第四十六話 波乱の予兆

 森から帰ってきた日の夜の事。

 静寂と張り詰めた空気に、俺は激しく戸惑っていた。


 いま俺が居るのは、グランドホーネット内の食堂だ。

 ほかにはエマリィ、ハティ、ライラ、八号、ピノ、ピピン、テルマに加えて、昼間の騒動を聞きつけて、急遽領都視察から戻ってきたユリアナ姫王子とイーロンも集まっていた。

  あとはグランドホーネットの調理係として、村の奥さん連中を雇っているのでその奥さんたちと、母親の手伝いとしてついて来たちびっ子が数名ほど。

 その全員が緊張した面持ちで、俺の一挙手一投足を注視していた。


「えー、ゴホン……! それではただ今より辞令交付式を始めます。ライラと八号の両名は前へ!」


 俺はわざとらしく咳払いをすると、なるべく威厳が感じられるように低い声音で二人の名を呼ぶ。

 しかし、張り詰めた周囲の空気が伝染したのか、一部声が裏返ってしまうい、皆の顔をまともに見られない。


 名前を呼ばれたライラと八号は神妙な顔つきで、俺の前へとやって来た。

 二人ともガチガチに緊張していて、妙に動きがきごちない。

 二人に向かって『もっとニコやかに!』『なんでそんなに緊張してんの!? チョー受けるんですけど!』と、一生懸命アイコンタクトを取るが、極度の緊張状態の二人の視線は、俺の胸元に固定されてしまっているので埒が明かない。

 仕方ないので、俺はもう一度大きく咳払いをすると、


「えー、では辞令を交付する! 綺羅星ライラ殿、本日付で汝をグランドホーネット副艦長へと任命する。続いて名無しの八号殿! 汝をグランドホーネット警備隊隊長並びに、マイケルベイ爆裂団副団長へ任命する。両名とも今後も精進するように!」


 と、先ほどミネルヴァシステムで作ったばかりの階級章を二人の胸に着けてやる。


「ラ、ライラちゃん感激ですう……! 人造人間ホムンクルスに生まれ変わって本当によかったです、グス……」


「タイガ先輩! 自分が生まれ変わった意味は、今日の日のためにあったのかもしれません! これからも足手まといにならないよう、一生懸命先輩の後をついて行きます! ご指導ご鞭撻よろしくお願いしますっ!」


「う、うん。まあ、今後も頑張ってね。期待してるから……」


 そもそも何故こんなことになっているのか?

 きっかけは俺の軽い思い付きだった。

 謎の襲撃者を撃退してグランドホーネットへ戻る途中、俺はライラと八号の頑張りに非常に満足していた。

 そこで何か目に見える形で二人を褒めてあげようと思いついたのだったが、如何せん元NPCの人造人間ホムンクルスだけあって、二人はこの手のことに関して免疫が無さ過ぎた。


 俺としては軍隊ごっこ調のジョークとして、夕食の場を楽しく盛り上げる余興の一つにでもなればいいやという軽いノリのつもりだったのに、ライラは生身の愛情や優しさに飢えていたし、八号はゲーム内の設定通り一途に正義を求める少年兵のまんまで、俺の想定以上にガチに受け止めていたのだ。


 ライラも八号も、胸に付けられた階級章を見て頬は紅潮し、感激の余り泣き出す始末だ。

 しかもそんな二人が醸し出す感動の空気は、食堂に集まった全員にも伝播していて、エマリィやハティは優しい笑顔を浮かべてうんうんと頷いているし、村の奥さん連中に至ってはもらい泣きさえしている。


 あれ? なんなの、この今にもサライのイントロが流れてきそうな24時間テレビっぽい雰囲気は!?

 俺的にはもっとこう階級章を付けた瞬間に、ウェーイパフパフみたいな軽いノリを想定していたのに、これではちょっと身の置き場がないではないか。


 いっそのこと「実は全部冗談だお!コホゥ!」と感動の空気をぶち壊してやるか……!?

 そんな邪悪な欲求がかま首をもたげ始めると、ピノとピピンがライラの元へ、村のちびっ子たちが八号の元へ集まった。


「ライラちゃんすごーい! ねえピピンに今日の武勇伝を聞かせて! ピピンはそういうお話大好きなの!」


「ライラちゃんはタイガに褒められたの……? うれしい? タイガに褒められるとどんな感じ? ピノもタイガに褒められてみたい……」


「八号にーちゃんすげえ!」


「おいら村に戻ったらみんなに話してやるんだ! 八号にーちゃんが、マイケルベイ爆裂団の副団長になったって!」


 おお、子供たちのこの空気の読めなさは素晴らしい!

 しんみりと感動の余韻に浸らなければ人に非ず的な、強迫観念が生み出す同調圧力が霧散して、一気に場の空気がアットホームなそれへ一変する。

 俺はここぞとばかりに、エマリィとハティの元へと逃げることにした。

 しかし、 


「カピタンもなかなか粋なことをするもんじゃのお」


「ライラの涙を見てたら、ボクまで泣けてきちゃったよ……」


 と、こちらでも貰い泣きの嵐が。


「い、いや、そんな大層なもんじゃないですから、もうその話はやめてください……」


 軽い思いつきで始めた辞令交付式だっただけに、こうも感動の嵐をあちこちで巻き起こすのを見せられると、逆に自分が薄情で矮小な人間に思えてきてつらい。

 それだけうちの二人の人造人間ホムンクルスや、この世界の人たちがピュアと言うことなのかもしれないが。


「タイガ殿! 簡素ですが真心の籠った素晴らしい式でした! 是非王室も参考にさせていただきます!」


 と、大絶賛しながら近付いてくるユリアナ姫王子。


「ほんとにすみません……。もう勘弁してもらっていいですか……。自分はただの心が汚れた虫ケラにすぎませんから……」


 俺はHPゼロ寸前だったが、吞気に死んでる場合でもないので、なんとか無理やり話題を昼間の襲撃者へ切り換えた。

 世界中を旅しているハティなら、何か心当たりがあるかもしれないと思ったが、返事は色好いものではなかった。


「土を鉄に変換して操る魔法のお……。どこかで話に聞いたことはあるような気がするが、実際に見たことはないのう。それよりも『ぷらんと』とやらを破壊したのは、その襲撃者が作ったゴーレムだったのではないか……?」


「あ……。ハティに言われるまでそれに気が付かなかったけど、言われてみれば、確かにその線は強そうだ。でも何故プラントを……?」


「妾にわかる訳もなかろう。カピタンの方が思い当たるのではないのか?」


「いや、俺も特にこれと言っては……。ただ以前八号と森へ出掛けた時に、顔を隠した女性を見かけたことがあるんだよなあ。もしかしてあの女性が何か知ってるんじゃないのかなって、気にはなってるけれど……」


「あの森で……? 確かにそれは妙じゃ。そう言えば、襲撃者の生死確認はまだと言っておったな。明日その確認ついでに女性も探してみた方が良さそうじゃな」


 と、俺とハティが話し込んでいると、ユリアナ姫王子が慌てて会話に割り込んできた。


「ち、ちょっと待ってくださいタイガ殿! 確かに襲撃者の件も重要ですが、それはタイガ殿が撃退されたのでしょう? 反撃がなかったと言うことは既に死亡しているか、手負いのまま逃げたと見て間違いないはず! ならばタイガ殿が自ら出向く必要もないのではないでしょうか!?」


「ま、まあ、そうかもしれないけど……」


「実はサウザンドロル公の意識は戻りましたが、持病のせいでそうは長く持たない筈。本人もそれをよく承知した上で、一刻も早くタイガ殿に会って、直接お礼を述べたいと申しております。どうかその願いを汲み取っていただけませんか!? サウザンドロル領開闢以来の困難を救ってくれた恩人に、礼も言えぬまま死んでいくのでは領主もいたたまれないでしょう。出来れば明日にでも私と一緒に領主の見舞いに行ってほしいのですが!?」


「はあ、明日ですか……」


 そうは言われても、俺の心はどうにも煮え切らない。

 確かにユリアナ姫王子の言うことはよくわかるし、ジュリアンもいい奴なので、その父親でもある領主の見舞いへ出掛けることはやぶさかではない。 

 しかし素性の知れない何者かに襲われた昨日の今日で、グランドホーネットを留守にするのはどうも気が進まなかった。

 すると、そんな俺の浮かない顔に気がついたのか、ハティが口を開いた。


「森へ襲撃者の手掛かりを探しに行くのは、妾が行けばよいことじゃ。カピタンは何も気兼ねせずサウザンドロル公の見舞いへ行けばよい。望む望まずに関わらず冒険騎士という称号を背負った以上、最低限の務めを果たさねば、カピタンを始めとするマイケルベイ爆裂団全員の沽券に関わる。それに、それを与えた王の顔に泥を塗ることにもなりかねん。カピタンもそれは望まぬじゃろ?」


「ハティ……。わかった。じゃあ八号、明日ハティと一緒に森へ同行してくれないか」


「了解です!」


「という訳でユリアナ様、明日は領都へご同行することになりました。よろしくです」


「おお、サウザンドロル公もきっと喜ばれるでしょう!」


 その後は自然と会話は、今日の森の顛末について。

 ユリアナ姫王子とイーロンは領都から戻ってきたばかりで、まだ詳細を知らないということもあって俺が説明をすることに。


 そこにテルマも加わって、身振り手振りを交えて森での出来事を語りだす。

 テルマはユリアナ姫王子の手前もあってか、語る口調にも熱がこもっている。

 そしてそのどこか自慢げな横顔は、大好きな姉に褒めてもらいたくて必死にアピールしている妹のように見える。


 実際テルマの活躍に助けられたことは事実なので、テルマの熱弁の合間にちょくちょくと俺が感謝や高評価の弁を挟むと、今度はそれを聞いたユリアナ姫王子の顔にぱあっと誇らしげな花が咲く。

 いや、姫王子だけでなくその後ろにいるイーロンまでもが、どこかほっとしたように満面の笑みを浮かべていた。


 この三人は上司と部下といった地位や立場という枠組みには収まらない、もっと純粋で深いところで繋がっているのだろうなぁと思って眺めていると、ふとエマリィの暗い表情に気がついた。

 テルマが熱く語れば語るほどに、エマリィの顔から笑みが剥がれ落ちていき、辛うじて口端に取り繕うようにして残っている。


 ――エマリィ……?


 俺は見るからに落ち込んでいるエマリィに気がつきながらも、ユリアナ姫王子たちとの談笑を中断する訳にもいかずどうしたものかと案じていると、やがてエマリィはがっくりと肩を落としたまま、うな垂れて食堂を出て行った。


「エ、エマリィ……!?」


 その様子が気になって思わず追いかけようとするが、背後からユリアナ姫王子に呼び止められた。


「タイガ殿、内密にお願いしたいことが……。少しお時間をいただけますか……?」


「え、今ですか……?」


「はい。出来れば二人だけで……」


 そう微笑むユリアナ姫王子の紅い瞳は妖しく煌いていた。



 

 二人きりになれる場所と言う事で、俺が選んだのは甲板だった。

 ここならば艦橋からも丸見えだから、万が一の間違いも起こることはないだろう。

 幾らエマリィ一筋を神に誓った身と言えど、こんな巨乳美少女と二人きりで密室に閉じこもって、何か過ちを犯さないと言い切る自身は俺にはありません。

 例えそれが男装の麗人というマニアックな部類だとしても、だ。


 はいはい、大いに笑ってくれて結構。

 自分、不器用な男ですから!

 というか、不器用で結構ですから!


 しかし運命とは皮肉である。

 ユリアナ姫王子を連れて甲板へ出ると、その先に居たのはエマリィだったのだ。

 間違いは起こらないと思って選んだ場所で、よりによって一番見られたくない人間に出会うとは……


 甲板の手すりに両膝をついて、夜空を見上げてため息をついていたエマリィが、ふと俺とユリアナ姫王子に気がついた。

 その表情が一瞬だけ怪訝そうな色を浮かべた後で、すぐに取り繕うような笑顔へと変わる。


「――あ、もしかしてボクお邪魔かな……? ごめん、ちょっと考え事してただけだから、そろそろ部屋へ戻るね。どうぞ、ごゆっくり……!」


「い、いや、エマリィこれは、その……」


 しかし、そそくさと立ち去ってしまうエマリィ。

 完全に勘違いされてしまったようだが、かける言葉が思い当たらず、ただその背中を見送るしかない俺。

 

「申し訳ありません。彼女にも気を遣わせてしまいましたね」


「いや、まあ後でフォローしておくので大丈夫です。それでお話とは……?」


「タイガ殿、実はですね……」


 ユリアナ姫王子は少し恥ずかしそうにしながらも、真っ直ぐに俺を見据えて口を開き始めた。




 俺は甲板でユリアナ姫王子と別れたあとに、一応エマリィの部屋の前まで行ってみた。

 しかし既に消灯していたみたいなので、仕方なく自室へと戻ることに。


 ベッドの上で姫王子からの頼み事や、エマリィへの説明、森の襲撃者についていろいろと考えていたがなかなか寝付けなくて、結局寝るのは諦めて気分転換にミネルヴァシステムで作業をすることにした。

 いろいろと試作品作りに没頭しているうちに、あっという間に数時間ほどが過ぎており、明け方近くに材料が切れたため、最下部フロアの資材庫へ材料を取りにいく。


 この資材庫は狩りで獲た魔物モンスターから取った材料や、町で買った諸々を保管しておく場所だ。

 お目当てのハサミ熊シザーズ・ベアの巨大鋏と、針亀ヘッジホッグタートルの甲羅を抱えて部屋を出ようとすると、廊下に人の気配が。

 こんな明け方の時間に、資材庫と機関室しかない最下部フロアに誰かがいるのもおかしな話なので、俺はそっと顔だけ出して廊下の様子を伺ってみた。

 すると、一つの人影が機関室から出てきて階段を上がっていくところだった。


「――エマリィ……? こんな時間になんで機関室から……?」


 込み上げてくる厭な予感に、俺の心臓の鼓動はまるで警告音のように早まっていた。

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