第十八話 サウザンドロル領・オブ・ザ・デッドの真実

 領境にある小さな村では周囲にかがり火が焚かれて、急造の竹柵が村の周囲を取り囲んでいた。

 見張りの兵は暗闇の中を歩いてきた俺たち三人の姿を見つけてひどく驚いていたが、ダンドリオンから来た冒険者だと告げると快く中へ通してくれた。


 掘っ立て小屋が乱雑に二十軒ほど立っている小さな集落で、その中央の広場に材木を井型に組んだ焚き火が焚かれていて、その周囲で二十人ほどの兵士たちが屯っていた。

 その中で一番位が高い兵士長を見つけて事情を聞く。

 王命クエストということもあり兵士たちも協力的だ。


 兵士長の話では彼らは第二陣の支援部隊だそうで、本隊はこの集落から見て南南東の方角にある大きな町に陣地を構えているらしい。

 本来はスクリーマー叫ぶものが大発生したという領地の西側の大部分を占める草原地帯へ向かい、姫王子騎士団と合流する予定だったが、当の姫王子騎士団が既に壊滅状態。

 その為に南南東の町へ一旦退避し王都へ更なる支援要請を送ったらしい。


 そして現在叫ぶものスクリーマーの大集団は大草原を抜け南西へ進軍。

 そのまま海岸線に沿って町や村を襲って勢力を拡大しつつ、南にある領主の住む街へ近付きつつあるとの事。

 彼らの隊はここで待機して後続の応援部隊や周辺領地の騎士団を本隊の居る南南東の町へ案内する役目らしい。

 支援部隊は一旦そこへ集結してから西から叫ぶもの(スクリーマー)の後方に回って攻める部隊と、東回りに領主のいる町へ行き最終防衛線に加わる部隊とに分かれる計画のようだ。


「なるほどね。当初は叫ぶものスクリーマーを南側から阻止していたサウザンドロル騎士団だったけど、無理そうなので王家へ支援要請。やって来た姫王子様はそのまま北側から攻めて挟み撃ちにしようとしたけど失敗。姫王子騎士団は壊滅して姫王子様の行方もわからないと……」

「いや、姫王子様は必ずご無事に決まっている! きっと今頃はサウンザンドロル騎士団と共に前線で叫ぶものスクリーマーの進軍を阻止することに尽力されているはず……!」


 話を聞いた限りではその望みは薄いと言わざるをえなかったが、勿論そんなことを口にする訳にも行かず。


「――とにかく前線へ行ってみないとわからないってわけか。じゃあ今日はここに泊まって早朝にでも出発しようか。すみません、野営のお邪魔しますけどいいですか?」

「勿論ですとも! 姫王子様の捜索を手伝いに来てくれた方を追い出す真似なんてしませんよ! おもてなしは出来ませんが好きな場所で寝てください。見張りは我々の方で受け持ちますから」


 そして俺とエマリィは広場の端にある大木の根元に寝床を作った。

 ハティと言えば焚き火の周辺を占拠している兵士たちに混ざってささやかな酒盛りを交わしている。


「ハティの奴あんまり調子に乗ってトラブルを起こしてくれるなよ。面倒くさいのはごめんだぞ……」

「でもハティなら大丈夫だよ。この中で一番大人だし分別もあると思うから」

「でも幾つくらいなんだろ? 明らかに二十歳は超えてると思うけど」

「二百歳だよ」

「はあっ!? 二百歳っ!?」

「そう。獣人族はヒト族より平均寿命が長くて、中でもハティの風狼族が一番長生きと言われてて五百歳くらいまで生きるはずだから」

「はあ、そうなんだ……。なんかすげえや……」


 平均寿命の長さも驚きだが、あの外見で二百歳というのも驚きだ。俺の予想と十倍離れているとかもう笑うしかない。


「でも二百歳も生きていて、なんで今頃冒険者になったんだろうなぁ。魔力量も金(ゴールド)クラスで相当の手練れっぽいのに」

「タイガは知らなくて当然だけど、風狼族って一箇所に定住せずに一族単位で世界中を移動しながら狩りをして暮らしているんだよ。ほかの種族とも余り関わろうともしないから、それでじゃないかな。ボクも風狼族を見たのも喋ったのも今回が初めてだもの。ハティみたいなタイプって実はすごく珍しいんだよ」

「ふうん、なるほどね……」


 どうやらハティが一匹狼なのは訳ありらしい。あの豪放磊落っぽい性格といやらしい体つきをしていたら、一族の中でもトラブルメイカーだった可能性は十分にある。

 しかしエマリィはハティのことを気に入っているようなので、その事は口に出さずぐっと飲み込む。


「――じゃあそろそろ連絡でもするかな。もう寝ちゃっただろうか?」


 俺はヘルメットを脱いでシールドモニターをエマリィにも見える位置に掲げる。これで完全に俺の手から離れてしまうと光の粒子となって消えてしまうのだが、こうして触れている限りは具現化が続く。


「おーい、ライラー、聞こえるかぁ!?」


 すると嬉しそうに手を振るライラの顔がアップで映った。

 グランドホーネットでの生活でわかったことが、このABC(アーマードバトルコンバット)スーツの無線が生きていることだった。

 レーダー機能はABC(アーマードバトルコンバット)スーツのもグランドホーネットのも使えずに、その原因として大気に充満している魔力が干渉するなかでは、魔力で具現化されている空想科学兵器群(ウルトラガジェット)は認識できないのだろうという結論に至っていて、それもあって無線も諦めていたのだがダメ元でテストをして見たら使えることが判明。

 いま思えばライラが快く見送ってくれたのには、こうしていつでも連絡がつくことがわかったこともあったのかも。


――ハイハーイ、聞こえてまーす! みんなのアイドルライラちゃんですよー!


「ちょっと遅れてすまん。到着報告だ。こっちはなにも異常なし。そっちは?」


――こちらも異常なしです! ていうか、タイガさんもうビックリしましたよー。エマリィさんの実家に向かったと思っていたら、いきなり王命クエストに向かっただなんて! そういう予定変更があった時はすぐに連絡を入れてくれないと、ライラちゃんプンスカのプーですよ!


「ああ、ごめんごめん。こっちも立て込んでてさ。でも知っているってことは――」


――ええ、今日の午後に宿場町へ行ったらヘルマンさんが教えてくれました! ヘルマンさんすごい喜んでいましたよ! タイガさんに物凄く感謝してて、ライラちゃんも思わず鼻高々の天狗状態でいつもより気合いを入れて熱唱してきました!


「天狗はダメだろ……。まあライラにいつも話を聞いてたからな。見た瞬間にヘルマンさんだとすぐにわかったよ」


 ライラは行商から帰ってくると楽しそうに町での様子を語り、その中で毎回登場していたのがヘルマンだったのだ。ヘルマンはライラが行商を始めた当初から何かと目をかけてくれて、最初の客もヘルマン自身だったし、町の人たちに紹介してくれたのも彼だった。

 王命クエストを受けたのはそのお返しと言う訳ではなかったが、それがヘルマン自身の助けになったのなら俺としても喜ばしい。


「それで一つ頼みがあるんだ。至急ピーピングモスキートを飛ばしてユリアナ姫王子を探してくれないか」


――え、あれはもう絶対に使うなってタイガさんが言ったんですよ? いいんですか?


「まあ今回は特別ってことで。但し俺のビーコンの周囲一キロは近付くなよ? もし飛んでるのを見つけたら――!」


 ビーコンとはABC(アーマードバトルコンバット)スーツの無線機能が生きていることが判明したことから、ミネルヴァシステムで新に作り上げた無線標識だ。ABC(アーマードバトルコンバット)スーツのヘルメットだけの手の平サイズコピー品で、音声コマンドを入力すれば常に無線送信状態になり、それが位置情報としてグランドホーネットの方で認識される。

 だからこのビーコンをオンにしておけばレーダー機能は限定的にだが使えるということだ。

 

――でもライラちゃんはその姫王子様の顔は知らないですけど?


「大丈夫。豪華な細工がしてある銀の鎧を身に纏ってるから見れば一発でわかるよ」


――わかりました。じゃあすぐに飛ばしますからビーコンのスイッチを入れておいてくださいね


 その後はしばらくエマリィとライラのガールズトークが続き、それも終わると俺たちは少し眠ることにした。ハティは相変わらず酒盛りに加わっていたが、放っておいてそのまま就寝。




 翌朝――

 日の出とともに俺たちは草原地帯へ向かうことに。

 遅くまで酒盛りをしていたハティだったが、意外なことに朝は誰よりも早かった。

 しかも酒が残っている素振りもなくシャッキとした顔つき。

 正直に言って寝坊したら置いて行くつもりだったので、これは嬉しい誤算だった。

 そして荷台にエマリィとハティを乗せて一時間も掛からずに大草原へ。


 まるでパレットの上で絵の具を掻き混ぜたかのように、踏み荒らされた小麦色や若草の色に土の色が混濁して延々と広がっている大草原。

 そして転々と転がっている剣や槍、盾などの装備品の数々。

 その混乱と混沌の帰結の上を神妙な顔で歩く俺たち。


「うむ、事態は相当深刻じゃと聞いておったがこれは想像以上じゃ。なあカピタンよ、なにか気がつかぬか……?」


 ハティが不敵な笑みを顔に貼りつかせて聞いてくる。

 同じ金(ゴールド)クラスということもあり、俺の力量を推し量ろうという意図は見え見えだったが、俺は素直に肩を竦めてエマリィに助けを求めた。


 ちなみにハティは今朝から俺のことをカピタンと呼び始めた。

 カピタンとは確か元の世界のポルトガル語でキャプテンを意味する。

 異世界言語は俺の脳内で(おそらく魔力によって)翻訳されるのだが、何故キャプテンではなくカピタンとなるのかは俺にはわからない。

 こういう細かいことを考え出すときりがないので深く考えないようにしているけれど。

 そしてエマリィは少しの逡巡のあとで、


「わかった。いままで死体を一つも見ていない……!」

「そうじゃ。これだけ大規模な戦闘の跡にも関わらず死体が一つもないのは変じゃ……」

「え、だってそれは叫ぶものスクリーマーになったからじゃないの?」

 

 と、俺。

 するとエマリィが、


「ううん、タイガは知らないと思うけど、叫ぶものスクリーマーに襲われて死んだからと言ってすぐに叫ぶものスクリーマーになる訳じゃないの。死体に魔力が溜まるスピードにもよるけど大体一ヶ月くらい。姫王子様の騎士団が到着したのが二週間くらい前という話だから死体の一つや二つ残っていないとおかしいんだよ」

「うむ。勿論ほかの魔物(モンスター)に食い散らかされた可能性も否定しきれんが、妾の勘がそうじゃないと告げておる……」


 そう言うハティのイヌミミは先ほどからピンと立っていて、今も周囲を警戒して少しの物音にも反応して動いている。それに獣人族という位だから野生の勘というやつもあるのだろう。


「つまり死体は全部叫ぶものスクリーマーになったと言いたいんだよな? でも叫ぶものスクリーマーに襲われた人たちが、すぐに叫ぶものスクリーマーになるなんて事例は今まであったのか?」

「ボクの知る限りではない……」

「妾も二百年生きてきてそんな事例は見たことも聞いたこともない。ただ――」

「状況的にはそう考えないとおかしいって訳か……?」

「そうじゃ。そして叫ぶものスクリーマーのレベルは元の生物に由来するから、遊牧民が魔物(モンスター)化してもレベルはせいぜい青(サファイア)か黄(トパーズ)がいいところじゃ。なのに騎士団を大漁投入して討伐できないのは騎士団がよほどの間抜け揃いだったか、ほかに原因があるとしか思えん。この戦場の跡は余りにも綺麗過ぎてどうも気に入らん……」


 そんな会話をしながら大草原を歩いていると、前方に黒い大きな塊が見えてきた。

 高さ三メートル幅五メートルの塊は何かの残骸のようだ。

 最初は物見やぐらか何かの残骸だと思っていたが、近付くにつれて詳細が見えてきた。

 どうやらそれらは鋼鉄の骨組みや板のようで原型は留めていなかったが、何となく見覚えのあるような気がしてきて胸に厭な予感がせり上がってくる。

 そしてその残骸の前に立ったときに、俺は最悪の状況を確信した。


「ま、まさか……これ、プラントなのか!? こんなものまで具現化してたのかよ!!!」

「タイガ、これももしかして……?」

「具現化……? カピタンよそれは一体どういうことじゃ!?」

「ちょっと待ってくれ。俺にも考える時間をくれないか……」


 俺は詰め寄る二人を両手で制して頭の整理をする。

 確かに空想科学兵器群(ウルトラガジェット)やライラ、それにグランドホーネットが具現化していることを思えば、ゲーム内の敵キャラであるプラントが具現化していてもおかしくはない。

 そして恐らく最悪なことに今回の叫ぶものスクリーマー大発生の原因には、このプラントが関与している。


 ゲーム内でのプラントの設定とは暴走したAIによって作り上げられた自走式遺伝子改造工場だ。

 そしてこちらの世界で具現化した後に、そのままゲーム内の役割通りに活動していた可能性は高い。

 そう、魔物(モンスター)の改造だ。

 もしプラントによって叫ぶものスクリーマーが新種へと改造されていたとしたら、エマリィとハティの疑問にも繋がる。


 ただそうなってくるとこのプラントは一体誰によって破壊されたのかということだ。

 残骸の山から察するに、サイズ的には一番小さなプラントで間違いない。

 と言うことはチュートリアルに登場するザコで、武装はしておらず装甲も薄い。

 こっちの世界の魔法使いや兵士でも余裕で倒せるだろう。

 いや、とりあえず倒した相手は誰でもいいか。それは後回しでいい。


 優先すべき問題は今回の騒動の中心に居るであろう新種の叫ぶものスクリーマーの殲滅だ。

 王命クエストは姫王子の捜索と救出だが、この新種の叫ぶものスクリーマーをこのまま見過ごすわけには絶対いかない。


 どこの誰が俺を異世界に召還してあまつさえゲーム内のアイテムやキャラクターまで具現化してくれたのかわからないが、「ジャスティス防衛隊」を愛するプレイヤーの一人として、具現化した空想科学兵器群(ウルトラガジェット)を手にした者として、俺には果たさなければならない責任のような気がする。


 そしてそうなってくると、新たに浮上してくるのがハティの扱いだ。

 俺が異世界転移してきた稀人(マレビト)だと言う事はなるべく仲間内だけに留めておきたい。

 しかしこれから行わなければならないであろう大規模殲滅戦を思えば、金(ゴールド)クラス冒険者の協力は必要不可欠。エマリィの護衛として側に居てくれるだけでも俺は安心して戦える。

 と、なるとやはりハティには正直に話しておいた方がよさそうだ。


「エマリィ、ハティ! ちょっと予定を変更する。姫王子の捜索は後回しでこれから戦争をおっぱじめようと思う! 相手は新種の叫ぶものスクリーマー軍団! これを一匹残らず殲滅するので力を貸してほしい!」

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