第30話 お礼を渡そう

 王都に戻った彼等は、まずは冒険者ギルドへと向かった。もちろん、僕も抱えられたまま。そこには女の人達の家族がいて、ギルドに入ってすぐに感動の再会となった。僕はその時に床に下ろされ、ようやく解放されたんだけど……いや、残念だったわけではないよ。僕も自由になりたかったんだからね。


 床に下ろされた僕は、女の子の両親が彼女を抱きしめて涙を流しているのを見ると、助けてよかったと思った。何か、手柄が冒険者達に持っていかれているのが悲しいが。


 このままこっそり抜け出してもよかったのだが、せっかくなので、もうちょっと詳しい情報を集めようと受付カウンターの横にちょこんと座る。


 どうやらこの冒険者達は、女の人達を救出するための先行隊だったようだ。この後、王都騎士団がオークの討伐に向かう予定だったらしいのだが、準備やら編成やらに時間がかかるらしく、依頼を受けた冒険者達がこっそり救出するつもりだったとか。


 あの数のオークに、上位種までいたのだからこっそり救出するのも難しかったと思うのだが、そこはこの人達の実力がわからないから何とも言えないか。


 感動の再会が一頻り続いた後、今度は女の人達への事情聴取が始まった。3人とも誘拐されたのは昨日のお昼頃で、3人ともガルガンディの街から王都に向かっている最中、乗っていた馬車がオークに襲われたそうだ。街道に魔物が出ることは滅多にないそうだが、それでもその可能性は0ではないということか。


 彼女たちはオークに連れ去られた後すぐに倉庫に連れて行かれ、閉じ込められてしまったと教えてくれた。その時の恐怖を思い出したのだろう、体が震えていた。


 冒険者達の見立てでいくと、オークは序列がはっきりしており、たまたま上位の個体が不在だったから閉じ込められるだけで済んだのではないかとのことだ。何だか、体育会系の部活みたいだな。結果的にはそのおかげで乱暴されずに済んだんだけどね。


 攫われた次の日の昼くらいに、何だか騒がしくなったと思ったら、見張りをしていたオーク達が何かを叫びながらどこかへ行ってしまったそうだ。

 しばらくすると急に何の音もしなくなり部屋の隅で怯えていたところ、なぜか扉が開いて猫が入ってきたらしい。


 みんなが一斉に僕の方を見た。あらやだ恥ずかしい。


 そして、開いていた扉から逃げ出したときにはオークはいなくなっていて、かといって死体があったわけでもないので、何処に行ったのかはわからないという説明に、聞いていたギルドの受付嬢も首を傾げていた。


 うん、全て僕のアイテムボックスに入っているのは内緒にしておこう。


 話を聞いていたギルドの人が、騎士団の元にこの情報を届けに行くために外へと出ようとしたところで、僕もその後をついてギルドの外へと逃げだした。後ろから『あっ!?』という名残惜しそうな声が聞こえてきたけど、これ以上あそこに残っていたら家まで連れて行かれそうだったから仕方がない。


 さて、色々あってちょっと疲れたので今日はぼろ屋に戻って休むことにした。時間もだいぶ遅くなってきたので、オークの肉を渡しに行くのは明日にしようと思う。


 僕は猫らしく小さく丸くなって目をつぶった。






 次の日、僕は朝からオーク亭の裏口前に来ているのだが、ここで一つ問題が発生した。


(どうやってオークの肉を渡そう……)


 そう、大量の肉を持っているのはいいのだが、僕は今猫なのです。猫がアイテムボックスからオークの肉を出したら、相手はどう思うのだろう。


 となると、オークを出しているところを見られるわけにはいかない。オッチョさんが来る前に置いておくことにしよう。そう考えた僕は誰もいないのを確認して、裏庭の真ん中に傷の少ないオークを一体置いた。


 オークを置いてから小さな茂みに隠れて見ていると、程なくして裏口のドアがガチャッと音を立てて開いた。


 予想通り中からオッチョさんが出てくる。


「!? こ、こんれは、オークでないかぁ~!? 何でこんなところにオークが落ちてんだぁ~?」


 ゴミ袋片手に裏庭に出てきたオッチョさんは、すぐにオークを見つけ驚きの声を上げた。それからすぐに店舗へと戻り、慌てた様子で誰かに話しかけている。


「お、親方ぁ~、裏庭にオークが落ちてるだぁ~」


「誰が親方だぁ! 師匠って呼べといつもいってるだろうがぁ!」


 親方、いや師匠と呼ばれた男の声が僕の耳にも飛び込んできた。ってか、まず気にするところはそこじゃないだろうに!


「おや……、し、師匠、裏庭に、裏庭にオークが落ちてるだぁ~」


 オッチョが言われたとおりに言い直す。


「はぁ? オッチョよ。お前は寝ぼけているのか? 裏庭にオークが落ちてるわけないだろうが。いくらオークの肉が不足してるからって、朝からくだらねぇ冗談を言ってるんじゃねぇよ!」


「いんやぁ~、んでも、おや……師匠、ほんとうにオークが裏庭に倒れてるんだなぁ……」


「ったく、そんなわけが……あるはず……オークだな……」


 オッチョの言葉にぶつぶつ文句を言いながら現れた、オッチョの師匠が地面に倒れているオークを見て固まった。


「……おい、オッチョ。そいつを担いで厨房に持っていけ。検査をして何ともなかったら捌いて料理に出すぞ」


 オークを目にして数十秒固まっていたオッチョの師匠は、あっさりこの現実を受け止めこのオークを客に出すことに決めたようだ。


 店内へと戻っていく師匠の後を追うように、オークの巨体を引きずりながらオッチョも店内へと戻っていった。


 オークを置いた僕が言うのも何だけど、こんなに簡単に受け入れて貰っていいのだろうか。まあ、オークの肉が不足してるみたいだし、ちゃんとお礼が出来たということでよしとしよう。


 オッチョが店に入っていくのを見届けた僕は、続いて以前リンゴのような果物、その名もリーンゴをくれた果物屋さんがある露店通りへと向かった。





 塀の上を軽やかに移動し、露店通りへとたどり着いた。


 果物屋は前回と同じ場所に店を構えており、中ではおばちゃんが客の相手をしている。僕は音もなく地面へと降り立つと、おばちゃんの店に後ろから入り込んだ。おばちゃんはお客の対応で僕には気がついていないようだ。


 僕はその間に森で採集したリーンゴを一つテーブルの上に置いた。


「にゃー」


 おばちゃんがお客さんへの対応を終えたタイミングを狙って鳴き声を上げる。


「あら、いつぞやの猫ちゃんじゃないの! ん? それはリーンゴの実じゃないかい。あんたが持ってきたのかい?」


 テーブルに置いてあるリーンゴの実を見つけたおばちゃんが、僕とリーンゴを交互に見つめてちょっと不思議そうな表情を浮かべた。ひょっとしたら傷一つないリーンゴを見て、僕がどうやって持ってきたのか疑問に思ったのかもしれない。リーンゴはおばちゃんの片手に収まる大きさとはいえ、僕にとっては顔よりも大きい。爪や牙を使わずに持ち運べるとは思えなかったのだろう。


 とりあえず、リーンゴの実をかわいいお手々でつついてお土産をアピールする。


「あー、わかったわ! あなたはこのリーンゴを剥いてほしいのね!」


 ガクゥ!? なぜそうなる? 僕はお礼を持ってきただけなのに!?


 僕の意図とは完全に違った方向で物事は進んでいるが、おばちゃんがテーブルの下から包丁を取り出し嬉しそうにリーンゴの皮を剥いているから、これはこれでよしとするか。


「はいどーぞ!」


 おばちゃんは慣れた手つきでリーンゴの皮を剥き終えると、その実を四分割してお皿にのせて僕の前に置いてくれた。


(まあ、いいか)


 とりあえず僕はリーンゴの実をおいしくいただく。リーンゴの実を食べている間、おばちゃんは僕の頭を優しくなで続けてくれた。


(さて、このままだとお礼にならないな)


 リーンゴを食べ終わった僕は、おばちゃんが目を離した隙にもう一つリーンゴの実をテーブルに置いて素早く立ち去ることにした。


「あら? ねこちゃんどこいっちゃったの? それにこれもう一つ持っていたのね。いったい何処に隠してあったのかしら?」


 おばちゃんの呟きを背中に受けながら、僕は塀の上へと飛び乗った。


(次は孤児院に行こうかな)





 この王都に孤児院は一つしかない。街の北側、治安があまりよくないスラム街の一歩手前に建てられている。建物自体は古いが、大きさはかなりのものだ。3つある建物は中央のものが1番大きく、両隣のものは少し小さめだ。


 開け放たれた門をくぐり、正面から1番大きな中央の建物へと入っていく。建物は古いがきれいに掃除されていて、清潔に保たれているようだ。入ってすぐに礼拝堂があり、ここでお祈りを捧げることができるのだろう。その隅には寄付を受け付けるスペースがあり、お金を入れる賽銭箱のような物や敷物が敷いてある。その上には小さな鍋が置かれていた。中にはスープでも入っているのかな。


 丁度今はお昼時なので、僕以外に人影はない。まあ、僕も人影には入らないのだけど。猫だから。


 僕は敷物の前に移動すると、その上にホーンラビットを10匹、リーンゴを始めとした数種類の果物を小さなスペースいっぱいに置いた。そして、何も言わずに孤児院を後にした。いつの時代も何処の世界でも、子どもが飢えるのは悲しいからね。


 この後も街を回って色々お礼をした後、僕はいったんぼろ屋に戻って夜まで寝ることにした。暗くなってから街を抜け出して、また素材集めに勤しむために。

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