第48話 エリザベートの報告

~side エリザベート~


 今私は午前の授業を中断して、学園長室の前に来ている。何のためにかと言うと、先ほど起こった信じられない出来事を報告するために。


 事の始まりは、私が教室に入ったときだったわ。

 今日はもうすぐ行われる合同実習訓練の説明をする予定だったのだけど、生徒の一人であるオーロラさんの"召喚魔法"のレベルが10になったと聞き、すぐに授業を取りやめ、2体目の召喚獣を召喚させることにしたの。


 召喚士なら誰もが知ってることだけど、召喚士と召喚獣は一緒にいる時間が長ければ長いほど、お互いの心が通じ合うわ。だから、どこの魔法学園でも召喚獣を呼べるレベルに達したら、何を置いても召喚を優先させるの。

 だけど私はこの時点で気づくべきだったわ。オーロラさんはつい最近まで召喚獣が一体もいなかったという事実に。そんな彼女が、こんな短期間に、2体目の召喚獣を呼べるだけのレベルになった異質さに。


 でもその時の私は、オーロラさんがどんな召喚獣を召喚するのだろうかという期待で、全くその異常さに気がついていなかった。

 そして、生徒みんなを訓練場へと連れて行き、そこに描かれている専用の魔方陣の中央にオーロラさんを跪かせたの。


 彼女が召喚魔法を唱え、魔方陣が段々と輝いていき、召喚魔法を唱え終わる頃にはその輝きが通常よりも遙かに強くなっていたわ。

 通常、召喚される魔物の強さによって魔方陣の輝きに変化が現れると言われているの。具体的には、強い魔物ほど魔方陣の輝きも強くなるのよ。

 現に私もDランクのアーミーワプスを召喚したときよりも、Cランクのブラッドベアーを召喚したときの方が光が強かったわ。

 でも、今回の魔方陣の輝きは、そのブラッドベアーを召喚したときよりも強い光を放っていた。その時点で気づくべきだったわ。おかしな事が起こっていることに。


 でも、ここでも私はそのおかしな現象を見逃すという失態を犯してしまった。

 なぜかというと、オーロラさんが初めて召喚獣を召喚したときは、今回よりもさらに強い光だったの。でも、召喚されてきたのはただの黒猫だった。だから私は、今回も大した魔物が現れないと思ってしまったの。

 もしかしたらまた動物かもとさえ思ってしまっていたわ。あの時、もっと慎重になっていれば、あれほど無様な姿は見せずに済んだはず。


「違う!? ただのグリフォンじゃない! B+ランクのスペリオルグリフォンよ! みんな逃げてぇぇ!!」


 オーロラさんが召喚した魔物を見た瞬間、私は悲鳴にも似た叫び声を上げていたわ。誰かが『グリフォンだ』なんて呟いていたけど、とんでもない、そこにいた魔物はB+ランクのスペリオルグリフォンだったから。


 現存する召喚獣の最高ランクもB+なのよ。だけどそれは、この国の魔法団の隊長の召喚獣であって、彼自身のランクがAランクだから従えることができているの。

 つい先日、Eランクに昇格したばかりの学生が従えられるレベルの魔物ではないわ。間違いなく暴走するはず。


 そう思った私は他の生徒達を下がらせて、自分の相棒を召喚したの。無駄だとは思いつつ。


 私が持つ最高の召喚獣はCランクのブラッドベアー。立ち上がれば3mに達する巨体に、赤い目と赤い爪が特徴の恐るべき魔獣。

 普段の狩りでもその強さを存分に発揮してくれる頼もしい相棒だけど、残念ながらスペリオルグリフォンは荷が重かったようね。その圧倒的な存在感を前に、怯えて後ずさりしてしまっていたわ。


 それでも私は、幾度となく死線をともにくぐり抜けてきた相棒のテディの横に立ち、その大きな背中をそっとさすったの。それだけでテディの震えが止まったわ。召喚獣は長く一緒にいればいるほど、心を通わせることができるようになるから。テディもこのやりとりだけで、私の覚悟を読み取ってくれたのよ。


 何としても私の生徒達は逃がしてみせる。そんな覚悟でスペリオルグリフォンを見つめたわ。

 あの時、今一番危険な状態にいたのは、スペリオルグリフォンを召喚したオーロラさんだった。彼女も突然の出来事に身動きできずにいたからよ。

 まずはスペリオルグリフォンの気を引くために、テディに指示を出し"咆哮"を使わせたの。だけど、肝心のスペリオルグリフォンはある一点を見つめたまま微動だにしなかったわ。そう、なぜかオーロラさんが最初に召喚した黒猫を見つめていたのよ。


 テディの"咆哮"にも全く反応しなかったスペリオルグリフォンに、私達ができることは何もなかったわ。

 こちらから攻撃を仕掛けても返り討ちにあうだけだし、私達が生き残るためには何とか時間を稼いで、かなり可能性は薄いけど、Aランク以上の助けが来ることを待つしかなかったの。

 いつ襲われてもおかしくない状況で、スペリオルグリフォンと黒猫が見つめ合っている時間が異常に長く感じたわ。おそらく、早く誰かに来てほしいと思っていたからでしょうね。


 でもそんな私達の目の前で信じられない出来事が起こったわ。何と、あのスペリオルグリフォンが、オーロラさんに近づいたかと思うと、その頭を下げたのよ。

 それは彼女に忠誠を誓うという仕草のはずなのに、その時の私は頭が真っ白になって何が起こったのか理解できていなかったわ。だって、B+ランクの魔物がEランクの少女に忠誠を誓ったのよ。信じられる?


 以上が私が見た信じられない出来事だったわ。




「俄には信じられない報告だが、実際にスペリオルグリフォンがいるのだから信じないわけにはいかないじゃろ。して、そのスペリオルグリフォンは今はどこにおるのじゃ?」


 先ほど起こった出来事を報告した私に、ウォーレン・アルバトス学園長も眉間に皺を寄せている。


「はい、先ほど獣舎に入って行くのを見ました」


「と言うと、獣魔の首輪もか?」


「はい、驚くほど素直につけました」


 召喚士が召喚した召喚獣には、獣魔の首輪と呼ばれる魔法道具マジックアイテムを装着させなければならない。

 この首輪は街中で獣魔が暴れるのを防ぐためで、特別な結界の中でステータスやスキルに制限がかかるようになっている。

 最も、召喚主に命の危険が迫った時はその限りではなくなるし、そもそも、Bランクを超えるような上位の魔物では、その力を完全に抑えることはできない。


「しかし、それはそれで面倒なことになりそうじゃな」


 学園長の言う通り、これからのオーロラさんは周囲が放っておかなくなるでしょう。何せ、突然、この世界でもトップクラスの戦闘力を手にしてしまったのだから。


 今回のことを隠しておくことはできないわ。おそらく学園長から報告が上がれば、帝国はすぐに動くでしょう。まずは帝国魔法部隊への勧誘が来て、断れば脅威とみなされ暗殺される可能性だってあるわ。


「どうするのですか、学園長?」


 答えをわかっていながらも聞かずにはいられない。たった数ヶ月とはいえ、彼女も私の大切な教え子に違いないのだから。だけど、学園長から返ってきた言葉は、私の予想をいい意味で裏切るものでした。


「無論、報告はしなければならないじゃろう。じゃが、あまりに規格外の戦力だからのう、上も簡単には結論は出ないじゃろうて。その間に、ほれアレがあるじゃろう。アレにはあのお方も参加するのではないか?」


「!? は、はい、あのお方は間違いなく参加なさいます!」


「ほっほっほ、あのお方の目に止まれば、違った道もみえてくるじゃろう。というか、珍しい物好きのあのお方の目に止まらんわけがなかろうて。じゃが、念の為冒険者ギルドにも連絡を入れて、高ランクの冒険者の派遣も依頼しておくかの」


 学園長の言う通りだ。いくら軍が動いてもあのお方ならば関係ない。そして、あのお方は冒険者としても活動していると聞く。上手くいけば、オーロラさんも今の生活をそう変えなくてもよいかもしれない。ただ、そうなるともうこの街にはいられなくなるわね。

 でも贅沢は言っていられないわ。高ランク冒険者の派遣の件も含めて、万が一のことを考えれば、当然の処置だわ。


 私は学園長に一礼し部屋を出る。教室では私の代わりの教師が、来週から始まる合同演習について生徒達に説明しているはず。

 すぐに教室に戻り、その説明を引き継がなくてはいけないわね。そしてオーロラさんを軍の偉い人達から守るために、色々伝えなければならないことがある。


 私は、これから人生が一変するであろうオーロラさんのこと思いながら、できる限りの力を使って彼女を守っていくと、一人心に誓うのだった。

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