第41話 side ゴウケン

~side ゴウケン~


 オレ様の名前はゴウケン。帝国領レインボウの街を拠点とする冒険者の一人だ。生まれつき召喚魔法のスキルを持っていたから、召喚士として活動している。趣味が筋トレだから見た目はよく戦士と間違われるがな。


 12歳で冒険者登録をしてから早20年。先月ようやくCランクへと上がったばかりだ。とは言え、Cランクはこの街では最上位のランクと言える。北にある帝都ならいざ知らず、こんな辺境の街ならCランクでも最上位になれるのさ。


 さて、そんなある日冒険者ギルドからお声がかかった。冒険者登録試験の手伝いだそうだ。

 冒険者登録試験は大体同じスキル持ちが担当することが多い。と言うことは今回試験を受けるのは召喚士ということになるな。

 召喚士スキル持ちは割と珍しい。レインボウ魔法学園にも5人しかいないはずだ。おそらくその中で一人だけ冒険者登録をしていない生徒がいたというから、おそらくそいつなのだろう。

 なぜそんなこと知ってるかって? 小さな街だ。こんなことぐらい住民ならみんな知ってるよ。


 そいつは、ずっと召喚獣がいなかったと聞いてたからな。ようやく召喚魔法に成功したと思うと、人ごとながらちょっと嬉しくなるぜ。自分が初めて召喚魔法に成功したときの感動を思い出したりしたよ。

 オレ様が丁度ギルドにいるときでよかった。早速、期待の新人を見てみるとするか。


 オレ様は相棒のダークウルフのブラックを獣舎から連れ出し、訓練場へと向かう。相棒のブラックはCランクの魔物だ。ここでは大体みんなブラックのことを知っているから驚いたりはしないが、たまに余所の街から来た冒険者なんかは、ブラックを見てビビって腰を抜かすヤツもいる。特にDランク以下の冒険者なんかはわかりやすいぞ。


 そう考えると、冒険者に登録しに来た新人にブラックを連れていくのは過剰戦力な気もするが、ブラックにビビる新人を見るのはオレ様の趣味の一つなので仕方がない。ここは我慢してもらうとしよう。


 期待の新人が訓練所に着いたということで、オレ様も遅れて訓練所へと向かった。今回の挑戦者は予想通りレインボウ魔法学園の生徒だそうだ。12歳の女の子ということで、ブラックを連れてきたことをちょっとだけ後悔している。オレ様の聞いた噂では性別まではわからなかったからな。


 訓練所に着くと、真ん中に一人の女の子が緊張した様子で佇んでいた。女の子の周りにそれらしき魔物がいなかったのが気になったが、それでも他にそれっぽい子はいないから彼女で間違いないだろう。


 とりあえずオレ様の方から声をかけてみると、案の定、オレ様の風貌とダークウルフを見て一瞬表情をこわばらせた。だが、ここからが最近の若者とは反応が違った。


 オレ様との会話の最中も目をそらすことはなかったし、時折オレ様を睨みつけるような視線を感じた。ブラックにビビる表情を見れなかったのは残念だったが、それ以上にいいものが見れた。

 彼女の名前はオーロラと言うらしい。可愛らしい名前じゃないか。しかし、名前に似合わず久々に見る気概のある若者だったので、その名前は覚えておこうと思った。いや、決して見た目がかわいかったからではないぞ。


 それはさておき、久しぶりに楽しい戦いが期待できると思ったのだが、彼女の相棒を見て正直オレ様はガッカリしちまった。だってよ、見つからないと思っていたオーロラの相棒は、彼女の横にちょこんと座っていた、どうみても黒猫としか思えない見た目だったから。


 動物が魔物に勝つのは難しい。基本的なステータスが全然違うからだ。動物の中では強いとされる熊や狼でも、ウサギの魔物ホーンラビットに遅れをとる事もある。それだけ動物と魔物の間には強さの壁がある。

 つまり、どう転んでも彼女の黒猫がオレ様のブラックに勝つ見込みはないのだ。まあ、登録試験だから勝つ必要はないのだが。

 それにしたって、Fランクの魔物を倒せるだけの力もないだろう。全く相手にならずに終わる未来しか見えない。

 かわいそうだが、変に同情して合格にしたせいで街の外で魔物に襲われて死んでしまっては寝覚めが悪い。ここは心を鬼にして不合格にしてやらなければな。オレ様の相棒の強さを存分に見せつけてから、そっと慰めの言葉をかけてやる。完璧だ。


 その時のオレ様はそんなことを考えていた。過去に戻れるならあの時の自分に教えてやりたい。オレ様がとんでもない勘違いをしていたことを……


 オレ様とオーロラが後ろへと下がり、彼女の黒猫とオレ様のブラックが対峙する。ブラックは黒猫に向かって低い唸り声を上げた。

 オレ様にはわかるが、あれはブラックが格下相手によく使う手だ。先に攻撃させることで、実力差をはっきりと見せつけ、最後に一方的に叩き潰すことで心をへし折る。オレ様に劣らず中々いい趣味をしてるのさ。


 ブラックの唸り声を聞いた黒猫は、一歩踏み出したかと思うと目の前から消えた。いや、正確には消えたと錯覚するほど速く動いただけなのだが。オレ様の相棒であるブラックがようやく反応できるほどのスピードだ。Cランクのダークウルフが反応するだけで精一杯って、どうなってやがるんだ? だだの黒猫だぞ?


 おそらく黒猫の移動速度を見て警戒度を引き上げだんだろう、ブラックがさらに姿勢を低くして臨戦態勢に入った。それでも魔法を使う気配はない。

 動物にしては異常に敏捷が高いようだが、突然変異か何かだろう。おそらく敏捷に特化したタイプだと思われる。そして何かに特化しているということは、それ以外が極端に劣っているということだ。

 予想外の素早さに驚きはしたが、ブラックが反応できないほどではない。であれば、他のステータスが極端に低いであろう黒猫を優しくなでてあげるだけでこの勝負は終了だ。


 ん? あれ? 勝負だったかこれ?


 臨戦態勢に入ったブラックは、低い姿勢から滑るように動き出し、前足で黒猫を叩きに行った。爪だと死んでしまう可能性があるから、あくまで手のひらで叩きに行った感じだ。それでも、敏捷が高い黒猫に合わせてかなりの速度で足を振るっているから、それなりにダメージはでてしまうだろうが。


 ブラックの初撃は、逃げる暇もない黒猫に直撃するかと思ったが、なぜか空振りに終わった。ブラックがわざと外したのかと思ったが、当のブラックからは驚きの感情が伝わってきた。つまり、ブラックは当てるつもりで攻撃したということだ。


 攻撃が不発に終わったことで、いったん距離を取ったブラックは先ほどよりも素早く接近し、再び前足を振るった。今度こそ決まったかのように見えたのだが、またしてもその攻撃は空振りに終わった。

 これはもうブラックがわざと外したんじゃない。今の攻撃はオレ様もしっかり見ていた。ブラックの攻撃が黒猫の身体をすり抜けたのを。


 ここまで来るとブラックも異変を感じ取ったようだ。この黒猫、何かがおかしいと。


 黒猫から距離を取ったブラックが唸り声を上げると、その身体から黒いもやが噴きだし鋭い矢の形を創り出した。ダークウルフが得意とする闇魔法第4階位"ダークアロー"だ。物理攻撃が無意味だと悟ったブラック、はこの不気味な黒猫に出し惜しみせずに戦う気になったということなのだろう。


 さて、オレ様としてもまさかブラックが魔法まで使うとは思ってなかった。本来なら、冒険者登録に来た新人相手に本気になるわけはない。殺してしまうことなどあってはならないからな。

 だから、ブラックが魔法を使おうとした時に止まるべきだったのだが……その時は全くもって止めようという気になれなかった。なぜだろうな?


 とにかく止める者もいなかったから、ブラックは闇魔法第4階位"ダークアロー"を放ったわけだ。漆黒の矢が4本、絶妙な時間差で黒猫に迫っていった。ここで初めてオレ様はまずいと思ったんだが……


 結局、ブラックが魔法を使った時に感じた『この黒猫にはブラックの魔法は通用しないかもしれない』っていう感覚が正しかったわけだ。


 絶妙な時間差で放たれたブラックのダークアローは、追尾性能があるにも関わらず3本目まで余裕で躱された。それなのになぜか4本目だけ直撃し、黒猫は派手に吹っ飛んでいったのだ。


 それの何がおかしいかって? そもそも吹っ飛んでいくことがおかしいのさ。氷魔法や土魔法は実体を伴っているから物理的にもダメージを与えられる。だが、ブラックが使う闇魔法は実体を持っていない。純粋に魔力だけの攻撃力だから、吹き飛ばすほどの影響力はない。

 魔力の密度が高すぎて物理的な影響力を持ったのなら別だが、ブラックのダークアローであれば命中した時に刺さることはあっても吹っ飛ぶことはない。自分からわざと飛ばない限り……


 結局、何が言いたいかというと、あの黒猫はブラックの魔法を余裕で躱す技術がありながら、最後の一本だけわざと当たり、自分から吹っ飛んでいったのではないかということだ。


 何のために?


 全く見当がつかない。


 その後、黒猫は案の定何事もなかったかのように立ち上がり、ブラックに向かって前足を振り下ろした。明らかに移動速度と合わない手加減されたような爪撃は空振りに終わった……のだが、振り下ろした先にあった地面が陥没する。その直径およそ5m。


「「「…………。」」」


 この時のオレ様の顔とブラックの顔はさぞかし滑稽だっただろう。ってか、なんであの黒猫の召喚主であるお嬢ちゃんまで驚いてるんだ?


 そして、黒猫は……ふらふらした後、急に寝転がって動かなくなった。あたかもさっきの一撃が、最後の力を振り絞った一撃ですよ言わんばかりの演技で。


「えーと、ゴウケンさんのブラックの勝ち……でいいんですよね?」


 審判をしていた受付の姉ちゃんの戸惑った声が静まりかえった訓練場によく響いていたわ。

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