幕間 ピノとピピンのトラブルインマーケット

 褒章授与式を終えて、タイガたちが王城へ出向いていた頃。

 ピノとピピンの二人は、念願だった露店街へやって来ていた。

 勿論護衛としてハティとゴルザの二人が伴っている。

 露天街へ足を踏み入れた瞬間に、ゴルザの肩をぽんと叩くハティ。


「――よいかゴルザよ! 妾は今から大事な用事を済ませてくる! それまでピノとピピンを、悪漢どもの手から守り抜くのじゃ! それが新入りのお主に課せられた最初の試練じゃ! ピノとピピンは奴隷商や人攫いどもには大金を生みだす逸品じゃ。敵はこの人並みに紛れて、どこから現れるかわからんぞ! それでもやれるか!? お主一人でもこの二人を守り抜くことができるのか!?」


「押忍! 任せてください! 男ゴルザ、この命に代えてでも、あの二人を守って見せるでごわす!」


「よく言ったーっ! それでこそ妾が見込んだ男じゃ! それじゃ!」


 と、傍らの屋台へと消えていくハティ。

 「親父~、いつものやつ頼むわ!」と、大きな酒瓶を受け取っていたように見えるが、きっと自分の見間違いに違いないと、ゴルザは自分に言い聞かせた。

 それよりも今自分に必要なのは、エルフ族と妖精族の二人の少女を守り抜くこと。

 そう気合いを入れ直して振り返ると、いつの間にか二人の姿が消えていることに気がついて顔面蒼白になった。


「は……!? いつの間に!?」


 ゴルザは通りすがりの青年の胸ぐらを掴んで激しく問いただす。


「お、おい兄さん、今ここにエルフと妖精の少女が二人居た筈なんだが!? どこへ行ったか知らないか!?」


 しかし青年は激しい揺さぶりにすぐ白目を剥いて気を失ってしまったので、ゴルザは青年をそのまま放置して人並を掻き分けて走り始めた。

 通り一杯に群がっていたはずの人たちが、鬼気迫る顔で突進してくるゴルザを見て、ささっと左右に分かれていく。

 そのお陰で視界が広がり、ゴルザは無邪気に駆けていくピノの後ろ姿を見つけることができた。ピピンも頭の上に乗っているではないか。


「ちょ! ちょっと待って! そんな勝手にどこかへ行ったら危ないでごわす!」


 しかしピノとピピンの二人にその声は届かず、角を曲がって姿が見えなくなる。

 ゴルザの顔は更に焦りの色に染まり、何を思ったのか突如左手の露店にフライングボディアタックをぶちかました。


「てぇい!」


 ゴルザの巨体に露店のテントが吹き飛んだ。

 瓦礫の中からむくりと立ち上がったゴルザは、そのまま露店の裏の木箱などが積んであるエリアを、殴り飛ばしたり体当たりで吹き飛ばしながら斜めに突き進んでいく。

 どうやら曲がり角をショートカットをして二人に追いつく作戦らしい。

 そして最後の木箱の山を吹き飛ばすと、目の前に通りが現れて、丁度二人の姿が横切っていくところだった。

 ゴルザは反射的に地面を蹴っていた。

 巨体が宙を舞う。

 このままヘッドスライディングの要領で二人の前方に飛び出せば、上手く捕まえられると言う計算だった。

 しかし、


「あ! ピノ、あそこのお店見て! チョー可愛い壁掛けがあるよ!」


「うん……」


 と、無常にも方向転換して駆けていくピノとピピン。


「あ、待って……」


 ヘッドスライディングしながらジタバタするゴルザ。

 しかしスライディングの勢いがありすぎてなかなか止まらない。

 そして無関係の通行人を十人ばかし巻き添えにして、ようやく止まることができた。


「な、なに糞……! これしきの事で諦めていたら、快く送り出してくれたアルファン様に申し訳が立たぬわ……!」


 倒された通行人たちからボコボコにされるが、今のゴルザには相手にする余裕などなかった。

 砂塗れになりながらも立ち上がると、ぐおーっと気合いの掛け声とともに、再度二人に向かってヘッドスライディングをかますゴルザ。

 そしてゴルザの大きな両手が、今まさにピノの体をその手中に収めようとした瞬間――

 突如として引き潮のように遠のいていくピノの体。


「え――!?」


 通行人がピノにぶつかってしまった為、小さなピノの体はふらふらとした挙句に尻餅をついて倒れてしまったのだ。

 勢いのついたゴルザの巨体は二人の傍らを滑り抜けたかと思うと、盛大に露店へ飛び込んでしまい、商品の壁掛けや絨毯が盛大に宙を待った。


「大丈夫ピノ!? 痛い!? 泣いちゃダメだよ!? ほら、頑張って!」


「手のひらがすりむけた……。痛い……」


「ほら、妖精の粉をかけて上げるから元気を出して!」


「グス、うん……」


「どう、歩ける? ハティともう一人の…名前なんていったけ? あの新しく入った大きな人を呼んできてあげようか?」


「ううん。ピノ頑張る……」


「偉いねーピノ! そうだ、ここを少し歩くと海があるんだよ! 今から二人で見に行こうか!?」


「海……見たいかも……」


「よーしー、じゃあ行こう! ほら、ピピンが背中を押してあげるから元気を出すんだよー!」


 そうして二人は通りを海に向かって駆けていく。

 壁掛けや布切れの山の中からむくりと起き上がったゴルザは、その二人の後を追いかけようとするが、頭を激しくぶつけたらしく足元が覚束ない。


「ま、待って……!」


 それでも這いつくばって二人の後を追いかけようとすると、いつの間にか大勢の人影に取り囲まれていることに気がついた。

 よく見れば、それは革鎧に身を包んで長槍を携えた衛兵たちだった。


「ほ、ほら、こいつだよ! 露店を無茶苦茶にして暴れまわっているっていう大男ってのは!」


 露店の女主人がゴルザを指差すと、衛兵が一斉に長槍を構えた。

 おそらく騒ぎを聞きつけてシタデル砦からやって来たのだろう。数はざっと二十人。

 しかしゴルザは落ち着いていた。

 元はステラヘイム第一騎士団戦士長の身。この国の兵士たちで、自分の名前を知らぬ者など居る筈がないという自負があったからだ。


「お、落ち着いてくれ。私の名はゴルザ――」


 立ち上がって名乗ろうとしたが、ゴルザの体は凍り付いたように硬直した。

 何故ならば露店に飛び込んだ時に、壁掛けや布切れが鎧に纏わりついてしまったのだが、あろうことか絶妙な絡まり具合で引っ掛かっているらしく、どれだけ力を込めても剥がせなかったからだ。

 しかもこれまた絶妙に顔の下半分が隠れてしまって、いかにも悪人っぽい井出たちになってしまっている。


「こ、これは――!?」


 顔を見せて名乗りたいのに、顔が見せられない。

 かと言って、このまま名乗っても到底信じてもらえない。

 布切れの下で顔面蒼白になり、大量の冷や汗を噴出しているゴルザ。

 そうこうしているうちにも、兵士たちはじりじりと間合いを狭めて近寄ってくる。


「そこの大男め! 早く顔を見せて大人しくするのだ! さもないと――!」


「ち、違う! 話を聞いてくれ! これには理由が……!」


 ゴルザは兵士たちに説明をしながら、ちらりとピノとピピンを振り返った。

 いつの間にか二人は遥か遠くまで行っていて、このままでは姿を見失ってしまうことは明白だった。


「う、うおーーーーーーーーっ!!! ここで二人を見失う訳にはいかぬのじゃああああああああああ!!!」


 追い詰められたゴルザは半ばやけくそに叫ぶと、衛兵たちを投げ飛ばして野次馬を掻き分けて二人を追いかけた。




 数時間後――

 ハティが屋台の前でほろ酔い気分で夕涼みをしながら酒を飲んでいると、突然何かを見つけて勢いよく酒を噴出した。

 通りを歩いてきたのは、ボロボロに傷ついた鎧を身に纏ったゴルザだったからだ。

 その肩にはピノとピピンが乗っているのだが、ゴルザの右手は全長二十メートルはありそうなタコクラゲという魔物モンスターを引き摺り、左手の戦斧を杖代わりにして今にも倒れこみそうなほどに憔悴していた。


「ど、どうした……!? 一体なにがあったのじゃ……!?」


「い、いろいろと……。一言では、とても……」


 よく見れば頭からワカメをぶら下げているゴルザは、酷くやつれた顔でそうボソリと呟いた。

 しかも心なしか年齢が十歳ほど上がったように見える。

 それに反してピノとピピンはご満悦のようで、砂浜で拾ったらしい貝殻のコレクションをハティに自慢げに見せている。


「じ、自分の二十年の人生の中で、今日が一番キツかったです……押忍」


「お、お主、まだ二十歳だったのか……!? 妾はてっきり子持ちの中年パパかと……!」


「押忍……。よくそう言われるでごわす……」


「う、うん。まあよくやったのじゃ……! とにかく合格じゃ! 問答無用に妾が合格を与えるっ!」


 と、半ばやけくそに笑って誤魔化すハティ。

 その日の晩、ゴルザの年齢を知ったマイケルベイ爆裂団のメンバーたちは、ゴルザをなるべく可愛いニックネームで呼ぶことにしてあげようと、全員一致で決定したのだった。

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