第36話 最終階層にて

 40階層で2匹の狼を倒した僕は、そのまま下の階層を目指すことにした。

 出てくる魔物はA~A⁺ランクが複数と相変わらずの厳しさだが、出てくる頻度は今までよりも減った気がする。

 さらに階層の広さも心なしか狭くなったようで、41階層への階段をたった半日で見つけてしまった。おそらく40階層からは、魔物の数や階層の広さではなく魔物の質で冒険者達を阻んでいるのだろう。


 しかし、そうなると僕にとっては攻略は格段に楽になっていく。なぜなら、アサシンキャットは隠密行動にすぐれているからだ。A⁺ステータスに気配遮断と魔力遮断があるから、魔物に出会っても気づかれる前に突破することができるのだ。隠密万歳。

 そんな感じで戦闘回数を調整しながら2日で45階層へ降りる階段まで到達した。この時点でレベルが70になっていて、進化可の文字がレベルの横に表示されている。


(うーん、すぐに進化しないで、もうちょっとだけ先に進んでみようかな)


 進化は可能だが、安全に進化するためにはもっと低い階層へ戻らないといけない。でも、せっかくここまで来たから、もう少しだけ先に進んでみたいという気持ちが出てきてしまった。


(50階層まで降りて何もなかったら戻ろう)


 そう決めた僕は、その後も戦闘を極力避けるように進んでいった。






(次が50階層か)


 45階層に到達してからさらに2日半かけてようやく50階層へと続く階段へとたどり着いた。

 45階層の時点ですでに最大だったレベルはもちろん上がっていない。まあ、戦闘回数もほぼ0だから無駄になった経験値もほとんどないんだけどね。


 それよりも今は50階層へと続く階段だ。今までも人工的な迷路を進んでいるような感じだったのだが、50階層へと続く階段は、きれいに磨かれた白い大理石のような石で作られており、左右にはきれいな模様が彫刻された柱まで立っている。


 汚れ一つない階段を降りていくと、とても立派なドアが現れた。高さは3mくらい、両開きのドアにはドラゴンのような生き物のレリーフが彫られている。この時点でちょっと嫌な予感が頭を掠める。


 普通に考えるとドアの向こうにドラゴンがいるのだろうが、なぜか僕の生命探知でも魔力探知でも中の様子を探ることができない。この部屋は探知を妨害する物質でできているのだろうか。


(入ってみるしかないか)


 中の様子はわからないが、せっかくここまで来たのだから中に入らないという選択肢はない。意を決して、ドアの片方を身体で押してみる。思いの外、軽い力でドアが開いた。出来た隙間に身体を滑り込ませる。


 中に入ると、背後でガチャンとドアが閉まる音がした。何だか一緒に鍵がかかったような音もしたが、気のせいだろうか。


 気持ちを引き締めて部屋の様子を観察する。まず目につくのはその部屋の広さだ。直径200mくらいはありそうな円形の部屋は、全て階段と同じ白い大理石のような石で作られている。

 ざっと見た感じ他の出入り口は見当たらないが、部屋の真ん中に白い塊が置いてあるのが見えた。白い大理石と似たような色だったので、気がつくのが遅れてしまった。


 他には何もないようなので、慎重に白い塊に近づいていく。50mくらいまで近づくと、白い塊が急に動き出した。どうやらこの白い塊は生き物だったようだ。


 塊の中に埋もれていた長い首が持ち上がり、白い身体の表面に切れ目が入ったと思ったら、目の前のそれは大きな翼を広げていた。

 高さ10mの位置にある頭部には二本の角が生えており、目だけはエメラルドグリーンに輝いている。全身真っ白なだけにとても目立つ。

 白い大理石の床を踏みしめる太い前足には、鋭くて大きい爪が生えている。白くて長い尻尾は美しいが、あの尻尾の一撃を受けたら僕なんかぺちゃんこになっちゃいそうだ。


 そう、僕の目の前にいたのは、美しく恐ろしい白いドラゴンだった。


(か、鑑定)


種族 ヘブンズドアー・ガーディアン

名前 ズメイ

ランク SSS

レベル 200 

体力   2330/2330

魔力   3150/3150

攻撃力 2980

防御力 2870

魔法攻撃力 3015

魔法防御力 2995

敏捷    1960


スキル

念話

生命探知 Lv30

魔力探知 Lv30

光魔法 Lv30

炎魔法 Lv30

光吸収 Lv30

炎耐性 Lv30

水耐性 Lv30

雷耐性 Lv30

土耐性 Lv30

風耐性 Lv30

混乱耐性 Lv30

麻痺耐性 Lv30

魅了耐性 Lv30

睡眠耐性 Lv30

石化耐性 Lv30

呪い耐性 Lv30

咆哮 Lv30

飛翔 Lv30


称号

扉の守護者


(やばい! やばい! やばいぃぃぃぃ! 何だこいつ!? はぁ!? ステータスもスキルもやばすぎるでしょ!? 無理、無理、無理! 絶対勝てないよこれ……僕、ここで死んだかも……)


 目の前のドラゴンを鑑定して僕は自分の死を覚悟した。あまりにもステータスが違いすぎる。僕が勝てる要素が1ミリもない。かといって、逃げることも難しそうだ。うん、詰んだかもしれない。


 ズメイと言う名の白いドラゴンはエメラルドグリーンの瞳で僕の方をじっと見ている。その目に見つめられ僕は身動きがとれないでいた。しばらくその状態が続いた後、不意に僕の脳内に声が響いてきた。


〈まさかここに初めて到達した者が"猫"とはな。どうやってここまで来たのやら。まさか、ここに来る直前で死んでしまった者でもいて、そのペットなのか?〉


 !? びっくりした! いきなり頭の中に声がした。……ああ、スキル"念話"の効果なのかな? 


 それにしても、まさか会話ができるとは。思ったより知的な感じがするし、上手く対応すれば助かるかも!?


〈猫ならしゃべることもできんか。さて、どうしたものか〉


 僕が混乱して黙っていたので、未だに猫だと思われているようだ。ひょっとして、このまま猫のふりをしてたら外に出してくれるかも? とも思ったが、いきなり攻撃してきたりしないあたり温厚な性格に思える。先ほどまであった恐怖心が薄れていくと、代わりに色々聞いてみたいという欲求がムクムクと持ち上がってきた。


〈あの、あなたはここで何をしているのですか?〉


 怒らせないようになるべく丁寧な言葉で話しかけてみる。


〈ぬぉ!? 猫がしゃべっただと!? いや、お主は猫に見えて猫ではない。猫の魔物なのか?〉


〈はい、アサシンキャットという種族です〉


 このズメイというドラゴンはこんなに強いのに鑑定を持っていないのか。いや、強いからこそ鑑定なんて必要ないって事か?


〈おうおう、会話が出来るとは重畳だ。何せ2000年も一人でここを守っていたからな。いい加減暇していたところだ。ちょっと話し相手になってくれんかな?〉


 2000年!? それはまた随分と長い時間独りぼっちだったんだな。それに『ここを守っている』っていうのはどういうことだ? ひょっとしてここに守るべき何かがあるのか?


〈えーと、会話するのは構わないのですがここを守っているとはどういうことでしょうか?〉


 思ったより話が通じそうなので、気になったことはどんどん聞いてみる。


〈おうおう、こっちも聞きたいことがたくさんあったんだが、いきなり質問とはお主見た目より図々しいな〉


〈すいません……〉


〈まあ、よいわ。我の名はズメイ。神の命令で邪神を封じる扉の一つを守っているガーディアンの一人だ〉


 むむむ。さらに気になる情報がでてきたぞ。邪神? ガーディアン? ひょっとして、さっきチラッと見えた奥にある不気味な扉に、邪神と呼ばれる者が封印されてるってこと?


〈あの、その扉とは奥に見える扉のことでしょうか?〉


 この部屋に入ってきた時には見えなかったが、ズメイの後ろに扉があるのが見えたのだ。


〈かーっ! お主、まだ質問を重ねてくるか! 本当に恐れを知らん猫だな。 

 ……いかにも。我の後ろにある扉に2000年前、この世界を滅ぼしかけた邪神ヴリトラが封印されている。お主がこの扉を開けに来たというなら、我はお主と戦わねばならん。もちろん、容赦はせんぞ〉


 最後の一言を発する時にズメイの目が鋭く細められ、殺気が部屋に充満した。そのプレッシャーから、身動きが出来ない。全身に鳥肌が立ち、冷や汗が流れる。


〈こ、ここにそんな扉があることも知らずに来たので……じゃ、邪神の封印を解こうという気なんてこれっぽちもありません。ちなみにズメイさん、その邪神ヴリトラというのは……〉


 必死に絞り出した声に満足そうに頷くズメイ。途端に殺気が霧散する。


〈そうかそうか、それは良かった! 我のことはズメイで構わんぞ。それとヴリトラのことか。ヤツは大雑把に言えば大きな蛇の姿をした邪神だな〉


 SSSランクの神の使いを呼び捨てとか怖すぎる。怖すぎるけど、言うことを聞かないで不機嫌になられるのはもっと怖いかも……


〈その邪神ヴリトラとはズメイ……より強いので?〉


 『さん』をつけようとしたら睨まれた……


〈そりゃそうだろう。仮にも神の名がついているからな。我如きでは相手にならん〉


 ズメイより強いって……一生封印されていてほしい。


〈それより次は我の質問に答えて貰うぞ! まずはこの地下迷宮ダンジョン周辺の様子からだ!〉


 自分より遥かに上の存在がいると知り、ショックを受けている僕とは対照的に、ズメイはドラゴンなのに嬉しそうな表情を浮かべ、矢継ぎ早に質問を繰り出しきた。


 それから軽く2時間以上は質問攻めにあった僕は、いい加減うんざりしてきたところでようやく解放された。


〈ふふふ。2000年ぶりに楽しかったぞ! 我を楽しませてくれた礼にこれをやろう。持っていくがよい〉


 久しぶりの会話に満足したズメイは、僕の目の前に白い水晶玉のようなものをおいた。


〈あの、これは?〉


〈うむ。これはな、この地下迷宮ダンジョンでしか使えんが、ここ50階層と1階層の隠し部屋を繋ぐ魔法道具マジックアイテムなのだよ! ここで使えば瞬時に1階層に戻ることができ、1階層の隠し部屋で使えば50階層に直行できる代物よ! すごいだろう!〉


 えっ!? そんな凄いものをもらっちゃっていいの? この地下迷宮ダンジョン限定だけど、空間転移できちゃうってことだよね?


 こんな高価そうなものをもらうわけにはいかないと返そうとしたんだけど、満面の笑みを浮かべているズメイを見たら、返すに返せなくて結局受け取ってしまった。しかし、ドラゴンの癖に何で表情豊かなんだ。


〈今日は2000年ぶりに楽しかった! それを使って必ずまた会いに来るのだぞ!〉


 ああ、随分気前良くくれると思ったらそういう訳でしたか……。これは完全にロックオンされてしまいましたね。


 邪神が封印されている部屋になんか来たくはないけど、ずっと独りぼっちでいたズメイのことを考えるなら、また来てあげてもいいか。


 僕はズメイから白い水晶玉を受け取り、お別れの挨拶をした後、水晶玉に魔力を込めた。すると、目の前が一瞬真っ暗になったかと思うと、次の瞬間には薄茶色の壁に囲まれた小さな部屋にいた。


 どうやらここが1階層の隠し部屋のようだ。ズメイに教えてもらった通りに、白い水晶玉をかざすと壁の一部が消え、通路へと出た。


(なるほど、この水晶玉を持っていないと見つけられないってわけか)


 空間転移という貴重な体験をした僕は、いったん王都のボロ小屋へと戻り進化することにした。

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