第十七話 王命クエストの発令
俺とエマリィが宿場町ギルドへ顔を出すと、すぐに受付のおばさんと初老の男が駆け寄ってきた。
初老の男は宿場町ギルドの支部長でヘルマンと名乗った。
「――とにかく奥の応接室へ来てください。早速ですが王命クエストの説明をしましょう」
ここへ来るまでに王命クエストがどんなものかはエマリィから聞いていた。
簡潔に言えば王様直々の依頼だ。当然その分依頼金も高額で特別に報奨金も支払われるらしい。
ただ問題があるとすれば、基本的に冒険者という人種は自由を好み、権力や権威ある人間とは距離を取りたがる人間が多いということ。
中にはどんなに金を積まれようと王命クエストだけは受けないと公言している冒険者も居るのだとか。
しかもその傾向は高レベルの冒険者になるほど顕著になるそうだ。
そもそも冒険者ギルドとは、類稀な魔力を保持し高レベルな魔法を行使できる冒険者たちを王家が囲い込みしようとしたのに対して、あくまで自由でありたいと反発した冒険者たちの手によって設立された組合なので、ギルド運営側としては冒険者の意思を尊重したいのは山々のこと。
ただそうした個人の裁量に任せすぎた結果、王命クエストへの高レベル冒険者への参加率が極端に下がった時期があり、当時の王家とギルドの間に緊迫した空気が流れたそうだ。
以来、数年に一度舞い込む王命クエストは、運営側が「ギルドの自主独立を維持するために協力をお願いします」と高レベル冒険者たちに頭を下げて回っているのが実情で、今回の召集もその流れらしい。
応接室に通されてソファに座る俺とエマリィ。
対面に座ったヘルマンは禿げ上がった頭をハンカチで拭きながら愛想笑いを浮かべている。
「いやぁ、こんな寂れた宿場町に金(ゴールド)クラスの冒険者が来ているとは驚きでしたよ。ダンドリオンのギルドから連絡が入り、受付の者に確認したら一ヶ月前に現れたきり姿を見せていないと言うじゃないですか。本当に焦りました。しかしなんとかつかまってよかった。それで今回お呼びしたのはですね――」
「あ、いいですよ。受けます」
「は……?」
「王命クエストです。受けますよ。だから詳細を教えてください――で、いいんだよな?」
一応念のために隣のエマリィに確認する。エマリィは緊張しているのか、妙にかしこまった顔でぎこちなく頷いた。
「お……おお、そうですか! それだったら話は早い! こちらとしても大変助かります!」
見るからに肩の荷が降りたような顔で満面の笑みを浮かべるヘルマン。
大体自分の祖父くらいの年齢の大人に妙にへりくだった態度で接しられるのも居心地が悪い。今のヘルマンのようにリラックスしてくれていた方がこちらとしても話やすい。
しかしライラから聞いていた通り人の良さそうなおじさんだ。
「こちらこそライラがよくしてもらったそうでありがとうございます」
「なんと!? ライラちゃんもお仲間でしたか!? いやぁ本当に世間は狭いですな! しかしライラちゃんの歌声はいい! 今ではこの宿場町の全員がライラちゃんが行商に来るのを心待ちにしていますからな!」
いや、ちょっと待て!
ライラの歌声がいいだと……!?
俺の知っているライラは軍歌風アイドルソング系応援歌を微妙に音程を外してアニメ声で歌うんだが?
もしかしてこっちの世界じゃあれが琴線に触れるというのか……? 嘘だろ……
するとドアが勢いよく開いて受付のおばさんが慌てたように顔を出した。
「た、大変だよ支部長! 金(ゴールド)クラスの冒険者の方がもう一名……!」
「もう一名!? はて、そんな連絡はどこの支部からも受けておらんが……?」
「――そうじゃろう。妾が冒険者になったのはそこのタイガアオヤーマの一日遅れじゃ。以来大した成果も挙げておらぬからな」
そう言いながら応接室にずかずかと足音を立てて乗り込んできたのは、半裸の女だった。
それもイヌミミと尻尾の生えた半獣人だ。肩には布が巻かれた槍のような長物を担いでいて、格好は革のビキニに防具は肩や腕、脛だけに留めた所詮ビキニアーマーというやつだ。
しかもはち切れんばかりの巨乳で、褐色の肌と手足に生えた獣毛とのコントラストも含めてなんだか妙にいやらしい。
「今回もぶらりと気ままな一人旅に出ておった最中で、ダンドリオンのギルドは妾の居場所の見当すらついておらんはずじゃ。支部長よかったのお、妾が酒場で王命クエストの話を偶然耳にして!」
と、支部長の隣にドカッと座ると肩を組んでケラケラと笑う半獣人のお姉さん。
そして俺とエマリィを交互に見ると、
「うむ。妾はハティ。ハティ・フローズじゃ。丁度妾が冒険者登録をした前日にお主も登録したようでな、お陰でギルドじゃ二日連続で金(ゴールド)クラスの新人(ルーキー)が現れたと大騒ぎじゃったわ。しかもここでも妾の一歩先を行っておる。これも何かの縁とは思わぬかタイガアオヤーマよ!」
またしても豪快に笑うハティ。その勢いと圧力に圧されて苦笑で返す俺とエマリィ。
「と、とにかく挨拶はこれ位にして、まずは王命クエストの詳細ですが――」
そうしてヘルマンが語った王命クエストの内容とはこうだ。
サウザンドロル領で発生した
しかしその約二週間後に今度はユリアナ姫王子から現地の状況と追加の支援要請が届き、王家は追加の兵士五百名を派遣。
そして昨日伝書蝶で届いた第二次応援部隊の部隊長からの報告書で、姫王子騎士団の壊滅とユリアナ姫王子の行方不明を知った王家は、周辺領地に
と同時に国内の冒険者ギルドへユリアナ姫王子の捜索並びに救出の依頼を発することに。
「姫王子様の捜索と救出か……。思ったより重大な依頼だな……」
ヘルマンの話を聞き終えた俺は思わずそう口にした。単に素直な感想がつい口に出てしまっただけだったが、ヘルマンはそうは思わなかったらしく慌てて俺に詰め寄った。
「し、しかしですね、やはりそこは我々冒険者も王家に対して形だけでもいいから忠誠を示しておかないと、これまでのような自由な立場を維持するのが難しくなってきておるわけでして……!」
「大丈夫ですよヘルマンさん。別に話を聞いて腰が引けたとかではないですから。それよりまたライラが顔を出したら構ってやってください。あいつ見た目まんまの構ってちゃんなんで。じゃあ行こうか」
俺はエマリィを促して立ち上がる。それを見てヘルマンも慌てて腰を浮かす。
「あの、行くってどこへ――!?」
「やだなぁ。ユリアナ姫王子の捜索に決まってるじゃないですか。さっき王命クエストを受けると言ったでしょう。今から出発すれば今夜には現地に着くはずなんで、急いだ方がヘルマンさんもなにかと助かりますよね?」
すると今度はハティが素っ頓狂な声を上げて立ち上がった。
「な、なんじゃと!? 早馬で不眠不休で昼夜走り続けたとしても到着は明日になるじゃろ!? それをどうやって半日足らずで行く!? というか妾も一緒に連れていってくれ! そろそろ持ち金が底を尽きそうで金になる依頼を探しておったのじゃ! それに妾はこう見えて結構腕は立つぞ。連れて行って損はさせん! それに手柄を横取りしようなどとも思っておらん。だから頼む。どうか妾も一緒に連れていってくれぬか!?」
切羽詰った顔で俺に詰め寄り懇願するハティ。巨乳が視界に飛び込んできて目のやり場に困ってしまう。
しかし俺にはエマリィという薄い胸板の守護天使様がついているので、そんな色仕掛けに惑わされることは決してなかった。
「うおおおおおおおおおおおお、凄いのじゃあああああああ!!!」
荷台の上で遠吠えのように叫んでいるハティ。
結局ハティも帯同することになったのだが、決してハティの色香攻撃に惑わされた訳ではない。
巨乳をこれでもかと押し付けてきて手足を絡ませてこれでもかと哀願してくるので、俺の精神ブレーカーが作動して口からイエスという単語を勝手に吐き出してしまっただけである。
だからこれはハティの巨乳の色香に堕ちたのではなく、あくまで精神衛生的に自分を守っただけにすぎない。
ということにしておいてくれ。
しかし意外にもエマリィはハティの帯同に厭な顔はしなかった。むしろ俺がなぜ躊躇しているのか理解ができずに、代わりに自分が帯同を許すことを伝えようかとさえ思っていたそうだ。
その理由は至極明瞭。
ハティが金(ゴールド)クラスだからだ。
狩場や戦場において魔力量が多いのはそれだけでアドバンテージとなる。勿論それだけではないのだが、そこは三人居るのだから互いに足らない部分を補い合えばいいだけ、という訳だ。
しかしハティのような肉感的で色香を振りまいて歩くようなタイプはエマリィは嫌いなんじゃないかと勝手に思っていたが、これまた意外にも二人はすぐに意気投合していた。
ハティは身長百七十の俺とほぼ同じ背丈がある大柄で、年齢もゆうに二十歳は超えていそうで大人っぽい。
小柄なエマリィと並ぶと少し歳の離れた姉妹みたいに見えるし、実際にエマリィは妹のように甘えている。今もハティに抱き着いていて、二人してジェットコースターにでも乗っているみたいにキャーキャーと声を上げて笑っている。
そんな楽しそうな二人を横目で見つつ、なんだか除け者にされているような疎外感を勝手に感じて少しいじけ気味の俺。
そして適度に休憩を挟みながら夜更け少し前にサウザンドロル領へと到着した――
※一口メモ
王都ダンドリオンからサウザンドロル領領境までは約200キロ。騎士団の歩行速度は約2キロ/hと仮定
ユリアナ騎士団は治癒魔法で体力回復を行いつつ1日14時間(食事休憩含む)かけて18キロ進む強行軍で約11日でサウザンドロル領へ。
宿場町からサウザンドロル領の領境までの距離は約840キロ。
この世界の馬の速度は約40キロ/hと仮定。
休まず走り続ければ21時間で到着。
フラッシュジャンパーは最高速度140キロ/h。約6時間で現地へ到着。
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