第百十八話 タイガと黄金聖竜

――少年よ。


 頭の中で、黄金聖竜の声が鳴り響く。


――今度は一体どのような騒動を引き起こしてくれたのだ。


 と、いきなり心外なことを言われてしまう。

 しかし声の感じで、冗談を言っていることはすぐにわかった。

 仮にもこの世界にヒトと亜人を生み出して、その守護神として君臨している神のような存在だ。そんな象徴的な存在にくだけた感じで接しられるのは、案外悪い気はしない。

 少なくとも、敵対視されるよりかは遥かにましだ。


『あのですねぇ、前回もそうだけど、別に俺が騒動を引き起こしている訳じゃないんで……。そこんところ間違えないでくださいよ』


 俺はそう心の中で念じた。

 黄金聖竜との会話は、全てこのテレパシーを通じて行われるのだ。

 すると、愉快そうな笑い声が頭の中に鳴り響いた。


――ふふ、少年よ。心配せずとも、其方の地上での活躍は十分に把握している。そして、私はその働きに感謝をしているのだ。


『いやいや、それはありがたいことですけどねえ。感謝されついでに一つ言わせてもらいますけど、黄金聖竜様は地上の動きを一体どこまで把握できているんですか? ステラヘイムでの二度にわたる魔族の対決に続いて、今回のこの連合王でも、やはり魔族が関わっている。こうも短期間に魔族絡みの事件があちこちで起きるって、ちょっとまずいんじゃないですか? 正直に言って、魔族はトネリコール大陸に相当数入り込んでいますよ、この様子だと……』


――以前にも言ったが、私は神のような真似事をしているだけで、決して万能な存在ではないのだよ。私が尊重できる命と、介入できる事案には限りがある。悲しいがそれが現実であり、私の限界でもある。そして少年の言う様に、最近魔族の動きは活発化してきている。しかも以前のように軍隊を差し向けるのではなく、個人単位による隠密活動に重きを置いているようだ……


 そこまで聞いて、黄金聖竜が何を言いたいのかピンときた。

 その心の機微はすぐに向こうにも伝わったらしく、黄金聖竜は一拍置いてから話を続けた。

 うーん、やりづらい。


――そう。恐らく魔族の活発化は、少年の召喚と関係があると私は見ている。


『……やはり、そうですか。その辺は俺も薄々と気付いていました。俺やミナセを召喚したのは、恐らく魔族なんじゃないのかだろうと。でも、これだけは信用して貰いたいんですが、俺は決して魔族の味方なんじゃないですからね。いま背中に背負っているエマリィは、俺の大事な人です。なのに魔族の味方なんかに付く訳ないでしょう。それだけは信じてくださいよ』


――心配せずとも、これまでの活躍で私は少年を十分に信頼している。恐らく魔族は私への対策として、異世界に未知の力を求めて召喚を行ったのであろう。しかし魔族側で何かの問題が発生して、少年を取り込むことに失敗したのだと、私は見ている。


『確かに魔族が俺たちを召喚したのなら、最初から魔族の国へ召喚すればいいのに、よりにも敵であるトネリコール大陸へ出現してしまっている。もしかして召喚魔法はそれだけ難しい?』


――特に異世界召喚となるなら尚の事。私の知る限りでは、異世界召喚の成功例は耳にしたことがない位だ。そして何よりも膨大な魔力を必要とする上に、術者には相応の後遺症が残るとも言われている。


 その話を聞いて、俺は初めてこの異世界へやって来たことを思い出した。

 家でゲームをしようと思っていたのに、突然俺の体は高度数千メートルの上空へ放り出されていたのだ。

 あの時の問答無用に落下し続ける感覚と恐怖を思い出すと、思わず金玉がヒュンとなった。

 すると、黄金聖竜がこれまた愉快そうに大声で笑いだした。


『い、いや、笑いごとじゃないですからね。こっちは本当に死にそうな思いだったんですから……!』


――いや、すまぬ。笑う気はなかったのだが、少年も大変な目をしたのだなと、つい……


『まあ、無事に過ぎた事なんで別にいいですけどね……。それで話を戻しますけど、黄金聖竜様はミナセと言う召喚者マレビトの存在は知っていますか?』


――知ったのは、つい最近になるがね……


 そのどこか奥歯にものが挟まったような言い方に、何か引っかかるものを感じたが、俺はとりあえずスルーすることにした。

 なにせ、こちらの心の動きは全て読まれているので、俺の疑問に答える気があれば向こうから話してくれるはずだ。

 それが無いと言う事は、単なる俺の杞憂で一々説明することがないのか、話したくないのかのどちらかだ。

 どちらにせよ、今は話を進めるだけだ。


『そのミナセの所にも魔族が現れているんですけど、彼女の話では、ある日突然魔族が現れて勝負を挑まれたんだと言っています。そして俺が戦ったタリオンも、正々堂々と正面切っての対決を望んでいました。結局何故サウンザンドロルに攻め込んできたのか、理由は聞けなかったですが、この二つのケースが、召喚した未知の力を推し量るための威力偵察だったとすると合点がいく……』


――威力偵察か。召喚魔法自体に成功例がなく、ましてや召喚した人物の能力に何の確証もなければ、確かにそういうこともあるやもしれぬ……。そこで一つ少年に提案があるのだが……


『提案? なんです?』


――少年の能力の高さからして、いずれ魔族が少年を取り込もうとするのは必至。そこでどうだろうか。私の元でヒトや亜人たちの領域を、しいてはトネリコール大陸を魔族の手から護ってもらえないだろうか?


『へ? 俺が? 黄金聖竜様と?』


――そうだ。別に私に従属しろと言う意味ではなく、緩やかな協力体制と思ってもらって良い。承知のように私は大規模な災害や侵攻は察知できるが、少数の隠密行動となるとどうしても後手に回ってしまう。少年ならば私の手が届きにくい、そうした事案にも迅速な対応が可能であろう。


『いや、それは確かに光栄なお話なんですけど……』


 確かに黄金聖竜と協力体制を築ければ、俺が黄金聖竜と戦うと言う未来は回避できるのかもしれない。

 それは最大のメリットであることは間違いないのに、俺の心が煮え切らないのには理由があった。


 黄金聖竜に協力すると言う事は、今までのようにステラヘイム国内の問題だけに対応していればいいのではなく、トネリコール大陸全土を飛び回ることになる。

 こんな俺でも、こちらの世界に来てからコツコツと積み上げてきた計画があったりするので、それらが白紙になりかねない。

 サウザンドロル領の復興や、ステラヘイム全土を覆う航空便なんかがそうだ。


 この大陸の平和と安全を守る時間に取られて、それらを中途半端に放り出すことになりそうなのが怖い。

 何よりも復興に精を出しているジュリアンや、航空便就航を前に息を引き取ったサウザンドロル領主を裏切ることが、何よりも怖い。

 すると、俺の不安を黄金聖竜が読み取ったようで、


――少年の不安はよくわかった。しかし私から聖竜教の神官達に託宣を布告して、全ての教会に全面協力させよう。更に今後の活動の支度金として、これを渡しておこうではないか。是非受け取ってほしい。


 と、黄金聖竜が告げた直後、


ズドォン!!!


 と、言う音が鳴り響いたので、俺は我に返った。

 すると、いつの間にか目の前には、軽トラほどの大きさをした金色に輝く宝箱が地面に突き刺さっているではないか。

 突然の出来事に、背中のエマリィはパニック状態だ。


「タ、タイガ、突然空から宝箱が――! うわっ、しかも上空には知らない間に黄金聖竜様がっ! もしかして聖竜様がこの宝箱を!? タイガ、聖竜様の落とし物だよ、どうすればいいの!?」


 俺は宝箱に近付いて大きな蓋を開けて見る。

 中には金色に輝く鱗が数枚に、腕輪やブレスレットなどの宝飾品が。

 そのどれもが金色の眩い光を放っていて、両目を開けていられないくらいだ。

 黄金聖竜の鱗と言うだけで、一体市場でどれだけの金額がつけられるのだろうか。

 さらに武装強化に使えば、聖竜の加護が付与されたアイテムなんかも作れそうだ。

 思わぬ報奨に、つい生唾を飲み込んだ。

 

――それを少年と、少年が見込んだ仲間たちで好きに使ってくれてかまわない。今後の働き次第ではもっと褒美を与えよう。それでは不服かね


『まさか、ご冗談を……。ここまでしてもらったら断るなんてできないですよ。じゃあ、まずは目の前の邪神魔導兵器ナイカトロッズをぶっ叩くのが、最初の共同作業になりますかっ!』


――いや、この魔法兵器は神族の汚点だ。この因縁は私が自ら断ち切らねばならぬ。それに少年はどうやら仲間の元へ戻った方がよい。今、連合王国で新たな災厄が広まりつつあるようだ……


『え、それは一体……!?』


 そこで突然耳元で電子音が鳴り響いたので、俺は我に返った。

 電子音は無線の入電音だ。

 嫌な予感に胸がざわつきながら、俺は応答した。

 すると、ライラの悲痛な叫び声に心臓が鷲掴みにされた。


――こ、こちらライラちゃん! タイガさんですか!? 至急至急! グランドホーネット轟沈! 繰り返す! グランドホーネット轟沈! それとステラヘイム陛下とアルテオン王子が連れ去られました! ライラちゃん一人じゃ、どうしていいのかわからないですう! タイガさん、早く戻ってきてくださーい!


「グ、グランドホーネットが…沈められただと……!?」


 あまりにも予期せぬ事態に、立ち眩みのような感覚に襲われて視界が歪んでいく。

 その歪む視界の中では、上空から急降下してきた黄金聖竜と、待ち受ける邪神魔導兵器ナイカトロッズが激突して、今まさに戦いの火蓋が切って落とされようとしていた――

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