組んで去っていく陽気な二人組。NPCばりの情報提供に感謝しつつも二つの疑問が。


叫ぶものスクリーマーて、出会った時にエマリィが教えてくれた魔物(モンスター)だよね? そんなに危険なの?」


 確か叫ぶものスクリーマーとは死体を焼かずに放置した結果、魔力と魂が融合して生き返った魔物(モンスター)の総称だ。この説明から察するに、要はゾンビみたいなものらしい。


「単体だとそうでもないんだけど、群れになると厄介かな。でもサウンザンドロル領にも自前の騎士団はあるのに、王家にまで支援の要請が来たってことは相当数なのかも。サウザンドロル領は穀物の栽培と家畜の飼育が盛んで、特に草原地帯の遊牧民が有名なの。もしこの遊牧民の中から叫ぶものスクリーマーが出れば一時的な大発生は考えられるけど、それでもサウンザドロルの騎士団で十分対処出来そうだしなぁ。ユリアナ様の騎士団が出向く必要があるのかな。うーん、ボクにはよくわからないや」


「あと聖龍様ってなんなのさ? さっきの町人も言ってたし、初めてダンドリオンに来たときも確か衛兵がそんなこと言ってたような覚えがある」


「ああ聖龍様はね、ボクたちヒト族や亜人族の創造神でありこの世界の守護神だよ。あ、ほら、ちょうどそこに聖龍教の教会があるよ」


 と、エマリィが指差す方へ視線を向けて思わず眉根を寄せてしまう俺。


 そこにあったのは元の世界の教会に似た木造の建物だったが、全体に金箔のようなものが塗られてキンキンキラキラに光り輝いていたからだ。


 しかも三角屋根の一番上には金のシャチホコならぬ金のドラゴン像が鎮座している。


 うーん、この余りにも残念なセンス……。なんと言えばいいのだろうか。いや、無理してなにかを言う必要はない。宗教というたたでさえデリケートな話題なのに、異世界のセンスにまでケチをつけたらいらぬ敵を量産してしまいそうだ。


「そうだ、せっかくだから旅の安全を聖竜様に願っていこうよ!」


 そう言って教会の中へエマリィが入っていってしまったので、俺は仕方なく後につづく。


 教会の中には長椅子が整然と並べられて、窓にはステンドグラスを連想させる色取り取りのモザイク模様のガラスが嵌めこまれているという俺の想像した教会そのものだった。


 ただ一番奥の祭壇に鎮座している天井にまで届きそうな黄金の聖竜像を除いては。


 聖竜像の手前には火の灯った蝋燭とともに、たっぷりと水が入っている水瓶が置かれていて、エマリィはそこに鉄銭(てっせん)を二枚放り投げた。


 エマリィは黄金像に向かって両膝をつき胸の辺りで両手を合わせてから、俺に目配せをして寄越したので、俺はエマリィの真横で同じように祈りを捧げた。


 ただでさえ無神論者で異世界の神様なのでご利益はまったく期待していなかったが、一応エマリィと出会えたことの感謝と、これからの旅路の無事を祈願しておく。


 その後でエマリィは長椅子に腰かけると、この世界の歴史について語ってくれた。 


「昔ね、この世界には神族と魔族と妖精族、エルフ族という四つの種族が住んでいたの。四つの種族は仲が良くて平和に暮らしていたんだけど、ある日世界の果ての向こうから邪神ウラノスがやって来たんだ……」


「邪神ウラノス……」


「そう。ウラノスは山脈よりも大きな体でとても強く、とても恐ろしい存在だったけれど、四種族の民と四人の王たちは力を合わせて、なんとかウラノスを封印することができたんだって。でも今度は神族と魔族の間で争いが起こって、その戦争は三百年間も続いたの」


「なんで神族と魔族は戦争を始めたの? せっかく協力して邪神ウラノスを封印したのに」


「その辺のことはボクも疑問なんだけど、古文書には争いの理由はなにも書かれてないんだよねえ。それで最初は中立だった妖精族とエルフ族も途中から神族の加勢に加わって、争いは辛うじて神族側の勝利で決着。でもその戦争のせいで大陸の一部は海に沈んで二つに分裂してしまった。その後魔族は海の向こうにある大陸メガラニカへ引きこもると約束したので、神族側もそれ以上は追いかけずに、このトネリコール大陸を領土にして互いに干渉をしないと決めたの」


「大陸の一部が沈むって相当だな……」


 つまりそれは核兵器クラスの、いやそれ以上の魔法なり武器なりがあったと言うことだ。 


「でも神族の王は沢山の民を失い、世界を燃やし尽くしてしまうところまでいった争いに疲れ果てていて、残った神族の民共々転生の儀という大魔法を行って、半分の命はヒト族や亜人族へと生まれ変わり、もう半分の命は新世界の守護神として、黄金聖竜を生み出したという訳。だから今このトネリコール大陸に住んでいる妖精族とエルフ族以外は、みんな神族の生まれ変わりの末裔ってことだよね。それで黄金聖竜様は大空のどこかにある宮殿から、いつもボクたちを見守ってくれているんだ」


「ふーん、なんか完全に神話の世界だなあ……。ところでエマリィはその黄金聖竜を見たことあるの?」


「うん。小さいときに一度だけ。大空のずっと高いところを飛んでいるのを、ちらりと見ただけだけどもね」


「えー、なんか俺も一度でいいから見てみたいなあ。黄金の竜なんてちょっとかっこ良さそうじゃん」


「でも魔族が大陸メガラニカへ引っ込んだと言っても、数十年や数百年に一度トネリコール大陸へ侵攻してくることがあって、その都度黄金聖竜様が撃退してくれているんだよ。もし運が良かったら生で見られるかもね?」


「ちぇ、数十年から数百年に一度かよ……」


「でも黄金聖竜様を見かけないと言う事は、それだけ平和ということなんだから文句を言っててもしょうがないでしょ?」


「まあ、そうなんだけどね……」


 教会を出たところで、俺はふと空を見上げてみる。


 広く澄み渡った青空と二つの太陽が見えるだけだが、この大空のどこかには黄金の竜が存在していて、それはこの大陸の、このヒトと亜人たちの世界を守る守護神なのだという。


 俺は雲の中を雄々しく飛び回るまだ見ぬ黄金の竜の姿を想像すると、いかにも異世界を生きているという実感がこみ上げてきて、妙に胸が高鳴った。




 教会を後にすると、すぐにギルド会館へ到着。


 ドアを開けると案の定酒場コーナーに屯していた底辺冒険者どもが、俺様のお零れに預かろうとワラワラと近寄ってきやがる。


 くそ、思えばお前らのせいで俺のエマリィちゃんの機嫌が悪くなったんだよ! 近寄るな! しっしっ! またエマリィの機嫌が悪くなったらどうしてくれんだボケども!


 と、恐る恐るエマリィを振り返る。


 しかし当のエマリィと言えばどこ吹く風という感じでキョトンとしている。その顔はどう見ても取り繕っているというよりは、なにも覚えていない感じだ。


 どうやらエマリィは魚を得れば筌を忘るじゃないが、意外と物事に集中した時はそれ以外は見えなくなる分、ほかの事は覚えていない質らしい。ていうか若干鳥頭かも。


 まあ、それも俺という魚がデカすぎたからなんだろうけども。


「ごめんよ君たち。今日は俺のパートナーと仕事の依頼を確認しに来ただけなんだ。悪いけどそっとしておいてくれないか」


 と、俺は両手で底辺冒険者たちを掻き分けてエマリィを先に歩かせた。昼間から酒を飲んでいるやる気のないならず者たちが口々に「このお方がボスのパートナー……!」「すげえ、兄貴が認めた魔法使いってことか!?」と、感嘆と賞賛の声を漏らしている。


「え!? え!? 一体なに!? なんなの!? 皆どうしたの!?」


 エマリィは顔を真っ赤にして居心地が悪そうに受付カウンターへと駆けて行く。そんなパニックになるエマリィを後ろから十分堪能しつつ俺も受付へ。


 そんな俺たちに気がついたイヌミミ受付嬢が人懐こい笑顔を浮かべた。


「あ、タイガさんとエマリィさん! ちょうど良かった。早速お二人に指名依頼が入っていますよ!」


 と、カウンターの上に二十センチくらいの長さをした丸い筒を差し出す。


「今朝東の渓谷近くにあるギルド支部から伝書蝶が届いたんです。早速ご確認ください」


「え? 俺たち宛ての指名依頼なの……?」


 俺とエマリィは顔を見合わせる。エマリィは期待半分と言った顔をしている。俺も同じだ。


 そもそもエマリィと違って俺はこの世界に知り合いはいない。しかも冒険者に登録してまだ日が浅い。そんな俺の元へ歩いて十五日かかる宿場町から依頼が来ることがおかしい。


 もしかして伝書蝶とやらで俺の噂が他所の街に広まった可能性も否定しきれないけれど。


 とにかく依頼の中身を見てみないことには話にならない。


 俺は木製の筒の中から巻かれた皮紙を取り出して広げて見た。


 内容はこちらの文字で書かれていたが、相変わらずの謎理論ですらすらと読める。


 まあ読めると言っても大した内容が書いてあるわけでもなかったが。


『アオヤマ タイガへ 

 至急会いたい。東の渓谷の宿場町ギルドで待つ』


「これ……ボクたちというよりかはタイガ一人への依頼。そもそもこれ依頼なのかな……?」


「宿場町からの伝書蝶には支部で前金として金貨一枚を受理した報告書も入っていたので、一応指名依頼扱いにはなっていますね」


 とは受付嬢。


「金貨一枚!? 前金だけで!?」


 エマリィが素っ頓狂な声を上げて血相を変えた。口をアヒル口にしてうーうーと唸っている。いろんな言葉が同時に出てこようとして何から先に喋っていいのかわからないらしい。


 しかしエマリィの言いたいことは十分にわかる。


 こんなおいしい話を断る理由がない。


 ただ引っかかる点が一つだけ。


 この世界での俺の名前はタイガアオヤーマだ。冒険者のログクリスタルにもその名前で登録してある。そしてこの世界の名前の呼び方は俺の知る限りでは欧米式に名前・ミドルネーム・名字だ。


 つまりこの手紙の主は俺と同じ転移者である可能性が限りなく高いということだ。


 そしてその相手はどういう訳か、俺がこの街に居て冒険者になったということを知っているらしい。

 

 同じ転移者ならばこんな回りくどいやり方をせずに直接会いに来てもよさそうだが……

 果たして会いにこれない理由でもあるのか、もしくは姿を見せたくない理由でもあるのか……


「まあどっちにしろ、明日から東の渓谷へ遠征に出掛ける予定だったんだ。ついでにこの謎の依頼人とやらに会ってみるか。それだけで金貨一枚確定なら儲けもんだしな」

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