第十九話 漢たちのジャスティス

 俺はエマリィとハティの二人を乗せた荷台を抱えて西に向かって驀進していた。

 既にハティには俺が稀人マレビトだということは伝えてある。

 それを聞いたハティは最初は目を丸くしていたが、すぐに不敵に唇を歪めると、


『ふっ、カピタンとは奇妙な巡りあわせを感じておったが、まさか稀人マレビトだったとはのぉ。それも僥倖じゃ。しかし二百年生きてきてカピタンのような男に出会ったのは初めてじゃ。カピタンならば妾が二百年守り続けてきた純潔を捧げてもよいぞ?』


 と、豪快に笑った。

 それがハティの答えだ。風狼族の名において他言無用も誓ってもらった。

 あとはハティを信じるのみ。


 そして大草原を抜けて丘陵地帯の田舎道を進んでいると環濠集落が。

 集落は高さ五メートルほどの土塀で囲まれていて、その手前には幅三メートルくらいの環濠が掘られていて集落をぐるりと一周している。

 正面の土塀の一部は大きく決壊していて、そこから叫ぶものスクリーマー軍団の侵入を許したらしい。

 一応集落に足を踏み入れてみるが人気はなく静まり返っている。

 ここも陥落した後かと思ったのも束の間、村の奥から銃声が聞こえてきた。

 それも一発二発どころではない。


「この音はまさか――!?」


 俺は荷台を抱えて音がした方へ走った。

 そしてそこで見たものはまずバリケードが組まれた大きな屋敷と、そこに群がる数十体の叫ぶものスクリーマーたちだった。

 叫ぶものスクリーマーは貫頭衣を着た村人や、皮鎧を身に纏った兵士たちと老若男女様々で、全員が一様に土気色の顔色をしていて口の周りが血で真っ赤に染まっている。

 そして二階の窓から身を乗り出してその叫ぶものスクリーマーの群れにアサルトライフルを撃ちまくっている一人の男の姿が――


「タイガ、あの人が使ってる武器って――!?」

「ああ、転生者だ。やっぱり居たな」


 破壊されたプラントを見た時からもしやとは思っていたが、どうやら予感は的中したようだ。


「カピタンの仲間ならば手助けは必要じゃろう! ここは妾の出番じゃな!」


 と、荷台を飛び降りて布に巻かれた長物を担いで駆けていくハティ。

 その様はまさに獲物を見つけた狼のように俊敏で声を掛ける暇もない。

 そして屋敷の手前で立ち止まると、


「――我が名は風狼族のハティ・フローズ! 塵旋風のハティとは妾のことじゃ! 死に損ないの鬼どもよ! 妾の風で冥界まで吹き飛ばしてくれるわ!」


 そう名乗りを上げると、担いでいた長物を見事な腕捌きで振り回す。と、同時に呪文を唱え出す。


「――森羅万象全ての境界より生まれし風よ。万象にして万丈の風よ。我は針路にして進路なり。エナの軌道に導かれ立ち塞がる全ての災厄を吹き飛ばせ――旋風狼せんぷうろう!!!」


 ドンッ! と長物を地面に突き刺す。

 その衝撃で巻かれていた布がはらりと捲れて地面に落ちる――いや、落ちない。布は長方形をしていてその二点は長物と繋がっている。

 実は槍と思われた長物は旗竿で、布は旗そのものだったのだ。

 しかも先ほどまで二メートルほどの長さだった旗竿は、いつの間にか二倍近くにまで伸びていた。


 さらに不思議なことに周囲は無風にも関わらず、その旗だけは嵐の中へ放り出されたたみたいに激しくなびいている。

 そしてその猛烈な風に煽られている旗は血の色のように紅い。真紅そのものと言っていい。その真紅の中央に描かれた幾何学模様は魔方陣か、一族の紋章か――


 ハティは犬歯を剥き出しにした必死な形相で旗竿を両手で掴んでいる。

 その両足がじりじりと旗竿に引き摺られていく。

 自身の肉体より噴出す風に煽られている旗竿に、自身の肉体が引き摺られるという矛盾した状況。

 しかし俺の不安は単なる杞憂だった。

 ハティが気合の一声とともに巨大なフラッグを振ると、そこから生まれた人の背丈ほどの無数の塵旋風が激しく回転しながら叫ぶものスクリーマーの集団へ向かっていき、体を切り裂き、或いは上空へ弾き飛ばして地面に叩きつけたのだ。

 ハティがその巨大なフラッグを二、三度降った頃には屋敷の周囲には数百にのぼる塵旋風が吹き荒れていて、暴れまわる独楽の如く叫ぶものスクリーマーに襲いかかっていた。


「す、すげえな……! 俺の出る幕ねえじゃん!」

「うひょー! なんと強烈な上級風魔法! でも普通上級魔法だと大規模広範囲の威力を優先して周囲に与える損害も比例して大きくなるのが一般的。でもハティの魔法は広範囲の効果を優先しつつも、力を無数に分散して一つ一つが与えるダメージをピンポイントに絞っている! ボクこんな使い方は見たことないよ! それにこんなことが出来るのは相当に高度な魔力コントロールが必要のはず。凄いとしか言いようがない……!」


 俺とエマリィは嬉しい悲鳴を上げる。

 腕利きの雰囲気はぷんぷんと漂っていたが、まさかここまでとは。

 そしてエマリィの解説通り、無数の小さな塵旋風は屋敷に群がっていた叫ぶものスクリーマーだけを綺麗に駆逐していて、屋敷にはほとんど被害が出ていない。

 ハティのイメージだと大きな竜巻をドカーンと一発撃って、屋敷もろとも魔物(モンスター)もスバコーンと吹き飛ばしてしまいそうな印象だっただけに、これは本当に嬉しい誤算としか言いようがなかった。


「どうじゃカピタン、エマリィよ!? これが我が風狼族に伝わる魔法具ワイズマテリア血族旗ユニオントライブの力じゃ! 妾を仲間にして損はさせぬと言った通りじゃろ!?」


 と、豪快に笑うハティ。そしてその手に収まっている血族旗ユニオントライブは自然とニメートルほどの長さに縮み、旗がまるで生き物のように旗竿に巻き付いていく。


「まあご自慢の魔法具ワイズマテリアの武勇伝はまた今度じっくり聞かせてくれ。今はこっちが優先だ……」


 俺は視線でハティとエマリィを促すと、丁度屋敷のドアが勢いよく開いて男が駆け出してきた。

 そして俺の前までやって来ると直立不動で敬礼をした。歳は俺と同じくらいだろうか。いかにも駆け出しの新兵という感じだ。


「ま、まさかあの防衛隊最後の砦と言われた伝説のソルジャー・オメガですか!?」

「う、うん。えーと、まあ、そんな感じ……?」

「か、感激であります! 自分は機動歩兵連隊所属の兵士八号であります!」


 その顔は感極まって男泣き寸前だ。その様子をエマリィとハティが呆然と眺めている。俺は気恥ずかしさから苦笑するしかない。

 予想通り目の前の少年はNPCの防衛隊員だった。そして少年が口にした「ソルジャー・オメガ」とは、プレイヤーキャラを指すゲーム内でのコードネームである。 

 ちなみにライラと違ってNPC防衛隊員には個別の名前は設定されていなく、ナンバリングだけと言うのが妙に哀愁を誘う。

 

 「ジャスティス防衛隊」はソロでプレイする時に、NPCの防衛隊員を帯同するかしないかの選択ができ、帯同を選択した場合三人から二十人のNPC隊員がプレイヤーキャラの後をついてきて戦闘に参加するのだ。

 但し武器の指定やレベルの設定はプレイヤー側ではできない。ゲームバランスを考慮してNPCが装備している武器はプレイヤーの初期装備にも劣るのだ。

 しかしそんな装備でも居ると居ないとでは総合的な火力にもはっきりとした差が表れたりするのだが、俺は賑やかし要員とわりきっていたのでほとんど帯同したことがなかった。


「あー兵士八号、転生したのは全員で何人? まさか一人だけ?」

「いいえ! 自分を含め全員で五名居ましたが残りの者は皆プラントに捕らえられるか怪物どもに襲われて、その後は……くっ!」


 これまで抑えていた感情が堰を切ったように嗚咽を始める兵士八号。しかし俺は微かに眩暈を感じていた。


「も、もしかしてそのプラントに改造された隊員たちが遊牧民や村人を襲い始めたのか……?」

「そうであります! 怪物になった隊員に襲われた村人たちもまた怪物となり、仲間も一人また一人と奴らの軍勢に……!」


 なんてこった! やはり今回の王命クエストの発端となった叫ぶものスクリーマー大発生自体が、俺の異世界転移が引き起こしたものじゃないか。まったくなんなのだこの状況は!? 一体俺はなぜこの世界に召喚されたんだよ、まったく……


「とにかく、それでもプラントを撃破したんだ。大したもんだよ」

「き、恐縮であります!」


 チュートリアルのプラントとは言え、NPCの装備も低レベルのアサルトライフルに通常のヘルメットと迷彩服とボディアーマーくらいで、こんな貧相な装備で今まで八号はよく頑張ってくれたと素直に感心する。


 もしプラントがまだ無事に活動していたとしたら被害はどこまで拡大していたことやら。

 下手したらこの世界の生態系を完全に破壊していた可能性すらあったのだ。

 そう考えればプラントがザコだったのは本当に不幸中の幸いだ。


 ところで八号は無線機も装備していたらしいが、突然ゲーム世界のNPCから異世界へ人造人間(ホムンクルス)として転生してしまい、何もわからない状態のままプラントと遭遇して戦闘状態へ突入。その過程で無線機は失くしてしまったそうだ。

 それ以前にそもそもグランドホーネットと連絡がつくというところにまで考えは及んでいなかったようだが。


 俺たちが屋敷の前で八号から事情を聞いていると、屋敷のドアがゆっくりと開いて中から一人の老婆が恐る恐る顔を出した。いや、老婆だけではない。中年の女たちに年端のいかない小さな少年少女たちが全員で三十人くらいか。

 皆、お世辞にも綺麗とは言いがたいボロボロの貫頭衣を身に纏っていて、顔つきも疲れと不安が色濃く滲み出ている。

 そして先頭の老婆がおろおろとした表情で、俺と八号の顔を交互に見ていた。


「は、八号さんや、この方たちは一体……?」

「お婆ちゃんそんなに心配しなくても大丈夫だよ! この方こそ最後の一人になっても諦めずに僕たちの国を守ってくれた伝説の兵士ソルジャーオメガさんなんだ! オメガさんが来てくれればもう怖いものなしだから、みんな安心していいんだよ!」


 ぎゃあああああああああああ!!! そんなこっ恥ずかしい設定を真顔で説明しちゃってるよこの人!

 しかもハティまで驚いた顔でこっちを見てるし! 

 ていうか、エマリィさんその驚愕の過去をいま初めて知りましたみたいな顔はなに!? 

「げぇむ」の事は理解してくれたんじゃなかったの!?


「カピタンよ、お主はそんな凄い男だったのか……!」

「タイガ、ボクに黙ってるなんて水臭いよ……」

「ああ、ありがたや、ありがたや……」


 エマリィとハティに加えて老婆を始めとする村人たちまで全員がキラキラとした目で俺を見ていた。

 この何かの罰ゲームのような状況に耐え切れず、とりあえず逃げるように八号に向き直った。


「もしかしてこの人たちを守るためにここで篭城を……?」

「はい! 自分がこの村に辿り着いた時には既にほかの村民は逃げ出した後で、体の弱い者や子供たちが取り残されておりました。しかしどうしても見過ごすことができませんでした!」


 と、真っ直ぐな目で俺を見返してくる八号。

 その返答に柄にもなく胸に熱いものが。いや、柄にないなんてことはない。

 確かに俺は日本では普通の平凡な高校生だったが、圧倒的不利でも正義のために立ち向かう熱いヒロイズムこそが「ジャスティス防衛隊」の真骨頂であり、俺を虜にした理由だった筈だ。

 そして八号のこの行動こそが「ジャスティスイズム」と言っていい。その熱い心に魂が震えることは柄にないなんてことはない。むしろ震えて当然だ。


「よくやった! それでこそジャスティス魂だ八号! 俺はお前が誇らしいよ!」

「おおっ、ソルジャー・オメガ!」


 俺と八号は感極まった顔でがっしりと熱い握手を交わす。


「しかし俺たちには化け物殲滅の任務がある! 済まないが八号には引き続きここで皆の援護を頼みたい! 頼めるか!?」

「勿論喜んで!」

「当然最大限の支援はするつもりだから安心してくれ。グランドホーネットから武器と食料を送らせる。あと無線機も送らせるからあとはライラと上手く相談してくれ。任務終了後に必ず迎えにくるからそれまでなんとか持ち堪えてほしい!」

「え、グランドホーネットが……!? し、しかもジャスティス大天使のライラちゃんさんまでもこの世界へ……?」

「ああ」

「おおっ……! 我が軍は圧倒的じゃないですか! 良かった……本当に諦めずに戦って良かった……!」


 と、安心感から緊張が解けたのかへなへなとその場にへたり込む八号。その目に光るものを見つけた時に、人造人間ホムンクルスでも涙を流すのかという驚きよりも、同じ志を持つ者としての共感の方が強くて俺も思わず鼻を啜った。




 グランドホーネットから物資が届くまでの間、俺たちは村人たちのケアをすることに。

 まずは持ってきていた食料の一部をハティが調理して、子供たちを中心に振舞う。大人たちには申し訳ないがグランドホーネットからの物資を待ってもらう。

 そしてエマリィはケガ人や体力が落ちている者に治癒魔法を。

 その傍らで俺は八号からいろいろと詳しく話を聞いていた。

 まず八号はやはりライラと同じ人造人間ホムンクルスであることが、右胸に刻まれた魔方陣で確定。

 また使用していたアサルトライフルの弾丸補給についてはリロードタイムが発生して自動的に補給されるとのこと。

 正直これは少々意外だった。そうなると八号も魔力で弾丸を具現化していることになる。

 ただ冷静に考えれば人造人間ホムンクルス自体が魔法の産物なので、その肉体に魔力を保持しているのはなんら不思議なことではない。


 そうなるとグランドホーネットで空想科学兵器群ウルトラガジェットのコピー品を作った時に、エマリィとライラがリロードが出来なかったのが不可解になってくるが何か見落としているのかもしれない。これについてはまた時間がある時に検証する必要があるようだ。


 そして叫ぶものスクリーマーの詳細について。

 まず数は八号が把握しているだけで二千体ほど。

 それが四つの軍団に分かれていて、元隊員たちが部隊長のようにそれぞれの集団を統率しているらしい。

 更に元隊員たちは生前の武器をそのまま使用していて、三人がアサルトライフル、残る一人がバズーカーとのこと。

 確かに次々と増えていく死人の軍勢に加えて、低レベル武器とは言え無限リロードができるそれらの火力が加わったとなれば、騎士団で抑えることは難しかった筈だ。


 またユリアナ姫王子は五日前までは生きていたらしい。

 まずほかの隊員たちが八号を残して全員叫ぶものスクリーマーになったのが今から約二週間ほど前。

 怪物化した元隊員たちが周辺の集落や隊商を襲って勢力を拡大している中、プラント相手に孤軍奮闘していた八号の前に現れたのがユリアナ騎士団だったそうだ。

 その時既に姫王子騎士団は叫ぶものスクリーマー軍団と戦闘を繰り返していて、半数近くの兵士を失った状態での遁走中だったが、プラントと戦う八号に加勢してくれたとのこと。


 騎士団所属の魔法使い数名と力を合わせてプラントを撃破した後に、八号はユリアナ騎士団に同行。そしてこの環濠集落までやってきたのだと。

 しかしこの村に逃げ延びた村人がいることを知った八号は、ここに残って村人を守ることを決意。


「ユリアナ姫王子様は旅立ちの直前まで気を病まれていたので、最後は自分から是非お行きくださいとお願いしました――」

「それで姫王子はどこへ?」

「ここから西南西の海沿いにシタデル砦という古い城砦があるようで、そちらへ行くと。なんでも魔物モンスターを引き止めておくための魔法具ワイズマテリアがあるそうで、その砦に篭城するとか……」


 確かに叫ぶものスクリーマーたちにいつどこから襲われるのかわからない屋外で戦うよりも、拠点防衛に切り替えた方が少ない戦力でも持ち堪えられるだろう。

 もっとも無事に砦まで辿り着けていたらの話だが。


 そんな感じで八号から話を聞いて小一時間余りが経とうとした頃――

 上空に唸るような高周波を轟かせて颯爽と姿を現したマルチコプタードローン「スマグラー・アルカトラズ」

 全長三十メートルの無人輸送ドローンだ。四つの巨大ローターの中央はコンテナ部になっていて、ゲーム内では防衛隊員や支援車両を前線まで運ぶ役目を担っていた。

 突如現れた異形の空飛ぶ怪物を前に、エマリィとハティ、村人たちが呆然とした顔で上空を見上げていてまさに未知との遭遇状態だった。

 そして鉄道輸送で使うようなコンテナを衆目の中で投下して飛び去っていく。

 俺はそのコンテナの中身を八号に託すと、村を後にしてエマリィとハティと共にシタデル砦を目指した。

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