第57話 レッドドラゴンのヴォーラ

(あのドラゴンは、僕がミアズマの時に出会ったドラゴンじゃないか!? なぜこんなところに?)


 そう、このドラゴンは僕がミアズマ時代に出会ったドラゴンのはずだ。あの時は全く敵う相手じゃなかったけど、なぜか見逃してくれたんだよね。確か、こことは違う大陸にいたはずなのに、なぜこんなところにいるのだろう?


 それに怪我をしているのも気になるな。ドラゴンにこれだけの傷を与えられる存在なんて限られているだろうに。各種族のトップクラスの存在か、はたまた同じドラゴンか……


「ドラゴン!? なぜこんなところに!?」


 ドラゴンの正面にいたテオドールが真っ先に声を上げた。レッドドラゴンのヴォーラはそんなテオドールを一瞥した後、周囲の状況を確認するように辺りを見回し、スノウのところで視線を止めた。


〈スペリオルグリフォンか……。なるほど、どうりで我を見ても逃げないわけだ。確かにこやつなら傷ついた我を倒せるやもしれないな。しかし、我も黙ってやられるほど甘くはないぞ。それ以上近づけば、汝らを敵と認め全力で抗わせてもらおう。全員は無理でも、何人かは道連れにしてくれるわ!〉


 突然ヴォーラの念話が頭に飛び込んでくる。


「うぉ!? ドラゴンがしゃべった!?」


 ドルイドを始め、その場にいる召喚士全員が驚きの声をあげる。どうやらドラゴンの念話を実際話しかけられたと勘違いしたようだ。


〈スノウ。このドラゴンと会話ができるかい? できれば戦いたくないんだけど……〉


 今では圧倒的に僕の方がステータスが上なので、僕が戦えば負けはしないだろうけど、見逃してもらった恩があるから、できれば戦いたくないのでスノウに交渉をお願いしてみる。幸い、ドラゴンの威圧にテオドール達は戦いを躊躇しているみたいだから、話し合い次第では戦わずに済むかもしれない。


〈この者が穏健派であれば可能性はあるかと思いますわ。ミスト様のご希望でしたらワタクシも頑張ってみますね〉


 僕のお願いを受け、スノウがドラゴンの前へと静かに歩み出る。ドラゴンは警戒したように唸り声を上げるが、すぐに攻撃してくる様子はない。その間を利用して、スノウがヴォーラへと念話での返答を試みる。スノウは念話を持っていないから、向こうが受け入れてくれるといいんだけど。テオドール達は、どのみちスノウが戦わない限り勝ち目はないので、成り行きを見守る姿勢だ。


 スノウとヴォーラの会話が無事に始まり辺りに静けさが広がる。オーロラを含む全員が緊張したようすでスノウとヴォーラを見つめていた。そんな状態がしばらく続いた後、不意にスノウから念話が届いた。


〈ミスト様、上手くいきました。ヴォーラは穏健派のようで、穏健派のトップである『ナギニ』の名前を出した途端、態度が軟化しました。どうやらヴォーラは過激派のドラゴンたちから逃げてきたようで、このままですと巻き込まれる可能性があるそうですが、いかがいたしましょう?〉


 なるほど。ドラゴンをここまで傷つけたのはやはり同じドラゴンということか。しかもそいつらは……


〈ああ、このヴォーラを傷つけたのは同じドラゴンだったってことか。それでこっちにドラゴンが3体向かってきているのか〉


〈!?〉


 僕の言葉に反応したのか、念話越しにスノウの焦りの感情が伝わってくる。


「クゥルルル!」


 そしてすぐに、スノウが警戒の鳴き声を上げた。


 真っ先に反応したのは召喚主であるオーロラだ。召喚主は自分の召喚獣の考えていることがある程度わかる。今の鳴き声で、こちらに危険度が高い何かが向かってきていることを悟ったのだろう、テオドールに空を指差し説明している。


「みんな、集まれ!」


 オーロラが指差した先の空に浮かぶ、3つの小さな黒い点を見たテオドールが叫ぶ。その鋭い声に、ヴォーラを囲んでいたみんなが素早く集まり、こちらへ向かう黒い点に向けて戦闘態勢をとる。その間にも黒い点はどんどんと大きくなり、やがて肉眼でもはっきりとドラゴンだと確認できた。


 否が応でも高まる緊張感。それは近づいてくるドラゴンが、明確に殺気を持っているのを肌で感じ取っているからだろう。赤いドラゴンを先頭に、水色のドラゴンが2体その後ろに並んで飛んでいる。その3体のドラゴンはヴォーラごと我々を囲むように地面に舞い降りた。






~side ヴォーラ~


 我はレッドドラゴンのヴォーラ。グルーバル大陸の最北端にある山に住んでいたドラゴンである。なぜ過去形なのと問われれば、今は敵対する勢力のドラゴン3体に追われ、海を越えユークレア大陸にあるアストラル大平原へと逃げてきたからと答える他ない。


 ドラゴン族は大きく2つの勢力に別れている。他種族を廃し自分達が頂点に立とうとする『過激派』と、他種族と友好関係を築き平和を求める『穏健派』だ。そして我は穏健派の中でもそれなりの立場にいる。1対1で我に勝てるものはそう多くはないであろう。


 だが今回は相手が悪かった。我の住処に、なぜか執拗に我をライバル視する過激派のレッドドラゴンのガーグが、配下のブルードラゴンを2体連れて襲いかかってきたのだ。炎属性である我は水属性であるブルードラゴンを苦手としている。2体のブルードラゴンはレベルこそ我より低いが、属性の相性と数の利を利用して我を追い詰めていったのだ。


 我も必死に抵抗し相手に手傷を負わせることには成功したが、それ以上に我も傷つき何とか目を眩ませてこのアストラル大平原の岩場まで逃げてきたのだが……


 残念ながらここも奴らに見つかってしまったようだ。この怪我では最早逃げることも敵わない。穏健派の我といえど、最後は最強種であるドラゴンらしく戦って死のうではないか。


 唯一の心残りは、偶然この場に居合わせてしまった脆弱な人の子らを巻き込んでしまったことか。彼らから近づいてきたとは言え、怪我をしている我に襲いかかってくるでもなく、会話で争いを避けようとする理解ある者達の未来を奪ってしまうことになってしまった。本当に申し訳ない。


 しかし、奴ら過激派はこの者達を見逃したりはしないだろう。他種族に対しては慈悲の欠片もない奴らのことだ、我を倒した後、逃げまどう人の子達を散々嬲った後に殺すはずだ。


 この人の子達はみな召喚士なのだろうか。彼らに付き従っている魔物が多数いる。その中にドラゴンの宿敵であるグリフォン族の姿があった。しかも、上位種であるスペリオルグリフォンの姿が。しかし、いくらスペリオルグリフォンでも、3体のドラゴンの相手では為す術もなくやられてしまうであろう。それどころか、人の子達にとってはグリフォン族がいることで、余計逃げ出すことが難しくなってしまうやもしれない。それだけ過激派はグリフォン族を毛嫌いしているのだ。


 ああ、ガーグの奴め。そんなにも我を殺せるのが嬉しいのか。しかし、我とてただでやられるつもりはないぞ。せめてその角の1本でもへし折ってやる!


~~~


 レッドドラゴンのヴォーラごと僕達を囲むように降り立ったドラゴン3体。ヴォーラの向こう側に降り立ったレッドドラゴンが、おそらく3体のリーダーなのだろう。それから、僕らの側に降り立ったのがブルードラゴン2体。こいつらはヴォーラを確実に倒すために、このリーダーが連れてきた配下といったところか。炎属性のレッドドラゴンを倒すのには、水属性のブルードラゴンが相性抜群だからね。


 リーダー格のレッドドラゴンの名前はガーグ。ヴォーラとほぼ同じステータスだ。後ろのブルードラゴンはイスラとミスラ。名前が似ているけど、兄弟か姉妹なのかだろうか。この2体はレベルとステータスともに、ヴォーラより僅かに低いがそこは属性の相性でひっくり返るのだろう。


 さて、こいつらは殺気満々でやって来たわけだけど、さすがに問答無用で攻撃するのは目立ちすぎる。せめて、ヴォーラと戦闘になってから手を出そう。どうせ僕らを見逃す気なんてないだろうし。何よりヴォーラには見逃してもらった借りがある。せっかくその借りを返すチャンスが巡ってきたのだから、僕は全力でヴォーラを守らせてもらおうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る