第十五話 俺の戦艦と彼女のパンティーとあの娘の推理

 機動揚陸指揮艦グランドホーネット――

 ジャスティス防衛隊のゲーム世界で総司令部的な役割を持ち、オープンワールド内でミッション発生現場まで隊員を輸送したり、時には後方支援をするための強襲揚陸艦兼移動要塞。

 海上航行だけでなく、空も飛び、艦底に収納されているキャタピラで地上走行も可能な戦艦型万能要塞だ。


「ほんとにグランドホーネットも転移して具現化してるんだろうな!? とにかく一分一秒でも早くそこへ連れて行け。今すぐだ……!」


 俺はエマリィをチラチラと盗み見しながら、ビクビクとライラを急かす。

 俺がライラを連れて二人きりでコソコソと話していたのが決定打になったようで、エマリィの機嫌はすこぶる悪い。もう爆発寸前だ。

 こうなったら全てを打ち明けて誤解を解くしかないが、いまのこの状況ではなにを喋ってもデタラメの言い訳っぽくなってしまうだろう。

 その為には問答無用の確たる物証を見せた方が早い。

 それがグランドホーネットだ。


「タイガさん何をそんなに慌ててるのですか? そんなに急がなくてもグランドホーネットはどこかに行ったりはしませんよ?」

「いいから早くっっっ!」

「はいはい、わかりましたぁ。せっかちさんですね、タイガさんは」


 と、ライラは広場の隅にあった石扉に向かって歩いていく。

 丁度入り口の反対側だ。どうやら攻略が成功した者専用の出口らしい。

 ちなみにその扉の表面には水晶球がはめ込まれている。恐らく入り口にあったものとは魔法的なネットワークで繋がっていて、攻略成功者がこの扉から出て行く時に成功情報を入力すれば入り口の水晶球でもわかるという仕組みなのかもしれない。


 その石扉の先に続く洞窟をしばらく進むと渓谷の谷底へと辿り着く。

 そしてその谷底の影の中に佇んでいる巨大な鋼鉄の戦艦の勇姿が。

 全長三百メートル近い全体的なシルエットは元の現実世界に存在した強襲揚陸艦に近く、そこに近未来兵器らしくゴテゴテとした改造や武装が施されていると言った感じで、飛行甲板は半分ほどの長さしかなく変わりに対地攻撃ミサイル発射機や単装砲が設置されている。


「おおっ! ゲームの中で見慣れていたとは言え、こうして現実に具現化すると迫力が違うなあ!」


 俺はグランドホーネットの威容に思わずニヤついてしまうが、その横ではエマリィか呆気にとられた顔で見上げていた。


「タ……タイガ、なんなのこれ……? まさかこんな巨大な船が……?」

「あのエマリィ……今から話すことをよく聞いてほしいんだ。今まで隠すつもりはなかったんだけど――いや、どう打ち明ければいいのかわからなくて結果的に嘘をついてた。本当にごめん。実は俺は――俺とライラはこの世界とは別の世界からやって来たんだ。この艦も俺の使う武器も元の世界の産物……みたいなものだ。こんな話をいきなりしても信じてくれないかもしれないけど本当に今まで黙っててごめん。俺のこと見損なったかな……?」

「え……タイガは……稀人(マレビト)だったの? だからなの……」


 エマリィは何か合点がいったような顔でそう呟いた。

 その碧眼に畏れはなく、むしろ不安が一つ消えたような清々しい光を放っていたのが救いだった。 




 俺たちはグランドホーネットの艦橋にいた。

 とりあえずエマリィには全てを打ち明けた。

 こことは違う別の世界からやって来たこと、俺は普通の学生だったこと、この世界の言語が何故か理解でき喋れること、元の世界に魔法は存在せず、今俺が使える超兵器群(ウルトラガジェット)も元々はゲームという創作の世界の産物だということ、ライラも元々その創作の世界の登場人物に過ぎず異世界転移と同時に肉体を手にしたということ、それはこのグランドホーネット然りなどなど……


 エマリィは俺の話を親身に受け止めてくれたが、流石に「ゲーム」は理解の範疇を超えていたのかなかなか理解に苦しんだようで、最終的には「魔法を使って裏庭に物語の世界を構築して、自分の言うことを何でも聞く人形にいろいろと指示を出して、与えられた使命を全うするために頑張る遊戯みたいなもの」と言うことで一応納得してもらった。


「うう……とりあえずそのげぇむとやらは置いておいて、タイガが稀人(マレビト)と言うのはなんとなく合点がいく。タイガの使う武器もそれにこんな巨大な鋼鉄の船も、古代四種族ならともかくヒト族が手にしているのは聞いたことがなかったから。異世界から持たされたとなれば納得できる……かな」


 どうやらエマリィたちヒト族や亜人族といった神族の生まれ変わりの末裔にとっては、同じ時代にまだ生きている魔族やエルフ族、妖精族よりも異世界の話の方が納得しやすいようだ。

 その辺のバランスは流石に俺ではわからない。


「ところでその稀人(マレビト)とはなんなの?」

「古代の文献や古くからの言い伝えのなかに時々異世界から訪れた客人の話があって、そういう稀に訪れる異人を稀人(マレビト)というんだよ」


 確かそういう伝承や昔話は元の世界にもあった。

 ただそういう伝承の大半がふらりと自発的に現れて、ふらりと自発的に去っていくという話で、違うとすれば俺のように何者かの意思が介在していないということか。


「それでその稀人(マレビト)は大いなる力と知恵をもたらしてくれるので崇め奉られたと云われてて、なんだかタイガを見ているとその理由もわかる気がする、えへへ……」


 と、頬をほんのりとピンクに染めて三つ編みをいじるエマリィ。


「エマリィ……!」


 唐突なエマリィのデレに思わず鼻の下を伸ばしてしまう俺。どうやらライラとの誤解は完全に解けたようだ。

 やはり大天使エマリィ様に嘘をついてはダメなのだ。常に正直であれば、この真綿でくるまれたような暖かくて心地のよい充足感が大天使様によってもたらされる。

 そんな風にこれからはエマリィの忠犬に徹しようと誓っていると、ふとエマリィは真顔になってライラに向き直った。

 その顔は俺に勝負を挑んだ時や治癒魔法の相性をチェックした時のように、何かを企んでいる時の顔だ。


「……それでライラ――さんは、向こうの世界で物語世界の登場人物だったってことでいいの?」

「うん。信じられないとは思うけど……」

「エマリィさん、ライラちゃんのことは呼び捨てか皆のアイドルライラちゃんと呼んでくれればいいですよ」

「じ、じゃあライラ、ちょっといいかな……?」


 と、唐突にライラの二の腕を掴むエマリィ。

 そして真剣な顔で前腕、上腕とマッサージをするように揉みしだき、そのまま「ちょっとゴメンね」と徐に胸をむんずと掴んで揉み始めた。


「ちょっ、エマリィ!?」

「あうっ! エマリィさん一体なにを――!?」


 予想外の刺激的な光景に頭から蒸気を噴出しそうなほどに興奮してしまう俺。

 ライラは驚きの声を上げつつも顔は悦びに満ちている。

 そして無言でライラの胸を揉み続けるエマリィ。


「エ、エマリィさん、これが恋というやつなのですかっ!? な、なんという破壊力――!!!」


 妙な声を上げ始めたライラを他所にエマリィの行動はさらにエスカレートして、今度はドレスの襟を引っ張って前や後ろを覗き込み始める。


「い、いやエマリィ、ほんとどうしちゃったの……!?」


 ライラは悦んでいるようだったが、さすがににこれ以上は教育上よくない。

 ていうか俺の精神衛生上今すぐにでもやめてほしい。

 しかしエマリィは胸と背中を覗き込んだあとで何やら考え込むと、ふと思いついたように両手をスカートの裾に伸ばした。


「エマリィさすがにそれは――!」

「ああ、エマリィさん! どうか……どうかライラちゃんの新しい扉を開けてください!!!」


 頬を紅潮させたライラに懇願されたからではないだろうが、躊躇なくミニスカートを捲り上げるエマリィ。

 おいいいいいいいい!!! エマリィほんとにやっちゃったよ!? グッジョブだけど一体なにを考えているんだ。

 だけど俺は据え膳は遠慮なく頂く男。だから視線は逸らさない。

 エマリィの手前、ちょっと困った顔をしつつも、しっかりと脳裏に焼き付けるように凝視しておく。

 こういう記憶が意外と後になって役立つことがあることは健全な青少年ならばみんな知っていること。だからライラには悪いが俺はこのラッキースケベを全力で享受してやる――ん!?


「うん!? そ、それは――!?」


 エマリィはいまもライラのスカートの裾をめくったまま離さないでいる。だからライラの下半身はパンティーが丸見えだ。

 ちなみに純白のパンティーだったが、赤い文字で「ジャスティス」とプリントされているセンス最悪のパンティーだった。

 いやパンティーの話はどうでもいい。問題はその右腿の付け根当たりに見える異様な紋様だ。それは直径十五センチほどの魔方陣だった。


「魔方陣――!? もしかしてそれって……?」

「うん。タイガの左肩にあるものと基本は同じ。ただライラの場合はちょっと違ってて、こっちの世界に転移したのと同時に肉体を手に入れたという話や、体を触診した結果も合わせてライラはゴーレムだと思う」

「ゴーレムってあの泥人形のゴーレムか!?」

「そう。でも古代の魔法書にはゴーレムよりも優れた人造人間(ホムンクルス)の記述もあるからたぶんそちらだと思う。だからライラとタイガの魔方陣では書かれている魔法式が違う。ライラの方は人造人間(ホムンクルス)生成の式も書かれている……筈。どちらにせよ、高度な魔法すぎてボクにも詳しいところまでは理解できないけれど……」


 ふむ。確かにライラが人造人間(ホムンクルス)と言うのはなんとなく合点がいく。

 ライラは元々エンタティメントアンドロイドという設定でゲーム世界のNPCだったのだ。そんなライラがこの異世界で生身の人間として転生するのはおかしな話だ。

 しかしそれが人造人間(ホムンクルス)として具現化したというのならば一応は納得できる。


「しかし人造人間(ホムンクルス)ねえ……。でも、ほんとよくできてるなぁ」


 俺は思わずライラの頬をつねってみる。見た目は確かに人間そっくりだったが、触れて見ると体温は感じずに肌も妙に硬い。なんというか空気をパンパンに入れたバレーボールみたいな感触と言うべきか。

 それまでキョトンとした顔で俺とエマリィの会話を聞いていたライラは、俺に頬をつねられてうれしそうに体をしならせた。


「ああ、タイガさんがライラちゃんの頬を……! ライラちゃんはこうしてお二人に肉体を弄ばれるだけでも人造人間(ホムンクルス)として転生した甲斐があったというものです……!」


 そっか。俺からしてみれば武器だろうとNPCだろうと具現化したことに大差はないが、ライラにして見ればNPCから人造人間(ホムンクルス)への具現化は転生に等しい大きな出来事なんだな。   

 まあウザいのは変わりないみたいだが……

 あれ、そうなるとこのグランドホーネットのどこかにも魔方陣が?

 そのことをライラに尋ねてみると即答だった。


「ええ、動力室の壁にありましたよ。こーんなに大きいのが」


 と、ライラは両手を力一杯に広げてみせる。


「動力室と言えば、このグランドホーネットってちゃんと動くのか? これの動力源てコンパクトフュージョンリアクターとか言う核融合炉エンジンていう設定だったろ? そんなもんが本当に具現化されてるとは思えないんだけど?」


 俺のその疑問の答えはライラに連れられて行かれた動力室で見ることに。

 そこにあったのは核融合炉エンジンなんかではなく、巨大な石の花だった。

 いや正確には大小様々な六角柱状をした鉱石の集合体で、それが丁度全長二十メートルほどの薔薇の花の形のように見えるのだ。六角柱は透明のものから乳白色に赤や黄色と様々だ。

 そしてその全てが淡い光を発していて神々しい。


「うひょ! これ全部が魔法石の集合体……! こんな巨大なものがこの世に存在したなんて……!」


 お、エマリィの口癖が飛び出したということは相当珍しいらしい。


「その魔法石ってなんなの?」

「魔法石は魔力を貯めておける性質があるから、魔法使いなら御守りに一つは持っておけと言われる貴重な鉱石だよ。ほら、もし自分の魔力を使い果たしてしまったとしても、魔法石から魔力を取り出せばなんとかなるでしょ」

「ああ、電池――いや、貯光石みたいものか」

「でも手の平サイズでも金貨一枚はするからとても高価なんだけどね。もしこの大きさの集合体を売ったら世界一の大金持ちも夢じゃないかも……」


 エ、エマリィさん、なんか凄い悪巧みを考えているような顔になってますけど……

 とりあえず俺はそれを見なかったことにしてライラの方を振り返る。


「要はこれが核融合炉エンジンの代わりってわけか……?」

「そうみたいです。でもどうやらこれだけではグランドホーネットの全機能を動かすには足りないらしくて、現状は全システムの七割くらいの稼動じゃないですかね。あ、あと飛行機能は完全にダメでした。一度空を飛んでダンドリオンに居るタイガさんの所まで行こうとしたのですが、離陸した途端にエネルギーを使い果たしてご覧の通り谷底にドンでしたから……」


 ライラ曰く、最初に異世界へ転生した場所は岩山の山頂だったらしい。

 昆虫型偵察機(ピーピングモスキート)で俺を発見してすぐに会いに来ようとグランドホーネットを飛ばしたら、こんな有様になったとの事。


 しかし、もしライラがこのグランドホーネットで王都ダンドリオンに乗りつけていたらどうなっていただろうか。

 きっと国中が天地をひっくり返したような大騒ぎになり、最悪俺たちは人類の敵とみなされて全世界に追われる羽目になっていたかも。いや、確実になっていた。そう考えればグランドホーネットがガス欠で谷底に不時着してくれたのは不幸中の幸いだったと言える。

 すると今までいらぬ狸の皮算用をしていたエマリィが、俺とライラの会話にふと我に返って血相を変えた。


「――ちょっと待って! じ、じゃあこの魔法石の魔力はどうやって貯めたの? ライラはその呪文を知っているの!?」

「いえ、ライラちゃんはなにも。放っておいたら自然と光を発するようになっただけで……」


 エマリィは何かに気付いたように大きく目を見開いて、俺にしがみ付いてきた。碧眼が興奮で揺れている。


「タイガわかった! タイガが魔法を使える理由や魔方陣の意味が!」

「ど、どういうこと?」

「まず魔法石と言うのは魔力を貯める特性があるけれど、それは自然と貯まるわけではないの。『貯める』と『放出』という魔法を行使して魔力の流れをコントロールしないと、魔法石はただの鉱石にすぎないんだよ。だからあの魔法石の集合体が自ら魔力を溜めるなんてことは決してあるわけがないの」

「そ、そうなのか……」

「だからこの部屋の壁に描かれた魔法陣がその役目を行っていると思う。もしくはあの集合体の下にはもう一つ別の魔法陣があるのかも。そこでタイガの体の魔法陣にも繋がるんだけど、この世界の人間の肉体は量に個体差はあれど自然と周囲の魔力を溜め込む体質なんだよ。でも異世界からやって来たタイガにはその力が備わっていない可能性がある。もしくは余りにも魔力を必要とするからかも。とにかく恐らくその背中の魔法陣の役目の一つには魔力のコントロールがあると思う」

「そうか! 異世界から来た俺が最高クラスの魔力量を持っていたのもそういう訳か! この左肩の魔法陣が『貯める』で俺の体に魔力を集め、『放出』されることで超兵器群(ウルトラガジェット)が魔法で具現化されるってことか。このグランドハーレムやライラだってそう。ただ魔法で具現化できない場合は、なにか代用で利くものが具現化されるんだ。それが核融合炉エンジンに対しての魔法石の結晶体であり、NPCという肉体を持たない存在に対しての人造人間(ホムンクルス)ということか……!?」

「うん、たぶんそれで間違いないと思うよ。魔力コントロールのほかに、ライラなら人造人間(ホムンクルス)生成魔法、タイガなら超兵器群(ウルトラガジェット)具現化魔法などが組み込まれているから二人の魔法陣が違うんだと思う」

「でも一体全体俺たちを召還した奴はなんだってこんなことを……? それに俺が治癒魔法とかほかの魔法を使えない理由は?」

「それはボクにはわからないけど……とにかくこんなことが出来るのは凄い魔法使いだとしか……。そうだ、ボクのお祖父ちゃんに聞けばなにか心当たりがあるかもしれないよ」

「エマリィのお祖父ちゃんて、確か有名な魔法使いだったっけ?」

「うん。大魔法使いとまではいかないけれど若い頃はダンドリオンで王室お抱えの魔法使いをやっていたし、東にあるロズニアおよびヴォルティス連合王国にはルード・ヴォル・ヴォルティスという魔法都市と呼ばれる街があって魔法研究も盛んだから、お祖父ちゃんならそこへ口添えをしてくれるかもしれない」

「うーん、この魔法陣のせいでなにか不利益を被っているのかと言えばどちかと言えば利益ばかりのような気がするしなぁ。でも誰が何のために召還してこんな力を与えたのか目的がわからないってのも気持ちいいものでもないしな……。よし、決めた。それじゃあエマリィのお祖父ちゃんに会いに行ってみますか」


 それに今後のことを考えればエマリィの肉親に会っておくのも悪くない。まだキスもしていない健全すぎる仲だが、外堀から埋めていくのも一つの手ではある。

 するとライラが不服そうに声を上げた。


「えー、もしかしてせっかく会えたのにライラちゃんを置いてお二人でまたどこかへ行ってしまうのですか!? ライラちゃんはここから離れるわけにはいかないのに! そんなのヒドいです! ライラちゃんだって恋の探求に出掛けたいのですぅ! ぶー!」

「いや、だってお前にはグランドホーネットで留守番しててもらわなきゃ。こんな人気のない渓谷でも誰に見つかるかわからないんだし。それにお前の役目は司令部のオペレーターだろ。しかも艦内スタッフで具現化してるのもお前だけってことは、万が一の時に艦を動かせるのもお前だけってことだ。操縦もできるんだろ?」

「勿論艦内システムはサポートAIによって全自動化してますからライラちゃん一人で操縦できますけどぉ。問題はそこじゃなくて一人で留守番するのは寂しくて寂しくて嫌なのですぅ!ぷー!」

「あれ? そう言えば留守番で思い出したけど、お前ギルドに俺たち宛ての依頼を出した時になんで名前書かなかったんだ? それに仮面まで被って正体を悟られないようにしてたみたいだけど? そんな回りくどいことせずに普通に連絡くれたらすぐに会いに来たのに」

「でも、それだといまいち盛り上がりに欠けますしぃ……」

「え!?」


 と、俺。


「え!?」


 と、ライラ。


「――ていうか、お前の単なる暇潰しで俺たちにいらぬ不安与えてんじゃねーよ!」


 俺はライラにヘッドロックをかけて拳骨で思い切りゴリゴリしてやる。


「いたたた! 誤解ですぅ! ライラちゃんは元々エンタティメント用アンドロイドなので思考ルーチンが常にドラマチックな方向を選択するようになっていて――!」

「やかましい! 御託はいいからとにかくここでしばらく大人しく留守番してろ! あとピーピングモスキートはもう絶対に使うなよ! それで大人しく留守番してたら、お前も一緒に動き回れるように考えてやるから。いいな!?」

「ううっ、わかりましたぁ。ライラちゃんはもう少し一人で留守番しておきますよぉ……」


 とは言ってもだ。

 こいつは一度このグランドホーネットで俺が居るダンドリオンまで乗りつけようとした前科がある。  

 それに「思考ルーチンが常にドラマチックな方向を選択する」という言葉もあながち間違っていないようなので、ライラをこのまま一人で残すのはやはりまずい気がするなぁ。


「やっぱり考えが変わった。エマリィ、悪いけど実家へ行くのはもう少し後にしよう」

「ボクは別にいつでも大丈夫だよ。それにお祖父ちゃんももう引退していつも家に居るから。でもどうして?」

「ああ、やっぱりグランドホーネットをこの状態にしたままライラ一人に押し付けるのもなんか違うような気がしてさ。せめてもう少し人がやって来ない渓谷の奥へ移動するとかした方がいいと思って」

「え!? それじゃあしばらくはタイガさんとエマリィさんはここでライラちゃんと一緒に居てくれるんですか!?」

「まあ、そんなとこだ」


 そんな感じに俺とエマリィの始めての遠征は意外な形で幕を閉じたのであった。

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