第百十九話 雷帝の襲撃

 ここで時間は少し戻り――


ズダァン! ズダァン! ズダァン! ズダァン! ズダァン! ズダァン!


 と、朝焼けの空に百三十ミリコンバット砲が、速射モードで吼える音が連続で木霊した。

 王都全体を覆う魔法防壁の天蓋の表面に、火柱が連続して立ち上がって縦断していく。

 しかし防壁の表面には波紋が浮かぶだけでびくともしない。


「うーん、やっぱり効果が無いですねえ……。まさか、ここまで硬いとは。正直に言って、少し舐めていたことを反省しています……」


 艦橋の窓際で双眼鏡を覗いていたライラが、困ったように息を吐いた。


「でもグランドホーネットが完璧な状態だったなら、あんな防壁ちょちょいのちょいなんですけどね……!」


 タイガがエマリィ達を迎えに、スマグラーアルカトラズで飛び立って三十分余り。

 沿岸を最大船速で邁進していたグランドホーネットは、遂に連合王国王都の港が見える位置にまでやって来ていた。

 到着と同時に、艦尾に装備されている百三十ミリコンバット砲で魔法防壁を攻撃し続けているのだが、なかなか破壊までには至らなかった。


「むむっ、ライラちゃんよ、お主の責任ではない。そう気を病むな。しかしグランドホーネットが完璧な状態でない限り、これ以上は期待するのは無理と言うものか……」


 と、ステラヘイム王。


「甲板の兵士たちは既に全員上陸を終えて、港湾地帯の防壁前で待機しております。一応彼らにも弓と魔法で援護射撃をさせてみましょう」


 オクセンシェルナは、傍らで待機していた兵士に目配せをする。

 ステラヘイム王は渋い顔を浮かべたまま、隣のアルテオンを見た。


「どうじゃアルテオン殿下、魔法防壁を撃ち破る何か良い策はないものか……!?」


「はい。私もずっと思慮を巡らしてはいるのですが……。都市型魔法防壁の作動室は、北側城壁にある建物の中にあるので、そこを我が方で押さえるのが一番の近道かと。きっと私の部下たちが、今懸命になって動いてくれている筈です……」


 アルテオンはそう信じて疑わないようで、抑えた口調ながら、強い意志のこもった声音で言い切った。

 すると、艦橋の外から喚声が聞こえてきたので、一同は窓際へ駆け寄った。

 窓の外に見えたのは、待機していた兵士たちの目前の魔法防壁の一部分が開いている光景だった。

 しかもそこから五体のゴーレムが、ドスンドスンと重量級の足音を響かせて出てくるではないか。


 最前列の兵士たちが、ゴーレムの巨体に向かって魔法と弓で攻撃を繰り出すが効き目がない。

 それどころか、五体のゴーレムが一斉に放った雷魔法で、前列に居た百人近い兵士たちが一瞬にして黒焦げにされてしまう有様だ。


「くあーっ、敵の方からお出ましですか!? グランドホーネットも随分と舐められたものですねっ! ――兵士の皆さん、ゴーレムはグランドホーネットに任せて至急後退してください!」


 ライラはマイクスイッチを外部スピーカーに切り替えると、ヘッドセットに向かって叫んだ。

 そして、続いて天井に向かって声を上げる。


「グランドホーネット! 敵ゴーレムを殲滅しちゃってください!」


 艦橋指揮AIがライラの声に反応して、艦尾の百三十ミリコンバット砲を五体のゴーレムへ向けた。


ズダァン! ズダァン! ズダァン! ズダァン! ズダァン! ズダァン!


 速射モードで放たれた六発の砲弾は、うち二発が二体のゴーレムの胸部に直撃。

 直撃を食らった二体の悪鬼オーク型ゴーレムは、体の内部で起きた爆発によって木端微塵に吹き飛ばされた。

 そして、残りの四発は地面にめり込んだ瞬間に炸裂。

 その爆発によって近くに居た三体のゴーレムは、各部位を破壊されて地面に倒れこんだ。

 そこへ止めの追撃が飛んできて、起き上がろうとしていたゴーレムたちを一体ずつ粉微塵に仕留めていく。


 最後のゴーレムが破壊されると、うおーっと兵士たちから歓声が上がった。

 艦橋内でも陛下とオクセンシェルナが手を取り合って喜び、アルテオンと彼の従者が、その威力に口をあんぐりと開けていた。


「こ、これが魔法戦艦の威力……。いやはや、何という破壊力なのだ。しかしヴォルティスの奴、人知れずあのようなゴーレムを開発していたとは……。まさか、王都に閉じ込められているハイネスたちは、今あのゴーレムを相手に戦っているとでも言うのか……」


 と、アルテオンが苦渋に満ちた表情で、部下の無事を危惧した。

 すると、天井のスピーカーから着信を報せる電子音が鳴り響いたので、即座にライラが反応した。


「はい、こちらグランドホーネット司令室ライラちゃんです!」


――ゴ、ゴルザです。ロトス平原の部隊は…壊滅……。か、怪物がそちらに…注意されたし……


「はあっ!? 壊滅? ゴルっち、一体何が起きたんですか!? それに怪物とはなんです!? ゴルっち、聞こえますか!?」


 ライラは必死にヘッドセットに向かって呼び掛けるが応答はない。

 すると、窓の外を伺っていた護衛の兵士が素っ頓狂な声を上げたので、ライラたちは一斉に兵士の指差す方を注視した。

 そしてライラの目に飛び込んできたのは、ロトス平原のある方角から飛んでくる人の姿だった。

 その人影が全身に電気を帯びていることまでは見てとれたが、その直後、艦橋全体を襲った大きな衝撃に、ライラは床に投げ飛ばされていた。


「ううっ、一体なんなんですか……!?」


 ライラは頭を振りながら体を起こす。

 そして思わず息を呑んだ。

 何故ならば、艦橋の屋根が全て吹き飛んで、司令室が剥き出しになっていたからだ。

 それに加えて、司令室の中央にはいつの間にか一人の人間が立っていて、床に臥せっているライラたちを、まるで虫けらでも見るように睥睨していたのだ。


「――我こそは新生ヴォルティス帝国の盟主、雷帝ヴォルティスだ。ステラヘイム陛下よ、我が王国へ魔法戦艦で乗り付けるとは、随分と小癪な真似をしてくれたではないか……」


 ヴォルティスは床に倒れていたステラヘイム王の胸倉を掴むと、いとも容易く片手で持ち上げた。


「無礼者! 手を離さぬかっ!」


 護衛の兵士が二人、剣を振り上げて突進する。

 しかしヴォルティスのもう片方の手が激しく放電したかと思えば、稲光の鞭が二人を絡め捕った。

 そして、バリバリバリバリバリッと鞭が激しく放電して、二人を焼き殺してしまう。


「な、なんと酷いことを……」


 と、ステラヘイム王が悲痛な声を上げると、ヴォルティスはさも楽しそうに声を上げた。


「悔しいか? 目の前で配下の者が焼き殺されるのを見るのは、どんな気分だ? その老いぼれた体でも怒りに打ち震えるものなのか? 俺を殺したいと力が漲るものなのか? ならば俺を殴ればいい。俺の顔は今、貴様の目の前にあるのだぞ。思う存分怒りに任せて殴って殴って殴って、俺を殺して見ろ! その老体では、そのような力はもう残っておらぬか。無様なものだな、ステラヘイム王よ。しかし俺は違う! 俺の体は今、新たな力に満ち溢れ、熱いマグマのように漲っている。国を統べるには力が必要だ。力こそが真実だ。力があってこそ民は跪く。力があってこそ領土は拡大する。俺はその力を手に入れたのだ。年老いた王よ、偽りの王よ。お前は老いた。もはや俺に歯向かう力も残っておらぬ。老いとは、何とも惨めなものではないか。しかし、こんな老人の首にも、まだ価値は残されている。お前の娘共々、俺の民の前で散るがよい! お前たち父娘を俺の力の象徴として、俺への求心力としてせいぜい利用させてもらうぞ!」


 と、高笑いするヴォルティス。

 直後――

 一発の銃声とともに、ヴォルティスの額が撃ち抜かれた。

 撃ったのは、ライラだ。

 構えているアサルトライフルの銃口から、一筋の硝煙が立ち上っている。


「ライラちゃんの艦に土足で乗り込んで来た挙句に、ベラベラとうっさいんですよ、ガングロおやじっ……!」


 ライラは床の上に倒れたヴォルティスに、銃口を向けたままオクセンシェルナに目配せをした。


「――今のうちに王様を!」


「わ、わかった……!」


 オクセンシェルナは覚束ない足取りで、臥せている王様の救出に向かう。

 しかし倒れたままのヴォルティスの両手から、激しく放電する雷の鞭が立ち上がったかと思えば、部屋の中を縦横無尽に暴れだしたので、それから逃げ回るのに精一杯だった。


「く、くそ、額を撃ち抜いたのに…しぶといヤツですね……!」


 ライラはもう一度アサルトライフルの引き金を引こうとするが、雷の鞭から逃げ回るのが精一杯で、タイミングがなかなか掴めない。

 そうこうしているうちに、ヴォルティスは再び立ち上がって、憤怒の表情でライラを睨みつけた。


「――そうか、貴様も稀人マレビトだったか! この俺の額を射抜くなどと言う罪咎は、貴様の命でも償いきれんぞ、小娘がっ!」


 ヴォルティスは狙いをライラ一人に絞って、両手から伸びる雷の鞭を振るった。

 ライラは四方八方から襲い来る鞭を、何とかぎりぎりの所で躱すものの、すぐに部屋の隅へと追い込まれてしまった。

 そこへ左右から止めを刺しに襲い来る二つの鞭。

 ライラは瀕死の重傷を覚悟して、雷の鞭を受け止めようとアサルトライフルを突き出した。

 すると、


「ダメええええええっ!」


 と、幼い少女の切実な叫びが室内に響き渡ったかと思えば、ヴォルティスの体を光り輝く光球が弾き飛ばした。

 ヴォルティスの体は背後の壁まで吹っ飛ばされて、その衝撃で鞭は霧散して消えたので、ライラは間一髪のところで事なきを得た。


「え――!?」


 ライラが声をした方を振り向けば、入口のところにピノが立っているではないか。

 どうやら今の魔法はピノが繰り出したらしい。

 しかし肝心のピノ本人は、自分の両手をまじまじとした顔で見て、不思議そうな顔を浮かべている。

 そしてピノの頭の上に居るピピンは、そんなピノを見て大興奮していた。


「すごいすごーい! ピノも魔法が使えたんだね? 今のは上位魔法テウルギアの光魔法だよっ。どこで覚えたのー!?」


「ピノ、わかんない……。ライラちゃん助けたくて、勝手に出た……」


「それでもいいよー! 今度はピピンも手伝ってあげるからねっ!」


 と、ピピンはピノの頭の上で仁王立ちすると、ビシッとヴォルティスを指差して一喝。


「こらーっ! どこの誰だから知らないけど、妖精族とエルフ族も乗るこのふねに手を出していいと思ってるの!? ここが無くなったらピピンもピノも行くところが無くなっちゃうんだからね! はい、ピノもう一度!」


 ピピンの合図で、二人は同時に両手を突き出した。

 ピノが繰り出した三十センチ大の光球シャイニースフィアと、ピピンが繰り出した光矢フォトンアローが、ヴォルティスに襲い掛かった。

 しかしヴォルティスが片手を上げると、上空に一筋の稲光が伸びたかと思えば、体はその稲光に引っ張られるように上昇していくではないか。

 光球シャイニースフィアは、今までヴォルティスが居た場所の壁を撃ち破ったあとで霧散して消えてしまう。

 しかし光矢フォトンアローの方は、壁にぶつかる直前でぐいっと急上昇してヴォルティスの後を追いかけた。


「小癪な!」


 空中でヴォルティスは、もう片方の手から繰り出した雷の鞭で光矢フォトンアローを断ち切った。


「まさか稀人マレビトに加えて、古代四種族まで居るとはなっ! もう少し遊んでやっても良かったが、遊びはここまでにしよう!」


 そう叫んで、ヴォルティスは片手を振り上げた。

 その手から伸びた雷の鞭は、これまでよりも太く、更にぐんぐんと長さを増していき――

 

バリバリバリバリバリバリバリバリ!!!


 と、激しく放電する音と、空気が焦げる音が充満して、周囲の視界が真っ白に染まっていく。

 そして激しい衝撃を最後にライラは気を失って、次に気が付いた時には海面の上だった。

 

「一体なにが起きたんですか……?」


 状況を確認しようと、周囲を見回して思わず絶句してしまう。

 何故ならばそこには真っ二つに切断されて、逆への字型に艦体の一部を海面に露出させている、グランドホーネットの無残に変わり果てた姿があったからだ。


「そ、そんな、グランドホーネットがぁ……」


 思わず泣きそうになるライラ。

 そして、ふと上空に浮かんでいる人影に気が付いた。

 その人影は両脇に二人の人間を抱えていて、王都の方へと向かっていた。

 どうやら抱えられているその人間が、ステラヘイム王とアルテオンらしいとわかって、ライラはこのまま海の底に沈んで消えてしまいたい、と敗北感に唇を噛み締めた――

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