第43話 店番
冒険者登録した次の日、オーロラは学園での授業の後、ギルドで受けた依頼をこなすために、学園近くのポーションを売っている店に来ていた。
報酬は決して高くはないが、いやむしろ激安だが怪我をする危険もないし、オーロラの見た目から考えるとむしろいいクエストだと思う。
オーロラは小さめではあるがこぎれいな店の扉の前で、緊張したように息を一つはいた。そして、『よし!』と一言気合いを入れてから、休憩中と書かれた札がかかっている扉を開け中へと入る。
「失礼します!」
最初が肝心とばかりに元気よくあいさつをするオーロラ。
「あんたが依頼を受けてくれた冒険者かい? これまた随分若い子が来たもんだね。冒険者って言うくらいだから、むっさいおじさんを想像してたんだけどね。こりゃ、お客さんが増えそうな予感がするよ!」
オーロラの挨拶に負けじと元気よく答えてくれたのは、全体的に丸みを帯びた小柄なおばちゃんだった。人なつっこそうな笑顔が何とも言えない安心感を醸し出している。名前はマーサといい、僕らの初めて受けたクエストの依頼者になる。
しかし、このマーサさんは随分とおしゃべりが好きなようだ。オーロラ自身のこと、オーロラが連れてきた僕のことを矢継ぎ早に質問してくる。
ゴウケンさんには果敢に立ち向かったオーロラだが、このおばちゃんの前ではたじたじだ。
それでも、オーロラはすぐに話が脱線するおばちゃんの説明を笑顔で根気よく聞きながら、店頭に並んでいるポーションの効果や値段、在庫が置いてある場所を必死に覚えている。その間、暇になった僕はお店に並んでいるポーションを端から順番に鑑定してみることにした。
名 称 ポーション
レア度 ☆☆
回復量 小
効 果 使用者の体力を少し回復させる。
効果、レア度を見るに入り口の方はあまり出来が良くないポーションが置いてあるようだ。ただ、その分値段が安いのでこれはこれで需要があるのだろう。
店の奥に行くに従って徐々に効果も値段も上がっていき、一番奥にあるポーションは鑑定すると上級ポーションと出た。レア度は☆4で体力が大幅に回復するらしい。この世界のステータスでは、傷を負えば体力が減っていくので、体力を回復させる効果は傷を治す効果とも言える。現にこの上級ポーションは、かなりの深い傷まで治せるそうだ。失われた部位を復活させることはできないようだが。
中央の通路を挟んで反対側の棚には、魔力回復ポーションや状態異常回復ポーションなどが置いてあった。こちらも入口側が効果の低いもので、奥に入るに従って値段も効果もアップしていた。
さて、僕が店のポーションを一通り鑑定し終えたところで、おばちゃんからの説明も終わったようだ。おばちゃんはこの後、遅めの昼食をとってからお出かけするようで、その間の店番が我々の初クエストとなる。
マーサさんは店のドアにかかっていた休憩中の札を営業中に変え、店の奥へと引っ込んでいった。オーロラはカウンターの中にある椅子に座り、僕はそのカウンターの隅に招き猫よろしくちょこんと座ってクエストがスタートした。
(どうしてこうなった……)
オーロラの周りには冒険者の格好をしたむさ苦しい男どもが群がり、僕の周りには女性の冒険者や近所の子どもやおばちゃんが群がっていた。
店を開けてすぐは暇な時間が続いていた。30分くらいしてから冒険者にしては軽装な男性が一人店に入ってきた。彼は店に入った瞬間、カウンターに座るオーロラを見て驚きの表情を見せる。そしてなぜかいったん後ろを振り返り、手につけた唾で髪を整えてからポーションの棚を見始めた。後からわかったことだが、彼はそこそこ有名なパーティーの斥候役らしく、パーティーのアイテム管理も任されていたそうだ。
時折、ちらちらオーロラの方を見ながらたっぷり時間をかけてポーションを物色し、中級ポーションを3本と初級の魔力ポーション3本をオーロラの前へと差し出した。覚え立ての値段を指折り計算している。控えめに言ってその様子はめっちゃかわいい。斥候の男性も鼻の下を伸ばしてその様子を眺めている。
代金を支払い終えた斥候の男性が、入り口までの短い距離の間に3回も後ろを振り返り名残惜しそうに店を出て行った。
その斥候の男性とすれ違うように入ってきたのが、エプロンを着けたままのごく普通の主婦っぽいおばさんだった。おばさんも、カウンターの奥に座るオーロラを見て細い目を少し見開いて驚いていたようだが、先ほどの男性ほどのわかりやすい反応はなかった。なかったのだが……カウンターに座る僕を見つけた途端、目的のはずのポーションには目もくれず僕の方へと突進してきた。
「わー、かわいい!! この黒猫ちゃんはあなたのペットかい?」
敏捷が800に迫る僕を持ってしても逃げ出せないスピードと圧力で僕をがっちりと掴み、僕の身体をなで回すおばさん。
「えーと、ペットじゃなくて召喚獣なんですよ!」
自分の召喚獣を褒められたことでちょっと嬉しそうに答えるオーロラ。その後、たっぷり10分ほどおばさんとオーロラが猫談義に花を咲かせている間、僕はずっとなでられ続けていた。
その間に、男性冒険者3人組が店に入ってきた。なでられながらチラッと見た感じ、彼らもそれなりの冒険者に見えた。それなのに、妙に鎧がきれいで髪型がきまっているのはそういうことなのだろう。
ここまで露骨だと僕にも状況がわかってきた。オーロラがあまりにかわいいので、先ほど来た斥候の男性が周りに言いふらしたのだろう。それが伝わりこの冒険者達がやって来たというわけだ。それから立て続けに男性の冒険者ばかりがやってきたから間違いない。
僕をなで回していたおばさんは、旦那さんが怪我をしたからポーションを買いに来たことを思い出して、慌てて初級ポーションを買って帰っていった。
あまり広くない店の中には男性ばかり10人ほどのお客がごった返している。その全員が明らかにオーロラを意識しているもんだから、何かあったら僕が盾にならなければ! ……と思っていた時期が僕にもありました。その20分後には僕は近所の子どもやおばさん、さらには続々と集まってきた女性冒険者に囲まれ、なでられ、それどころではなくなってしまったのだ。この状況は最初に来たあのおばさんのせいだろう。
「あー! 猫ちゃんだ!」
そんな中現れたのは、シスターの格好をした女性と、小さな女の子だった。
「ねえねえ! あの猫ちゃんはおねえさんがかってる猫ちゃんなの? おなまえはなんていうの?」
小さな女の子は舌っ足らずなしゃべり方でオーロラに僕の名前を聞いている。隣にシスターがいることもあって、以前誘拐犯から助けたエイミーちゃんを思い出す。
「うん、あの猫ちゃんは私の大切な仲間なんだ。名前はね『ミスト』って言うんだよ」
オーロラは子どもが好きなようで、ニコニコしながら女の子の相手をしている。その笑顔にさらに鼻の下を伸ばす冒険者達。こら! あんまり近づくなよ!
「ミストちゃんっていうんだ! かわいいね~!」
僕の下にてけてけと歩いて来た女の子が僕をなでながら言う。
「あらあら、ごめんなさいね。うちのリリィは、昔からとっても猫好きでして」
かく言うシスターも猫好きなのか、僕をなで続ける女の子をうらやましそうな目で見つめている。あっ! ついに我慢できなくなったのか、女の子の背後からお尻の辺りをさすさすしてきた。
それから、シスターは孤児院の控え用にと下級ポーションを2本買って帰っていった。女の子もシスターも名残惜しそうに店を出て行ったのが印象的だった。
それからもひっきりなしに人が出入りし、この混雑はマーサさんが帰ってくるまで続くのであった。
「何だか大変だったみたいだね?」
閉店時間が過ぎても店に残っていた客を強引に追い出し、店を閉めながらマーサさんがオーロラを労ってくれた。
「はい、あの、いつもと勝手が違ったみたいですいません」
店番なんて初めてのオーロラは、いつもと全然違う状況だったと知り、恐縮している。だが、マーサさんは静かに首を横に振り教えてくれた。
「いやいや、謝る必要なんてないんだよ。むしろ、今日1日で普段の1週間分の売り上げがあったからね! 依頼料もおまけさせておくれよ!」
まあ、これだけ客が入ったらそうなるでしょう。この店は小さいながらもしっかりとした品揃えと、良心的な価格でそこそこの人気店らしい。
それでも1日に来る客は2桁行けばいい方だという。それが今日の午後だけで100人以上の客が訪れたようだ。また、特にオーロラ目当てのお兄さん達は、彼女と会話をするために必ず商品を買っていってくれた。
中にはいいところを見せようとして、お高い上級ポーションを差し出し、周りから『いつもそんなもの買わないだろう!』と突っ込まれている人までいたくらいだ。
と言うわけで、僕達の初クエストは大成功に終わり、マーサさんからはまた今度手伝ってほしいとお願いされた。その時は、オーロラを指定して依頼を出してくれるそうだ。オーロラも自分でお金を稼ぐことが出来て嬉しかったのと、人の役に立てた実感があったのだろう、マーサさんのお願いに2つ返事で承諾していた。
初クエストが上手くいき、寮への帰り道も足取り軽いオーロラであった。
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