第19話 疾風の風

「ちょっとまてよ、てめぇら! 俺達の獲物を横取りしやがって!」


「あぁ!? ふざけんなよ! いつ俺らが貴様らの獲物を横取りしたってんだよ?」


 いつも通り、洞窟の入り口を見張っていたとある日の夕方、露店の前でパーティー同士のいざこざが始まった。


「何とぼけたこと言ってんだよ! 5層で俺達が戦ってたジャイアントバットを横からかっさらっていきやがっただろう!」


「貴様らこそとぼけんなよ! 貴様らは戦ってたんじゃなくて逃げてたんだろうが! 逆に助けてくれてありがとうぐらい言えねぇのかよ?」


「はぁぁぁ!? ありゃ逃げてたんじゃなくて、誘い込んでたんだよ! それくらいもわかんねぇのかよ? この雑魚が!」


 と言うような感じで2組のパーティーのリーダーが言い争っていたのだが、だんだん興奮してきた2人はついに武器を抜き、近くでにらみ合っていたメンバー達もリーダーを止めるどころかそれに続いたのだ。

 周囲で事の成り行きを見物していた他の冒険者達は、その様子をニヤニヤしながら見ているだけで、止める気配はない。慌てて近くにいた衛兵達が止めに入るが、興奮していた彼らを押さえることができなかった。


 リーダーの男達が剣をぶつけ合ったのを皮切りに乱闘が始まった。


 その場にいる衛兵だけでは抑えきれないと思ったのだろう、入り口でチェックしていた衛兵の一人が加勢に行った。その場に残ったもう一人の衛兵も、乱闘騒ぎに気を取られている。


(ここしかない!)


 僕はこのチャンスをものにすべく、上空から静かに舞い降り気づかれないように地下迷宮ダンジョンへと侵入を果たした。






 地下迷宮ダンジョンの中は、ちょっと広めの洞窟といった感じだった。浅い階層は冒険者達がたくさんいるので、生命探知と魔力探知をフル活用して彼らに会わないように移動する。何せ、今の僕は魔物なもんだから討伐対象のはずだ。こんな逃げ場の少ないところで余計な戦闘はしたくない。と言うか人間相手に戦いたくないというのが本音だ。

 幸い、浅い階層の魔物はGランクやFランクのものばかりなので、簡単に蹴散らしながら下の階層を目指すことができた。


 この地下迷宮ダンジョンは魔物の強さはそうでもないが、1階層、1階層が無駄に広く、ひとつ階層を下がるのにおおよそ1時間ほどかかっている。ちょっとだるい。

 地下迷宮ダンジョンには朝夕の区別がないので今がどのくらいの時間なのかよくわからないが、5階層に達した時点で眠くなってきたので、少し開けた場所で発見した『天井付近にあった下からは見えない横穴』に銀色の身体をねじ込んだ。ここでは飛行系の魔物はまだ見ていないし、万が一冒険者達が僕に気がついてもここまで登ってくる手段はないから安全だろうと判断した。絶対ではないけど。

 一応、生命探知を広範囲に展開し、直近の危険はないことを確認した僕は、アイテムボックスから木の蜜を取り出し、十分に食事をとってから眠りについた。




 翌朝、無事に目覚めることが出来た僕は、周りに誰もいないことを確認し、横穴から這い出し、下の階層へ繋がる階段を目指し移動を開始する。

 5階層を越えた辺りからEランクの魔物が現れ始め、10階層に到達する頃にはDランクの魔物が目立つようになってきた。Dランクの魔物であれば、そこそこの経験値になるのでできるだけ倒しながら進んで行く。それにしても徐々に強くなる魔物とは、レベル上げにぴったりだ。ビバ地下迷宮ダンジョン

 この辺りまで来ると、冒険者の姿はほとんど見かけなくなっていた。それでも、時折、僕の生命探知は冒険者の姿を捉えており、11階層で下に降りる階段を見つけた僕は、一組の冒険者のために足を止めることになった。


(これはちょっと困ったな……)


 その冒険者達は階段下の12階層にいるのだが、どうやらこの階段めがけて猛ダッシュしているようなのだ。そう、今僕の目の前にある階段めがけて。

 おそらく魔物の群れか何かに襲われて逃げているのだろう。ならば、階段から上がってきたときに見つからないようにと、岩陰に身を潜めていたのだが、ここで冒険者達にさらなる不運が襲いかかる。

 もうすぐ階段にたどり着くというところで、彼らの前に別の魔物が立ちはだかってしまったのだ。前後を魔物に挟まれた彼らは動きを止めざるを得ない。


 冒険者達を追いかけていたのは、ゴブリンメイジと手下のゴブリンを連れた、ゴブリンナイト御一行だ。ゴブリンナイトとゴブリンメイジはともにDランクの魔物である。そして、彼らを階段前で待ち受けていたのはCランクのオーガ一体のようだ。

 Dランクの魔物から逃げているくらいだから、冒険者達はもっとランクが低いのだろう。だとすると一体とは言えCランクのオーガを倒せるとは思えないな。そんなランクでどうやってここまでこれたのかは謎だが、ここが彼らの墓場となるかもしれない。


 しかし、今回は助けに行くべきかどうか迷っている。仮にも冒険者が地下迷宮ダンジョンに入るということは、こうなることもあるということを覚悟の上で入っているはずだ。そんな冒険者が危険に陥ったくらいで助けていては、僕の身が危ない。何せ今は魔物の身体なのだ。できるだけ人目に触れないようにする必要があるからね。


 目の前で助けを求められているならいざ知らず、何でもかんでも助けられると思うほど自惚れてもいない。ただ、冒険者の名前くらいは覚えておいてあげるか。万が一、彼らが全滅したときに亡くなったことを伝えられるかもしれない。ちょっと酷いかもしれないが、行方不明よりはいいだろう。


 そう結論を出した僕は、一番レベルが高そうな冒険者を鑑定した。


種族 人族

名前 エリック

ランク  F

レベル 17

体力    58/65

魔力    16/16

攻撃力    78

防御力    66

魔法攻撃力 15

魔法防御力 46

敏捷     60


スキル

剣術 Lv5


(お前達かーい!!)


 前言撤回。さすがに知り合いを見殺しにするわけにはいかないわ。まあ、知り合いと行ってもこちらが一方的に知ってるだけだけど。仮にも1週間も一緒に旅をした仲だからね。隠れてついて行っただけだけど。


 仕方がないので、姿を見せる覚悟で階段を降りていくのだった。





~side エリック~


「くそ! さっきまで上手くいってたのに! 俺達はこんなところで死んじまうのか?」


 俺の名前はエリック。ウェーベルの街を拠点とする冒険者の1人だ。『疾風の風』というパーティーのリーダーをしている。えっ? 疾風の時点で風だって? そんなことはわかっているんだよ! こういうのは難しく考えないで、語呂で決めるんだよ! 語呂で!


 話は逸れたが、俺達疾風の風は4人組のパーティーでみんな同じ村の出身で同い年だ。剣士の俺と盾士のトマス、魔術師のメアリーと治癒士のヘレンというなかなかバランスの取れたパーティーなのさ。


 俺達が冒険者になってから3ヶ月ほどが経つFランクのパーティーだ。自分で言うのも何だが、もうすぐEランクに上がる予定の冒険者ギルドからかなり期待されているパーティーだと思う。受付のお姉さんの話が営業トークじゃなければだが。


 俺達がウェーベルの街を拠点に選んだのは、出身地の村から近かったのと、街のすぐそばに地下迷宮ダンジョンがあったからだ。その地下迷宮ダンジョンは『始まりの迷宮』と言って、地下15階層からなる初心者向けの地下迷宮ダンジョンなのだ。初心者向けと言っても、最下層に行けばBランクの魔物もいるし、油断すれば中ランクのパーティーでも全滅してしまう。ただ、浅い階はFランクやEランクの魔物ばかりなので初心者から中級者のレベル上げに最適な地下迷宮ダンジョンとなっている。


 普段は4~5階層でレベル上げに励んでいる俺達が、なぜこんなところで死にかけているのかというと、話は2日前に遡る……


 5階層でレベル上げをしていた俺達は、そろそろ6階層を目指そうかと話をしていたときだった、丁度目の前をCランクのパーティーが通りかかったんだ。彼らは俺達とは比べものにならないくらい立派な武器と防具を身につけ、浅い階には用がないとばかりにどんどん奥へと進んでいった。


 彼らの格好から、斥候役の冒険者がいないと思った俺達は、6層まで彼らの後をついていくことにした。斥候役がいなければ、俺達がついていってもバレないだろうし、どうせ後から自力で行くつもりだったから、その時は彼らを道に迷わないための案内役くらいに考えていた。俺達の予想通り、彼らは俺達に気がつくことなくどんどんと奥へと進んでいった。


 そして、6階層へ降りる階段の前で、彼らが待ち伏せしていた魔物を一蹴したときに状況は一変する。


「なあ、この魔物の死体って放っておいたら地下迷宮ダンジョンに吸収されるんだよな? だったら俺達が貰っていっても問題ないんじゃないか?」


 盾士のトマスがそんなことを呟いたのだ。


 さすがにそれは……と言いかけた俺だったが、みんなの装備を見て言葉が詰まる。ボロボロの防具に刃が欠けた武器。この魔物の素材を持ち帰れば、それなりの金になる。それどころか、ひょっとしてこのままCランクの冒険者について行けば、もっと高値で売れる素材が手に入るのでは?


 どんなパーティーでも持てる荷物には限界がある。見た目よりもたくさん入る魔法の袋マジックバッグなんかもあるにはあるが、あまりに貴重すぎて買おうとすればそれこそ王都で大豪邸が買えるくらいのお金が必要だ。それ以前に貴重すぎて滅多に売りに出ることもないのだが。

 そんなものを持っているのは、王族か名だたる商人、もしくは高ランクの冒険者くらいだろう。それよりもさらに珍しいアイテムボックスなんていうスキルもあるそうだが、それこそ伝説になるくらいのスキルで、持っているヤツなんて見たことも聞いたこともない。


 つまるところ、前を行く冒険者パーティーも必要な素材が出るまでは倒した魔物を放置する可能性が高い。このまま後をつけ続ければ、もっと高値で売れる素材をただで手に入れることができるのではないか。


 そこまで考えた時、仲間達と目が合った。うん、みんな俺と同じ考えに至ったようだ。


 そこからは早かった。目の前で放置されている魔物の高く売れる部位だけ手早く剥ぎ取って、急いでCランクパーティーの後を追いかける。彼らが魔物を倒す度に、今持っている素材よりいい素材があれば即座に入れ替えた。それを何度か繰り返す内に、素材袋の中には決して俺達では倒すことが出来ないであろう魔物の素材で一杯になっていた。この時点で俺達は気がつくべきだった。もう自力では帰ることが出来ないくらい深い階層まで潜ってしまっていたことに……


 そして、『あと少しだけ、あと少しだけ』と思いながら12階層まで来た時に、恐れていたことが起こってしまった。

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