第七十二話 真っ赤な魂-クリムゾン・オース-・2
目撃者の証言では、全身が赤い光のようなものに包まれているとの話だったが、サーチライトの白色光に照らし出されたビッグバンタンクは、見るからに至って普通の見慣れた姿だった。
手にはハードレベルクリアでゲットできる「ボーナス・ウェポン」の爆炎放射器を装備していて、銃口はしっかりと俺たちに向けられていた。
「おいおい、何やら上の方が騒がしいから来てみたら、お前たちは一体なんだ……!? 普通の発掘隊とは違うのか!? それにこの光はもしかして――!?」
と、深紅のビッグバンタンクは戸惑っているようだった。
それにビッグバンタンクは、何故か両肩のサーチライトを使用しておらず、俺のライトに照らされるばかりなので、どうやら逆光でこちらの姿がよく見えていないらしい。
貯光石よりも遥かに眩しくて、この世界には存在しない人工的な光源から、俺たちが普通の探索隊ではないと察したようだ。
「申し訳ない。いまライトを弱める。俺たちは敵じゃないから安心してくれ。
俺の声に反応して、両肩のサーチライトの光が弱まっていく。
「やっぱり
と、興奮した口調で驚いている
「――ミナセ!」
「あ――!」
気がついた時には俺の横をすり抜けて、ビッグバンタンクの元へと一直線に駆け出していくマシュー。
俺は慌てて追いかけたが、すぐにそれが杞憂だと思い知った。
何故ならビッグバンタンクはヘルメットのバイザーガードを開放すると、満面の笑みを浮かべて両手を広げたからだ。
「マシュー……!? マシューなのか!? どうしてお前がここに居るんだ――!?」
「だってミナセが突然消えちゃうのが悪いんだよ! おいら心配してずっと捜してたんだよ! 今まで何していたのさ。村のみんなも心配していたのに……」
「ああ、そうか……そうだよな。ごめんな、マシュー……皆を守るって約束したのに、俺はほんとダメで情けない奴なんだ。ほんと自分で自分が嫌になるよ……」
抱き合ってしみじみと再会を喜ぶミナセとマシュー。
しかし俺と八号は、ただ困惑して顔を見合わせていた。
「え、えーと、ミナセだっけ? 再会したばかりのところを悪いけど少し話がしたいんだ。まず俺は青山大河。この世界ではタイガ・アオヤーマと名乗っている、あなたと同じ
俺と八号が困惑するのも無理はなかった。
何故ならばクリムゾンオースことミナセの顔は、ゲームのプレーヤーアバターそのまんまの顔をしていたからだ。
確か開発者は、映画「スピード」の頃のキアヌ・リーヴスをモデルにしたと言っていたっけ。
そのアジアテイストの若かりし頃のキアヌ・リーヴスの顔が目の前にあるのだ。これで困惑しないわけがない。
「顔? ああ、これか……。そうだよ。この体はジャスティス防衛隊のプレーヤーアバターが具現化したゴーレムだ。いや、
俺は静かにヘルメットを脱ぐと、今度はミナセが絶句していた。
「あ、あんたは精神だけじゃなくて、肉体も異世界転移したのか……?」
「ああ。それと彼に見覚えがあるだろ?」
と俺は八号を指差した。
ミナセは訝しげにまじまじと八号の顔を見つめると、驚いたように目を見開いた。
「――え、防衛隊員のNPCなのか!? まさかそんな……!?」
「そう。彼は兵士八号。八号は
「はあ!? ライラまで!? なんだそりゃ!? 一体全体それはどういうことなんだ……!? 意味わかんねえ……」
「ミナセの方は違うのか?」
「そうだよ、この世界に転移したのは俺一人だけだ」
「なあ、俺たちをこの世界へ召還した人物になにか心当たりはないのか?」
「そんなものあるかよ。むしろこっちが聞きたいくらいだ。いきなりこの世界へ飛ばされたと思ったら、肉体はゲームキャラのそれになっちまってるし、何故かゲームの武器は使えるしで混乱したよ。それにお約束のこの世界の神様が状況説明のために姿を見せるでもなく、召還者から世界を救ってくれと依頼されるわけでもなく、ずっと放置プレイされたままだ。一体なんなんだ、この状況は……? 正直に言って、ゲームの武器や魔法が使えなかったら、ストレスマックスで首吊って死んでたかもしれない……」
「そうか……」
正直に言うと、俺以外の
すると、ずっと俺たちの会話を見守っていたアルマスさんが遠慮がちに声をかけてきた。
「あ、あの、タイガさん……結局この方が
「ああ、そうだった。クリムゾンオースさんは、なんでまたこんな所に一人で閉じこもって、発掘作業員を驚かす真似なんかしてたんだ? おかげで発掘作業は中断になって、そこに居るアルマスさんを始めとする大勢の人間が困っているらしいんだ」
「とりあえず俺のことはミナセでいいよ。そのクリムゾンオースてのは、面と向かって言われるとちょっと恥ずかしいから。それで何故こんなことをしてたのかと言われても……」
ミナセは答えにくそうに口篭った。
そしてずっと心配そうに寄り添っているマシューを見ると、すっと肩の力が抜けたように優しい笑顔を浮かべた。
マシューの頭を慰めるようにポンと軽く叩くと、ミナセは堰を切ったように語り始めた。
「……俺がこの世界へ飛ばされたのは、今から一年ほど前だ。とくにやる事もないからギルドで冒険者になって、小遣い稼ぎの日々を過ごしていたよ。そんな時にマシューたちの村に辿り着いたんだ。マシューや子供たちを見た時に、この世界で自分がやるべき事がわかったような気がしたんだ。あの村でマシューたちと一緒に暮らそう、きっとそれが俺がこの世界に呼ばれた意味なんだと思ったよ。けど、ある日あいつが現われて全てが変わってしまった……」
「あいつ……? それってまさか……?」
「タイガの所にも現われたのか? そう魔族だ。その魔族を名乗る薄気味悪い女は、いきなり俺を訪ねて来たかと思えば、俺と戦いたいと訳のわからないことを言い出してさ。マシューたちも居るし、第一戦う理由もないから最初は断ったんだ。そうしたらその魔族の女は、子供たちがどうなってもいいのかと脅すもんだから戦うことにしてやったよ。でも……」
ミナセは自嘲気味に笑うと、観念したように息を吐いた。体中の空気を吐き出してしまったかのような、深く重たい息だった。
「俺は負けたよ……。あいつは強かった……いや、それはちょっと違うな。俺が弱くて勝てなかったんだ。武器が全て使えれば十分に勝てる相手だったけど、今の俺にはあいつと真正面からぶつかっても勝機は見えなかった。だから少しでも自分が有利に戦えるようにと、
「穴熊戦法か……」
穴熊戦法とは、将棋に由来するジャスティス防衛隊のポピュラーな攻略法だ。
圧倒的な敵の数と火力に相対して、網目のように迫りくる無数の弾幕から身を守るために、マップ上のトンネルや地下鉄構内と言った、破壊不能なオブジェクトに篭って戦う戦法のことだ。
ユーザーが集う掲示板では、その戦法が通用する場所を探し出すことが盛り上がっていて、中でもクリムゾンオースことミナセは圧倒的な投稿数を誇っていたのだ。
「ああ、それで
「でも、こんなに近くに居たなら連絡くらいくれても……。おいらとれだけ心配したか……」
と、マシューは口を尖らせた。
しかし本気で非難している訳でないことは、その顔を見ればわかる。とにかくミナセが無事で居てくれたことに安堵している顔だ。
「ごめんなマシュー。これでも真夜中に何度か村までは行ったことがあるんだ。もしかしたら魔族の奴が何かしていないか心配になってさ。それで無事を確認したら、またここへ戻って来てたんだ。とにかくあの薄気味悪い女が、あのまま諦めて手を引いたとはどうしても思えなくて……」
「そうこうしているうちに、遺跡の発掘作業が始まったという訳か……?」
と俺。
「そういう事。いつここでまた魔族と戦うことになるかわからないから、発掘隊が邪魔だったんだよ。戦いに巻き込むのも可愛そうだから、脅して追い返していたってわけ」
「そ、そうなのですか……。でもタイガさんも来たことだし、これからはもう……」
と、アルマスさんが恐る恐るミナセの顔色を伺う。
しかし、ミナセは首を横に振る。
「いや、悪いが俺はここを出て行く気はないよ。だから出来れば発掘隊にもここへ入ってほしくない」
「それはまたどうして? 同じ
と、俺が説得すると、ミナセは両目を見開いて素っ頓狂な声を上げた。
「ち、ちょっと待ってくれ! いまなんと? グランドホーネットだって――!? まさかグランドホーネットまで具現化しているのか……!?」
「ああ、そうだよ。今はちょっと事情があって機能は全部使えないんだけど、ちゃんと具現化して存在してる。今はここから少し離れた沿岸に停泊してるんだ」
「はあ、なんなんだよ、ほんと……」
と、ミナセはがっくりと肩を落としてうな垂れてしまう。
すると、その体が心なしか薄っすらとした赤い光に包まれていく。
しかし目を凝らしてその赤い光をよく確認しようとした時には既に消えていて、ミナセが恨めしそうな顔で俺を見ていた。
「まったく……俺はこの一年近くもの間、たった一人で異世界に放り出されて右も左もわからない状態で苦労してたんだぜ……。なのにタイガはなんなんだよ。防衛隊員やライラに囲まれた挙句に、グランドホーネットだって? 羨ましいにも程があるだろ。一体なんなんだ、この格差は!? もうこれってほとんどイジメじゃないか!? 一体俺が何をしたって言うんだ!?」
「い、いや、それは俺に言われても……」
「それにタイガが着ているアルティメットストライカー……。今までの話をまとめると嫌な予感しかしないんだが、まさか三兵科全て具現化できるとか言わないよな……? 頼む、言わないでくれ……」
と、心なしか血走っているように見える眼でそう迫ってくるミナセ。
俺は思わず口篭ってしまうが、誤魔化すのもおかしな話なので遠慮気味に頷いてみせる。
「はあああああああああ、やってらんねええええっ! いいか、俺はこのビッグバンタンクしか具現化できないんだぞ? アルティメットストライカーやフラッシュジャンパーも具現化出来てたら、わざわざこんな穴倉に篭城することもなかったんだよ! 鈍亀のビッグバンタンクだから仕方なしにだよ! しかも使える武器は中レベルまでというハンデ付きなんだよコンチクショー! まさか三兵科全て換装出来て、高レベル武器まで使えるとか言うなよ!? もしそうだったら俺はもう泣くぞ!? いいのか俺が泣いても!? で、どうなんだよ――!?」
「あー……イ、イエス……」
「ぐはっ!」
まるで血反吐でも吐きそうな勢いで床にへたり込むミナセ。
「はあ、一体なんなんだろうな、俺たちは……。同じ転移者同士でこうも条件が違うとか、一体俺たちを召還した奴は何がしたいんだ……」
ミナセは恨めしそうに呟いた。しかし、それは俺も本当にそう思う。
「なあミナセ、そういう疑問も含めて、俺たちはいろいろと協力できると思わないか? それに今はまだ言いたくないかもしれないけど、ミナセがこの遺跡に拘る理由だって、もしかしたら俺たちが協力すれば、解決できるかもしれない。それに俺はジャスティス防衛隊をプレイし始めの頃に、掲示板であんたと何度か会話をしているし、あんたが招待してくれたルームで、一緒にプレイをして色々とアドバイスもしてもらっているんだ。だからミナセのことを全く知らない人間てわけじゃないし、その時の恩返しなんて大袈裟なものでもないけど、一緒のゲームに夢中になって、今同じような境遇の者同士のよしみで力になりたいんだ……」
すると、突然ミナセの体から真っ赤な魂が大音量で流れ出した。
激しいギターのイントロとヴォーカルのシャウトが大広間に鳴り響く。
「俺は昔から何かを始めようとする時や、心が挫けそうな時は、いつもこの曲を聴いてるんだ。それが俺の儀式だ。俺とタイガの似た者同士の真っ赤な魂の誓いってやつか。はは、それもいいかもな。でも、まずはお前の話を聞かせてくれ。それを聞いてから、ここを出ることにするか決める。いいだろ? だから聞かせてくれないか。お前の異世界転移の物語を――」
そうして俺はこれまでの話を語り始めた。
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