第百七話 真っ赤な誓い
「ミナセ……?」
俺の呼び掛けに、驚いたように丸まっている背中がビクンと弾けた。
そしてゆっくりと顔を上げると、少し怒りを孕んだ気まずそうな目で俺を見上げた。
「どうして放っておいてくれないのかな……? 今までの記憶を見たでしょ? 私は何をやっても上手く行かないのに、これ以上どうしろって言うのよ……」
「そうだな……。正直言って、俺にもよくわからないや……。こうしてここに来るまでは、俺にミナセを殺させたことに文句を言いたい気分だったし、本当にお前はそれで良かったのかと確認もしたかった。でも、なんて言うのかな、ミナセの記憶に触れていたら、もうそんな事はどうでもよくなっていたというか……」
俺はミナセの前に腰を下ろすと、真正面から彼女を見据えた。
どこか怯えているようで、いじけている様にも見えるミナセは、俺の視線から逃れるように体の位置を少しずらす。
「じ、じゃあ、私への用は終わったんでしょ? もう出て行ってくれるかな。ただでさえ女の子の中に無理やり入り込んでるんだからね……」
「わかってる。ちゃんと出て行くよ。でも……それは俺と契約してからだ――!」
俺はそう言ってミナセの右腕を掴んだ。
するとミナセの顔がぎょっと驚いて、全身から出ている赤い霧の量が増した。
「な、なに訳のわかんないこと言ってるの!? 放して! 私はもう死んだんだから……放っておいてって言ってるでしょ!」
肩の上に乗っていたピピンも、俺を批判するように頬をポカポカと叩いた。
「そうだよタイガ! 最初に説明したでしょ、無理やり契約することは洗脳と同じだって! こんな強引なやり方は彼女のためにならないよ……! それにもし彼女が悪霊化してしまったらどうするつもりなの……!?」
「その時は……もう一度俺の手で殺す……!」
「な、なに言ってるか、わかってるのタイガ……!? こんなの無茶苦茶だよ……! 」
ピピンは頭を抱えて、あわあわと俺とミナセの間を飛び回った。
しかし俺は至って真剣で、本気だった。
この魂の中でミナセ本人に会うまでは、会わなければならない理由は漠然としたものだった。
彼女の人生の幕引きを俺に委ねた、その無責任とも言える行動に文句の一つも言いたかったし、本当にそれで良かったのかと確認したかったと言う思いもあった。
はっきり言えば、彼女の復活は二の次で、俺は『この手で人を殺した』と言う罪悪感を、少しでも軽くしたかった。
少しでも遠くへ押しやりたかっただけだ。
同じように異世界転移してきた同胞を、この手で殺してしまった事実を認めたくなくて、受け入れたくなくて、ただ取り繕おうとしていただけにすぎない。
そう。我が身可愛さに取り繕おうとしていただけなのだ。
その事に、俺自信が気付いてしまった。
この魂の中で彼女の記憶に触れているうちに、俺はそんな自分の卑怯で、覚悟なんかなく、ただ言われるままに彼女を殺めてしまった、無責任さに気が付いてしまったのだ。
ミナセが死んでしまったこと、この手で殺してしまったことに俺は酷く動揺し、背負いきれない罪を背負ってしまったと狼狽していた。
そして、その事からただ逃れるためだけに、目の前の精霊契約と言う手段に縋ったにすぎない。
だから、俺は単なる卑怯者なのだ。
そんな自分自身の卑怯で狡賢く立ち回ろうとしていた、嫌らしい部分に気がついてしまった。
俺は自分が可愛いだけで、苦しみから逃れたいだけで、ミナセの復活を望んでいたにすぎない。
しかし、このまま彼女を死なせてしまったら、記憶の中に居たミナセの母親はどうなる?
ミナセを心配していた友達の思いはどうなる?
彼女たちの一途な愛情や、純粋な友情は一体どうなる?
だから、俺の両肩にはその責任が重く圧し掛かっていることを、この身をもって実感してしまった。
ミナセを言われるがままに殺してしまい、母親や友達の思いを断ち切ってしまった、己の無責任さに対して責任があると――
だから――
「ミナセは生き返らなきゃ駄目なんだよ! お前が死んだら元の世界で帰りを待っている母親や友達はどうなるんだ!? それにお前を慕っているマシューは!? 村の子供たちはどうなるんだよ!?」
「そんなこと……私に言われてもわかんないよ……!」
ミナセはボロボロと大粒の涙を流しながら、俺の胸を叩いた。
「これ以上、私にどうしろって言うの……!? タイガも見たでしょ!? 私の人生はいつも貧乏くじを引くのは私と決まっていて、ずっとトンネルの中に居るみたいだったの。いつも息苦しくて、いつも誰かに嗤われているような気がして、ずっと居心地が悪かった。生まれてきたことに対して、どこかで罪悪感を感じていた。それなのに、せっかく異世界にやって来れたと思えば、今度は男の
「……でも戦ったじゃないか! トンネルみたいな人生だろうが、トンネルの中に逃げ込もうが、ずっと戦ってたんだろ!? 魔族に敵わなくても穴熊戦法で戦って、立派に生き延びていたじゃないか。記憶の中で両足を失くしても這いずるのを止めなかったのは、お前の心がずっと戦っていた証しだよ。ずっと運命に抗っていた証拠だよ。そりゃずっと戦っていたら、疲れて休憩したくもなるだろうさ。でも休憩を終えたら、もう一度立ち上がって戦えばいいだろ。ミナセだって、もしも異世界転移せずに、あのまま元の世界にずっと居たら、もう一度戦っていた筈だよ。いつの日か新しい義足を手に入れて、もう一度立ち上がっていた筈だよ。違うか? そのことを一番よくわかっているのはミナセ、お前自身だろ……!?」
その言葉にミナセは俺の両腕を力いっぱい掴むと、堰を切ったように感情を吐き出した。
「私だって――! 私だってそれくらいわかってる! 私の人生はトンネルの中みたいに真っ暗でも、いつかここから這い出してやるってずっと思ってた! 私は心の中で糞ったれの世界を恨みつつも、いつか世界に認められて周りを見返してやると思っていた。そうしたら私は事故に遭って両足を失って……! でもVRマシンと出会ったときに、私は希望を感じたんだ。もう一度私を奮い立たせてくれた。ジャスティス防衛隊のNPCが、私に助けを求めてきた時に、私は心の底から誰かの役に立てる人間になりたいと思った! 願った! 誓った! でも! 結局は異世界転移してしまって……! この世界でマシューたちを守ると約束したのに……! それすらも私は踏みにじってしまった……。私は何をやっても上手く行かないんだよ……! どれだけ頑張って、どれだけ積み上げても、結局お盆が引っ繰り返るみたいに、全ては一瞬にして壊れてしまうんだ……。こんな事なら、こんな事になるのなら、私はずっとゲームをしていたかった。ゲームだけをしていたかった! 仮想現実の中で、仮想の救いに応えているだけでも私は十分に幸せだったの。ねえタイガ、何故本当の現実は、こっちでも向こうでも私に冷たいのかな!? 私はもう本当にダメなんだ、わかってよ……」
激しく嗚咽しながら吐き出すミナセの思いの数々に、知らぬ間に俺の頬にも涙が零れていた。
その弱音に引きずられて、つい彼女のことを諦めて手の力を弱めそうになってしまう。
すると、耳元から聞こえてきた声に、俺は我に返ってもう一度ミナセの腕を掴む手に力を込めた。
「――でもミナセさんは、ピピンたちを受け入れてくれたじゃないですか!」
その声はピピンだった。俺の右肩に立って、泣き腫らした顔でミナセに向かって呼び掛けていた。
「ここはミナセさんのテリトリーだから、排除しようと思えばいつだって出来たはずだよ。でも抵抗の素振りすらなかったと言う事は、ミナセさんもどこかで迷いがあったからでしょ!? 心のどこかでタイガに期待していたから記憶を見せたんでしょ!? そりゃ生きていれば辛いことはあるし、厭なことだってたくさんある。でも貧乏クジばかりの人生だったなんて、そんな悲しいことを言わないで! まだたった十数年生きただけなのに、全てを諦めて残りの人生まで諦めてしまわないで。ピピンだって悲しいことがあって故郷の村を飛び出してきちゃったけど、タイガやピノや皆と出会えて良かったと思ってるよ。ピピンなんかが偉そうなことは言えないけど……。あれ? なにを言いたいのかわからなくなっちゃったけど、とにかく運命に負けないでえ! ピピンも頑張るから、一緒に頑張ろうよー!」
と、両手をぶんぶん振り回して叱咤激励するピピン。
そう言えば、ピピンも訳ありで故郷の妖精族の里から飛び出して来ているので、いろいろと思う所があったようだ。
「ピピン、ありがとうな……」
俺はピピンの頭を人差し指で撫でると、ミナセを見た。
確かに今のピピンの発言には一理ある。
魂の中に侵入してきた俺たちを、排除しようと思えば出来たのに、抵抗すらしなかったという事は、ミナセ自身も本当は今回の選択に後悔していて、どこかで救いを求めていたのではないのか。
ミナセの顔を見れば、自分でも気付かないふりをしていた心の奥底をピピンに言い当てられて、少しばかり困惑したような表情を浮かべていた。
俺はその顔を見て、この推測に確信を得た。
と、同時にミナセの今の心情を察した。
つまりミナセは度重なる貧乏クジという不運の連続に、心の芯から怯えきってしまっているのだ。
心の中で今回の選択を悔い、チャンスがあるならもう一度すがりたいと思っているのに、また貧乏クジを引いてしまうかもしれないと言う、諦めと恐れに支配されて、すっかり自信を失って決断しかねているのだ。
だとすると、俺はどうすれば、彼女に再び立ち上がるための自信を与えてやれるのだろう。
どうしたら、怯え切っている彼女の背中を押してやれるのだろうか。
「ミナセは今でもこの異世界転移が貧乏クジだったと思ってる? ちなみに俺は世界中の宝クジが当たるよりも幸運を掴んだと思ってるけど」
「そりゃタイガは
ミナセは泣き腫らした目を拭きながら、そう唇を尖らせた。
そして今の言葉から察するに、ミナセが今回の異世界転移を貧乏クジと思うのは、本来なら使えた筈の
普通の厭世的な人間ならば、異世界転移できた時点でラッキーだと思うのが当然だろう。
しかし
『VR空間でも物凄い迫力があった兵器群が、実際に現実でも使える千載一遇のチャンスを逃してしまった』から、残念と悔しいという感情が強まり、異世界転移と言う幸運を差し引いても、またしても貧乏クジを引いてしまったと言う、マイナスの感情に繋がってしまうのだ。
だから俺が出来ることと言えば、それは単なる勘違いだと訂正してやることだ。
「でもミナセは魔法が使えただろ? 中レベル兵器と中級の魔法をミックスしていたけど、あれだって破壊力は相当なものだと思うけど?」
「それは十分にわかってるの。実際に穴熊戦法の時は、おかげで魔族を寄せ付けなかったんだから。でも……」
やっぱり
俺はこんな時にも関わらず、ミナセの
「あーゴホン。でも実はもしかしたら
「うん、どういうこと? ちょっと詳しく聞かせなさいよ」
と、身を乗り出すミナセ。
その顔からは人生を悲観している薄幸な少女の陰はすっかり消えていて、ゲームの攻略談議に興じるゲーム好きの少女へ戻っていた。
「答えは体に刻まれた魔方陣だよ。ミナセもお腹にあっただろ。その魔方陣は
「なるほど、そういうことだったのか……。つまり
「そう、魔法少女ミナセの誕生だ」
「魔法少女……この私が――!?」
その魔法の言葉はかなり魅力的だったらしく、ミナセの頬は紅潮して、心なしか呼吸も早くなっている。
「ただその為には俺と精霊契約をしてもらい、精霊として生き返ってもらう必要があるけどね」
と、俺はニッコリとウインク。
しかし途端にミナセは自信を無くした顔に逆戻りして、迷子の幼子のように所在無げに俯いてしまった。
「で、でも、やっぱり私は……私じゃ無理だよ、どうせ、また……」
そんな弱々しく呟くミナセを見て、俺は思わず彼女の両肩を掴んで詰め寄っていた。
自分でもよくわからない衝動が胸の奥底から込み上げてきて、頭の芯が熱くなっていた。
そう、これは怒りだ。
ミナセへの、いや正確にはミナセからこんな風に自信を奪ってしまった、彼女の運命と言うやつに対する激しい怒りだ。
「――無理じゃない! 無理だってそんな風に簡単に諦めるなよ……! ミナセはトリプルケイト・エピデンドラム保持者なんだろ!? 三つの兵科で全三百面をソロで攻略した、全国でも数少ない
「タイガ……」
「遺跡で言ったよな? 俺はクリムゾンオースと名乗っていた頃のミナセと掲示板で交流していたって。ミナセが行き詰っていた俺に、的確でわかりやすくアドバイスしてくれたから、アルティメットストライカーで三百面クリアを達成できたんだよ。確かにたかがゲームだよ、こんなの単なる遊びだよ。でも俺は真剣に悩んでいたし、悔しかったし、自己嫌悪にもなっていた。でも、たかが遊びにトライアルアンドエラーを何十回、何百回も繰り返して一歩ずつ進んでいくのが、俺たちみたいな人種じゃないのか!? そして、そんな俺に手を差し伸べて導いてくれたのは、何を隠そうミナセだったんだ。ちっぽけな縁だけど、俺はこの縁を大切にしたい。あの時受けたささやかな恩を返したい。ミナセの人生は貧乏クジばかりだったって言うけど、それじゃ俺とのこの出会いを当たりクジにしてやる! お前の運命の風向きを、力ずくでもいい方向へと変えてやる! だからそんな簡単に無理だって諦めないでくれ!
と、俺は思わずミナセの両肩を掴む両手にも力が籠って熱弁していた。
思いの丈を全て吐き出したことにより幾分冷静さを取り戻すと、ミナセは何故か顔を真っ赤にしてもじもじと俯いていることに気が付いた。
「うん?」
肩の上のピピンを見れば、こちらも顔を真っ赤にしてキャーキャーと興奮したように飛び跳ねている。
「あれ? 俺なにかやっちゃいました?」
と、定番のセリフが口をつくが、実際に思い当たらないので仕方ない。
するとピピンが信じられないことを口にしたので、思わずギョッとした。
「だってだって今のは完全にプロポーズでしょ!? 俺がお前の運命を変えてやる(キリッ)なんてセリフを言われて、胸がキュンキュンしない女の子なんか居ないわけないでしょ!? あーん、感動的な場面なのに、エマリィちゃんになんて説明すればいいのー、ピピンどうしよう!? あーん、エマリィちゃんごめんねえ!」
「い、いや、別にエマリィに説明することはないんじゃないかな――あうっ!」
ミナセのパンチが腹部に決まって涙ぐむ俺。
ミナセはまだ顔を真っ赤にしていて、明後日の方向を見ながら何やら恥ずかしそうに口を開いた。
「えーと、あんたの大事な魔法使いさんのことはとりあえず置いておいて、契約してあげることにしたから……」
「え……」
「だから、契約することにしたの……! その精霊契約をすれば、私は精霊として生き返れるってことでしょ? だからもう一度やり直してみてもいいかなって……。」
その後でもじもじしながら「魔法少女にも興味あるし……」と、微かに聞き取れる程の小声で呟く。
「ミナセ……!」
「なんかタイガって思ったよりも暑苦しくてウザいよね。今どき熱血ヒーローのつもりか知らないけど、そんなの流行らないんだよ? でも今回だけは……大目に見てタイガの言葉を信じてみてもいいかなって……」
「あ、ありがとうミナセ……!」
感動の余りに抱きしめようとしたが、それはミナセの激しい抵抗にあって諦めることにした。
代わりに握手を求めると、ミナセは逡巡のあとでそっと手を差し出した。
「これからよろしくな」
「こ、こちらこそ……」
俺たちは握手を交わした。
すると、突然どこからか大音量で鳴り響く軽快なエレキギターのイントロと、シャウトするようにスキャットする激しいボーカルが聞こえてきた。
この「真っ赤な魂」と言う曲は、数年前に放送された深夜アニメの主題歌で、最近では珍しい熱血系のアニソンだった。
主人公の少年が強大な敵を前に挫けそうになりながらも、誰も泣かない世界を作り上げるためなら、何度でも絶望から立ち上がってやると誓う、真っ赤に燃える不屈の魂を歌った曲だ。
ミナセはゲームのカスタマイズ機能を使って、プレイ中はこの曲を常にBGMとして流していたのだが、彼女の記憶に触れた後だと、そこまで心酔していた理由もなんとなくわかる気がした。
「あれ? そう言えばミナセのハンドルネームだったクリムゾンオースて、この『真っ赤な魂』からきているんじゃなかったのか? いま気付いたけどクリムゾンオースを訳しても、真っ赤な魂にならないよな? オースってどんな意味があるんだっけ?」
俺が質問すると、ミナセは「余計なところに気が付きやがった」とでも言いたげな表情になり、少し恥ずかしそうに早口に答えた。
「――真っ赤な誓い! クリムゾンオースは真っ赤な誓いって意味。仮想現実だろうと、NPCだろうと、私は誰かに必要とされたことが嬉しかったから……。その気持ちを忘れちゃ駄目だという誓い、それがクリムゾンオースの意味……」
「別に笑わないって。俺のマイケル・ベイみたいなものだろ。気持ちは十分わかるよ」
そう言われてミナセはいささか不本意な顔を浮かべたが、俺は気にせずにピピンを見た。
「それでピピン、精霊契約って具体的にどうするんだ?」
「うーんとね、それじゃあピピンが今から契約魔法の呪文を唱えるから、それを聞きながら互いに契約を了承する意思を、言葉でもボディランゲージでもいいから示してね。契約が上手く行けば自然とピピンたちの魂は肉体へ戻るから」
と、ピピンが俺の肩の上で呪文を唱え始めた。
そして俺は改めてミナセの方へ視線を向けた。
真っ赤な魂はガンガン鳴り響いている。
「そんなに堅苦しく考えないでくれ。精霊として俺に仕えるとかそういう難しい話じゃなくて、何というか、つまりは俺と友達になってくれればいい。同じ
「うん。責任取ってくれなんて言わないから安心して。でも、これだけは約束してくれるかな……?」
「なに?」
「いつか元の世界へ戻る方法を見つけて、お母さんに合わせてくれること……」
そう言って、ミナセは優しく微笑んだ。
そして次の瞬間、視界全体が赤い霧に包まれたかと思うと、俺とピピンはグランドホーネットの食堂に立っていた。
ピノは相変わらずテーブルに突っ伏したまま熟睡していて、俺の両手にはミナセの赤い魂が乗っかっている。
今までこの中に居たのかと思うと、センチメンタルで不思議な気分になるが、ピピンの素っ頓狂な声で我に返った。
「あわわー、どうして契約が完了したのに実体化してないのー!? どうしてえー!?」
「普通は実体化するものなのか?」
「そうなんだよ。元の肉体を自ら再現して実体化する筈なんだけど……。そうか、ミナセさんの魂と肉体はこっちの世界に来た時に強制的に組み合わせられたもので、更に魂と肉体に刻まれた魔方陣によって紐付けされていたんだっけ。もしかしたらその魔方陣が魂単体の実体化の障害になっているのかも……!? うん、きっとそうに違いないよ!」
と、ピピンはうんうんと頷いて勝手に納得しているが、俺にはちんぷんかんぷんだ。
「つまりどういうことだってばよ!? ミナセの魂は実体化できるのかできないのかだけでも教えてくれないか」
「大丈夫、ちゃんとできるよ。但し、こちらで依り代を用意しないといけないけれど」
「依り代?」
「そう。ミナセさんの魂を入れる器のこと。要は
しかし俺はそれを聞いて思いきり怪訝な顔を浮かべた。
ミナセは女の子なのに、男の姿をした
それなのに生まれ変わって、また男の
すると、ピピンは俺の表情から察したようで相好を崩した。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。魂と同じ魔方陣で紐付けしてやれば、外見はどんな姿だっていいの。だから本人そっくりにも作れるんだよ。それに精霊として復活するんだから、
「わかった。とにかくそれなら大丈夫そうだ。でも肝心の
「ピピンも作ったことはないけれど、この船にはあれがあるじゃない。あのナントカって言うとても便利なものが」
「――ミネルヴァシステムか!」
俺は思わずガッツポーズを取った。握りしめた拳が興奮でわなわなと震えている。
ミネルヴァシステム――
ゲーム「ジャスティス防衛隊」の中で、多種多様な改造巨大生物に最前線で柔軟に対応出来るように開発されたと言う設定の、スーパー3Dプリンターの名称。
異世界転移とともにこのシステムも実体化されていて、その高性能っぷりは何度も体験済みだ。
「それじゃすぐにでも――!」
と、食堂を飛び出していこうとした俺だったが、ピピンに呼び止められた。
「タイガ待ってよ。
「掌サイズを最低でも五つ……? それじゃあ機関室にある結晶を――」
と、思ったものの、先日のヒルダとの戦闘で、結晶体の一部を破損してしまったばかりだった。
その為グランドホーネットはただでさえ完全実体化に程遠い状態から、更に機能が絞られた状態に陥ってしまっている。
ここで掌サイズ五つ分の結晶体を削り取った場合、一体どれだけ機能が低下するやら。
ただてさえ連合王国とこれから事を構えようかと言う事態なので、グランドホーネットは現状維持しておきたいところ。
俺は悩んだ末に、
「ミナセには申し訳ないけど、今回の騒動が終わるまで待ってもらうことにしよう。契約は済んでいるから、このままでもしばらくは――」
と、そこまで言いかけて、俺は肝心なことを忘れていたことを思い出して膝を叩いた。
「――と思ったけど前言撤回! 古代遺跡で魔法石の結晶十個と台座に使われていた古代金属を回収して、それは八号が持っているんだった!」
俺はミナセの魂をテーブルの上にそっと置くと、ピピンの頭を撫でた。
「今回はいろいろとありがとうな。今からダッシュで魔法石を回収してくるからミナセの魂を頼む!」
「ね? ピピンをこの船に乗せてラッキーだったでしょ? ピピンは役に立つんだよー。じゃあ気をつけてねーん」
「おう。行ってくる!」
俺はピピンにサムズアップすると、勢いよく食堂を飛び出した。
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