第七話 嘘だと言ってよエマリィ
「ダイガ、ちょっとボクと一緒に来て!」
ギルド本部会館で酔っ払い冒険者たちに執拗に逆リクルート攻撃を受けていた時のこと。
受付嬢が俺専用の冒険者としてのギルド認定書や名前が記録されたログクリスタルが出来上がったことを告げると、それまでホールの片隅で苦虫を噛み潰したように突っ立っていたエマリィは、ログクリスタルを受付嬢からかっさらったかと思えば、そのまま酔っ払い冒険者どもを掻き分けて俺の腕を掴んでそそくさと出口に向かった。
「おい、兄貴を連れて行かないでくれ!」
「ゴールドの旦那はみんなの共有財産だぞ!」
「そうだそうだ! 独り占めなんて卑怯だぞ!」
と、口々に訳のわからない主張を叫んで追い掛けてくる酔っ払い冒険者たち。
しかし彼らは結局ギルド会館からは出てこなかった。
それは何故か。
ドアの前でエマリィが魔法で火の玉を作りながら「ボクたちを追いかけてきたら、わかるよね……?」と脅したから。
そして俺の腕を掴んだまま通りをどこかに向かって歩いていくエマリィ。
「あ、あのエマリィさーん……一体どちらへ……?」
「――まずは金(ゴールド)クラス認定おめでとう!」
と、字面だけ見れば美しいが語気は強い。
「でもタイガは記憶がないって言ったよね。だから教えてあげる。魔力が強いのは確かにアドバンテージになる。でも魔力が強いだけじゃダメなの。言ってることわかる?」
「うーん、なんとなくは……」
「ボクたちって仲間?」
「仲間じゃないの……?」
「ボクが聞いてるの! ボクのこと仲間だと思ってくれる?」
「お、俺は……エマリィとは出会ったばかりだけど仲間になりたいって思ってるよ。そうじゃなきゃパーティーを組もうなんて思わないし……!」
と、顔を真っ赤にして照れながらモジモジと答える俺。
「じゃあ仲間だと思ってるなら嘘偽りなく答えてほしい。タイガが今覚えてる――もしくは使える魔法を全部教えて」
「全部?」
「そう全部」
エマリィが何故そこまでカリカリしているのかはわからない。
しかし質問に答えることでエマリィの機嫌が良くなるのなら俺としてはなんでも協力したい。
それに俺が使える魔法――果たしてゲーム内のガジェットが実際に使用できる今の状態が魔法と関係あるのかわからなかったが、とりあえず使用できるガジェットの数をエマリィに教えることのデメリットも浮かばなかったので、正直にエマリィに教えることにした。
しかし当のエマリィと言えば、三タイプのABC(アーマードバトルコンバット)スーツと兵科毎の武器名を聞いてもちんぷんかんぷんの顔を浮かべるだけである。
というかますます気難しい顔を浮かべ始めたエマリィ。
仕方ないのでたまたま通りかかった人気の無い空き地に彼女を連れ込むと、周囲に人影がないことを確認してからコマンドルームを開いて懇切丁寧に解説を始める。
一瞬なんでここまで必死にエマリィのご機嫌をとっているんだと疑問が浮かぶものの、ホログラムと俺の間の数十センチの隙間に相変わらず無防備に入り込んでくるエマリィに、そんな疑問も軽く消し飛んでしまう。
「これがABC(アーマードバトルコンバット)スーツと言って――」
と、ホログラムに手を伸ばしてCGをスライドさせて各兵科を表示させる。
体勢的に俺の右腕はエマリィの頬に触れそうであるが、彼女はそんなこと気にする素振りもなく俺の指の動きとホログラムを注視している。
しかし俺の方と言えば大変である。
なんせエマリィの後頭部は俺の顔の数センチ手前にあるのだ。
俺が何か喋る毎に吐息は彼女の柔らかそうな金髪を揺らし、その度に甘い匂いが鼻腔を通りぬけて脳を痺れさすのだ。
そして透き通るような白い肌のうなじが否が応でも視界に飛び込んでくるので、ついつい視線はエマリィの細い首筋に固定されてしまい、思わずしゃぶりつきたい欲求にかられてしまう。
もうまさに生殺しの生き地獄である。
それでも俺のハァハァがそれ以上加速せずになんとか理性を保っていられたのは、エマリィの機嫌がギルド会館にいる途中から悪くなり、その原因が思い当たらなかったからだ。
いまここで変な行動を取ってしまえば確実にエマリィに嫌われて見放されてしまうだろう。
そんな恐怖心が俺の理性を保ってくれていた。
「それでこれが武器で兵科毎に四項目ずつあって、一項目あたり約二十の武器だから一兵科につき八十の武器。で三兵科だと合計約二百四十の武器が使えるって感じ?」
ビッグバンタンクとフラッシュジャンパーは高レベルの武器の幾つかとステージクリアのボーナスウェポンの取得はしていないので、実際はもう少し数は少ないがその辺の説明は面倒くさいので省略だ。
「……タイガの着ている鎧は魔法具(ワイズマテリア)なんかじゃなしに魔法で実体化しているってことなの? 武器もそう。それをこの魔法式で選択……? そして選択すると即発動する……?」
これは俺への質問ではなしにエマリィの独り言である。ぶつぶつと呟きながら腕組みをして何やら考え込んでいる。
「さっき二百四十の武器が使えるって言ったでしょ? その内訳は?」
これはどうやら俺への質問らしい。しかし内訳の意味がわからずにいるとエマリィが説明をしてくれた。
「タイガ、魔法は大まかに分けると元素魔法と精霊魔法、空間魔法、治癒魔法の四つに分けられるの。古代魔法ではもっと複雑な魔法もあったみたいだけど、現代魔法ではとりあえずこの四つね。それで魔法攻撃は元素魔法の中にある火・水・風・土・雷属性の物理攻撃と、精霊魔法の精神攻撃の二つに分けられるの。タイガの言う武器というのはどういう攻撃ができるの?」
「ああ、内訳ってそういうことか。それなら簡単だ。二百四十の武器は全部物理攻撃だよ」
俺は胸を張ってそう答える。なんてたって近未来の日本で、遺伝子操作された改造巨大生物を殲滅するために科学技術を結集して作られた超兵器(スーパーウェポン)たちだ。ゲームの中の話だけど。
「な……! 全部物理攻撃なの? 精神攻撃は一つもなし……?」
「うん」
だって相手は巨大化した虫ケラや猛獣たちだ。力でねじ伏せるのが一番だ。
「じ、じゃあ例えばそれ以外に使える魔法は? 治癒魔法とか防御魔法は?」
「いや全然」
「き、記憶喪失で忘れてしまっている可能性とかは……?」
「それはないね」
うーん、記憶喪失という設定はこういう時に面倒くさい。しかし治癒魔法なんてジャスティス防衛隊の世界には元々存在していなかったのだから自信満々に答える。
だがエマリィの方は俺の返答を受けて呆然としてしまっている。
もしかして何か失望させてしまったのだろうか?
なんせ先ほどのギルド会館では水晶を金色に輝かせて膨大な魔力量を秘めていることが証明されたのだ。
そんな人間が同じパーティー内に居るとわかれば鼻も高かったであろう。
その証拠に酒場に居た冒険者たちは全員が俺の仲間になりたがっていた。それだけこの世界では金(ゴールド)クラスのステータスは高いらしい。
なのにそんな人間が膨大な魔力があるのにも関わらず物理攻撃の類の魔法しか使えないとなるとどうだろうか。
もしかしたらエマリィの目には、俺は単なる宝の持ち腐れの使えない奴に見えたのかもしれない。
要は体はデカくてパワーもあるが、格闘技は素人の為にその道を極めようとしている者から見たら赤子みたいに見えるのかも。
しかしだ。そもそも俺にして見れば自分に魔力があること自体知らなかったわけで、誰が何の為にこの世界へ呼んだのかわからないが(そもそも事故の可能性もあるが)魔力があるのならせめてシールドモニターにMPの表示くらい追加しといてくれと、どこかの誰かに文句を言いたい気分だった。
そんな風に自分でもまだはっきりと把握していなかった魔力や魔法の種類によって、せっかくいい感じに関係を築けていたエマリィとの間に何かしらのヒビが入ってしまうのは自分としても不本意である。
なんとかエマリィの失望を回避できる言い訳はないかと脳みそをフル回転にしていると、当のエマリィの碧眼に妖しい光が灯った。
「タイガ、ボクと決闘して!」
「は……?」
「ボクと戦ってほしいの!」
「え、なに言ってんのか全然わからない……」
戸惑うばかりの俺。
しかし当のエマリィと言えば、碧眼できりりっと俺を真正面から見据えて口を真一文字に結んでいる。どこからどう見ても真剣そのものだ。
「タイガお願い! ボクたち仲間だよね!? だから戦おう! 」
それはひょっとしてギャグで言っているのか?
嘘だと言ってよエマリィ!
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