第三十二話 書記官と王様

 俺の部屋まで衛兵に連れてこられてきたサウザンドロル領書記官はドアを開けた瞬間、戸惑いの表情を浮かべて立ち尽くしていた。


 無理もない。つい先ほどまでエマリィがベランダで俺と話している間に、リビングではハティが一人で酒をかっくらった挙句に寝込んでしまっていて、今も床の上で半裸に近い姿で大の字になって豪快にいびきをかいるのだ。


 もう寝室に連れて行くのも面倒くさいので、そのまま寝かせておくことにしたのだ。

 

 さらに俺はライラたちとの定時通信のために着用したアルティメットストライカーをヘルメット以外はそのまま着ているので、初めてABCアーマードバトルコンバットスーツを目の当たりにした者には、とても奇異で異様な威圧感があったことだろう。

 

 俺としてもこんな夜分に訪問してきた見知らぬ客に多少の用心もあってABCアーマードバトルコンバットスーツを脱がなかったのだが、書記官の戸惑いの顔を見る限り効果は抜群だったようだ。


「こ、このような夜分に突然の訪問が非礼にあたることは重々承知しております。にも関わらず面会をお許しくださったアオヤーマ様の寛大なお心遣いに感謝いたします」


 ジュリアンは右手を胸に添えると、片膝をついて会釈した。動揺しながらもすぐに頭を切り替えて相手へ謝辞を述べる様は様になっていて、彼の育ちの良さや実直な人柄が滲み出ているようだ。


「えーと、俺は単なる冒険者なのでそういうかしこまったのはいいです。とりあえずこちらのソファへどうぞ」


「はっ、ありがとうございます」


 俺はドアの所で待機していた衛兵に片手を上げて退室を促すと、書記官の対面に座った。俺の隣にはエマリィに座ってもらう。


 ジュリアンはここでもエマリィが同じ席についたことに戸惑いを感じているようだったので、俺は苦笑混じりに説明した。


「ご存知か知りませんが、今はこんな立派な迎賓館に住まわせてもらっていますが、元々俺は冒険者です。そしてこちらのエマリィ・ロロ・レミングスは、俺の大切な仲間でパーティーの一員です。ちなみに今そこでいびきを掻いて寝ている風狼族がハティ・フローズと言って、彼女も大事なパーティーの仲間です。俺はステラヘイム王国の出身じゃなく、ダンドリオンへやって来たのもつい最近のことです。だからこちらのエマリィにはアドバイザーとして同席してもらっていますが、それでよろしいですか?」


「も、勿論ですとも。それよりももし私めの知らない間に、皆様の気分を害するような態度を取っていたのならばどうぞお許しください。何分動揺しておりまて……」


「まあ、そうでしょうね」


 どうやらジュリアンは見た感じのまま誠実な人間のようだ。


 このわずかな会話だけでも彼の実直な人となりが垣間見えて、俺は好印象を抱いていた。歳は俺より少し上の二十歳前後だろうか。銀色の長い髪を後ろで束ねた見るからに優男の風貌だ。


 昼間面会していた貴族たちの慇懃無礼とも言える態度に比べれば、純朴すぎて逆にこれで大丈夫なのかと、こちらが心配してしまうくらいだ。


「ところでジュリアンさんは書記官とのことで、それは一体どういう役職なのですか? 俺はその辺から説明をしてもらわないと、貴族社会のことはよく知らないもので……」


「これは失礼しました。書記官というものは、地方に領土を構える領主に成り代わって王都に居を構えて、王室と地方との連絡を取りもつ連絡役でございます。大事な役目ゆえ、地方貴族の家族が就任するのが慣わしとなっており、私めはサウザンドロル領領主タリアン・タタ・サウザンドロルの次男となります」


「わかりました。そのサウザンドロルの書記官が一体こんな夜分になぜ?」


「はい。アオヤーマ殿はいま連日貴族と面会をなさっている最中だと思いますが、父のタリアン公も直接アオヤーマ殿と会って、今回の騒動のお礼を述べることを大変楽しみにしておりました。しかし心労がたたったのでしょう。都上りの道中で病に伏せてしまい、急遽領都へ戻ることになりました」


「それは大変でしたね。くれぐれもご養生をお祈りします」


「ありがたきお言葉。しかとタリアン公にもお伝えします。しかしこの件は既にオクセンシェルナ様にもご報告してありますのでよろしいのです。問題はここから……。私めがこんな夜分に訪問せざるをえなかった理由を、是非お聞きくださいますか?」


「どうぞ。そのつもりで招いたのだから」


「ありがとうございます! 先日領都からの伝書蝶で、サウザンドロル領内の復興作業が一向に進んでいないとの連絡を受けました。理由は職人や人夫が再度の魔族侵攻を恐れて集まらないとのことです」


「ああ、なるほど。それで俺に助けを?」


「す、少しでよろしいのです。あの魔族を撃退したアオヤーマ殿ならば、何か策があるのではないのかと! 例えばアオヤーマ殿の口から、魔族はもう二度とやって来ないと言った触れを出してもらえるだけでも民衆は落ち着くものです。しかしその事をアオヤーマ殿に相談したくても、父の面会は既に中止となっており、さらに国王との謁見の儀前日までアオヤーマ殿との面会予定は、ぎっしりと埋まっているとのこと。順番待ちされている貴族は皆様領主クラスの貴族ゆえ、書記官とは言え次期当主でもない次男坊が割り込むには、余りにも失礼すぎてどうすることもできず……」


「それでこんな夜分にやってきたと……」


「はい。失礼は重々承知しております。しかし私めにはもうこの方法しかなかったのです……」


 なるほど。ほかの貴族たちの方が位が高いから面会にはとても割り込めない。もし割り込めたとしても、後々何を言われたりされたりするかわからないってわけか。しかし……


「しかし俺がもう魔族は来ませんよーなんて触れを出すだけで、解決するような問題なんですかこれ?」


「そ、それはなんとも言えません。しかし職人や人夫が集まらなければどうにもならないのです。私めも連絡を受けてから、ダンドリオンで求人の募集をかけましたがどうにも反応が悪く……。それに加えて隊商の連中も皆恐れてサウザンドロルへの物資運搬を渋っております。今は古くから付き合いのある隊商に倍の賃金を支払って何とか運んでもらっていますが、この隊商も次回からは無理でしょう。サウザンドロルの復興は八方ふさがりなのです……」


「その隊商はどうして? 現地へ行ってるなら今は安全だってわかるのでは?」


「それが森の中で魔物モンスターを見たと。それも今まで見たこともないような鉄で出来た見張り塔のような形をしていて、きっとあれは魔族の差し金に違いないと……」


「て、鉄で出来た見張り塔のような形……!」


「タイガ、それってもしかして……!?」


 俺は思わずエマリィを見た。すると、それまでいびきを掻いていたハティが、突然すっと上体を起こした。口許には不敵な笑みを浮かべていて、二つの目は真っ直ぐに俺を捉えている。


「……カピタン、なんだか雲行きが怪しくなってきたのう。で、どうするつもりじゃ!?」


「どうするも何も、もしほかにも具現化したプラントが居るなら叩き潰すしかないだろ……。グズグズしてたら叫ぶものスクリーマー大発生の騒ぎじゃ収まらなくなる……!」


「ア、アオヤーマ殿!? それは一体どういうことです!?」


「悪いジュリアンさん。今は説明している暇はないから詳しい話は後で。エマリィ、ハティ。迎賓館生活は終了だ。三十秒で支度してくれ!」


「ボ、ボクはカバン一つだからいつでも大丈夫!」


「ふむ。ここ最近のカピタンは呆けた顔をしてつまらぬ男じゃと思っておったが、ようやくカピタンらしい顔に戻ったな」


「ふん、毎日泥酔してたのはどこの誰だよ」


「妾は酒は飲んでも酒には呑まれんのじゃ」


「じゃあ準備は万端だな?」


「妾も酒を二、三本もって行くだけじゃ。いつでもよいぞ?」


「よし。じゃあプラント退治の前に王様と話をつけに行きますか!」


 俺はアルティメットストライカーのヘルメットを被るとドアを開けた。




 王城の前までやって来ると、まずは二人の門番が呆気に取られたような顔で俺たちを眺めていて、しばらくするとようやく我に返ったように、見張り小屋の仲間たちに声をかけた。


 すると出てくるわ出てくるわ仲間の門番たちが。鉄鎧に身を包んで長槍を構えた十人近い衛兵が、一気に俺とエマリィ、ハティの三人を取り囲む。


 ちなみにジュリアンは俺たちが今から城へ行って王様と会うと告げると、さすがに一緒に付いていく訳にはいかないと、自宅で待機することになった。


 下手をしたらサウザンドロル家全体の責任問題にもなりかねないのでそりゃ当然だ。とりあえずジュリアンには、こちらから連絡を入れるまでは自宅で待機してもらった方が俺としても動きやすい。


「こ、このような時間に一体何事であるか!? それにそのような珍妙な井出たちで王城に近付くとは一体何を考えておる! 今この場で斬り捨てられても文句は言えぬぞ! もしくはそれが望みの白痴者か!? すぐにここより立ち去れ! 本当に斬られたいか!」


 衛兵の隊長らしき厳つい男が、腰の剣を抜きながら凄んで見せる。すると門の向こうから見たことのある人影が走ってくるのが見えた。


「タ、タイガ殿! ほんとうにお見えになったのですか――!?」


 それはユリアナ姫王子だ。後ろではシタデル砦にも居た金髪の剣士と、青髪の魔法使いの姿も見える。もっともこの二人はずっと気を失っていたので会話すらしていないが。


 ユリアナ姫王子にはシタデル砦から帰ってきた時に、もしもの為にと通信機を渡しておいたのだが、まさかこんなに早く役立つ日が来ようとは。


 実は迎賓館を出る際に、ユリアナ姫王子に「今から王様に会いに行きます」と連絡を入れておいたのだ。ちなみにその時にライラにも連絡を入れて、既に迎えのドローンは手配済みだった。


「はは、ユリアナ姫王子様、ほんとも何も冗談でこんなこと出来ないでしょ!? それよりもこの門番たちを何とかしてもらえませんか? あまり騒ぎを大きくしたくありませんから!」


「わ、わかりました! 皆のものお聞きなさい! この方は私とお父様の客人です。この方こそが魔族を撃退し、私を助けてくださった冒険者タイガ・アオヤーマ殿です。その恩人に剣を向けるなどあってはならないこと! 早々にお通しなさい!」


 姫王子の一喝に、門番たちに動揺が走る。口々に「この男があの!?」「魔族を一人で蹴散らしたという……」などと噂していて、つい口許がニヤけてしまう。


 とりあえず城門を難なく通り抜けることに成功して、ユリアナ姫王子の先導で綺麗に整備された豪華な庭を通り抜けると、幾つかの人影が待ち構えていた。


 その先頭にいる人影には見覚えがあった。宰相のオクセンシェルナだ。


「ユリアナ姫王子から話を聞いたときはまさかと思ったが、これは一体全体どういうことですかなタイガ殿……? いくら救国の英雄と言えど、このような時間に突然王様を訪問するなど、非常識も甚だしいですぞ……?」

 

 オクセンシェルナはいつもの冷静な口調だったが、その刺すような瞳は氷のように冷たい。隣に居るハティはフンと鼻を鳴らして悪態をついていたが、エマリィが思わず身を固くしたのがABCアーマードバトルコンバットスーツ越しにもわかった。


 それにオクセンシェルナの後ろに立っている四人の男たち。


 二人は育ちの良さそうな好青年で身なりや佇まいからも貴族とわかる。この二人が恐らくユリアナ姫王子の二人の兄たちで間違いないだろう。


 そしてその兄たちより一歩下がった場所に立ちながら、一番強烈な怒気と殺気をギラギラと発している二人の男たち。一人は鉄鎧に身を包んだ二メートル近い屈強な大男で、手にはこれまた巨大な戦斧を持っている。そしてもう一人が同じような鉄鎧に身を包みながらも体格はやや細く、身長も大男と比べて頭三つほど低くて、手には鞭のようなものを丸めた状態で持っている。


 どうやらこの二人は兄たちの騎士団の腕利きらしい。


 常識外の時間に冒険者風情が突然来訪してくると聞き及んだオクセンシェルナ辺りが、急遽護衛として呼び寄せたと言った感じか。


 二人の露骨な敵意に当てられてハティが犬歯を剥き出しに、エマリィはあひる口でハティとは正反対の意味でうーうーと唸っていたので、俺は無言で二人の肩を叩いて落ち着かせた。


「とりあえず姫王子様。王様のところへ連れて行っていただけますか? 国家存亡の危機が起きるかもしれないのに、これでは身内同士で血の雨が降りそうですから」


「も、勿論です。父上は驚いていましたが、タイガ殿とようやく会えると聞いて喜んでおりましたから」


 ユリアナ姫王子の先導で歩き始めると、俺たちの後ろをオクセンシェルナ達もついて来た。


「あれ? オクセンシェルナさんも一緒に来るんですか?」


 と、俺は悪戯っぽく聞くと、オクセンシェルナは口を歪めて、


「当たり前じゃ。国家存亡の危機が迫っていると言われて、宰相のわしが無視できるわけなかろう」


「救国の英雄タイガ・アオヤーマ殿を疑っているわけではありませんが、我々は念のための護衛で同行させていただきます。余りお気になさらないように」


 そう淡々とした口調で答えたのは二人の兄のうちの一人だった。恐らくこちらが長兄だろうか。金髪のオールバックで貫禄がある。


「どうぞどうぞ。俺は別に気になりませんから」


 そしてしばらく階段を上っていくと、最上階にある王様の応接室の前へとやってきた。


「父はこちらでお待ちしております」


 そう言ってユリアナ姫王子は、高さが三メートルはある巨大で豪華な装飾が施されたドアを開けた。


「おお、そなたがタイガ・アオヤーマ殿か!? 会いたかったぞ!」


 俺が応接室へ入るや否や、そんな声とともに近付いてくる人影が一つ。


 さて、どんな偉ぶった王様が待ち構えているかと思えば、目の前に現れたのは身長百六十センチくらいの、小太りでずんぐりむっくりとした体型の気の良さそうなおっさんだった。


 しかも王様らしく宝飾が散りばめられた王冠とマントをしているが、それらを取り除けばその辺の市場にでも居そうな気の良さそうなおっさんだ。


「初めまして私が――」


 迎賓館での貴族たちとの面会の日々で、オクセンシェルナから教わっていた貴族流の挨拶をしようと跪こうとするが、王様は俺の手をぐいっと掴むとソファへ引っ張って歩いていく。


「ああ、そんな堅苦しい挨拶はよい! それよりもようやくタイガ殿に会えたのだ。早くユリアナを助けた時や、魔族を撃退した話を聞かせておくれ! ワシはもっと早くにタイガ殿と面会したかったのに、そこのオクセンシェルナが、謁見の儀まではダメだと言って会わせてくれんかったのじゃ。ほんとに堅物でのう!」


 そう言われてオクセンシェルナは苦虫を噛み潰したような顔で頭を掻いている。その後ろに居た護衛の二人も先ほどまでの殺気はどこへやら、出鼻を挫かれたような顔で一生懸命モチベーションを保とうとしていた。可愛そうに。これも全てこの目の前のKYな気の良いおっさんのせいだ。


 しかしこれは俺に取ってむしろチャンスだった。


 これから俺がやろうとしている事は、もし気難しい王様が出て来たら多少力技を駆使しても実行するつもりだったのだが、出会って数秒でこの好感触。まるで篭絡してくれと言わんばかりの、全身から滲み出ている人の良さ。これならば話は早そうだ。


「あの王様、実は……」


 俺が王様に耳打ちをしていると、窓の外から高周波が聞こえてきて、突然まばゆい程の光が応接室に差し込んだ。

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