第八十六話 異国のフォールダウン

 俺たちはエマリィの作る天河の写本オクシュリュンコス・パピルスで、一気に最上階の魔法石があった階層まで辿り着いていた。

 ここは最初に魔法石を見つけた部屋で、ミナセと出会った場所だ。

 ここから地上までは上り坂の回廊を進まなければならないが、俺と八号が分担してエマリィとアルマスを背負って行けば、三十分も掛からずに外の空気を吸えるはずだ。


 ミナセの魂は時間が停止する妖精袋フェアリー・パウチで保管しているとは言え、その効果が魂というあやふやなモノにまで発揮されるのかは不確定だ。

 だからこそ今は、少しでも時間が惜しい。

 逸る気持ちを抑えてアルティメットストライカーでエマリィを背負って出口に向かっていると、サーチライトの中に複数の人影が浮かび上がった。


「――人影!? どうしてこんなところに……? もしかして探索隊の人たちなのか!?」


 と、俺は足を止めてみるが、光の中に浮かび上がった一団は皆、鎧を身に纏い手には槍と盾を構えていて、どこからどう見ても兵士たちだった。


「ま、まさか、あの鎧はヴォルティス王家の親衛隊……!? どうして彼らがここへ――!?」


 そう驚きの声を上げたのはアルマスさんだ。

 そして八号のフレキシブルアームから無理やり飛び降りると、兵士たちに向かって小走りに向かって行った。


「もしかして何かの手違いで死霊レヴェナント退治に狩り出されたのかもしれません。私から説明をするので皆さんはここで待っていてください――」


 しかしアルマスさんは突然首筋を押さえたかと思うと、その場に倒れこんでしまった。


「――アルマスさん!?」


 俺が事態を飲み込めないでいると、小さくて硬質な何かがアルティメットストライカーの装甲にコツコツと当たって足元に落ちた。

 そのうちの一つを摘み上げてモニターカメラで接写すると、木製の小さな土台から五センチ程の針が突き出た物体が見えた。


「吹き矢だ! エマリィ、アルマスさんを回収したい。魔法防壁を頼む!」


「任せて!」


 即座にアルマスさんと兵士たちを分断するように魔法防壁が設置された。

 床に倒れているアルマスさんに駆け寄ると、エマリィが俺の背中から飛び降りてアルマスさんの様態を確認した。 

 その間、俺と八号は魔法防壁越しに兵士たちと対峙だ。

 兵士たちは最前列に盾を並べて、その隙間から槍と松明を突き出した密集陣形ファランクスでじりじりと近付いてくる。


「――貴様たちがステラヘイム王国の密偵だという調べは既に済んでいるぞ! 抵抗すれば我らヴォルティス親衛隊に切り刻まれるであろう! 大人しく投降せよ!」


 と、隊長らしき男が怒鳴った。

 しかしこちらが無視を決め込んでいると、業を煮やした兵士たちが火球ボーライドを複数同時に繰り出してきた。

 その様子では、エマリィ製の防壁はしばらく打ち破れないだろう。


「アルマスさんの容態はどう?」


「たぶん吹き矢に毒が塗ってあったと思うけど、もう大丈夫。今は意識を失っているけど、ボクの治癒魔法はちゃんと効いてるから、すぐに目を覚ますと思うよ」


「そうか。しかし問題はこっちだな……。なんで俺たちのことがバレたんだ……? くそ、時間が惜しいって言うのに……」


 サーチライトの光に映し出されている兵士たちの数は、ざっと二百人ほど。

 いや、兵士たちの最後尾に見える通路は曲がり角になっているので、もしかしたらもっといる可能性もある。

 これだけの数の兵士がここへ投入されたという事は、俺たちだけでなくユリアナたちの方にも、既に手が回っているはず。

 もっともユリアナたちには、RPGロイヤルプロテクションガードスーツを与えているし、ハティも居るので最悪なことにはなっていないだろう。

 どちらにしろ、とにかく今は一刻も早く無線が通じる地上へ出て皆の状況を知りたい。


 しかしその為には、まずはこの目の前の兵士たちをどうするかだ。

 その気になれば、ものの数秒で殲滅することもできるが、そうなった場合確実にステラヘイムと連合王国は戦争に突入する。

 それに何よりも彼らは生身の人間だ。幾ら敵国の兵士とは言え、虐殺する勇気は俺にはない。

 だがこのままこう着状態が続けば、ミナセを助けられなくなるかもしれない……

 すると、エマリィの声が俺の背中を叩いた。


「タイガ、ボクたちを残して先に行って! アルマスさんはまだ目を覚まさないし、全員で行動するよりも二手に別れた方が、兵士たちの一部はここに釘付けにできるし、王都に潜入しやすくなるでしょ!?」


「そうですよ先輩。エマリィさんとアルマスさんは自分が絶対に守ってみせます。だから先輩は心配せず、ミナセさんとユリアナ姫王子さんの方へ行ってください!」


「エマリィ……! それに八号も……!」


 俺は二人の献身的な思いに、つい胸に熱いものがこみ上げてくるが、今は感動に浸ってる場合ではない。

 と言うか冷静に考えれば、エマリィと八号の二人でもこの世界の一個大隊には余裕で匹敵する筈。

 しかも今回のような地形的に有利な場合は、一個連隊でも余裕だろう。

 そう思うと、気持ちがすっと楽になる。


「わかった。なるべくすぐに戻ってくるから、それまでは絶対に持ち堪えてくれよ。それじゃアルマスさんを連れて後ろに下がったら、適当なところで防壁を解除してくれ」


 エマリィと八号は、まだ意識の戻らないアルマスさんを抱えて通路を下っていく。

 それを横目で確認しながら、フラッシュジャンパーへ換装する。

 そして目の前の防壁が霧散すると同時に、兵士たちの集団へ突っ込んだ。

 武器は使わずに素手でだけで、兵士たちの人波を強引に掻き分けて突き進んで行く。

 兵士たちが束になって飛び掛ってこようが、四方八方からロングソードや槍を突き立てられようが、ABCアーマードバトルコンバットスーツの猛進は止められない止まらない。

 

 そしてものの数分で古代遺跡を抜けると、迷宮ダンジョンへと躍り出た。

 そこにも待機していた兵士たちが数百人ほど居たが、少し空間が開けたこともあって両サイドの壁を交互に蹴って、一気に兵士たちの頭越しに出口へと向かう。

 久しぶりに地上へ出ると、山小屋の建つ広場にも兵士たちが待機していて、俺の姿を見つけて色めき立った。

 しかし兵士たちを振り切るように、大ジャンプを繰り返して難なく闇夜に沈む森の中へ紛れると、適当にビーコンをばら撒いた後で無線でライラを呼び出した。


「――ライラ! ライラ聞こえるか!?」


――タ、タイガさん!? ああん、ずっと待ってましたよぉ! 今まで何してたんすかぁ!?


「悪い悪い。ずっと地下に居て無線が繋がらなかったからな。それでやっぱり姫王子たちになにかあったのか!?」


――昨日の夜、テルマさんから連合王国に捕まったと連絡があったんですよ! でもそれきり無線が途絶えて、こちらが何度呼びかけても応答がなくて……!


「たぶん無線の存在がばれないようにオフにしているんだろう。ライラはそのまま定期的に話しかけてくれ。あと変わったことは!?」


――とにかくタイガさんとも連絡がつかないので、ヨーグル陛下への定時連絡で、全てそのままに報告しましたよ! そうしたら陛下とオクセンシェルナさんがパニくっちゃって、戦争を仕掛けると息巻いてます。とりあえず王室の要請で、昨夜からスマグラーアルカトラズ二台が、フル稼働で国境に兵を運んでいる最中です。あとグランドホーネットを前線基地に貸してほしいってことで、そのうち陛下とオクセンシェルナさんがこっちへやってきます。


「ああ、いいよいいよ。好きにさせてやってくれ。その方があの二人も落ち着くだろうから。但し俺と連絡がついたことと、現在連合王国内で活動中で、姫王子のことも任せてくれと念押ししといてくれ」


――わかりやした! もしあの二人が勝手に動こうとしたら、ライラちゃんが後頭部に蹴りをいれて気絶させてやりますから! ぐへへ!


「おいおい、ほどほどに頼むぞ、気のいいおっさんに見えて、ちゃんと一国の王様なんだからな。あ、あとスマグラーアルカトラズを一機いつでもこちらに回せるように押さえておいてくれ。それと今ビーコンを設置したから、そのポイントに戦術支援タクティカルサポートモジュールの二番を寄越しておいてくれないか」


――へ!? 命令ならば従いますけど、本当にそんな外国へ送っていいんですか? 余計に問題がこじれたりとかしないですよね……?


「あー実はもう小競り合いは起きてるんだ。それで俺は理由があってエマリィと八号とは別行動中だ。その戦術支援タクティカルサポートモジュールは、エマリィと八号の方へ送ってもらいたいって訳。あくまで念のためにね」


――そういう事ならわかりました! ライラちゃんにどーんと任せてください! あとライラちゃんドローン部隊も待機させておくのでいつでも連絡を!


「わかった。それじゃ俺はこれから王都に潜入する。定時連絡を入れるんで待機しててくれ」


――ライラちゃんかしこまり! タイガさん気をつけてくださいね!

 


 無線を終えると、そのまま俺は王都を目指して獣道を駆け降りた――

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