幕間 痛い夜

 パーティーを結成したその日の夜――

 「花と風亭」の食堂で二人だけのささやかな結成食事会を催した後のこと。

 俺とエマリィはまたしてもネカフェのカップルシートみたいな個室で眠ることになった。

 誤解しないでほしいが、俺的には懐も暖かいのでもう少しグレードの高い宿かもしくは別々のブースでも良かったのだが、「贅沢は敵なんだよ」の一言でエマリィが決めてしまったので仕方がない。

 いや、ほんと仕方がない。エマリィのそういうところが本当に大好きだ。


 ちなみに花と風亭は裏庭の小屋で沐浴ができる。料金は宿泊代に含まれているらしい。

 この世界で入浴と言うのは一部の貴族や王室と言った上流階級の人間のみがするそうで、庶民は沐浴が一般的だそうだ。沐浴というと宗教的儀式を連想するが、特に宗教的な意味合いはないとのこと。

 そんな訳で俺とエマリィも順番に沐浴を済ませて汗と垢を落としてさっぱりとした気分でカップル席で寛いでいると……


「タイガ、ちょっといいかな……?」


 神妙な顔つきで――それでいてどこか悪戯めいた光を碧眼に宿らせたエマリィが俺の前に正座した。


「な、なんでしょう……?」


 俺の声は少し上擦っている。無理もない。昼間の勝負の時といい、エマリィがこういう顔をする時はなにか企んでいるときだ。

 しかも今エマリィの手に握られているものはナイフだ。護身用らしい刃渡りが二十センチくらいのもの。この組み合わせで警戒するなというのが無理な話なのである。


「タイガは記憶喪失で覚えていないと思うけど、実は治癒魔法には相性があるの」

「相性……?」

「そう相性。昼間ボクの治癒魔法でタイガは全快したから問題はないと思うけれど、やっぱり一度しっかりと確かめておいた方がなにかといいと思うんだよね……」


 うーん、心なしかナイフがギラついて見えるのは気のせいですか……?


「ち、ちょっと待って! その相性が悪いとダメなの!? だって昼間は俺元気になったよ? それでいいんじゃないの!?」

「うん、だからあくまでも念のためだよ。ちなみにね、ロングソードでお腹を刺されたとして術者と怪我人の相性がいいと中級の治癒魔法一回で全快になるけど、相性が悪いと一回の治癒魔法では全快にならないの」


 うん? それはちょっと聞き捨てならない。戦闘中にアタッカーが負傷した場合、相性の悪いヒーラーだとそれだけタイムロスが生まれて攻撃力の低下を招くということか。


「確かにそれはまずいことになるかも……」

「でしょ!? だから一般的に新しいメンバーでパーティーを組んだり、ヒーラーの補充をする時なんかに必ず行うテストがあるの!」


 ああ、それでそのナイフですか……。エマリィが何を行いたいのかはもう察しがついた。しかし……である。


「ち、ちなみにそのテストの内容ってどんなの……?」

「あのね、腕にこのくらいの傷をつけた後で初級の治癒魔法をかけて治り具合を見るの。相性が良ければ一発で傷は消えるけど、相性が悪いと瘡蓋になる感じかな?」


 と、エマリィは両手で二十センチくらいの大きさを作って説明する。そのサイズを見て俺は完全に及び腰になる。なんせ世界で一番治安の良かった日本国の生まれだ。ナイフで切りつけられた経験なんてある訳ない。ましてや二十センチなんてビビって当然だ。


「い、いや、それはちょっといくらなんでも大きくないですかねえ……?」

「でも傷が小さいと判断が難しいんだよ。それにすぐ治癒魔法を施すから痛みも一瞬だし……」

「うーん、でも、なんかなぁ……」


 自分でも情けないとは思う。惚れた女の子の頼みならば胸を張ってどんと快諾するべきなのだろうが、それでも俺は痛いのは嫌なのだ。予防注射だってこの歳になってもまだ心臓がバクバクと波打って、針が刺さる瞬間を直視できないくらいなのだ。それなのにナイフで傷つける? しかも二十センチ?


 痛いのも怖いが、万が一ナイフの切っ先が肌に刺さった瞬間に情けない声を出してしまったらどうする? もし万が一泣いてしまったら?

 たぶん俺は恥ずかしいやら情けないやらでもうエマリィの顔を見れないと思う。

 そのことが一番怖い。


「……タイガ、ボクたち二人だけのパーティーなんたよ。ダイガが前衛で攻撃を担当して、ボクが後衛でそれを支える。もしタイガがケガをしてボクの治癒魔法で治りが悪かったら、もう前線は維持できなくなるかもしれない。そうなったらパーティーの全滅だってあるかも……。タイガだってそんなの嫌でしょ? ボクだって死にたくないもの。だからタイガとの相性をしっかりと把握しておきたいのはヒーラーとしての責任でもあり、ボク自身のためでもある。タイガもアタッカーとしてボクに背中を預けるのなら責任を果たしてほしい。共に戦う同じ仲間としてボクに対する責任を見せてほしい……じゃ、ダメかな?」


 最後に小首を傾げておねだりするような顔で俺を覗き込むエマリィ。

 そんな顔をされて断っては男が廃る。それにエマリィの言うことはもっともだ。俺はエマリィの命を預かっているし、エマリィも俺の命を預かっている。

 だからこそ万が一の時に不備がないように確認できることはしておきたい、ということだ。それが俺の命を預かる責任だからだ。そしてそれに協力するのもまた俺の責任。


「わ、わかった……。でも一つだけ。い、痛くしないでね……」

「善処します!」


 そのすぐ後でネカフェもどきの宿屋全体に俺の情けない悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。

 でも泣かなかっただけでも自分を褒めてやりたい。

 ちなみに治癒魔法の相性の方は抜群で、エマリィもその結果にはニコニコ。そんなエマリィを見て俺も気分上々。

 リア充っぷりが加速しすぎて人生賛歌の詩集を書き上げてしまいそうな夜でした。

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