第百三十二話 アヴェンジャー&レスキュアー・4
先程まで地上を跋扈していた四体のプラントと同じ三十
迷宮内の
何故ならばプラントは姿を現したと同時に、大穴の底に溜まっていた避難民たちを次々と触手で絡め捕ったからだ。
そしてプラントの体内に取り込まれた避難民たちは、見張り塔のような胴体の下部からボタボタと産み落とされていた。頭から二本角を生やして――
新たに誕生した
「――ちょ、一体これはなんなんですかーっ!? 新たなプラントの出現と
ユイからマリ達の発見の一報を聞いて飛んで来たライラだったが、その立体映像のアバターがドローンの上で顔面蒼白になった。
「と、とにかく、ユイちゃんを始めとするドローン部隊の人はプラントを攻撃してください。あの竪坑の底にはまだ大勢の市民が取り残されているので、グランドホーネットの攻撃だと巻き込んでしまいますから。タイガさんと八号さんに連絡を取りますから、それまで何とかプラントを押さえ込んでおいてください!」
ライラの指示で、ユイとアルファン、アルマス、チルル達のアバターと共にVRドローンジャベリンが攻撃を開始した。
しかしジャベリンに装備されている軽機関銃では、巨大プラントの装甲を撃ち抜くには圧倒的に火力不足だった。
しかも更にライラを愕然とさせたのは、巨大プラントの胴体が一部開くと、そこから数メートル大の小型プラントが四方へ射出されたことだった。
「はわわわわわ、よりによって
ジャベリンの上に浮かぶライラのアバターが、忙しそうに一通りの指示を繰り出す。
その様子を不安そうに見上げていたマリが、縋る様に一言。
「ライラちゃん、私たちはどうすれば――!? ここに居ても皆を守れそうにないから王都の外を目指したいのだけども、状況が目まぐるしく変化しすぎて一体どうしたらいいのかわからないの……!」
「とにかくここから離れて建物の中に籠城しましょう! そこへスマグラーアルカトラズを呼んで、一気に全員を避難させます。ライラちゃんが護衛に付くので安心してください、マリさん!」
ライラの声を合図に、行軍を開始するマリたち。その周囲をライラのドローンが忙しく飛び回って、近付こうとする
そしてある程度
「マリさん、その建物にしましょう! ライラちゃんは周囲を警戒するので、マリさんは中の安全を確認してください」
「わ、わかりました。メイ、皆のことをお願いね……」
ライラはその様子を横目で捉えながら、周囲の警戒に気を配っていた。
そして何かの気配を感じて上を見上げたライラだったが、そのアバターをすり抜けるようにして黒い影がジャベリンに飛び掛かっていた。
「しまった――! みんな逃げてくだ――」
建物の屋上から飛び降りて来たのはリザードマンだった。
リザードマンが手にしていた剣でジャベリンを貫くと同時に、ライラの立体映像アバターがぶつりと姿を消してしまう。
しかもリザードマンは一体だけでなく、建物の上から次々と飛び降りて来るではないか。
その数は二十体近く。
全員が二
そしてその中に自分の父親の姿を見つけたヤルハが、反射的に皆の前に飛び出すと小さな体で精一杯両手を広げて見せた。
「――お父っ! 勘弁してくださいなのですよ! ヤルハが……ヤルハが悪魔を村に招いてしまわなければ…こんな風に皆が変わってしまうことはなかったのです。全部ヤルハが悪いのです。リザードマンが暴れ回って多くの命を奪ったのも、王都が燃えているのも……元を辿れば、全てヤルハのせいなのです。ヤルハがお父の言いつけを破って地上にさえ出なければ……あの悪魔に騙されなければ……。だから、お父も皆ももう辞めてほしいのですよ。もうこれ以上、怒りで心の形を変えないでほしいのですよ。これはヤルハが……ヤルハが起こしてしまったのだから、ヤルハの命だけで勘弁してほしいのですよ……」
「そ、それは違うよヤルハ! リザードマンをここまで怒らせてしまったのは、地上に住むおいらたちのせいなんだ! 大人たちがリザードマンに全ての責任を背負わせて、臭いものに蓋をするみたいに地下に閉じ込めたから! そうやって何年も何年も閉じ込めて来たんだ。見て見ぬふりをして過ごして来たんだ。この国の王室と大人たちは。そしておいら達も……。だから、ヤルハにもあんなに酷いことをしてしまった……。だから、罰を受けなきゃならないのはおいらなんだ。ヤルハじゃない……!」
そう言ってヤルハの前に飛び出して、庇う様に手を広げたのはキイだった。
「キイ……! 違うのですよ、全てはヤルハが……」
ヤルハはキイの腕を引っ張って後ろへ下げようとするが、キイは梃子でも動かない。
すると、そんな二人を更に庇う様にして前へ飛び出す人物が現れた。
マシューだ。
マシューはヤルハとキイの前に出て立ちはだかると、リザードマン達に向かって土下座をした。
「――どうかこの二人は見逃してやってください! おいらはヤルハが何をしたのか知らない。その結果がこの騒動に繋がったかどうかも知りません。でもヤルハは身を挺してキイを助けてくれた命の恩人です。ここに居るキイは、そんな心優しい子に暴力を振るった大バカ者です。でも、そんな二人でもこうして友達になれました。お互いを思いやれるほどの友情が生まれたんです。おいらは村のリーダーだから、この二人を大切に見守りたいんです。このヒトとリザードマンの間に生まれた友情が、どうやって育っていくのか知りたいんです。おいら達は全員親に捨てられました。おいらはそんな風に無責任に捨てたり、踏み潰す人間にはなりたくない。あなた達はどうなんですか? リザードマンもヒトの大人と同じで、怒りや貧乏や空腹を理由にして、痩せた土地にようやく咲いた一輪の花でも踏み潰してしまうんですか。ここにお金があります。これがおいらの、おいらと皆の村の全財産です。これを差し上げるので、どうかここは二人を見逃してください。どうか怒りを鎮めてここから立ち去ってください。黄金聖竜様から生まれた産子同士、どうかお願いします……」
マシューは懐からずっしりと小銭の入った巾着袋を取り出して、リザードマン達の足元へ投げると地面に額を擦り付けた。
リザードマン達は一歩も動かなかった。
激しい葛藤に体が震えていて、その結果硬直したように動けなかったのだ。
「お父っ、ヤルハのことがわからないのですか!? お母がいつも言っていたのですよ! 姿形がどれだけ違っても黄金聖竜様の産子はみんな心の形が一緒だと! だからどれだけ憎み合ってもいつかはわかりあえる時が来るのだと! ヤルハは初めて地上に友達が出来たのですよ! ヤルハにも出来たのだから、お父や皆にだって友達が出来るはずなのです。お父、どうかお母の言葉を思い出してくださいなのですよ!」
「うぐ…うがががっ……」
頭を抱えて激しく悶絶する父親リザードマン。激しく歯軋りし、怒りの形相でヤルハを睨みつけているが、両足は杭で固定でもされているように一ミリも動かない。
すると、列の一番端に居た若いリザードマンが前方へ飛び出した。
どこかぎこちなくギクシャクとした動きながらも、剣を振り上げて真っすぐにマシューへと向かっていく。
そして振り下ろされた剣がマシューの脳天をかち割るかと思われた時――
「――待たせてごめんね」
と、深紅の影が舞い降りた。
「――ミナセ、なの!?」
「ごめんね、長いこと置き去りにしてしまって。辛かったよね? でももう大丈夫。私は皆を守れる私に生まれ変わったから。これからはずっと一緒に居るからね」
と、フェイスガードを収納して、少し照れ臭そうにウインクしてみせるミナセ。
その顔を見たマシューが一瞬驚いた顔を浮かべたが、すぐに込み上げてくる感情を必死に堪えるような表情になった。
「ミ、ミナセ、その顔が本物のミナセなの……?」
「うん。本当は私は女だったの。以前の男の顔は作り物。て、この体も
「ううん。ずっとミナセから母ちゃんと同じ匂いを感じていたからどうしてだろうって……。謎が解けて嬉しい……」
と、甘えたいのに照れ臭さが邪魔しているような複雑な顔のマシュー。
そんなマシューの頭をぽんぽんと叩くと、ミナセはリザードマン達を振り返った。
今まで葛藤に苦しんでいたリザードマン達だったが、突如出現したビッグバンタンクを前にして葛藤よりも敵意が勝ったようで、今にも飛び掛かってきそうな勢いだった。
「――よくもうちの可愛い弟に土下座なんかさせてくれたわね! その代償は高くつくわよ!
ビッグバンタンクの両手に光の粒子が集結して、二丁の機関銃が実体化する。
ビッグバンタンクの武器バリエーションは「重機関銃」「カノン/迫撃砲」「ミサイル/ロケット砲」「ボーナスウェポン」の四項目。
このコンバットチェインガンは、「重機関銃」に属する低レベルモードの初期段階で入手可能な武器だったが、ほかの二つの兵装の中レベル程の火力は持ち合わせていた。
ガトリングガンと違って単砲身だが、チェインガンの名が示す通り、その連射性能はガトリングガンに匹敵するが、低レベル武器なので三十秒で五十発を撃ち出す低速連射モードしか実装されていなかった。
それでも生身の人間には十分すぎる程に通用すると判断して、ミナセは装備したのだった。
そしていざミナセが引き金を引こうとすると、マシューが慌てて腕にしがみ付いた。
「――ち、ちょっと待ってミナセ! あのリザードマン達は殺さないで! おいら達はこのヤルハって子と友達になったんだ。それでヤルハの父親もあの中に居て、どうしても助けてあげたいんだ。それにリザードマンにしろ、街の人たちにしろ変な機械に捕まったあとでおかしくなっているから、本当は悪い人たちじゃないんだよ。ねえ、ミナセは
「マシューはあのリザードマン達が操られていると言いたいの? 確かにプラントは遺伝子操作による肉体改造をすると言う設定だけがあって、改造後に攻撃的になったり、行動が統率されたりする理由は明かされていないけれど……。まあ、普通に考えて何かしらの催眠やマインドコントロールで操られていると考える方が自然と言う事は確かね」
「マ、
「ミナセ、頼むよ! ヤルハのお父さんを救ってあげて!」
マシューだけでなくヤルハとキイまでもが、ミナセの両腕にすがって哀訴嘆願をした。
ミナセは一瞬の躊躇の後で、決心がついたようにニコリと微笑んだ。
「――ここは私に任せて後ろへ下がってて! ちょっと乱暴はするけれど文句は言わないでね!」
ミナセは両手のコンバットチェインガンをくるりと回して銃口側を持つと、二メートル近い銃身をぶんぶんと振り回しながらリザードマンたちに向かって行った。
ドカッ、バキッ、ボコッと鈍い音が響き渡る度に、ヤルハたちは血の気の失せた顔をしわくちゃにした。
そして数分後には、ボコボコにされたリザードマンたちが地面の上で瀕死の状態で倒れ込んでいたのだった。
「お、来たね」
と、ミナセが上空を見上げると、丁度スマグラーアルカトラズが下降してくるところだった。
着陸後にコンテナが開くと、中からピノとピピンが姿を見せたので、ヤルハを始めとする子供たちが感嘆の声を上げた。
「キ、キイ見えていますか? 妖精族とエルフ族なのですよ……!」
「う、うん、初めて見た。マシューは?」
「お、おいらだって初めてに決まってるだろ……!」
驚いている子供たちの横で、ピピンがミナセの周りをパタパタと飛び回っている。
「ねえねえ、体の調子はどう!? 魔法石と
「うん、おかげ様で体が以前よりもとても軽いよ。それでこの気絶してるリザードマン達が、無線で話していたやつね。ライラに頼んでミネルヴァシステムの成分解析にかけてほしいの。そうすれば、洗脳の仕組みがわかるかもしれないから」
「わかったよー。ライラちゃんに言っておく」
ミナセは気絶している父親リザードマンをコンテナの中へ運び入れる。その後でマリ達全員がコンテナに乗り込んだが、マシューだけはなかなかミナセの元を離れようとはしなかった。
「ミナセは一緒に来ないの……?」
「ほら、そんな顔しないで。私もすぐに戻るからグランドホーネットで待ってて。マシュー、あなたはリーダーでしょ。リーダーがそんな顔していたらみんな不安に思うよ?」
「でも、せっかく戻って来たのに……もしかしたらまた……」
「うーん、それを言われると痛いなぁ。でも、戻って来たよ? ちゃんとマシューたちを助けに戻って来たでしょ。あの頃の私は弱かったけれど、今は少しは強くなったんだ。こうして新しい体も手に入れた。だから大丈夫。私を信じて。その信じてくれる力が、私に力を与えてくれるから。さあ行って。ちび達を安心させてあげて。それがマシューの役目でしょ」
ミナセはそっと優しくマシューの背中を押した。
マシューが渋々とコンテナに乗り込むと、スマグラーアルカトラズはゆっくりと上昇を開始した。
「待ってて。私が助けに行くから」
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