苔から始まる異世界ライフ(旧 苔から始まる異世界生活)
ももぱぱ
プロローグ
第1話 転生
(ああ、今度生まれ変わるとしたらのんびり生活してみたいな……)
とある病院の一室。色々なチューブに繋がれた若い男性は死の直前そんなことを考えていた。
僕の名は「天道ひかる」。5歳の時に火事で両親を亡くして以来、18歳まで施設で暮らしていた。そこから就職し一人暮らしを始めたのだが、僕の職場は大企業の下請けのさらに下請けの小さな工場だった。朝から晩まで働かされて、給料は雀の涙。家賃と食費でほぼ全ての給料が飛んでいく毎日。のんびりとした性格の僕だったが、のんびりする時間もお金もない生活に疲れ果てていた。
そんな生活を2年ほど続けていたある日、僕は職場で倒れた。原因はもちろん過労だ。意識を失い救急車で運ばれたときにはすでに手遅れで、延命措置もむなしく今まさに死の瞬間を迎えていた。死の直前に一瞬意識を取り戻したのは、死を覚悟する時間をくれた神様の慈悲か死の恐怖を味わわせるための死神の陰謀か。
(どちらにせよ死にゆく僕には関係無いか)
自分の人生を嘆きつつ、僕はまた静かに意識を失うのだった。
▽▽▽
「あれ? ここはどこだ? 僕はまだ死んでなかったのか?」
病院で意識を失ったはずの僕は、なぜか真っ白な空間で目を覚ました。
着ている服は病院で着せられたであろうガウン型の患者衣だったが、それ以外はベッドどころか壁やドアすら見当たらない。自分が立っているのか浮いているのかもわからない状態に、僕は混乱していた。
「どちらでもありませんよ」
っと、そこに女性のであろう綺麗な声が聞こえてきた。いや、聞こえてきたと言うより頭に直接響いてきた感じだ。
「えっ、誰ですか?」
頭に響いてきた声に、声を出して答える僕。未だ僕の頭は絶賛混乱中のようだ。
「ですから、神の慈悲でも死神の陰謀でもありませんよ」
おう、僕がこの世で最後に考えていた疑問の答えですか……って、なぜ僕が考えていたことがわかるんだ? そもそもここは現実世界なのか? 色々な疑問が頭の中を飛び交うが、何一つとして答えは見つからない。僕の混乱は益々深まっていくばかりだ。
「突然のことで混乱しているようですね。よろしいです。私が一から説明してあげましょう!」
混乱中の僕の頭に再び響く女性の声。若干、上から目線なのが気になるが説明してくれるというのであれば断る理由はない。
「私の名前はアスタルティーナ。あなた方で言う異世界の女神です。私が管理する世界に転生してくれる魂を探していたところ、偶然あなたの魂を見つけたのでこうしてお願いに来ました」
よし、これは夢だな。今はまだ病院のベッドにいて、死ぬ直前に見ている夢ということか。でもおかしいな。死ぬ直前に見るのは走馬灯と相場が決まっているのだが、どう見てもこれは走馬灯には見えないな。
そんな風に僕が頭の中を整理していたのを無視されたと受け取ったのか、自称女神様の声が少々興奮気味に響いてきた。
「ちょっと、あなた今夢だと思ってるでしょ! 違うんだからね! ホントにホントに異世界に転生できるんだからね! こんなチャンス滅多にないのよ。しっかり感謝しなさい!」
「はあ……ありがとうございます」
急に精神年齢が下がった自称女神様に驚きつつ、夢にしては妙にリアルな会話になっていると思いながら、勢いに負けて思わずお礼を言ってしまった。
「よろしい! それでは説明を続けるね。オッホン。今回、あなたが転生する世界は『フォルンティア』と呼ばれています。あなたがいた地球とはちょっと違って、剣や魔法が存在するファンタジーな世界です」
僕のお礼に気をよくした自称女神様は、再び厳かな雰囲気で語り出した。それにしてもファンタジーな世界か。その辺りの知識は施設にいた頃に読んだボロボロのライトノベル小説数冊分しかない。それなのにこんな夢を見るとは……これが潜在意識というやつか?
「だから夢じゃないって言ってるのに! まあ、いいわ。説明を続けるね」
おっと、自称女神様はまた僕の思考を読んだようだ。まあ、自分の夢なら思考を読まれるのは当たり前か。
しかし、夢の割には妙にリアルで、聞いたこともないような単語が並ぶ説明が続いていく。
「転生とは言っても、フォルンティアは地球人が生きて行くには少々過酷な環境だから、特別に私が特典を与えてあげるわ。その特典とは~ずばり、種族選択権とスキルです! パチパチパチ!」
はて、何だかよくわからない単語が出てきたぞ? 僕の夢なのに僕の知らない言葉が出てくるなんてありえるのか? それに最後のパチパチパチってまさか声で拍手を表しているのか!? 何て痛い人なんだ、自称女神様は。
「っく、私は痛い女神じゃありません! 清く美しい人気のある女神なのですよ!」
何だろう。このやりとり。あまりにリアルなやりとりに、段々これが夢じゃなくて現実だと思えてきた。
「……だから最初っから夢じゃないって言ってるのに。いいわ、気を取り直して続けるわね。次は選べる種族とスキルの説明をするわ」
今度は女神様のセリフが終わると同時に、目の前に半透明のウインドウが浮かび上がった。
そこには上から"
「あなたが選べる種族はそこに載っているだけになるわ。上に行くほど基本能力が高く、"
なるほど。つまるところ、竜人が一番強くて人間が一番弱いということね。その代わり、人間は竜人だと一つしか貰えないスキルを六つも貰えるという訳か。強さのバランスを取るということは、このスキルとやら次第では人間でも竜人と対等に渡り合えるということだな。
しかしながら、僕は強さにはあまり興味がない。もちろん、転生が本当だとして転生して直ぐに死んでしまうのは勘弁だから、生きるための力くらいは無いと困るが……ぶっちゃけのんびり生きて行けるだけの力でいい。そう考えると竜人なんて絶対に嫌だ。最強の種族の一つと言うことは、自分の意志とは関係なく戦いに巻き込まれる可能性が高そうだからね。
かといって魔人なんかになったら討伐対象になりそうだし、エルフやドワーフなんかも希少な種族っぽいから目立ってしまいそうだ。獣人はちょっと興味はあるけど、ここはやっぱり人間でしょう。おそらく一番数が多いであろう人間に紛れ、生きていくのに便利そうなスキルを六つもらい、のんびりスローライフ。これしかないでしょう!
段々とこれが夢じゃないと思い始めている僕は、期待を込めて女神様にお願いした。
「女神様、決まりました! 僕の種族は一番下のでお願いします!」
僕の言葉になぜか女神様が驚いた雰囲気を感じた。
人間を選ぶのがそんなに意外だったのだろうか?
「へー、まさか一番下を選ぶとはね。私はこれまで何十人か転生させてきたけど、一番下を選んだのはあなたが初めてだわ」
ほほう、僕の前にも転生した人がいるのか。いつ頃のことかはわからないけど、向こうの世界で探してみるのもいいかもしれないね。それにしても、何十人もいれば人間を選んだ人がいてもよさそうだけどな。やっぱり竜人とかが人気なのかな。
「それじゃあ、一番下の種族を選ぶわね」
女神様がそう言うと、目の前のウインドウの"竜人"が点滅し、その点滅が一つずつ下がっていく。"魔人"、"風人"、"地人"、"獣人"と点滅していき最後の"人間"が点滅した。『いよいよ僕は転生するのか』と思った次の瞬間、目の前で有り得ないことが起こった。
なんと、ウインドウが下にスクロールしたのだ。
「えっ!?」
僕の驚きの声を余所に、新たに現れた種族に点滅が移っていく。
"
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!? 何でスクロールしてるんですか!? 聞いてないですよ! 一番下は"人間"じゃなかったんですか!?」
僕は慌てた。人生で一番と言っていいくらい慌てた。だって、まさかスクロールするとは思わないでしょ? しかも、一番下って苔だよ、苔。苔に転生してどうしろっていうのだ。直ぐ食べられるか、枯れて終わりでしょうが。
「えー、私そんなこと一言も言ってないしー。人間がよかったなら『人間』ってはっきり言えばよかったじゃない。『一番下』なんて言い方するから悪いんだよ~」
うっ。確かにそれは正論だが、ここで引き下がるわけにはいかない。ここで負けを認めたら僕は"苔"になってしまうのだから。
「お願いします。やり直させてください。今度はちゃんと人間を選びますから!」
しかし、無情にも必死に叫ぶ僕の身体が光り始めている。もしやこれは転生が始まっているのでは!?
「お願いします女神様! 何でもしますから、人間に変えてください!」
だが、女神様の答えは……
「残念。一度、種族を決めると私でも変えられないのよね。その代わり、"苔"は最弱の特典としてスキルが15個選べるわ。ただ、きちんとしたスキルを選ばないと直ぐに枯れるか食べられるかしちゃうから気をつけてね。あ、それから転生する場所はランダムだからね!」
女神様の非情な答えを聞きながら僕の身体から発する光はどんどん強くなり、その光が爆発したかと思ったら僕は再度意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます