幕間 グランドホーネットの夜

 迷宮(ダンジョン)攻略を終えた日の夜――

 俺とエマリィは宿場町には戻らずにそのままグランドホーネットへ泊まることに。

 グランドホーネットは全長約三百メートルで、内部には機関室や格納庫、武器開発ルーム、多目的ホールなどが存在する。


 これらは実際ゲームの中でCGで描写されているものばかりである。

 例えば武器開発ルームは経験値が貯まり高レベルの武器のロックが解除されると、この武器開発ルームの画面へ切り替わって開発されたばかりの新兵器としてプレイヤーに支給されるし、また多目的ルームはオンラインで複数プレイするときにアバター同士の交流の場として描写される。

 

 艦内を一通り回ってみて気が付いたことは、こうして具現化されている部屋はゲーム内できちんと描写されているものばかりで、ゲーム内で一切描写のない宿泊室や食堂などは具現化されていなかった。設定上は存在していてもゲーム内で描写されているかどうかが具現化される際の分かれ目らしい。


 なので今回具現化された部屋以外の空間には均一の広さで仕切られた何もない部屋がただずらりと並んでいるだけだった。

 これじゃあただの巨大な鉄のハリボテのようだが、ライラ曰く全システムの七割近くは動くらしいので、科学技術の結晶のように見えて実は魔法の産物だということがよくわかる。


 艦内見学を終えて艦橋へ戻ると、ライラがご機嫌な声で迎えてくれた。しかもどうやって用意したのか、木製の食卓が並んでいてそのテーブルクロスの上には大皿に盛られたフルーツと、人数分の小皿が用意されている。


 転生以来ずっと一人で留守番していて寂しかったというのは本当なのだろう。艦内見学へ出掛ける俺たちに、ライラは嬉しそうに夕食を作っておくと腕まくりをしたのだ。食材は俺とエマリィがダンドリオンで用意していたものだ。


「――あ、戻ってきましたね! それじゃあライラちゃんが今すぐ燻製をスライスしてステーキにしますから座っててください」


 と、燻製を抱えて見張り用ベランダへ出て行くライラ。どうやらそこで火を炊いているらしい。なんか無茶苦茶に思えるが食堂も調理室もないなのだから仕方ない。それに多少の焚き火で艦に延焼することもない……はず。


 すぐに大皿にてんこ盛りの肉を抱えて戻ってくるライラ。燻製だから両側を火で炙ってやるくらいだから時間はそんなにかからない。しかしその量はさすがに多すぎだろ……。

 と、思わずライラに苦言をいいかけたが、隣のエマリィが生唾を飲み込んで肉の山を凝視していることに気がついたので止めた。

 さらにライラは砂糖豆(シュガーナッツ)と川バナナのぶつ切りを煮込んだフルーツスープまで用意していたから驚きだ。


「しかしすごいな……。この食卓やテーブルクロスに食器類まで、一体どうしたんだ?」

「それは勿論タイガさんたちが合流することを想定してライラちゃんが集めましたよ。ほんと大変だったんですから。ぷー」

「いや、集めたって……。お金とかどうしたんだよ?」

「ノンノンノン、タイガさーん。ここはどこですかぁ!? いまあなたが居る場所は近未来の科学技術を結集して建造されたグランドホーネットの艦内ですヨー?」


 ライラは思い切り俺を小馬鹿にしたようにせせら笑う。そのイラッとする態度にいっそのこと特殊ナノマテリアル弾を腹一杯に食らわせてやろうかと思ったが、隣ではエマリィが幸せそうな顔で食事に夢中になっているので至福の一時を邪魔するわけにもいかない。


 ていうかエマリィは俺たちの会話にはこれっぽちも興味を示さず、もきゅもきゅと肉を頬張っている。その仕草がなんだかハムスターっぽくて可愛いなぁ。

 思わずライラの存在をすっかり忘れて、エマリィの愛くるしい食事風景に見蕩れてほっこり気分に浸っていると、しくしくとライラの泣き声が聞こえてきた。


「ぐす…調子にのってすみません。ライラちゃんのこと無視しないでください……」

「ああ? なんの話してたっけ? まあなんでもいいけど聞いててやるから勝手に話せばあ?」


 俺はエマリィから目を離さずにそう言い放つ。正直言って今はエマリィのもきゅもきゅを一時も見逃したくない。


「うう、実はですね、ライラちゃんは暇潰しも兼ねて渓谷の近くにある森に出掛けては落ちてる木の枝とかをせっせと拾ってきて、ミネルヴァシステムに作らせたのですぅ」

「ふーん……ん? ミネルヴァシステム? 動くのかあれ――!?」


 思わず声を荒げてしまったので慌ててエマリィの方を振り向く。将来のスウィートダーリンとして天使の至福の時に水を差す真似は決してあってはならない。決してだ。しかしエマリィは何事もなかったようにもきゅもきゅしていてるのでホッと胸を撫で下ろす。そしてもう一度ライラを見た。


「――ミネルヴァシステムが動くのか!?」

「ええ、この食卓や食器類にフルーツスープを煮込むにの使った鍋も、すべてライラちゃんが拾ってきた木の枝や鉱石で作りましたから……」

「おお……!」


 俺は思わずガッツポーズをとった。これでこの異世界ライフの利便性がぐっと高まり、また将来的に武装のバリエーションを増やしていくことも可能になった。


 ミネルヴァシステム――

 それは「ジャスティス防衛隊」の世界の中で、暴走した人工知能が作り出す様々な改造巨大生物に対応するために、新兵器の開発と製造を前線レベルで対応できるように開発されたスーパー3Dプリンターシステムの名称。名前の由来はローマ神話の工芸と魔法を司る神様からきていたはず。

 グランドホーネットの武器開発室に設置されていて、経験値が溜まってアンロックされた高レベルの武器はこのミネルヴァシステムを経てプレイヤーの手へと渡される。


 確かにゲーム内で描写されているので具現化されていてもおかしくはないのだが、その存在をライラの口から聞くまで忘れていたとは……

 そしてライラの言うようにテーブルや食器が作れたというのならば、これを利用しない手はない。

 俺は艦橋の隅に置かれている素材の山が載っている荷台に目を向けた。

 これを利用して商売を始めるもよし、武装を強化していくもよし。


「ライラ、やってもらいたい仕事ができたぞ。とっても重要でライラにしかできない仕事だ。頼めるか!?」

「ほんとですか!? ライラちゃんはタイガさんのためならなんでもしますよぉ!」

 

 と、満面の笑みで俺にしがみついてくるライラ。暑苦しくてウザかったが、今は気分がいいから特別サービスだ。

 すると知らない間にエマリィがこちらをじっと見ている事に気がついてビクリとする俺。


「ごちそうさま。おいしかったよ。タイガは食べなくてよかったの?」

「お、おう……」


 皿の上にあれだけあった山盛りのステーキがいつの間にか一枚も残っていないことに気がついて、俺は苦笑するしかなかった。

 ちなみにフルーツスープは甘じょっぱくて、昔食べた記憶がある塩チョコレートみたいな風味でなかなかおいしかったです。

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