第百五話 エマリィ&八号vsロウマ・FINAL

「飛べ――!」


 フレキシブルアームの力によって、エマリィの体が大きく宙を舞った。

 後方からロウマの背中に飛び乗ったエマリィは、そのまま一気に後頭部までダッシュ。


「なんだい――!?」


 戦術支援タクティカルサポートモジュール二番ナンバーツーをボコボコにすることに気を取られていたロウマは、エマリィに気付くのが遅れて――


「――閃光の妖婦スパークルヴァンプ!」


 エマリィの吸収アブソーブ魔法が炸裂した。


バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!!


 両手を通じてロウマの魔力が、エマリィの体内へ強引に流れ込んできた。

 一滴も残してなるものかと、小さな体に似合わず貪欲にロウマの魔力を搾り取っていく。

 魔力が細胞内を流れるときの擦過音が雷鳴のように体の中で鳴り響いていて、その余りの気持ち良さにエマリィの頬が桜色に紅潮していた。

 しかし一方のロウマは顔面蒼白で慌てている。


「ひいっ、またお前はっ……! 糞虫の分際でふざけやがって……!」


 と、上体を起こして両手で後頭部のエマリィを叩き潰そうとした。

 しかし突然動きが止まったかと思うと、がくんと体が下に沈み込んだ。

 よく見れば、ロウマの巨体に馬乗りになられていた二番ナンバーツーが、下からロウマにアームロックを掛けて動きを封じてくれているではないか。


「――ありがとう八号さん!」


「このまま殺っちゃいましょう! いけますよエマリィさん!」


 と、ボロボロでボコボコの戦術支援タクティカルサポートモジュール二番ナンバーツーの剥き出しになった操縦室から、八号がサムズアップして見せた。

 八号のその無事な姿が、屈託のない笑顔が、エマリィに更に力を与えた。

 自分でも驚く程の闘志が、体の奥底から溢れ出してくるではないか。

 それは別に魔力が回復しているからという訳でないことは、エマリィ自身よくわかっていた。


 根底にいつもあるのは、幼馴染のハリースを守れなかった時の絶望と挫折だ。

 その負の感情に飲み込まれず、ぎりぎりの所で踏ん張って、エマリィは一歩一歩日々を積み重ねてきた。

 そしてタイガと出会い、ハティと出会い、ユリアナと出会い、イーロンとテルマと出会った。

 その出会いも糧として、今ここに居る。

 八号を、大切な仲間を、守れる自分として――


 足掛け十年近く。

 エマリィは上位魔法テウルギアの一端に偶然にも指先が届くことによって、理想の自分に近付くためのスタートラインに立つことが出来たのだ。

 だからこそ今、エマリィの小さな体には活力が満ち溢れていた。

 活力は思考をポジティブに冴え渡らせ、ポジティブな思考は鋼の自信を与え、鋼の自信は枷から解放されたイメージを次々に喚起した。


「うおおおおおおおおおおっ! ボクは! あなたから魔力を! 全ていただきますっ!!!」


 エマリィは叫んだ。

 叫びながら頭の中の明確なイメージに従って、両手から更に魔力を吸い上げた。


「うぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ……!」


 ロウマが白目を剥いて苦悶の声を上げた。

 しかし、


「……肉体変質『巨大化』! 肉体変質『飛翔』! 肉体変質『四肢増加』! 肉体強化『筋肉増強』! 肉体強化『部分硬化』!」


 と呪文を詠唱し始めるや、ロウマの巨体が更に一回りほど巨大化した。

 更には脇腹から新たな手足がにょきにょきと生えるではないか。

 そして背中から生えた巨大な翼は、二番ナンバーツーごと空中に舞い上がろうと激しく羽ばたき、脇腹から生えた二本の新たな剛腕は、エマリィを叩き潰そうと襲い掛かった。


「「――させるか!」」


 上と下でエマリィと八号が同時に叫んだ。

 八号は剥き出しの操縦席から身を乗り出すや、頭上のロウマの顔面を目掛けて二丁のベビーギャングを乱れ撃ちした。

 一方エマリィは襲い来る剛腕から逃げるように、ロウマの黒髪に飛び移ると、そのまま勢いに乗って左耳へ。

 巨大化しているロウマの耳は、今やエマリィの身長よりも大きく、エマリィは外耳孔がいじこうの前に着地すると、そのまま左手を耳の穴に突っ込んだ。


「――奈落の混沌タルタロス!!!」


 エマリィの左手から黒い波動が放射状に放出された。

 奈落の混沌タルタロスは、相手の喜怒哀楽という全ての感情を、強制的に引き起こす精神攻撃魔法だ。

 しかしロウマに変化は見られず、今にも二番ナンバーツーの拘束を振りほどいて、強引に飛び上がろうとしている。

 それでもエマリィは落ち着いた様子で、奈落の混沌タルタロスの第二波を繰り出した。


――奈落の混沌タルタロスは所詮中級の精霊魔法。それにロウマは精霊魔法対策をしていると言っていた。その精霊魔法対策が魔法によるものか、魔法具ワイズマテリアによるものかはわからないけれど、もし体内の、それも脳みその近くで精神攻撃魔法が発動できたとしたならどうなる――!?


奈落の混沌タルタロス!!!奈落の混沌タルタロス!!!奈落の混沌タルタロス!!!奈落の混沌タルタロス!!!奈落の混沌タルタロス!!!奈落の混沌タルタロス!!!奈落の混沌タルタロス!!!奈落の混沌タルタロス!!!奈落の混沌タルタロス!!!奈落の混沌タルタロス!!!奈落の混沌タルタロス!!!奈落の混沌タルタロス!!!奈落の混沌タルタロス!!!奈落の混沌タルタロス!!!奈落の混沌タルタロス!!!」


 エマリィは呪文を連呼した。

 バフンッ! バフンッ!バフンッ!と、圧力が開放されるような音とともに、黒い波動がエマリィの左手から切れ目なく飛び出していく。


――例え魔族が下位魔法とせせら笑う中級魔法でも……例え威力が弱くても……魔法守護の『内側』に入り込んで発動出来たならば、必ずどこかで綻びは生まれるはず……! そして一度で駄目でも、何度も繰り出せば絶対に……!


「こ、ここここの虫けらがふざけんなし……! あば……あばばばばばばばばばばばばばばば!」


 遂にロウマが白目を剥いて口から泡を噴き始めた。

 全身は激しく小刻みに痙攣していて、空気が抜けていくように態勢が崩れていく。

 その様子に一早く気付いた八号が叫んだ。


「――エマリィさん飛んで!」


 言われたまま何の躊躇もなく空中へ身を投げ出すエマリィ。

 その直後、戦術支援タクティカルサポートモジュール二番ナンバーツーがロウマを押しのけて立ち上がった。


「食らえ! マシンガンバーストファイアアアアアアアアアアア!!!」


 剥き出しのコクピットから叫ぶ八号。


 バキッ! ボコッ! ドスッ! バキッ! ボコッ! ドスッ! バキッ! ボコッ! ドスッ!


 と、二番ナンバーツーの上半身が、まるで踊る様に左右に揺れ動く。

 そして二つの鉄拳と二つのドリルが目にも止まらぬスピードで、ロウマの巨体に次々と打ち込まれていく。

 それは四つの腕全てが一秒に三発ずつのパンチを繰り出す、二番ナンバーツの必殺コンボだ。

 見る見るうちにロウマの巨体の輪郭が、歪な形へ変形していった。


「やった……!」


 エマリィは落下しながら、その光景を見ていた。

 そして最後に炸裂した一際強烈な左アッパーで、ボロ雑巾のように吹き飛ばされたロウマを見て、勝利を確信してガッツポーズを取った。


「やりましたね!」


 と、二番ナンバーツーがスライディングしてきて、エマリィを地上スレスレのところでキャッチした。

 エマリィと八号の二人は顔を見合わせると、互いに疲労色濃い笑顔でサムズアップ。


「あれで完全に倒せたとは思えないけど、とりあえず逃げる時間は稼げたはず……」


 と、エマリィ。

 ノックダウンされたロウマを見て勝利を確信したが、それはあくまでこの遺跡から逃げ出す時間を稼げたと言う意味での勝負のことだ。

 さすがに命のやり取りをする勝負と言う意味では、まだまだ手応えは弱いと言わざるを得ない、とエマリィは思っていた。


――それにボクは魔力がほとんど残っていない。閃光の妖婦スパークルヴァンプで吸い取った魔力は奈落の混沌タルタロスでほとんど使い切ってしまったし、八号さんと二番ナンバーツーも生きているのが不思議なくらいボロボロだ……。ここがボクと八号さんの限界。これ以上はとても……


「そうですね。今のうちに地上へ逃げましょう」


 どうやら八号も同じ思いだったらしい。

 二番ナンバーツーが、ギシギシと今にも壊れそうな軋む音を立てて立ち上がった。

 するとそれに合わせるかのように、少し離れた場所で仰向けに引っ繰り返っていたロウマも、ふらふらと体を起こした。


「ま、まさか、糞虫の分際でここまでやるとはねえ……! 私の詰めが甘い……? ふひっ、そんなことは父様に散々叱られたから身に染みてわかってるよ! 私は何度も何度も試験に落ちて……重要な仕事にはいつまで経っても就けさせて貰えなくて……! 周囲は醜くて要領の悪い私をバカにしたもんだ……。それでも父様だけは、父様だけは、大きな包容力で辛抱強く私を見守ってくれた……! これはそんな私にようやく回ってきたチャンスなんだよっ! だから失敗は許されないんだ! このチャンスをものにする為に、愛する父様も犠牲にしたと言うのに……! それなのに、こんな糞虫どもが私の夢を打ち砕くって言うのかい!? それじゃあ私は糞虫以下の存在ってことかい!? どいつもこいつも、どこまで私を馬鹿にするんだい……! 私だって好きでこんな醜い姿で生まれた訳じゃないんだよ! なのにお前ら糞虫までもが、私のことを馬鹿にしやがって……!」


 と、全身全霊から恨み辛みを漂わせた鬼気迫る顔で、じりじりと詰め寄って来るロウマ。

 まだ精霊魔法の効果が残っているのか、足取りは少しふらついていたが、全身の傷はほぼ神速治癒で回復しているようだった。


――どうする!? もう一度隙を見て閃光の妖婦スパークルヴァンプを仕掛ける……? しかし今はボクのことを警戒しているはず。さっきみたいに不意打ちが上手く行くとは……


 二番ナンバーツーの掌の上で、逡巡するエマリィ。

 目の前のロウマは、いつ飛び掛かってきてもおかしくはない。

 焦りが更に焦りを生んで決心がつかないでいると、ロウマの全身に力が入るのがわかった。


――来る!


 と、エマリィは身を硬くしたが、目の前の光景に言葉を失っていた。

 何故ならばロウマが飛び掛かってこようとした瞬間、その巨体は床から伸びた鉄色をした棘によって貫かれていたからだ。

 しかも棘は胴体だけてはなく六肢も貫いたうえ、拘束するように絡みついているではないか。


「こ、この魔法って、もしかして……!?」


 見覚えのある魔法に、エマリィが新たな恐怖と言葉に出来ない動揺を噛み締めていると、いつの間にか隣に人影が立っていた。

 八号もその影に気が付いて、剥き出しの操縦室の中からベビーギャングを向けた。


「私が用があるのは、お前たちじゃない……」


 と、肩に抱えていたアルマスを無造作に放り投げたのは、タリオンのもう一人の娘、ヒルダだった。


「あ、あなたはあの時の……!? まだ生きていたの……?」


 エマリィのその問いに、ヒルダはさも面白くなさそうに顔を歪めた。


「ちっ、タイガアオヤーマに伝えな。私は決してお前を許さないと――! さあ、ここからは姉妹水入らずの時間だ。私の気が変わらないうちに、この獣人族も連れてさっさと消えるんだね!」


 と、床に蹲って身を硬くしていたアルマスの尻を蹴り飛ばすヒルダ。

 アルマスは怯えた悲鳴とともに、二番ナンバーツーの元まで駆けてきた。

 

「で、でも古代魔法書ヘイムスクリングラは、向こうのロウマと名乗る魔族に奪われたままなんです……!」


 二番ナンバーツーの掌によじ登りながら、アルマスがエマリィと八号にそう訴えた。

 しかし背後のヒルダからすぐ叱責が飛んできたので、思わずアルマスは凍り付いた。


「せっかく見逃してもらっておいて欲をかくんじゃないよ。お前たちを見逃すのは、単に私の気まぐれからだ。憎き黄金聖竜の産子に、これ以上の慈悲はないだろう? だからさっさと私の前から消えるんだ……! それともボロボロのお前たちが私の相手をするってのかい……?」


 ヒルダの少し吊り上がった勝気な瞳が更に吊り上がった。

 その顔を見たエマリィの背筋に、ぞくりと冷たいものが駆け抜けた。


「アルマスさん、悔しいけれどここは彼女の言うとおりに……。今のボクたちではこれ以上は……」


「そ、そんな……いや、そうですね。二人ともこんなにボロボロになるまで頑張ってくれたんだ。命があるだけで感謝すべきですね。わかりましたエマリィさん、諦めましょう……」


 エマリィの説得に、がっくりとうな垂れて唇を噛み締めるアルマス。

 そしてエマリィはふと天井の穴に気が付くと、八号を振り返った。


「八号さん、二番ナンバーツーがやって来た天井の穴から地上へ戻れるんじゃ……?」


「そうか! 二番ナンバーツー、君がここまで来たルートで僕たちを地上へ運んでくれないか!?」


「了解しましタ。しっかり掴まっていてくださイ」


 エマリィとアルマスを両手に抱えて器用に壁を登っていく戦術支援タクティカルサポートモジュール二番ナンバーツー

 エマリィは文字通りの死闘を生き延びた安堵感と、まだまだ安心してはいけないと言う緊張感の両方を噛み締めながら、眼下に広がる大広間を見下ろした。

 二人の魔族が対峙していて、何やら怒鳴り声が聞こえてくるではないか。

 そのいがみ合う怒声を聞くだけで、寿命が削られていくようだった。


「末っ子の分際で私になんてことをしてくれるんだいヒルダァァァァァァァ! 拾ってもらった恩を忘れちまうほど出来が悪かったとはねえ! 今すぐぶち殺してやるから、さっさと拘束を解くんだ! バカで憐れな出来損ないの九十九番目の妹よ、覚悟はできているんだろうねえ!!!」


「うっせーんだ糞ババア! いつまでも姉貴面してんじゃねーぞ! お前には聞きたいことが山ほどあるんだ! 返答次第では、私のこの手でぶち殺してやるから覚悟しとけよ!」


 と、魔族同士、女性同士の激しい怒声の応酬に、思わず顔面蒼白で縮み上がるエマリィ。

 あの二人の事情など知る由もないが、巻き添えを食らうのだけは真っ平ごめんだった。


――ああ、早く地上へ戻りたい。あと少し……黄金聖竜様、なんとか無事にボクたちを地上へ戻してください……

 

 少しずつ遠ざかっていく怒声を耳にしながら、エマリィは両手を合わせて祈りを捧げていた――

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