第四十八話 鉄と歯車・下

 ヒルダは男児の前に胡坐をかいて座り、黙って話を聞いていた。

 マキナが語った話をざっとまとめるとこんな感じだ。


 以前の世界で、マキナは「世界を作り変えろ」という指令を、神から受けて生を受けた。

 しかし、その前にソルジャー・オメガと名乗る戦士が立ちはだかった。

 両者の戦いは熾烈を極めていたが、どちらが勝とうが負けようが一度勝敗がつけば、知らぬ間に時は循環して、延々と繰り返し行われていたらしい。


 そんなある日、変化が訪れた。

 この世界へ転移してきたのだ。

 しかしマキナにとって不幸だったのは、以前の世界で手にしていた肉体と能力が、半分以上も失われていたことだった。


 たがマキナは己の中にしっかりと焼き付いている「世界を作り変えろ」という指令に愚直に従い、十分に動かない体と、僅かしか残っていない能力で行動を始めた。

 結局ゴーレムを一体生み出しただけで、マキナは能力の大半を使い果たしてしまい、最後は出来損ないのゴーレムを生み出すのが精一杯だったらしい。


 それでもマキナは最初に生み出したゴーレムが、魔物モンスターを作り変えたことを誇らしく見守り、このまま自分の身がこの世界で朽ち果てようとも後悔はないと思ったそうだ。


 なぜならば、この新世界ならソルジャーオメガの邪魔もなく、神の指令を遂行できると信じたからだ。

 しかし、マキナのその思惑はすぐに破られた。

 そう、ソルジャーオメガの仲間たちもこの異世界へとやって来ていて、またしても自分の前に立ち塞がったからだ。


 仲間たちが居るということは、ソルジャーオメガもきっとこの異世界へ来ていると、マキナは確信したらしい。

 そしてマキナは動かない体を引きずって森へ身を隠すことにした。

 マキナはこの洞窟に身を隠したまま、静かに戦況を伺っていた。

 爪の先ほどの大きさのゴーレムならば、自分の左半身の皮膚を剥いで作ることは出来たそうで、その虫型のゴーレムに稀人たちの周辺を偵察させていたらしい。


 そしてマキナは知った。

 やはりソルジャーオメガもこの異世界へやって来ていて、またしても自分の前に立ちはだかったことを。

 途中、魔族を名乗る軍団が乱入してきたが、ソルジャーオメガはそれらすら難なく粉砕してしまったことを。

 きっと、次は自分の番なのだろう……

 マキナはこの洞窟の暗闇の中で、いつかソルジャーオメガに発見される瞬間を、じっと待つことしか出来なかった。


「そして、私か現れたってわけか……?」


 ヒルダは顔を歪めて吐き捨てるように言った。


「しかし残念だったね。私は父様を探しに来ただけだ。父様が稀人マレビトと戦うという命令を受けて出陣したと聞いて厭な予感がしたんだ。だからやめさせようと勝手に追いかけてきただけ……。一歩遅かったけどね……」


「ぼ、僕に力を貸してくれませんか……。あなたの復讐を手伝えます……」


「復讐……!? ふざけるんじゃないよっ!」


 ヒルダは歯を剥き出しにして、マキナを蹴り飛ばした。

 そして地面を転がったマキナを追いかけて、怒りまかせに腹部を何度も何度も蹴り上げた。


「父様だって敵わなかったんだ! なのにポンコツの貴様が、父様より上だってかい!?」


 ヒルダは足元でぐったりとしているマキナの白髪を掴み上げると、


「そのソルジャーオメガって野郎は、妙な形をした空飛ぶ魔法具ワイズマテリアを使うんだろ? それなら一つ心当たりがある。貴様はここで野垂れ死ねばいいっ……!」


 そう吐き捨ると、ヒルダは洞窟を後にした。




 それからしばらくヒルダは、とある村を観察し続けた。

 この周辺で唯一生き残っている村だ。

 村には明らかにほかの村人とは違った井出たちをした少年が一人居て、その人物こそが稀人マレビトと思われたが、ヒルダは手を出さなかった。


 マキナの話によれば、稀人(マレビト)は複数名居るらしい。

 復讐するならば全員を葬りたい。そんな思いから、ヒルダはただじっと遠くから村を観察し続けた。


 村の観察を続けると同時に、時折砦の方にも足を伸ばして、修復作業に当たっている兵士や職人たちに接近した。

 森で適当に獲った果物を持って行商のふりをすれば簡単に近付くことが出来て、マキナの話の裏付けが取れた。


 それは同時に父親の死が絶対的に揺るがない事実として確定したことでもあったが、ヒルダは唇をかみ締めて心に蓋をした。

 今はまだ泣くべきではない。泣くのは復讐が終わった後だと――


 そんな日々をしばらく続けていると、ようやく村に変化の兆しが現れた。

 見たこともない奇異な鎧を身にまとった少年が、ヒト族の少女と獣人族の女を伴って姿を現したのだ。

 ヒルダは、その少年こそがソルジャーオメガで間違いないと確信した。

 それからもヒルダはソルジャーオメガを中心に観察を続けた。

 そして、時には尾行して森の中へ後をついて行ったこともあった。


 どうやら彼らは、ヒルダが叩き潰した出来損ないのゴーレムを探しているらしかった。

 そこでもマキナの話の裏付けが取れたわけだが、その頃にはそんなことどうでもよくっていた。

 とにかく目の前に居る父の敵をどうやって葬ってやろうか、その事だけで頭がいっぱいだった。


 ある日、ソルジャーオメガの能力の一端を垣間見ることができた。

 蜂王猿ワスプコングの群れを相手に披露した技の数々は、確かに見慣れないものだったが、威力だけを比べれば、同レベルの破壊力の広範囲魔法を使える者は魔族にも大勢いた。


 何故父様はこんな相手に負けてしまったのか? それがヒルダの素直な感想だった。

 しかし、その疑問はすぐに解決した。

 砦の近くに魔法戦艦が出現したのだ。しかもそれは稀人マレビトの所有物なのだと。


 きっと父親は、この魔法戦艦の戦力によって無残に踏み躙られたに違いない。

 そうでなければ、あの程度の力しかない稀人マレビトに父親が負ける筈がないのだ。

 ヒルダはそう結論に達し、ソルジャーオメガが魔法戦艦を離れる機会を虎視眈々と狙った。


 そして――

 ソルジャーオメガが、仲間を伴って森へ狩りに出掛けた絶好の機会にヒルダは仕掛けた。

 稀人マレビトはそこそこの攻撃力は持ち合わせているようだったが、物量に任せた奇襲と自分の鉄魔法さえあれば十分に押し切れるだろう。

 しかしヒルダは、自分が敵の力量を見誤っていたことを戦いの最中に痛感した。


 切り札と思っていた巨大ゴーレムは、いとも容易く粉砕された挙句に、ソルジャーオメガの攻撃はまるで天井知らずのように、どんどん攻撃力が増していったのだ。

 ヒルダが繰り出す奥の手を何事もなかったように上回って、いつの間にか追い詰められているのは自分自身だと知った。


 自分はどこかで稀人マレビトを見くびっていたのだろうか。

 心のどこかで自分の力を過信していたのだろうか。

 ヒルダは自分自身をそう問い詰める。


 いや、初めて戦う未知の敵を相手に、距離をとって姿を見せぬよう出来うる自衛策は施していた。

 それなのに何故!?


 その答えは、稀人マレビトが繰り出した爆裂魔法の爆発に巻き込まれた時にはっきりとした。

 球体ゴーレムの突撃を受け止めながら、自分が隠れている場所の見当をつけて、一瞬にして周囲一帯全てを焼き払うとは……

 魔法戦艦級の攻撃力を、個人が持ち合わせているとは……


「くっくっ……! こんなの父様だって敵うはずがないじゃないかっ……!」


 ヒルダは燃える大地の上で、瀕死の重傷を負いながらも笑っていた。

 顔を歪めて無念の涙を流しながら笑っていた。

 それが最後の強がりなのか、自分自身でもわからない。

 ただ復讐を果たせなかった無念と、自身の無力さに泣き笑いするしかなかった。

 それでも――


「……それでも、私は父様の娘なんだっ! こんなやられっ放しで死んでいく訳にはいかないんだよっ糞たれが!」


 ヒルダは最後の力を振り絞って、自分の体を練成した鉄で覆い始めた。

 イメージするものは壁だ。

 大きくて広くて全てを踏み潰す鉄の壁。

 怒りと無念を込めた全身全霊の鉄壁。


 しかし、それすらもソルジャー・オメガの一撃で、無情にも打ち砕かれてしまう。

 ヒルダの体は爆風で吹き飛び、宙を舞ってから地面に激しく叩きつけられた。

 そこはきしくも、あの洞窟の前だった。

 それは果たして、運命なのか――

 誰かが仕組んだ、策略なのか――


 ヒルダは血だらけの体で、洞窟の奥まで這っていく。

 マキナは以前と同じように、壁に持たれかかったまま力なく座っていて、無様に地べたを這いつくばっているヒルダを無表情に見ていた。


「はは、ざまあねえな……。ご覧の有様だっての……」


 ヒルダはマキナの前まで這いつくばって行くと、妖精袋フェアリーパウチからポティオンを取り出した。


「こんなものしかあげられないけど……どうか受け取ってくれ。その代わりにあいつを倒してほしい……! 私の変わりに……父様の復讐を果たしてくれっ! 悔しいけれど……私じゃあいつに敵わない……! だから、ソルジャーオメガを……! 父様の敵討ちを……!」


 ヒルダはボロボロと大粒の涙を流しながら、ポティオンをマキナに差し出した。

 しかし、マキナは辛うじて動く片手でそれを押し戻した。


「ま、魔法石が欲しいです……」


「え……?」


「魔法石さえあれば、僕はあなたの力になれます……」


 その言葉に瀕死のヒルダの瞳の奥に、徐々に光が戻っていく。

 昏く、燃え盛るような光だ。

 今ここに、鉄魔法の少女と時計仕掛けの少年の盟約が、密かに結ばれたのだった――  

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