第三十七話 一件落着で十万人のマイケルベイコール!?
翌日――
俺はハティを引き連れてプラントの残骸を発見した場所へやって来ていた。
今日は八号が村で留守番で、エマリィは引き続き診療所を担当してもらっている。
ハティを連れてきたのはこのプラントが「誰に」やられたのか、少しでも手掛かりが見つからないかと思ったからだ。
するとハティは大きく二つに分断されたプラントの残骸を見て開口一番、
「うむ、カピタンよ。これは魔法攻撃でやられた訳ではないな……」
「え? そうなの?」
「ほれ、そこにある窪み、それは足跡じゃ」
と、ハティは残骸の近くの地面を指差した。
草が薄らと覆い茂っていて気がつきにくいが、確かに凹みがあってそれは等間隔で続いている。
「プラントと何者かはここで揉み合いの格闘をしたのじゃ。その時の名残りで、この周囲だけ草が短くなって地面が露出しとるじゃろ?」
「うん、確かに。でもこの足跡ちょっと大きすぎないか……!?」
足跡の大きさは直径で一メートル近い。しかしそう言った後で、
そうだ、ここは異世界。どんな
「そうじゃ。村人の話ではこの森にそこまで大きな
「
「それにしては随分足跡が大きすぎる気もするが、絶対に無いとは言い切れんのう……」
足跡を追いかけながらハティは自身なさげに答える。すると、ふと足が止まり訝しそうに周囲を見渡した。
「どうした!?」
「ここで足跡が消えとる……」
「じゃあやっぱり
「うむ。一応反対側の足跡の先も確認してみるのじゃ」
しかし反対側の足跡も途中で消えていて、いよいよハティは難しい顔で腕組みをして黙り込んでしまった。
こうなってくると、やはり
「やはり
「うむ。その場合通常よりも二回りか三回りほど以上の大きな個体ということになる。
「例えばそいつがプラントに改造されていたとしたら……?」
「ミイラ取りがミイラにやられたか。まあありえん話ではないのう。とにかくそのプラントという訳のわからぬ
「二十日前後か……。確かにそれだとジュリアンの話にあった、隊商がサウザンドロル領からダンドリオンヘ帰る途中に見たという話と符号するんだよな。しかもそれ以来、目撃情報は出ていない……」
楽観するにはまだ早いかも知れないが、今みたいに気を揉む必要もないってことだろうか……
とりあえず今日も探索に出て貰っている冒険者たちの処遇も含めて、村へ戻ってからじっくりと考える事にしよう。
俺とハティはプラントの残骸を後にした。
翌日は朝からお祭り騒ぎだった。
既にアスナロ村のみんなにも、今日の正午過ぎにグランドホーネットがシタデル砦前に到着する話は知れ渡っていて、復興作業に従事している職人や、見張りの冒険者たちからも懇願されて休日にするしかなく、結果みんなが伝説の魔法戦艦を一目見ようと早朝から浮き足立っていた。
一応朝からスマグラー・アルカトラズで村人たちをピストン輸送していたのだが、気の早い男連中の中には自力でシタデル砦を目指すものも。
そういう訳で全員を搬送し終えたあとで、俺とエマリィとハティ、八号も正午近くにスマグラー・アルカトラズでシタデル砦へ。
少し前にライラから通信が入り、もうシタデル砦の前の平原に到着したと報せを受けていた。
一応プラントの破壊も確認し、ほかの目撃情報も今のところは出ていない。そしてグランドホーネットの到着だ。
午後にはダンドリオンから大事なお客を迎えることにもなっていて、艦内でささやかなパーティーを催すことになっている。
あのプラントが破壊される前に、新種の
やがてスマグラー・アルカトラズが甲板上に着陸して、俺たちはコンテナを降りて目を丸くした。
砦前の平原や丘の上を埋めるようにびっしりと人が集まっていたからだ。
この間の魔族の黒騎士と
群集は甲板上の俺たちの姿に気がつくと、割れんばかりの歓声と拍手で迎えてくれた。
その地鳴りのような歓声と予想もしていなかった大歓迎に、つい胸の奥底から熱いものがこみ上げてきて、俺はもう叫ばずにはいられなかった。
「マイケルベーーーーーーーーーイ!!!」
と、手摺から身を乗り出さんばかりに両手を突き出して絶叫していた。
しかし――
これまでの熱烈的な出迎えから一転して、水を打ったようにしんと静まり返る群集たち。
想像してみて欲しい。十万人が呆気に取られた様に一斉に静まり返る姿を。
十万人が凍り付いている姿を。
これだけの群集がいるのに水を打ったように静まり返るのだ。
それがどれだけ恥ずかしくて、もう死にたくなるくらいの破壊力のあることか。
「あああああああああああああああっ……!」
俺は恥ずかしさで頭を抱えて甲板の上を転げまわった。
「だ、大丈夫だよタイガ! みんなタイガの世界の神様の名前を知らないだけだから! タイガの信仰心の強さを知ればきっと、その、とにかく大丈夫、うん、多分っ……!」
エマリィが必死に慰めてくれるが、何だか余計に恥ずかしくなる。
そんな俺を見て十万の群衆は戸惑ったようにざわついていたが、もう俺の知ったことではなかった。
俺を笑いたければ笑えばいいさ。もう俺には怖いもんなんかない。
エマリィにこんなカッコ悪いところを見られて、異世界に来てからコツコツと地道に作り上げてきた、タフでクールでファニーでキュートでジェントルな俺のイメージは、たった今崩壊したのだ。
これ以上の地獄がいったいどこにあるというのか。
するとハティが群集に向かって大呼した。
「聞け皆のもの! 我らの名はマイケルベイ爆裂団じゃ! マイケルベイとは我らの大将が生まれた地方の方言で、それは勇気ある者を表す言葉じゃ!」
ハティの説明を聞いて、今までざわざわしていた十万人が納得したように、おおっと声を漏らしている。
そしてハティに腕を掴んで無理やり立たされると、小声で「ほれカピタンよ、晴れの舞台じゃ。ちゃんとせい!」と、叱咤激励される。
「そしてこの男が我がマイケルベイ爆裂団の大将にして、魔族を撃退したタイガアオヤーマじゃ! この男こそが真の
十万人が合点がいったように声を漏らして、そしてどこからともなく沸き起こるマイケルベイコール。
十万人の群集による奇跡のマイケルベイコール。
人生で初めて魂が最大限の感動に打ち震えた瞬間。
「こ、これは……ッ!!!」
俺は目の前の壮観な光景につい男泣きしてまいそうなくらいに感動していた。
そして我を忘れて一心不乱にマイケルベイ三唱をしたところで、エマリィとハティの二人に無理やり艦橋へと連れて行かれたのだった。
この日を境にマイケルベイという単語は勇気ある者という言葉として、サウザンドロル領どころかステラヘイム王国全体へと広まっていき、この異世界に定着していくことになる。
俺とライラはミネルヴァシステムで作ったマイケルベイブランドの貫頭衣や食器、生活用品を売り出して莫大な富を得ることになるのだが、それはまた別のお話。
「――で、なんなんすか、今のは……?」
司令室へ行くとキャプテンシートに座ったライラのふくれっ面が出迎えてくれた。
そう言えばいつもなら、甲板にアホな犬並みに全力で出迎えに来るのに今日はなかった。どうやらご機嫌が斜めらしい。
「いや、すんません。つい我を忘れてしまって……」
「ちっ、あんな下手糞なコールアンドレスポンスで調子に乗らないでくださいよ。ライラちゃんの方が百倍上手くて百倍は観客を沸かせられますからね。まあマイケルベイ三唱もいいんですけど、ライラちゃんはここを動くわけにはいかない理由があったんですよ。タイガさんはライラちゃんやエマリィさんに謝ることがあるんじゃないですか!?」
「は? なに言ってんのお前?」
「え、ボクに?」
と、エマリィが戸惑いの表情で俺とライラを見ている。
「そうですよ! 心当たりないんですか? ないんなら言ってあげましょうか!? 言いますよ!? いいんですね!? 本当に言いますよ!? 女ですよ女! 冒険の傍らいろんな土地に囲ってる女のことですよ! しらばっくれてもこっちは確たる証拠を握ってるんですからね!」
「え、タイガが……。ボクの知らないところで……?」
エマリィが思い切りどん引きした顔で俺を見上げている。
しかも心なしか遠ざかっている。
「いやいやいや違うから! エマリィまったくの誤解だから! おいっライラ! お前も訳わかんない事言ってないでちゃんと説明しろよ! 場合によってはこの船から追い出すよ? うん!?」
と、血の涙を流しそうな勢いでライラに詰め寄る。
「いいんですね? 謝るなら今のうちですよ? 証拠を出した後で後戻りできないですからね?」
「望むところだよ。早くその証拠とやらを出してみろよ」
「わかりました。そこまで言うのならいいですよ。覚悟してくださいね。――ピノ、ピピン! もう出てきていいですよ!」
ライラの声を合図に、中央に設置してある多目的テーブルの下から、真っ赤な小さな妖精が飛び出してきて一直線に皆の元へと飛んできた。
「皆さん初めまして! 私がピピンだよ、で、この子が――あれ!? ピノ!? ピノ何してるの!? 早く出てきなさいよ!」
ピピンと名乗る真っ赤なチュチュを着た妖精は自己紹介の途中で、慌ててテーブルの下へと戻ってしまう。
「――ライラちゃん、ピノが恥ずかしがって出てこないの! 助けてえ!」
「もう仕方がないですねえ」
ライラはため息混じりにテーブルまで歩いていくと、下に隠れている女の子の手を引っ張って皆のところまで戻ってきた。
「はい、皆さんに自己紹介してくださいね。さっき練習したでしょ?」
ライラに連れてこられたのは十歳前後と思われる銀色の髪をしたエルフの少女で、その少女を見たエマリィとハティが小さな声を漏らした。
「わあ、エルフってボク初めて見た……」
「うむ、妾もじゃ。しかしなぜエルフの子供がこんなところに一人で……?」
「え? エルフってそんなに珍しいの?」
と、俺。
「うん。ほら以前この世界の歴史について話したことがあるでしょ。ボクたちヒト族や亜人族が神族の骸から生まれる前は、神族と魔族、妖精族、エルフ族が住んでいったって」
「ああ、ちゃんと覚えているよ」
「この四つの種族を古代四種族と言うんだけど、そのうちの妖精族とエルフ族はここトネリコール大陸に今も住んでるの。でもこの二つの種族は、ボクたちとまったくと言っていいほどに交流がないんだ。それでも妖精族の方はたまに集落を飛び出してヒト族や亜人と交流を持つ人も居るらしいとは聞くけど、でもエルフは大陸のずっと北の方にある大きな森の奥に住んでいるから、ここ南方のステラヘイム王国では、まったくと言っていいほど未知の種族なんだよ」
エマリィは俺の質問に答えると、少女の前にしゃがみ込んで手を差し出す。
「初めまして。ボクはエマリィ。あなたの名前は?」
「私は……ピノ……」
と、ピノは指をもじもじとさせて、恥ずかしそうに俺たちをチラチラッと見ている。
「ピノはタイガさんに会いに来たんですよねー?」
「え、俺に……?」
ライラの言葉に思い切り顔をしかめて、まじまじとピノの顔を覗き込む俺。
すると俺の顔が怖かったのか、ライラの後ろへ隠れてしまう。
「ほらほら、この人がタイガさんですよお。タイガさんに何か話があって来たんですよね?」
「……タイガ、なの?」
ピノは顔を半分だけ出して俺をじっと見る。
そして何故か顔を真っ赤にして、またライラの背中に顔を埋めてしまう。
するとそんなピノの反応を見ていたライラが、鬼の首でも取ったように一言。
「ほら、やっぱりそうじゃないですかこの反応は! なんかおかしいと思ったんですよね!」
「え? なにがだよ?」
「どう見たってピノはタイガさんが冒険の合間にこっそり作った幼妻じゃないですか! じゃなきゃこんな反応はしませんよ!」
「ははーん、さてはお前の脳みそには寄生虫が沸いてるな? 頭かち割って消毒したら多少はマシになるかもな!?」
俺はライラのこめかみを思い切りグリグリしてやる。
「いたたたたたたたたた! 痛い! 痛いですうタイガさーん!」
「お前は俺がこんなちっちゃな女の子に手を出すような人間だと疑ってたんだろ!? ん? すでに俺のピュアハートは悲しくて涙色に染まっちゃいましたが何か!? ああ、悲しくてやりきれねえなあ!」
「嘘! 嘘です! 冗談ですよ冗談! ライラちゃんのエンタティメント回路がちょっとした悪ふざけを選択しただけで、悪いのはライラちゃんじゃないですから! ひぃーん、ごめんなさいですう!」
「素直に謝ればよろしい。で、問題はこっちだけど――」
俺はKO寸前のライラをエマリィに託すと、ピノの真正面にしゃがんでぽんと彼女の頭に手を置いた。
出来る限りの優しい笑顔と、声音を作ることに細心の注意を払いながら話しかけてみる。
「こんにちはー。俺がタイガだよー。さてさて俺に会いたがっていたって聞いたんだけど、それはどうしてなのかなー? ちゃんとお話できるかなー?」
ピノはもじもじとしながらも、ゆっくりと口を開いた。
「わ、私はピノ……。あのね……私、タイガに会いに来たの。でもね、なぜタイガに会いに来たのか、自分でもよくわからないの……ごめんね……嫌いにならないで……」
と、一生懸命に喋っているうちから、瞳が涙でうるうると潤んでいく。
「はあ……」
俺たちは怪訝な顔で黙り込むと、ピノという銀髪をした不思議なエルフの少女を見つめていた。
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