第42話 新人冒険者

 ふふふ、完璧だ。今回のミッションは、相手を倒すことなく、なおかつ試験には合格しなければならないという、未だかつてない最高難易度だった。だが僕の完璧なる演技でこのミッションをやり遂げたのだ。どれほど完璧な演技だったのか、振り返ってみよう。


 まずオーロラの冒険者登録試験の相手として現れたのは、ライオンのたてがみのような髪型をしたムキムキのおっさんだった。つれている召喚獣はダークウルフ。アレは確かCランクの魔物だったはず。新人の試験には過剰戦力じゃないか?


 とは言え、オーロラはやる気満々だし、彼女の召喚獣は僕しかいないから頑張ろうと思う。


 だが、ライオンヘアーのおっさんとダークウルフは、僕を見て明らかにガッカリした様子だった。幻惑の効果で動物にしか見えなかったからだろう。油断してくれるのはいいが、そのせいであっさり負けてくれるなよ。


 そんなことを考えていると、審判役の受付のお姉さんが合図をして試験が始まった。まずは先攻を譲ってやると言わんばかりにダークウルフが唸り声を上げる。それはありがたいんだが、この試験にギリギリ合格するにはどのくらい手を抜けばいいのかよくわからない。とりあえず、できるだけそーっとダークウルフの背後に回り込むとしよう。


 よし、予定通り相手のダークウフルが反応できる速度で移動できた。ただギリギリだったみたいだから、これ以上速くは動けないな。加減が難しい。


 さて、次はどうしようかと思っていたら今度は向こうから動いてくれた。僕のスピードを見て少々やる気になってくれたようだ。低い姿勢から滑るように動き出し、前足を振り下ろしきた。だが、そこに殺気はなく、攻撃も爪ではなく肉球を使った手加減されたものだ。


 ここで勝ってしまっては悪目立ちしてしまうだろうから、負ける選択肢しかないのだが、あっさり負けて試験に落ちても困るので、とりあえずは躱しておこう……いや、だめだ!? Cランクの魔物の攻撃を黒猫の僕が躱すなんて異常すぎる! どうしよう!? あっ、そうだ! ダークウルフの攻撃が外れたことにすればいいんだ!


 咄嗟にナイスなアイディアを思いついた僕は、幻惑を使い自分の前方に僕そっくりの幻影を作り出した。もちろん僕は光を屈折させ見えないように姿を隠している。


 予想通りダークウルフの攻撃は僕の幻影をすり抜け空振りに終わる。


(我ながらナイスな判断だったね!)


 この後もいったん距離を取ったダークウルフが、素早く攻撃を仕掛けてきたので同じように幻影でやり過ごした。しかし、今度の攻撃は肉球ではなく爪だったな。相手も段々本気になってきているらしい。


 そこそこ本気の攻撃が当たらず、ダークウルフはいよいよもって真剣に僕を倒しにきたようだ。

 唸り声とともに黒いもやが身体から飛び出し、漆黒の矢を作り出した。これは闇魔法第4階位"ダークアロー"だな。作り出した漆黒の矢の本数は4本。さすがにこれを全部躱すのはまずいだろう。ってことで3本だけ避けて最後の一本で当たったふりをするか。


 ダークウルフは時間差をつけて矢を放ってきたようだが、それほどスピードもなかったので簡単に躱すことができた。そして、予定通り最後の一本は避けずに当たる。身体が小さいからちゃんと吹き飛ばされておかないとね。


 僕はわざと最後のダークアローに当たって派手に吹き飛ぶ。これはどこからどう見ても3本まではぎりぎり躱すことができたが、最後の一本で当たってしまった黒猫を演出できただろう。

 後は、このまま倒れておけば……あー! だめだだめだ! まだ一度も攻撃してなかった! 確かFランクの魔物を倒せるくらいの力がないと試験には合格しないんだった! まずい。ダークアローを受けてしっかり倒れる振りをしてしまった。どうしよう……


 これはあれだな。最後の力を振り絞って一撃作戦だな。


 僕はとりあえず立ち上がって、最後のダークアローが効いた振りをするためにフラフラしながらダークウルフへと近づき、物凄いゆっくりと前足を振るった。なぜかぼさっとしてたダークウルフに当たるんじゃないかとヒヤヒヤしたけど、ギリギリのところでダークウルフは僕の攻撃を躱してくれた。


(よし、これで後はFランクの魔物を倒せるだけの攻撃力があることを示せばいいな)


 僕は振り下ろした足にほんの少し力を込めて、地面へと叩きつけた。


 ドゴォン!


 ちょっぴし大きめの音が出て、地面がへこんでしまったけど、これで多少の攻撃力があることはわかってくれただろう。後は、最後に力尽きて終了だな。力尽きた感じを出すためにフラフラして……バタン。


 受付のお姉さんがダークウルフの勝利を宣言して冒険者登録試験が終わった。我ながら完璧な演技だったともう。これで、僕が目立つこともなくオーロラはFランクの冒険者として登録できるはずだ。




~side オーロラ~


 えーと、これはどう考えたらいいんだろう? 今のミストの試合って学生の私が見ても何だかおかしかったような? 


 相手はこのレインボウ冒険者ギルドでも有名なゴウケンさんだから、勝てなかったのは仕方がないと思うの。でも、勝敗とは別に何だか動きが不自然なところがあった気がする。

 例えば最初の動きとか。だってとても動物とは思えない速さで動いたのよ。ゴウケンさんの召喚獣であるダークウルフのブラックが反応するので精一杯の動きに見えたわ。


 それからブラックがミストを攻撃したときもおかしかった。だって、全く動いていないように見えたのに、ブラックの攻撃がことごとく空振りだったから。最初はブラックがわざと外したのかなって思ったけど、そのブラックも驚いて距離を取ったくらいだからミストが何かしたのに間違いないよね。


 さらにブラックが魔法を使ったときのことだなんだけど……魔法ってあんなに簡単に避けることができるんだって思った。ダークアローって使用者の意志に従って動かせるから、追いかけてくるって学校で習ったのに、4本中3本は地面に当たって消えちゃっていたわ。でも1番おかしかったのは最後の1本に当たったとき。だって、ミストは吹き飛ばされたふりをしたんだもん。


 えっ? なんでふりかわかったかって? だって闇魔法は実態がないから物理的なダメージで飛ばされることはほとんどないって、これも授業で習ったからね。


 そして極めつけは最後の攻撃ね。最初の移動速度は何だったの? と思うくらいのゆっくりな攻撃だったんだけど、ブラックに避けられた後の攻撃が地面に当たって、直径5mはあるクレーターを作っちゃったの。これにはゴウケンさんも私もびっくり。思わず、目を見合わせちゃったくらい。


 その後急にバタンと倒れちゃったから、驚いてすぐに駆け寄ったんだけど、私がそばに寄ったら何事もなかったように立ち上がって『にゃ~』って得意げな顔で鳴いたの。心配になって身体を確認したけど、傷一つなかったわ。


 受付のお姉さんが試験を終わらせてくれたから、後はゴウケンさんが合格か不合格かを判断してギルドに伝えてくれることになってるの。だから、その知らせを待っている間、私はクエスト依頼掲示板を見て時間をつぶすことにした。 

 

「えーと、薬草採集にグリーンワームの討伐、あっ、店番何ていうのもあるんだ~」


 試験が終わったのが、夕方前だったから比較的掲示板の前が空いていてよかった。もう少し後になると、クエストを終えて戻って来た冒険者で一杯になるはずだから。私がCランクのクエストを見てその難易度に感嘆の声を漏らしていると、後ろから声をかけられた。


「オーロラさん、こちらへ来て下さい」


 私が後ろを振り向くと、試験の審判をしてくれた受付のお姉さんが立っていた。私はそのお姉さんに言われた通りついていく。ちょっぴりドキドキしながら。受付のお姉さんが向かった先は、ギルドの奥にある一室だった。そこには高ランクの冒険者でもなかなか会うことができないギルド長がいる。


「キティです。新しく冒険者登録をした新人をお連れしました」


「入れ」


 キティさんの呼びかけに答えるように、ギルド長室から低い声が聞こえてきた。


(あれ、今受付のキティさんなんて言った!? 冒険者登録したって言わなかった? もしかしてこれって……!?)


 思いも寄らないキティさんのカミングアウトでちょっと興奮気味の私は、キティさんの後についてギルド長室へと足を踏み入れた。

 派手ではないけどフカフカの絨毯が敷かれ、大きくて立派な机の向こうにギルド長は座っていた。年の頃は40歳を過ぎた辺りだろうか。灰色の短髪に少々白髪が混じり始めている。ただし、体つきはたくましくほどよく日焼けした肌と相まって、まだまだ現役の冒険者という感じがした。


「君が今回、合格した冒険者か。ふむ、そしてそこの黒いのがゴウケンが言ってた不思議な猫だな。いや、猫かどうかすら怪しいとか言ってたな」


 ギルド長の言葉で本当に冒険者になれたと改めて実感したけど、ミストのことが猫かどうか怪しいってどういうことかな? ゴウケンさんはギルド長にミストのことをどう話したのだろう?


 ギルド長の言葉に少し疑問を感じたけど、緊張して聞き返すことはできなかった。

 その後すぐに自己紹介をしてくれたレインボウ冒険者ギルド長のタデウスさんが、冒険者の心得について教えてくれた。決まりや何かはこの後、キティさんから教えてもらうことになるみたいなんだけど、この心得については冒険者登録が決まった新人には、必ずギルド長が話すことにしているみたい。


 冒険者は死と隣り合わせの職業だっていうことをしっかり教えるために、経験者が伝える必要があるというのがタデウスさんの考えなのだ。

 実際、タデウスさんの話は経験した人にしかわからない貴重なものだった。話を聞いて怖くもなったし、それ以上にワクワクもした。そのことを正直に話すと、タデウスさんは私に冒険者に向いていると言ってくれた。特に話を聞いて怖いと思えたことが重要みたい。その気持ちを持てない新人冒険者は早死にすることが多いって、寂しそうに呟いていたのが印象的だった。


 それから、帰りがけにもう一度クエスト掲示板を見て、店番のクエストを受けてみようと思った。明日の午後からだったので都合がよかったのと、危険が少ないクエストだったのがその理由なの。


 帰り道、冒険者になれたことと、初めてクエストを受けたことで、自然と頬がゆるんでニヤニヤしながら歩いていたと思う。これも全てミストのおかげだよね。ありがとうミスト!

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