第44話 初討伐クエスト
オーロラは初クエストを大成功で終わらせた後も、学園終わりの午後は積極的にクエストを受けるようにしていた。とは言っても、猫探しのクエストや使われていない倉庫の掃除、街中で済むお使いなど、危険の少ないものばかりではあったが。
猫探しでは僕の生命探知が大活躍だったし、倉庫の掃除やお使いもオーロラの丁寧な仕事ぶりや人柄のおかげで、依頼人からの評判も上々だった。
そしてついこの間、初めて街の外に出るクエストを受けた。ポーションの原料となる薬草採集のクエストだ。僕が鑑定を使ってお手伝いしたので、取り違いもなく完璧だとギルドの納品カウンターにいたおじさんに褒められていた。
オーロラも嬉しそうだったし、その顔を見れた僕も幸せでした。
こんな感じで午前中は学園で授業、午後からクエストという生活を2週間ほど続けると、オーロラと僕は危険は少ないが、あまり冒険者がやりたがらないクエストをこなす貴重な存在としてギルドの評判になっていた。
依頼者からの評価も高いので、後は討伐系のクエストを何件かクリアすればギルドランクがEランクに昇格するというところまできていた。
「うん、そろそろ討伐系のクエストも受けないといけないかな~」
クエストボードを見ながらオーロラが呟く。
オーロラの召喚魔法のレベルは現在8。僕が加護を与えてから、スキルレベルの上昇スピードが速くなっており、出会った頃より3も上がっている。僕と会うまではクラスメイト達より遅かったため取り残されていたが、徐々に追いついてきているようだ。
ただ、ゴウケンさんの相棒であるブラックと戦った後も、オーロラは僕のことを黒猫だと思っているらしく、魔物と戦うような討伐系の依頼は受けてこなかった。
召喚魔法のレベルが10になると、もう一体召喚できるようになるので、戦闘の方は次の召喚獣に任せる気でいる節が見られる。
また、オーロラは僕ほどスキルレベルがすぐに上がるわけではないようで、ここにきてまた上がりづらくなっているのも事実だ。オーロラ自身のレベルもクラスメイトに比べ低いので、一緒にレベル上げに行くこともない。
このままではますます差が広がるばかりなので、いよいよソロで魔物を倒しに行く決断をしたようだ。僕がついていれば心配はないとは思うが、逆にあまりやり過ぎて正体がバレないようにしなくては。
そんなオーロラがクエストボードから一枚の依頼書を剥がし、受付カウンターへと持っていった。
「グリーンワーム5匹の討伐ですね。お一人で行かれますか?」
「はい、召喚士なので相棒がいますから大丈夫です!」
受付のお姉さんの心配を余所に元気よく返事をするオーロラ。あれ? 僕のことは戦力として数えてなかったんじゃないのかな? どこから湧いて出てくるんだろうこの自信は?
受付のお姉さんは、僕を見てちょっと心配そうな顔をしたが、ここに連れてきていないだけで他にも召喚獣がいると思ったのだろうか、クエストを受理してくれた。
「さて、初めての討伐依頼だよ。頑張ろうね、ミスト!」
街の門から出たオーロラは両手で頬をパチンと叩いて、気合いを入れている。その姿はかわいいの一言に尽きるのだが……少々気になることが一つある。それは、オーロラが街を出る前に薬屋で殺虫剤を買っていたことだ。まさかとは思うが、魔物に市販の殺虫剤が効くと思っているのだろうか……
北門から出た僕達は帝都へと続く道をしばらく歩いた後、街道から少し東にそれグリーンワームが好む葉が生えている地点を目指した。ここはポーションの原料となる薬草が生えているところでも有名で、この薬草を守るためにもグリーンワームの討伐が常設依頼として設定されている。
駆け出しの冒険者には、グリーンワームの討伐と薬草採集のクエストをここでまとめてクリアするのが、生活費稼ぎの常套手段となっているそうだ。とは言え、これを利用するのは本当の駆け出しか、よっぽどお金に困っている者ばかりらしいが。
僕とオーロラが目的に着いたのは、まだ日が昇りきっていない昼前の時間帯だった。運良く誰も来ていなかったようで、10匹ほどのグリーンワームがムシャムシャと葉を食べている。オーロラは他のグリーンワームから少し離れている1匹に狙いを定め、忍び足で近づいて行った。
ブシュー! という音とともに殺虫剤を吹きかけられたグリーンワームは、身をよじって嫌がる素振りを見せたものの、全くもってダメージを受けている様子はなかった。
「あれ!? なんで効かないの? お店の人はどんな虫でもイチコロだって言ってたのに!」
いやいや、オーロラさん。確かにそいつは虫型だけど、一応魔物の部類ですよ。殺虫剤が効くわけないでしょう。
と心の中で突っ込みを入れつつ、僕は怒り狂ってオーロラに向かっていくグリーンワームの前に立ちはだかった。
「ミスト! 大丈夫なの?」
やはり心配されてはいるが、『逃げて』ではなく、『大丈夫?』と聞いてくれているあたり、ゴウケンさんの相棒であるブラックと戦ったかいがあったというものだ。あの試合でそこそこ戦えると思ってくれたのだろう。
「にゃ~」
顔だけ後ろを振り返り、気合いを入れた割には可愛らしい鳴き声で応えた僕は、改めてこちらへ向かってくるグリーンワームへと意識を向けた。
(さて、どのくらい手加減すればいいのだろうか)
オーロラの登録試験の時は上手く手加減できたと思うけど、今回のワーム先生はFランクだからね。あれよりもっと手加減しないと、僕の強さがバレてしまう。
僕はゆっくりと向かってくるグリーンワームに向けて、そっと前足を振るった。
「バシュ!」
跡形もなく消し飛ぶグリーンワーム。
恐る恐る後ろを振り返ると、何が起こったのか理解できずに固まっているオーロラと目が合った。
「にゃ~?」
とりあえず誤魔化すために鳴いてみる。
「あれ? グリーンワームは? あれれ?」
さすがに目の前でグリーンワームが消し飛んだのを見れば、いくら鈍いオーロラだっておかしいと思うよね。
「もしかして、穴を掘って逃げた?」
前言撤回。天然少女のオーロラさんは目の前でグリーンワームが消し飛んだ上に、自分に経験値が入っているのに気がついていないようでした。やらかしてしまった僕にとってはありがたいが、ちょっと心配になってしまうレベルだね、これは。
とりあえず、跡形もなく消し飛ばしてしまうと穴を掘って逃げられたことになってしまうので、次からは極限まで小さくしたウォーターバレッドに猛毒を混ぜて、オーロラが殺虫剤を吹きかけるのと同時にぶつけてみた。
グリーンワームの胴体を易々と貫通したウォーターバレッドはしっかりと猛毒を付与し、ものの数秒で死に至らしめる。あたかもオーロラの殺虫剤が効いたかのように苦しませてから。
見える範囲にいた10匹のグリーンワームを無事に退治したオーロラは、意外と慣れた手つきでグリーンワームを解体し、魔石と粘糸を回収していく。
さらには、あたりに生えていた薬草を20枚ほど採集し、満足げな笑顔を浮かべてから来た道を戻っていった。
その時点で昼食の時間は大きく過ぎていたが、見通しの悪い草原でお昼を食べるわけにはいかないので、いったん街道へ戻ってから昼食を取ることにしたようだ。
腰をかけるのに手頃な岩を見つけたオーロラは、そこに腰を下ろし持ってきたパンを食べ始める。僕にはホーンラビットのお肉を出してくれたのだが、あいにく生だったのでこっそり雷魔法を使い焼いてから食べた。こればっかりは元人間としては譲れない。
ちょっと遅めの昼食を取った僕達は、レインボウの街へと向かって歩き出す。途中で帝都へ向かうのであろう商人一行や、僕達と同じようにグリーンワーム先生を倒しに行くのであろう駆け出しっぽい冒険者とすれ違ったが、特に何事もなく無事にレインボウの街へと到着した。
「はい、これがグリーンワームの魔石です!」
オーロラは初の討伐依頼を成功させ、意気揚々と受付カウンターで報告している。僕はカウンターの横にちょこんと座りその様子を観察する。
「はい、こちらは間違いなくグリーンワームの魔石ですね。しかも、10個ありますのでクエスト2回分としてカウントさせていただきますね!」
常設以来のクエストは、取ってきた分だけカウントしてくれるのがありがたい。ついでに薬草も提出し、こちらも2回分としてカウントしてもらえた。
「ところで、10匹のグリーンワームをどうやって倒したのですか? もしかしてその黒猫ちゃんが?」
いつもオーロラの対応をしてくれるキティさんが、僕の方をじっと見つめながらオーロラに尋ねている。確か、キティさんは僕とブラックの戦いを見ていたはずだから、Fランクの魔物を倒すくらいの力はあると見てくれているのかな?
「うふふ、ミストは勇敢だけどまだ戦闘は任せられないの。グリーンワームは私がこれで倒したのよ!」
そういってオーロラがリュックから取り出したのは、例の殺虫剤だ。自信満々に取り出した殺虫剤を使って、ブシュッと噴射させるポーズをとる。
「何ですかそれ? ちょっと、危ないのでこっちに向けないで下さい!」
殺虫剤を向けられたキティさんは本気で嫌がっているようだ。っていうか、殺虫剤を向けられたら誰でもいやがるだろうな。
「っていうか、何ですかそれ?」
「もちろん殺虫剤ですよ! これでグリーンワームもイチコロだったんですよ!」
殺虫剤に頬ずりをしながら嬉しそうに語るオーロラを、まるで虫を見るかのように冷たい目で見下ろすキティさん。
「あの、失礼ですがオーロラさん。魔物は殺虫剤では倒せませんよ」
先ほどより明らかに低いトーンで至極当たり前の説明するキティさんだが、オーロラはそんなことに気がつかずに反論する。
「でも、実際、これを吹きかけたら苦しんであっと言う間に死んじゃいましたから!」
キティさんはそんな言葉も話半分にしか聞いていないのだろう。しかも、チラッとこちらを見た。まさか、僕の真の実力に気がついてるんじゃないだろうな。
「まあ、今回はそういうことにしておきましょうか。どちらにせよ、これで条件は満たしましたのでEランクへの昇格試験が受けられますよ。どうしますか?」
おっと、そう言えばオーロラは討伐系以外のクエストはかなりの数をこなしていた。後は討伐系のクエストさえクリアすれば昇格試験を受けることができるんだった。
「えっ!? Eランクの昇格試験ですか!? ぜひ受けたいです! どんな内容ですか?」
どうやらオーロラもそのことを忘れていたみたいだ。でも、ぜひともランクアップはしておきたいのだろう、ちょっと興奮気味にはしゃいでいる。
「えーと、Eランクへの昇格試験はEランクの魔物を単独で倒してくることですね。あっ、単独と言っても召喚士はもちろん召喚獣と一緒で構いません。
この辺りですと、グリーンワームの生息地の奥にアシッドワームがいます。もしくは、南の森にグレートマンティスやストロングビートル、シザーズアントなどの昆虫系の魔物が生息しています。
ただ、どちらもDランク以上の魔物が出る可能性もありますので、それらの対処のために護衛を雇ったりパーティーを組んだりするのはありですよ」
なるほど。Eランクの条件はEランクの魔物を単独で倒せることなのか。まあ道理だな。それにしても、誰か倒すところをきちんと見てなくていいのかな? オーロラはそんなことはしないだろうけど、別の場所でEランクの魔物の素材を買ってきても合格になっちゃうんじゃないのかな?
何て思ってたら、オーロラも同じ質問をしていた。キティさんの説明によると、ギルド職員が査察につくのはCランクの昇格試験からだそうだ。それまでは数が多すぎてギルド職員では対処しきれないらしく、本人達の自己申告に任せているそうだ。
じゃあ、不正が横行しているかというとそうでもないらしい。結局、嘘をついてランクを上げたとしても、実力が足りなければそのランクの依頼をこなすことはできないから、わざわざ嘘をついてまでランクを上げる人はほとんどいないみたいだ。
オーロラは明日、Eランク昇格のクエストを受けることにして、今日は学園の寮へと戻っていった。
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