第四十一話 謎のゴーレム軍団・1

 次の日、俺とライラ、八号、そしてテルマの四人は森にいた。


 テルマがついて来たのは偶然みたいなもので、食堂でばったりと出会って世間話をしているうちに狩りに同伴することになったのだ。


 ユリアナ姫王子とイーロンは二日ほど前からサウザンドロル領領都の方へ、領主の見舞いを兼ねた被災地の慰問に訪れており、シタデル砦の補修作業のあったテルマは居残りになっていたのだ。


 そして補修作業も予定より早く終わってしまい、今日一日は何をして過ごそうかと考えあぐねていたところに、俺が現れたというわけ。


 俺としてはユリアナ姫王子の関係者にもしものことがあったら、と言う不安も一瞬過ぎったがテルマ曰く、故郷にいた頃はよく父や兄たちと狩りに出掛けていたらしい。


 まだ成人前の十四歳にも関わらず、迷宮ダンジョンにもすでに数え切れないくらい潜ったという話を聞いて同行を許したのだ。


 それに彼女の上級の土魔法にも興味があったしね。


 早速森の入り口まで到着すると、陣形フォーメーションや装備の最終確認をする。


 陣形は前衛がライラと八号、俺が後衛で、中級の治癒魔法も使えるテルマが、中衛で攻守並びに治癒も担当してもらうことに。


 この森はプラントの目撃情報があり、何者かによって破壊された残骸が見つかった森だ。


 あれから目撃情報は出ていなかったが、プラントを破壊するような大物が居るのなら是非お目にかかりたい。

 それにプルカを着ていた少女のことも何か引っかかる。


「よーし、じゃあ準備はいいな!? 八号がペースメーカーで先導してくれ。出発進行!」


 俺の号令を合図に、パーティーは森の中へと入っていく。


 そしてしばらく進むと、早速最初の獲物が。

 巨大な二本角を携えた虎のような縞模様の四足獣――野牛虎タイソン(タイソン)だ。それも五頭の群れ。


 ただ数は多いがランクは青(サファイア)だ。落ち着いて対処すれば、八号とライラの火力で十分に釣りがくる。


 野牛虎タイソン(タイソン)は気性が荒いのか、先頭の八号とライラの姿を見つけた瞬間に、猛然と突っ込んできた。


パァン! パァン! パァン!


 しかし八号は落ち着いてベビーギャングの二丁撃ちで対処。

 先頭の二頭を難なく仕留めるが、それを見た後続の三頭が左右へと散開した。


「自分は左の一頭を! ライラちゃんさんは右の二頭をお願いします!」

「ライラちゃんかしこまり!」


ポポポポポンッ!!!


 と、マジカルガンがどこか間抜けな射出音と共に、水刃ウォーターカッター弾を立て続けに吐き出す。


 しかし俊敏な野牛虎タイソンの動きにAIM狙いが定まっていない。

 更に木々が盾代わりになって直撃を妨げるので、次第にライラの顔に焦りが浮かび出した。


「――素直に多腕支援射撃アラクネシステムを使えって!」


 俺は後方からライラにアドバイスを送る。


 ライラも八号も多腕支援射撃アラクネシステムには大盾しかセットしていない。


 多腕支援射撃アラクネシステムは背中にセントリーガンセンサー式自動機銃を背負っているようなものなので、戦場のような集団戦でこそ威力を発揮する。


 だからこういう狩りでは勝手に獲物を仕留めてしまってストレスが溜まることは百も承知だが、八号はともかく戦闘経験の無いライラが、それを嫌うのはほとんど驕りに近い。


 そして――

 後手後手のマジカルガンの弾幕の隙を突いて、木々の間から二頭同時に飛び出してライラに襲い掛かる野牛虎タイソン


 俺はあとでライラにどんな風に気合いを注入してやろうか考えつつ、HAR-55の引き金を引こうとするが――


 突然、鈍い衝撃音とともに、垂直に高く舞い上がった二頭の野牛虎タイソン


 理由はすぐにわかった。

 二頭の体が跳ね上がった地点の地面から、知らない間に土の柱が伸びていたからだ。それは直径三十センチ、高さはニメートルほどある。


 そしてその二本の土の柱が音も無く崩れて土に還ると、直後、高く舞い上げられていた二頭の野牛虎タイソンの肉体が、内臓が破裂する音ともに激しく地面に叩きつけられた。


「あ、あれ……?」


 ライラが豆鉄砲を食らったハトのような間抜け顔を浮かべているその少し後ろで、テルマが肩を竦めて俺を振り返った。




 その後で俺の闘魂注入デコピンを受けたライラは、多腕支援射撃アラクネシステムに大盾とアサルトライフルをセットすることに。


 ちなみに俺とライラ、八号はピピンにもらった妖精袋フェアリー・パウチがあるので、そこに必要な装備の全てを収納してある。


 特にライラと八号には常に弾丸の補給と言う問題がついて回るが、この妖精袋フェアリー・パウチのおかげで、その問題もほぼ解決する。


 これからは狩りで集めた素材を元に弾丸を大量生産して、どんどん妖精袋フェアリー・パウチで保管していく予定だ。


 その後、狩りは順調に進んだ。


 仕留めた魔物モンスターは巨大な鋏を持ち、熊に似たハサミ熊シザーズベアが二頭、頭部とは別に尻尾の部分にも頭がある双頭大蛇アンフィスバエナが三匹、前足と後ろ足の間に飛膜を持ち走りながらグライダー飛行もこなす、ムササビとうさぎが合体したような鼠兎ラビッターが五匹、甲羅の部分にハリネズミのような針を何十本も持つ全長三メートルの針亀ヘッジホッグタートルが二頭と大猟だ。


 ライラは最初こそ躓いたものの、狩りを進めるうちに落ち着いて対処できるようになっていき、AIMも安定して成果を挙げるようになった。


 そんなライラと比べて八号はさすがと言うべきか、戦闘に慣れているだけあり常に視野を広くとって、ライラに任せるところは任せつつフォローもしっかりと忘れておらず、この間の蜂王猿ワスプ・コングの時のような頼りなさは微塵も感じられない。


 それに加えて多腕支援射撃アラクネシステムの四本のフレキシブルアームを支援射撃と防御のみにあらず、木登りやジャンプ、直接打撃など立体的な機動力として巧みに使いこなしているのもまた頼もしい。


 ここまで装備強化の恩恵が目に見えて大きいと、もっといい装備を与えたくなってくるのは親心というやつか。


 そんな感じで狩りは快調に進んだところで、俺たちは森が少し開けた空き地で遅めの昼食をとる事にした。


 ライラが自分の妖精袋フェアリー・パウチに入れて持ってきたテーブルや椅子にティーセットを楽しそうに並べて、その傍らで八号が焚き火の準備を始める。


 テルマが何か手伝えることがないかとウロウロしていたが、俺は椅子を引いて手招きした。


「すぐにできるから準備は二人に任せて座っててよ」


「そうすっか。じゃあ遠慮なく……」


 テルマが少し恐縮したように椅子に腰掛けると、俺はその対面に座った。


「しかし今日は一緒に来てくれて助かったよ。さすが姫王子様の見込んだシルバーの魔法使いだけはあるって感じ」


 テルマはその土魔法で魔物モンスターの足元に泥状のぬかるみを作ってスピードを殺したり、直接四肢を土のトラバサミで挟んで動けなくしたりと、ライラが仕留めやすいようにお膳立てをしてくれていた。


 八号は途中から気付いていたみたいだが、当のライラは今も気がついていないだろう。

 まあライラは褒めて伸びるタイプっぽいので、種明かしをする気もないのだが。

 

 とにかく八号とライラに経験を積ませたいと言う俺の目論見を説明もしていないのに汲み取ってくれて、中衛という立ち居地に徹して前面に出ることなく陰の立役者として、前衛の安全に配慮してくれた姿は全幅の信頼を寄せるのに値した。


 正直に言って姫王子の従者じゃなかったら、今すぐにでもスカウトしたいくらいだ。


 しかし当のテルマは居心地が悪そうに卑屈な笑みを浮かべていた。


「はあ、救国の英雄であるタイガ殿にそう言ってもらえて大変光栄ですけど、結局自分はユリアナ様を助けられなかったですから……」


「あ、あれ? もしかして俺変なこと言っちゃった……?」


「いいえ、タイガ殿は何も悪くありません。全部自分の問題っす。自分の力が足りなかったことが、チョー問題……」


「え、えーと……」


 予想外なテルマの卑屈でローテンションな姿にかける言葉が見つからずに困っていると、ライラがテルマの背中をバシバシッと叩き始めた。


「テルマやん、何をそんなに卑屈になってるんですかあ!? タイガさんも困っちゃってるじゃないですか! 結果論ですよ結果論! ユリアナ姫王子も無事! テルマやんも無事! それでいいじゃないですか! 人生何事もポジティブが一番ですよ! ポジティブに行きましょうよ、うぇーい!」


「テルマやん? お前らいつの間にそんなに仲良くなったの?」


「だって一つ屋根の下に暮らしてるんですから! テルマやんはよく甲板で物思いに更けいてたから、ライラちゃん放っておけないですし!」


 と、ライラ。


「まあライラが自分を元気付けようと歌ったり踊ったりしてくれたのは、素直に嬉しかったですよ。でもやっぱり悔しいもんはチョー悔しいから……」


 と、テルマ。


 うーん、その光景がありありと脳裏に浮かんで何だか俺の方が恥ずかしくなってしまうが、テルマは別に迷惑しているそうでもないので、色々とツッコムのは止めておこう。


「ま、まあ魔族の件については相手が悪かったとしか……。それにもし望むのなら魔法具ワイズマテリアを――」


 ミネルヴァシステムで作ってもいい――と、思わず言いかけて言葉を飲み込んだ。


 俺は空想科学兵器群ウルトラガジェットをこの世界の人間に拡散させる気は毛頭ない。


 しかし魔法具ワイズマテリアならば、と一瞬思ったがきっとミネルヴァシステムなら、この世界に存在する魔法具ワイズマテリアよりも高性能な物が作れる筈だ。


 それはもう一種の空想科学兵器群ウルトラガジェットと言える。


 それにテルマは王室の関係者で、そんな人間に俺が空想科学兵器群ウルトラガジェットを進呈しているなどと知れたら、色々と面倒くさいことになりそうだ。


 せめてミネルヴァシステムで作る魔法具ワイズマテリアに、使用者制限などの制約が組み込めるかどうかを確認するまでは、あまり軽はずみなことは口にしない方が賢明だろう。


「――新しい魔法具ワイズマテリアが欲しいのなら、いつでも探すのを手伝ってあげるよ」


 と、俺はなんとか誤魔化すと、無理やり話題を変えた。


「そ、そう言えば、この間のパーティーの時の話はなんだったんだ? ほら、イーロンと二人で俺に話があるって来ただろ? イーロンとはもう意見はまとまったのかい? まとまったなら聞くけど?」


「あ、あれは……」


 テルマは少しの逡巡のあとで、意を決したように真っ直ぐと俺を見た。


「たぶんそのうちユリアナ様がタイガ殿にあるお願いをすると思うっす。イーロンはそのお願いに反対しているけど、自分はちょっと違うっす。ユリアナ様には自分の思うように生きて欲しいと、チョー願っているから……」


「その願いとは……?」


 俺の問いにテルマは静かに首を横に振った。さすがに内容まで打ち明けられないということらしい。


「まあ勝手に内容までは話せないか。とにかくそのお願いとやらを聞いてみないことには何とも言えないなあ」


 そして俺は内心どこかホッとしていた。


 ハティが言っていたように、恐らく王室がユリアナ姫王子をグランドホーネットへ書記官として派遣させたのは、どこかで俺たちが男女の仲に進展してくれたら設けものと言う計算があったことは間違いないはず。

 

 この前のパーティーでイーロンに話しかけられた時は、てっきり主人思いの従者が張り切ってそういう系統の話を持ちかけて来たスタンドプレーだったのかと思っていたが、テルマの様子から察するにどうもそれは違うようだ。


 まあ俺としてはエマリィ一筋で行くことに変わりはないし、この決心が今後も揺らぐことはないと言いきれる自信がある。


 そして、ユリアナ姫王子との政略結婚の話が持ち上がったらどうやって断ればいいのやらと、漠然ではあるが既に対策を考えていたりしたので、その悩みの種が一つ消えてくれることは素直に嬉しい。


「……ユリアナ様はこんな自分のことを友達と呼んでくれるっす。自分はユリアナ様がどんな生き方を選ぼうとも、ずっと側にいてユリアナ様をチョー守りたい。それが自分の使命。でも自分はまだまだ力が足りないと思い知らされたから……。でもタイガ殿なら……だから、もしユリアナ様から話があった暁には快く引き受けてほしいっす。チョーお願いします!」


 そう言って、テルマは地面に片膝をついて頭を下げた。


 そうは言われても、具体的な話の内容がわからないので返事に困っていると、テルマが突然、両手を地面について叫んだ。


「――木の上にチョー飛ばす! 上手く掴まって!」


「は……!?」


 その刹那、足元の地面が直径一メートルにわたって突然せり上がったかと思うと、俺の体を後方斜め六十度の角度で弾き飛ばしていた。


 まるでロケットのカタバルトだ。

 俺は空中で身を捻って何とか大木の枝に両手を引っ掛ける。

 そして、そのまま遠心力を利用して枝の上へと着地した。


 アルティメットストライカーを装着していたからこそ出来た芸当だったが、もし装着していなかったら今頃どうなっていたことやら……


「テルマ、一体これはどういうことだ! 場合によっちゃ許さない――ぞ……!?」


 俺は半分キレながらテルマを探す。


 しかし先ほどまで俺が座っていた場所には、いつの間にか高さ二メートルほどはある、鈍い鉄色をした巨大な円錐が生えているのを見つけて言葉を失った。


 それは俺が座っていた椅子を見事に貫いて、そそり立っていたからだ。


 しかもその巨大な棘とも言うべき鉄色の円錐は、テルマやライラ、八号の居た場所にも生えている。

 しかし三人の姿はどこにも見えない。


 ふと周囲を見渡すと、三人ともいつの間にか大木の枝の上に立っていた。


「――みんな大丈夫なのか!?」


 俺は全員の無事を確認したあとでフラッシュジャンパーへ換装すると、テルマが居る木に向かって一っ飛び。


「テルマこれは一体どういうことだ!?」


「敵襲っす。地面を魔力が流れてくるのを察知したので、乱暴だったけど緊急措置だった。チョーごめん」


「敵襲!? 一体どこの誰が!? 相手の数ははわかるのか!?」


「魔力が流れてきたのは一方向だけだったので、そんなに大人数じゃないはず――見て! 敵のチョーお出まし!」


 テルマが眼下の空き地を顎で示した。


 そこには先ほどの三角錐のように、次々と土の中から鉄色をした物体がせり上がってくるのが見えた。

 しかも見る見るうちに、それは巨大樹の枝の上に立っている俺たちの目線と同じ高さにまで伸びてくる。


 そしてあろうことか、その鉄色をした物体は今度は明らかに人型へと形を変えていくではないか。


 全長は八メートルから十メートルはあるだろうか。

 顔が無くつるんとした卵形の頭部に、いかり肩の胴体と地面に届きそうな長い腕。

 そして極端に短い両足の巨人だ。

 それが全部三体だ。


「て、鉄の巨大ゴーレムなんてヒト族や亜人族のレベルじゃないっす……チョー反則っす……!」


 テルマが呻くように呟いた。

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