第29話 オーク肉確保、ついでに人助け

 王都のスラム街のぼろ屋の屋根裏で目覚めた僕は、背中をひと伸びさせてから家の外へと繰り出した。


 さて、今日は王都の外の様子を見に行くとしようか。どこにどのような魔物がいるのかを把握して、僕に食べ物を恵んでくれた人達に渡せるものを探さないとね。


 とは言っても、そう毎回毎回荷馬車に隠れて入るのもリスクが高すぎる。何とか街の中と外を行き来する方法を考えなくては……


 僕はスラム街に面している防壁に来てみた。土を固めて作ったであろう防壁は、高さは10mほどあるだろうか。


(とりあえず駆け上がってみるかな)


 生命探知を使って近くに人がいないのを確認し、一気に壁を駆け上がってみた。


(うん、普通に上がれちゃったね)


 今は朝早くだったから人もそれほどいなかったけど、明るいうちだと目立ってしまうかもしれない。そうなると、日が暮れた後に行動を開始するのがいいかもしれないね。


 とりあえず、今日は防壁を越えることができたのでこのまま外へと出てしまおう。


 僕の仕入れた情報によると、ここヴェルデリン王国の王都の北には『ウェーベル』の街が、東には『モーリス』の街が、そして南には『ガルガンディ』という街があるらしい。もちろん西には地下迷宮ダンジョン天国への扉ヘブンズドアー_』が存在している。


 僕はしばらく王都でこの世界の人達の暮らしを見てみるつもりだから、当面地下迷宮ダンジョンに籠もるつもりはない。なので、この王都周辺で魔物を狩って食事の対価を手に入れなくてはならない。とりあえず、オーク亭のオッチョさんに渡すのに、オークがいるといいんだけど……


 北と西は移動の時に通ったので、今回は東の方に行ってみるとしよう。


 モーリスの街へと続く街道周辺は、丈の低い草が生える草原が広がっていた。ここにはウサギ型の魔物や狼型の魔物は探知にかかるが、オークはいないようだ。駆け出しの冒険者達のいい狩り場なのだろうか、若い冒険者パーティーが数組狩りをしていた。

 僕にとっては大して魅力のない獲物達だが、せっかくなので昨日見かけた孤児院にでも寄付しようとホーンラビットを十数匹狩っておいた。

 ホーンラビットは額に一本の角が生えているウサギでFランクの魔物だ。これなら、猫が倒してもおかしくないだろう。


 午前中一杯東側を探索したが、薬草関係が少し見つかっただけでそれ以上のものは見つからなかった。僕はいったん王都に戻りお昼ご飯に昨日貰った魚の干物を食べた後、今度は南側を調査してみることにした。


 ガルガンディへと向かう街道をしばらく歩いていると、西側に大きな森が現れた。名前はわからないが、この規模ならオークもいるかもしれない。僕は一気にスピードを上げて森へと入っていった。


 まずこの森で最初に出会ったのはゴブリンだ。薄緑色の肌をした小柄な人型の魔物で、Eランクと1匹の強さはそれほどでもない。だが、このゴブリンは必ず複数で行動しており、その数にやられる初心者パーティーが後を絶たないそうだ。


 まあ、それでもある程度の実力に達すると、ゴブリンが何匹来ようが問題なくなるのだろうけど。


 今回は地下迷宮ダンジョンで倒したような上位種はおらず、エアカッターで首を刎ねて倒してしまう。


 それから、懐かしいワーム先生と遭遇したり、八百屋で貰ったリンゴのような実がなる木を見つけたので、その実を大量にアイテムボックスに入れておいた。これで当分は飢えるということは回避できそうだ。


 小一時間ほど森をうろついたところで、ようやく目当てのオークを見つけることができた。Dランクのオークはゴブリンよりも体格がよく、力も強いが僕の相手ではない。すぐに倒そうかとも思ったのだが、どこかを目指して真っ直ぐ歩いて行くので、ひょっとして集落でも作っているのかと思い後をつけてみることにした。


 たしか、昨日訪れた冒険者ギルドでもオークの目撃情報が増えているとか何とか言っていた気がする。オークは人間をさらい食べたり、女の人にひどいことをして子どもを産ませることもあるらしい。見つけたらすぐに討伐するのがこの世界の人間達の常識のようだ。


 僕も元人間としてそのような行いは許すわけにはいかない。


 オークの後をつけること1時間強。予想通り、オーク達は廃墟となった村を利用して集落を作っていた。その数はおよそ100。これはかなりの規模の集落のようだ。生命探知にはオークの上位個体、オークナイトやオークメイジもかかっている。それに1番奥にいる一際強い反応はオークキングのようだ。


 王都の近くにこんなに大きな集落があるとは、この世界は思ったよりも人間達の戦闘能力は低いのかもしれないな。


 とは言え、DランクなのにAランクの魔物とほぼ同じステータスを持っている僕にとっては、この程度のオークは苦戦するものでもない。堂々と正面からオークの集落へと突撃してみた。


「ブモォォォォ!」


 人型の魔物とは言え、言葉をしゃべることはできなさそうだ。いや、ランクが上がれば意思疎通できるやつもいるのかもしれないが。


 僕を見つけた1匹のオークが雄叫びを上げる。その声に反応し、周囲にいたオーク達が集まってきた。しかし、僕の姿を見るや緊張した表情はだらしない笑みへと変わっていく。全く僕を敵と認識していないかのような反応だ。


「にゃ~」


 そんな彼らの態度にイラッときた僕はとりあえず鳴いてみたのだが、思いの外かわいい鳴き声はかえって逆効果だったようだ。何匹かのオークは興味なさげに元の場所へと戻っていく。


(さて、オーク退治でも始めるか……シャイニングレイン!)


 僕が放った光魔法第3階位"シャイニングレイン"が、突然現れた光の束に呆気にとられているオーク達へと降り注ぐ。


「グギャァァァァ!」


 近くにいた十数体のオークが全身穴だらけになって倒れていく。その叫び声を聞いた別のオーク達が、手に思い思いの武器を持って飛び出してきた。


 しかし、オーク達は僕の姿が倒れたオークの陰に隠れているせいか見つけられないようだ。辺りをキョロキョロしながら、侵入者を捜している姿はなんとも滑稽に映る。


(よし、ここからはなるべく傷をつけないように倒すか)


 あくまで僕の第一の目的はオークのお肉を確保することなのである。シャイニングレインで穴だらけになったオークでは、オッチョさんへのお土産には相応しくないと思ったのだ。


(となるとこれかな、サンダーランス!)


 雷魔法第4階位"サンダーランス"。極限まで細くした音速の雷の矢がオークの脳天に突き刺さる。頭に小さな雷が落ちたオークは、立ったまま絶命し倒れた。


(むむむ、もしかして上手く使えばこれでお肉を焼けるかも!?)


 顔から煙を出して倒れるオークを見ながら、そんな不謹慎なことを考えてしまった。


 その後さらに数十匹のオークを倒したところで、水魔法で窒息させればもっと傷がつかないことに気がつき、ウォーターバレットを大きく柔らかく変化させ顔を覆ったり、メイルシュトロームで数匹のオークをまとめて窒息させたりした。苦しみながら息絶えていくオークを見て、傷をつけないためとはいえ、我ながら残酷な倒し方をしてしまったと少し反省してしまった。


 集落にいたオークをあらかた倒したところで、オークナイトとオークメイジを引き連れたオークキングが姿を現した。仲間を皆殺しにされ、相当に怒り心頭のご様子だ。


 とは言え、オークナイトもオークメイジもD+ランクだしオークキングはCランクの魔物だ。Aランクの魔物を倒せる僕にとっては恐れる相手ではない。それにしても、オーク達はこれだけ仲間がやられても逃げるという選択をしないのか。仲間思いというか頭が悪いというか……


 僕がオークキング達を見つめているその間にオークメイジは詠唱を開始し、オークナイトは剣を振り上げて迫ってきた。オークキングはオークナイトの後ろから間合いを詰めてくる。僕がオークメイジとオークナイトと対峙している隙を突いて攻撃してくる気だろう。


(さて、どうしたもんかな)


 他のオーク達はすでに全滅させている。この3体の上位種が逃げるのなら、追いかけるつもりはなかったのだが。襲いかかってくるんなら話は別だ。


 僕はまずオークメイジに狙いを定め跳躍した。所詮彼らの敏捷は100程度。300を超える僕の動きを捉えられる訳がない。シュッ、と言う音とともにオークメイジの首から鮮血が吹き出した。僕がすれ違い様に爪でかっ切ったのだ。実は僕の爪は、伸縮自在の優れものなのだよ。


 あっと言う間に背後に回った僕にオークキングとオークナイトが驚きの表情を浮かべている。


(驚いている暇なんてないと思うけど)


 地面に着地した僕はすぐに切り返し、今度はオークナイトの首を噛みちぎった。


(おぇぇぇぇ、血がちょっぴり口の中に入った……)


 せっかく鋭い牙があるので使ってみたのだが失敗だったようだ。


 ともあれ、ほんの瞬きする間に2匹のオークを倒した僕を見るオークキングは、その顔に明らかに恐怖の色を浮かべていた。


(これで終わりだ)


 恐怖で硬直しているオークキングの眉間に穴が空く。僕の放ったシャイニングアローがオークの頭を貫通したのだ。


 あっさりとオークの上位種を倒した僕は、オークの死体をアイテムボックスに入れ、血は水魔法で洗い流した。オークの残りがいないか生命探知を使うと、ちょっと離れたところにオークとは違う反応を見つけた。これはおそらく人間だろう。


 そう言えば、ギルドでオークの話が出ていたとき、さらわれた人がいるとか何とか言ってたっけ。あの時は他人ごとのように聞いていたけど、ついでだから助けておこう。


 廃墟となった村にしては割と頑丈そうな建物に扉の鍵を壊して入ると、3人の人間が押し込められていた。若い女の人が2人に、女の子が1人。やっぱりオークが女の人好きというのは本当だったのか。けしからん。


 3人とも比較的最近さらわれたばかりなのか、乱暴された形跡もなく怪我をしている様子もなかった。ただ、ひどく怯えていて3人で建物の隅に固まって震えている。


「にゃ~」


 とりあえず、可愛らしい鳴き声になるように頑張って鳴いてみた。僕が鳴いたことで、女の人2人はビクッてなっていたけど、小さい女の子が嬉しそうに駆け寄ってきて、僕の身体をなで始めた。その様子に安心したのか、女の人2人も恐る恐ると言った様子だが、僕の頭に手を伸ばしてきた。


 そこからはもう、素晴らしい毛並みにうっとりしたようで、恐怖を忘れてしばらく僕の頭をなで続けていた。


 一頻り僕の毛並みを堪能した3人だったが、この状況がおかしいことに気がついたのだろう、慌てて僕が開けたドアへと歩み寄り、こっそりとそこから外を様子を窺っている。そして、建物の外にいたはずのオークが全ていなくなったことに気がついた3人は、僕を抱きかかえてこの廃墟となった村から逃げ出した。


 おそらくただの町娘であろう3人は、王都目指して必死に森の中を走った。さほど体力のない彼女たちは、何度も転びながら、それでも足を止めることなく走り続ける。余程、オークにさらわれたのが怖かったのだろう、夜になっても休むことがなかった。


 もちろん森の中には他の魔物もうようよしている。武器も持たず、ただ走るだけの女、子どもなんて格好のエサに間違いない。実際、数え切れないほどの魔物が彼女たちを狙っていたが、僕が全て魔法で倒していた。彼女たちはそのことにまるで気がついていないようだった。


 こうして走り続けた3人は、朝方にようやく森を抜け、しばらく進んだところで彼女たちを探しに来た冒険者達に出会うことができた。この冒険者達は、さらわれた女の人達の家族がお金を出し合って依頼したクエストを受けてきた冒険者達だそうだ。


 Dランクの4人パーティーとEランクの5人パーティーの9人なのだが、彼らがオークの村に行ってたら全滅していたんじゃないかと思う。

 昨日も思ったけど、強い冒険者というのは、それほど多くないのかもしれない。

 場合によって騎士団が派遣されてもよさそうなものだと思ってしまうけど、それも何かの事情があるのかもしれないね。


 とにかく、僕も目的のオークの肉を大量にゲットできたので、この人達と一緒に王都へと帰ることにした。自分で走った方がよっぽど速いのはわかっているけど、女の人に抱かれるという経験を無駄にするわけにはいかなかったから……

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