第四十七話 鉄と歯車・上

 ここで時間は少し遡る――


 今より一月くらい前のこと。

 シタデル砦の前で魔族軍大将タリオンが、タイガに討ち取られてから三日後。

 深夜。

 タリオンが上陸したのと同じ海岸に、一羽の巨大な鳥が降り立った。

 その鉄色をした鳥は、砂浜に着地するや否や全身が砂つぶてとなって崩れ落ちた。

 鳥の首筋に乗っかっていた少女は、そのまま砂山の上へと転がり落ちる。


「つ、着いた……!」


 その少女の名はヒルダ。魔族タリオンの娘で、齢十七。

 父親を追いかけて三日三晩一睡もせずに空を飛び続けて、海を渡ってきたのだった。

 砂山の上でしばらく放心していたヒルダだったが、疲労と安堵のせいでいつの間にかウトウトとしていた。

 しかし、風に乗って聞こえてくる微かな声に飛び起きた。


「――!?」


 ヒルダの耳は尖っており、額には小さな角が二本生えている。

 それ以外はまったくヒト族と同じような外見をしていた。

 むしろ美少女と言っていい。白い肌と黒い髪に、少し吊り上った大きな瞳。勝気で活発そうな美少女だ。


 ヒルダは俊敏な身のこなしで、声が聞こえてきた方角に向かって走った。

 砂の丘を駆け上がると、その先に見えたのは特徴的な形をした三角岩の砦だった。

 深夜にも関わらず沢山のかがり火が焚かれていて、大勢の兵士や職人が出入りしている。

 中でもヒルダの目を惹いたのは、砦前の平原に大きく口を開けている五つのクレーターだった。


――あれは父様の魔法の結果だろうか……? ヒト族はあれ程の攻撃魔法は扱えないはず。やはり父様はここから上陸したんだ。では、父様は今どこに……?


 ヒルダの胸が厭な予感にざわつく。

 タリオンがここから上陸したのならば、ヒト族の砦がいまだに機能しているのはおかしい。

 しかしどう見てもいま砦に出入りしているヒト族は、砦の修復作業に従事しているようだった。

 

――この砦は征服する価値がないと見て、そのまま内陸へ進んだのだろうか……


 とりあえずヒルダは砦を迂回して、近くの森の中で休息を取ることにした。




 ヒルダがトネリコール大陸にやって来てから、既に数日が経過していた。

 ヒルダにヒト族の大陸の知識の持ち合わせはほとんどない。特に地理関係については皆無だった。

 その為妖精袋フェアリーパウチから布を取り出して顔を覆うと、森の外へ繰り返し出掛けては情報収集を行っていた。

 その妖精袋フェアリーパウチは、ヒルダが十歳の誕生日に父親から譲り受けた宝物だった。


 しかし近隣の村はどこも打ち捨てられた廃村ばかりで、ヒトや亜人の姿は見えなかった。

 これも父親の影響だろうかと思ったが、いまいち確信できないでいた。

 そんな時、奇妙な村を見つけた。

 村の周囲には見たこともない魔法具ワイズマテリアが設置されていて、近付く者をこれまた見たこともない魔法で攻撃している。


 更には何とも奇妙な形をした物体が、どこからか飛んできては村へ着陸して、しばらくするとまたどこかへと飛び去っていく。

 魔族の国にも似たような乗り物が存在はするが、ヒトや亜人がこれほどの高度な魔法を使えるとは聞いたことがなかった。


 ヒルダはその村のことは一旦保留することにして、引き続き父親の痕跡を探した。

 そんな時、隊商の一団と出会って道に迷ったふりをして同行することにしたのだが、彼らから聞かされたのは耳を疑いたくなるような話だった。


『姉さんは、この間の魔族との戦いの時はどうしていたんだい? なんでも遠くの村にまで、空が割れるような轟音が鳴り響いて凄かったらしいねえ。なかには雲にまで届きそうな火柱を見たと言い張るものまでいるそうだ。いやあ、その魔族を討ち取ったという冒険者様を一度拝んでみたいものだ』


――父様が討ち取られた……? もしかしてその冒険者が稀人マレビトなのか……?


 確かに今回父親がヒトの大陸へ出陣したのは、稀人マレビトの討伐が目的だったらしい。

 らしいと言うのは、突然慌てたように「少し家を留守にする」とだけ告げて出ていった父親の姿を、不審に思ったヒルダが母親を問いただしたところ、そのような答えが返ってきたからだ。


 しかしヒルダは、その母親の説明に納得ができなかった。

 何故ならば、普通父親程の位の高い人間が稀人マレビトを討つために出陣するならば、盛大に国を挙げて送り出されるはずだからだ。

 ましてやその場所がトネリコール大陸ならば尚更だ。


 なのに父親は娘のヒルダに一言も告げず、ひっそりと旅立ってしまった。

 一体それは何故なのか?


 もしかしたら魔王から極秘の任務を与えられていた可能性もあるが、父親のように数々の武勲を上げて、最近では一線から退いていたような人物を、果たして駆り出す必要があるだろうか。

 なにもわからぬまま、ヒルダは父親が無事に帰ってくるまでは真実はわからないのだろうと諦めた。


 しかしその日の夜、ヒルダは紅蓮の炎に巻かれて苦しむ父親の夢を見て飛び起きた。

 夢と呼ぶには余りにも生々しく、ヒルダはそれが何かしらの託宣だと信じて疑わなかった。

 それからは居ても立てもいられなくなり、気がつけば海を渡るための準備をして、遂には実行に移してしまったのだった。


 だから隊商の男が話す、魔族が冒険者に討ち取られたという話は一応辻褄が合う。この男が見ず知らずの相手に嘘をつく理由もない。


 父親は稀人マレビトと戦い、そして散ったのだ……

 しかし、それでもヒルダが男の言葉が飲み込めず放心していると、御者が驚きの声を上げた。

 森の中に見たこともない魔物モンスターとも、ゴーレムとも言えない奇妙な怪物が居たからだ。


 ヒルダは直感で、その怪物が稀人マレビトと関わりが深いと察して、男の制止を振り切って馬車を飛び降りると、怪物のあとを追いかけた。

 その怪物を間近で見ると、ヒルダはすぐにそれがゴーレムだと察した。

 鉄で出来た見張り塔のような体からは、クモのような四本の脚が生えている。高さはせいぜい四メルテから五メルテ。

 恐らく自分と同じ鉄魔法で練成されたものだとヒルダは推察したが、どこか腑に落ちなかった。


――とてもじゃないが酷い精度だ。稀人マレビトとは関係ないのだろうか……?


 目の前のゴーレムは、見るからに出来損ないだった。

 鉄の精度が酷すぎて、動くたびにボロボロと表面が剥がれ落ち、脚の間接も上手く噛み合っていないのか、ギシギシと耳障りな音を立てている。

 どれもこれも練成するときの魔力の乱れが原因だ。


 隊商の男の話では、父親を倒したのは最近現れた物凄い魔法を駆使する冒険者らしい。父親を倒すくらいなのだから、その冒険者が稀人マレビトで間違いない。

 そして、こんな低レベルのゴーレムしか作れない魔法使いが、稀人マレビトである筈がない。


「まったく――! 紛らわしいんだよ、出来損ないがっ!」


 ヒルダはそう結論に達し、自分のゴーレムで出来損ないを叩き潰した。

 そうすれば胸に渦巻いていた怒りや、不安や、悲しみが、少しでも晴れるかと思ったが、実際はその逆だった。

 出来損ないのゴーレムの残骸を見ているうちに、それが稀人マレビトに討ち取られた父親のようにも、またはたった一人で敵地まで来てしまった自分の未来の姿のようにも見えて、胸がささくれ立った。


 この出来損ないが決して自分や父親に敵わないのと同じで、稀人マレビトには父親も敵わなかった。

 父親が敵わないと言うことは、自分はもっと敵わないということ……

 つまり今目の前で朽ちている出来損ないの残骸は、自分自身なのだ。ヒルダはそう思えてやり切れなかった。


 ヒルダは森の中を走った。

 ぶつけようのない激しい怒りを叫びながら、全力で駆けた。

 そして出来損ないのゴーレムを作った魔法使いの姿を求めていた。

 どこの誰かは知らないが、こんな醜い出来損ないを作り出せる、無神経さと無責任さに腸が煮えくり返っていた。

 その何者かにこみ上げてくる感情をぶつけないと、泣いてしまいそうだった。


 そして、しばらくして森の奥に洞窟を見つけた。

 その入り口に出来損ないゴーレムのものと思われる足跡を見つけると、ヒルダは顔の布を取っ払ってずかずかと中へ入っていった。

 一番奥の暗がりに、何者かの影が見えた。


「――おい、貴様があの出来損ないを作った奴だ……な……!?」


 洞窟の奥に居たのは、全裸の男児だった。

 年齢は五、六歳と言ったところだろうか。

 白髪の髪に、整った顔立ちをした男の子だ。

 しかも白い目に白い瞳という、特徴的な双眼をしている。


 しかしヒルダが言葉を失っていたのにはほかに理由があった。

 少年の左半身には皮膚や骨が存在せず、変わりに鉄のフレームや、大小様々な歯車にクランク軸が剥き出しに鎮座していたからだ。

 男児は洞窟の一番奥の壁にもたれて座っていて、ヒルダを無表情で見上げていた。


「貴様は人造人間ホムンクルスなのか……? それも時計仕掛けの人造人間ホムンクルス……?」


 ヒルダは動揺していた。

 こんな高度な人造人間ホムンクルスを生み出せる存在など、この世界広しと言えど数人しかいないはずだった。

 魔族の国にですらヒルダが知る限りでは、魔王とそれに近い位にいる数名くらいではなかろうか。

 それなのに現代魔法しか扱えないはずのヒトと亜人の国の、しかも辺境の森深くの洞窟に、こんな高度な魔法の産物が、まるで打ち捨てられたかのように存在していること自体が異様であり異常なのだ。


「貴様はどこから来た……? 貴様を作り出したのは一体誰だ……!?」


「ぼ、僕の名前はマキナです……。人工知能のマキナ……。ここではない世界から……やって来ました……」


「――き、貴様が稀人マレビトなのかっ!?」


 ヒルダは思わず左足で、マキナの肩を押さえつけていた。今にも噛み付きそうな勢いで歯を剥き出して、左足に思いきり力を込める。


「……貴様が父様を殺したのか!? その瀕死のケガは、どうせ父様に負わされたんだろう!? 全て吐いてもらおうか! どうせ貴様は、ここで私に殺されるのだから……!」


「僕じゃないです……稀人マレビトはほかにも居ます。それも大勢……」


「ほかにも居るだと……! その中に父様を殺した者も居ると言うのか!? そいつは今どこに居るっ! 貴様が知っていることを全部吐け!」


 そうしてマキナと名乗る白髪の男児は、消え入りそうなか細い声で、これまでの経緯を語りだした。 

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