第四十九話 タイガの一番長い日の始まり

 朝から食堂は大賑わいだった。

 食堂はバイキング形式で、原則として朝昼晩と二時間ずつの時間を設けてある。

 そのため食事係りとして村の奥さん連中を、三人一組ずつで一日交代で雇っていた。

 当然丸一日グランドホーネットで缶詰となるので、子供がいる場合は連れてきてもいいことにしていたのだが……


 今日は三人の奥さん全員が子持ちなので、十人近いちびっ子たちがライラにじゃれついたり、ピピンと追いかけっこをしているので、食堂はちょっとしたお祭り状態になっていた。

 駆け回るちびっ子たちの間を縫うようにして食堂へ入って行くと、すでにほぼ全員が朝食を食べているところだった。

 ユリアナ姫王子とメイドたちの姿が見えないのは、出かけるためのおめかしのためだろう。


「えっと……」


 俺は少し躊躇しながらも、さりげなく何事もなかったようにエマリィの隣へと座った。


「お、おはようエマリィ……」


「う、うん、おはよ……」


 どことなくぎこちないエマリィ。

 ちなみにまだ一度も目を合わせてくれない。

 これは完全に昨夜のユリアナ姫王子のことを、勘違いしていると思っていいだろう。

 こういう態度を取るということは、少なからず俺のことは意識してくれていると言うことなのかもしれない。


 いやいやいや、しかしそれだけじゃダメなのだよタイガ君!

 今の俺にはまず誤解を解いて、明け方機関室で何をしていたのか聞き出すという重要なミッションがあるのだ!

 今こそ己の中に眠る恋愛スキルを最大限解放して、女心を掌でコロコロ転がす時が来たのだ!

 見せてやるぜ、俺の全力を!


「えーと、エマリィ今日の予定は……?」


「ボク? うーん、今日も村の診療所へ行くつもりだけど……?」


「ああ、そっか。じゃあ悪いけど、ちょっと予定を変更して、俺と一緒に領都へついて来てくれないかな?」


「ボクが? でも、どうして……?」


 と、怪訝な表情を浮かべるエマリィ。

 そう言えば診療所通いをするようになってから、魔力が少しずつアップしていると言ってたっけ。

 魔法に関することで、要らぬ横槍が入ると機嫌が悪くなる可能性がある。

 ここは慎重に……恋愛ジゴロのスキル全解放だ。


「いや、なんと言うか、昨夜からちょっと体調がおかしいんだよね……ゴホッゴホッ!」


「大丈夫? 風邪でもひいたのかな? いま治癒魔法をかけてあげるよ」


「い、いや、今は大丈夫! 今は大丈夫なんだけど、サウザンドロル公に挨拶したり、貴族っぽい振る舞いをしてたら、たぶんストレスでぶり返すような気がして……」


「でも、確かユリアナ様やテルマも治癒魔法は使えたよね?」


 と、エマリィの冷静で的確な一言が。

 確かにその通りで、意外な角度から飛んできたフックに、思わず頭の中が真っ白になる。


「あーん! だって俺とエマリィの治癒魔法の愛称は、バッチシだって教えてくれたのエマリィだしぃ!」


 思わずテーブルに突っ伏して駄々をこねる俺。

 ふふ、全て計算通りだぜ……

 俺クラスの恋愛マイスターともなれば、全て意のまま望むままだぜ……ゼェゼェ。


「ぷっ! もう仕方ないなぁ。はいはいわかりました。ボクもついて行くよ。それでいいんでしょ!?」


 おお! なんかよくわからないが、泣き落としが効いたのか!?

 とにかくこれで第一段階はクリアだ。

 あとは隙を見て昨夜の誤解を解いて、機関室で何をしていたのかスマートに聞きだすだけだ。ちょろすぎぃ! 

 すると、俺たちのやり取りを生温かい眼差しで見守っていたハティが、


「カピタンよ、妾とハッチは森へ出掛けるが、それでいいのじゃな?」


 と、声をかけてきた。

 その隣では、既にフル装備状態の八号が待機している。


「うん、それで頼むよ。場所は八号がわかっているし。な?」


「はい、それは任せてください。ところでタイガ先輩、一ついいですか?」


「どうしたんだよ、急に改まって」


「グランドホーネットの警備のことなんですけど、そろそろ本格的に警備体制を構築した方がいいかと……」


「ああ、それな……」


 八号の言うことはもっともで、俺も以前から気にはなっていたものの棚上げ状態になってしまっていた。

 しかし謎の襲撃者が現れた今となっては、いつグランドホーネットが襲われてもおかしくはないということだ。


 だが昨日の今日だ。あれだけ打ちのめしておけば、例え襲撃者が生きていたとしても、態勢を立て直すまでは襲ってはこないだろう。

 つまり、まだ時間的な余裕はあるはず……


「近いうちに冒険者を募って、その中から使えそうな人間を選ぼうか。とりあえず今日はハティと一緒に、昨日の森で襲撃者の痕跡探しを頼むよ」


「わかりました」


「はいはい、タイガさーん! 私も一つあるんですけどぉ!」


 と、食堂の隅から元気よく手を上げたのはライラだ。ちびっこ達を二、三人ぶら下げたままテーブルまで歩いてくる。


「確か今日ってチャリティーパーティーの日でしたよね? 今のままだと、応対できるのが私だけなんですけど? 勿論ピノとピピンにも手伝ってもらいますけどね」


「ああ、忘れてたよ! パーティーって今日だっけ!?」


 慌ててイーロンとテルマを見ると、二人とも固まっている。

 どうやら二人もすっかり忘れていたようだ。


「い、言われて見れば、確かにパーティーの日付は今日でした。これは困りましたね……。テルマ、ユリアナ様に伝えてきてくれないか」


 と、イーロン。

 テルマは脱兎の如く食堂を飛び出していく。


「り、了解! 自分チョー行ってくるっす!」


「――タイガ殿、サウザンドロル公の面会とチャリティーパーティーの開始は、ほぼ同じ時間帯です。しかし向こうでの晩餐会は日を改めてもらって、すぐにこちらへ戻ってくれば何とかなりそうですね……」


 と、イーロンが手帳と睨めっこしてスケジュールの確認をしてくれる。


「ほ、ほんとに!?」


「ええ、それと私はこちらに残って、ライラさんと一緒に出席者の応対をしましょう。その時にアルファン様には事情を説明しておきますのでご心配なく。ただタイガ殿には私の代わりに、ユリアナ様の護衛をお任せすることになりますが……」


「ああ、それくらいお安い御用だ。任せてくれ」


「それは助かります。テルマを好きなようにつかって構いませんから」


 と、イーロンのテキパキとした采配に、俺も含めて一同が感心のため息。

 しかも食事係りの奥さん連中どころかちびっ子たちまでもが、羨望の眼差しを金髪のイケメン剣士に向けている。

 そして更に止めの一言が。


「それと今八号さんが話していた警備の件ですが、今日はシタデル砦から兵士を何名か回してもらいましょう。さすがにパーティーの最中に、なにかあっては困りますからね。こちらも私が手配しておきますのでご安心ください」


 やだ、もう惚れちゃいそう。




 朝からドタバタしつつも俺とエマリィ、ユリアナ姫王子、テルマ、お付のメイド達は、スマグラー・アルカトラズで無事に昼前に領都へ。


 サウザンドロル公と面会するが、確かにいつ亡くなってもおかしくはないほどに衰弱しきっていた。

 従者の話によれば、治癒魔法の効果が日に日に弱まっているそうで、今はただ静かに最期のときを待っている状態なのだと。


 サウザンドロル公は俺を見ると、か細く老いた手を弱々しく差し出すだけだった。

 そして現在計画しているダンドリオンとの航空便の話をすると、無表情の顔が心なしか微笑んだように見えた。


 面会を終えた後は、別室で次期領主であるジュリアンの兄と、お茶を飲みながら航空便の今後の計画について談笑。

 その席で事情を説明して、今夜の晩餐会を丁重に辞退。次回空港予定地の視察へ訪れた時に、改めて開催してもらうことを快く了承してもらう。

 そんな訳で約二時間の滞在を終えて、俺たちはそそくさとスマグラー・アルカトラズへ。


 ――て、ちょっと待てぇい!!!

 今回の裏テーマーでもあった、エマリィとの会話がまだなんですけど!

 忙しすぎて全然二人きりになる暇なんかないんですけど!

 これじゃあエマリィをわざわざ連れてきた意味がないんですけど!


「ああ、もうなんなんだよ……。グランドホーネットに戻ったら、尚更二人きりになる時間なんかないじゃんかよ……」


 俺は帰りのコンテナの中で、ぶつぶつと恨み言を呟くだけだった。




 タイガがサウザンドロル公と面会をしていた頃――

 グランドホーネットの甲板では、ダンドリオンから戻ってきたスマグラー・アルカトラズが着陸しようとしていた。

 コンテナが開いて、アルファンを筆頭に貴族たちがぞろぞろと降りてくる。

 初めて訪れる貴族たちは、皆グランドホーネットの威容に圧倒されている。


「はいはーい! どうぞいらっしゃいませー! グランドホーネット副艦長ことライラちゃんが艦内を案内するので、皆さん遅れずについてきてくださいねー!」


 と、ダッシュしようとしたライラの顔面に、パチンとピピンが大の字に張りついて、ピノが無表情のままライラの腰にしがみ付いた。


「あ、あれ……!?」


「もう! ライラちゃん、今日はそういう悪ふざけはしないでって、ピピンがお願いしたでしょ!」


「ピノもお願いした……」


「で、でも、ここでダッシュしないと私が私でなくなるというか、エンタメ回路ゴーストの囁きには逆らえないと言うか……」


「そんなの訳わかんないしぃ!」


「ライラちゃん、気をしっかりして……」


「あーはいはい。わかりました、わかりましたよー。普通にやればいいんですね普通に。ぷー……」


 ピノとピピンに説得され渋々頷くライラ。

 ぶつぶつと不満を呟きながら貴族たちの方を振り返ると、一つの黒い影に気がついた。

 それは甲板に着陸しているスマグラー・アルカトラズの後方に広がる空の中。

 大きな白い雲の合間に、黒点が一つ。


 ライラは何となしにその黒点を眺めていると、それははぐんぐんと接近して、やがてその輪郭を露にした。

 巨大な鳥の輪郭を――

 その巨大な鳥はまるで翼竜のプテラノドンのような姿形をしていて、しかも首筋の辺りには人影が見えた。


「――ま、まさか!? イーロンさん! 敵襲です!」


 ライラの叫び声に、イーロンもその鳥の存在に気がついて、咄嗟に首に掛けていた警笛を鳴らした。


「ピノとピピンは食堂へ行って、おばさん達やちびっこ達と一緒に隠れててください!」


「で、でも、ライラちゃんはどうするの!?」


 と、不安げなピピン。

 一方のピノは基本的に無表情なので、逆に落ち着いているように見える。 


「私はここで貴族の皆さんを守ります! だから早く!」


「わ、わかった。ピノ行くよ!」


「うん……」


 ライラの一喝に、ピノとピピンは弾かれたように艦内へ駆けていく。

 しかしそれを見ていた貴族たちも、艦内へ避難しようと我先に駆け出したので、艦橋にある非常口前には黒山の人だかりが出来てしまった。

 今回の参加者は百名近い。

 只でさえ狭い出入り口と船内通路では、これだけの人数を捌くのに時間が掛かりすぎるのだ。


「イーロンさん! 後部甲板にも非常口があります! 残りの皆さんをそちらへ!」


「任せてください! 何名か私についてこい!」


 イーロンが三、四名の護衛の兵士たちとともに、あぶれた貴族を引き連れて後部甲板へ走っていく。

 その時、頭上を通り過ぎていく鉄色の影。

 その怪鳥から何かが甲板の上にばら撒かれた。

 甲板の上に、カンカンッと音を立てて転がった数十個の物体は小型ゴーレムだった。


「まさか昨日の――!? まだ生きていたってことですか!?」


 しかし甲板上にばら撒かれたゴーレムは、昨日とは明らかに姿形が違っていた。

 甲板上では鉄を練成するための土を摂取できないためか、砲台と尻尾はなくなっていて、代わりに樽のような胴体は二足立ちスタイルで立っていた。

 更に両肩からは先端が鎌状になった両腕が伸びていて、明らかに近接格闘タイプへと変更されている。


「そんな小賢しい真似をしたって無理ですよ!」


 ライラは自分の妖精袋フェアリーパウチから、鮮やかなピンク色をした多腕射撃支援アラクネシステムを取り出して装着した。

 そして四本のフレキシブルアームにはアサルトライフル三丁と大盾を装備し、自身はマジカルガンだ。

 その姿を見た周囲の兵士たちから、おおっと驚嘆の声が漏れた。


「皆さんはあくまでも貴族さんの護衛を! ゴーレムはライラちゃんに任せてください!」


ズダダダダダダダダダダダダッッッ!!!

ポポポポポポポポポンッッッ!!!


 ライラはアサルトライフルとマジカルガンで、突撃してくる小型ゴーレムたちを次々と粉砕していく。

 後部甲板へ目をやれば、そちらでもイーロンが一人前面に飛び出して、見事な剣技で小型ゴーレムを寄せ付けないでいた。

 あの様子ならば、後部甲板はイーロンに任せておいて大丈夫のはずだ。

 そうライラが安堵したのも束の間。

 いつの間にか鉄色のプテラノドンが、艦橋の屋上に着陸している姿を見て全身が凍り付いた。

 しかも怪鳥に跨っていた筈の人影は既に見えない。


「あわわ、敵の潜入を許してしまったのですか……!?」


 ライラは一刻も早く敵を追いかけたかったが、まだ小型ゴーレムが残っているために動けない。


「ああーん! くそくそくそくそ! お前たち邪魔なんですよぉ!」


 ライラが半分涙目になりながら、小型ゴーレムの集団に向かって乱射していると、突然現れた光の壁が目の前の小型ゴーレムの一団をなぎ払った。

 それが自身で作り出した魔法防壁を剣で弾き飛ばすという、イーロンの技だとわかったのはその直後だった。


「ここは私に任せてライラは中へ! シタデル砦からも直ぐに応援が駆けつけます! 早く!」


「イーロンさん! うう、恩に着ますぅ! 全部終わったらスペシャルライブで返しますから!」


 そう言い残すと、ライラは艦内へと飛び込だ。

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