第46話 Eランク昇格

「あれ? ミスト? ミストはどこにいったの?」


 解体を終えたオーロラが、僕の姿が見えないからか心配して探している声が聞こえる。


「にゃ~」


 僕は無事を知らせるために鳴き声を上げた。目の前には両腕と両足、そして羽をなくしたグレートマンティスが転がっている。もう、生きているのが不思議なくらいの虫の息だ。虫だけに。


「あっ、いたいた。こんなところで何をして……たの……きゃっ!」


 鳴き声を頼りに僕の元へとやって来たオーロラは、倒れている四肢が切断されたグレートマンティスを見て、かわいらしい叫び声をあげた。


 僕は、動くこともできずに小刻みに痙攣しているグレートマンティスにトコトコと近づき、前足でちょんちょんと押して安全性をアピールしてみる。


「これって、グレートマンティス? 何でEランクの魔物がこんな状態に? 他の魔物にやられたのかな?」


 僕が近づいても何ともないことがわかったからか、オーロラもグレートマンティスのすぐそばまで寄ってきて、何やら分析を始めた。


 オーロラの分析結果によると、辺りにはグレートマンティスの身体の一部しか落ちておらず、地面もそんなに荒れてないことから、格上の魔物に抵抗すらできずに一方的にやられたらしい。


 めちゃくちゃ当たってるんだけど、それを言えないのが辛い。でもこれでEランクの魔物の魔石と素材は手に入れたから、昇格試験は合格に違いない。


 なんて思っていた時がありました。


 何とオーロラは僕の予想に反して、自分達で倒していない魔物の魔石を見せてもズルになると言って、予定通りシザーズアント探すと言い始めたのだ。


 実際は僕が倒したのだから問題ないんだけど、念話で伝えるわけにもいかず、仕方がないのでオーロラの言う通りにしようと決めた。


 それじゃあグレートマンティスの素材は置いていくのかと思いきや、そっちはできるだけ持って帰るみたいだ。しっかり解体して、魔石と鎌の部分をリュックに詰め込んでいる。しかし、オーロラが持っているリュックでは鎌はひとつしか入らないし、三分の一ほどはみ出しちゃってる。


 確か実家に仕送りをしているはずだから、お金が必要なんだろう。アイテムボックスに入れてあげたいが、ここでそんなことをしたら、今まで本当の姿を隠してきたのが無意味になってしまう。ここはグッと我慢だね。


 何とか素材を入れ終えたオーロラは、明らかに重くなった荷物を持って歩き出した。だけど、意外にもしっかりとした足取りで草をかき分けながら進んでいく。

 どうやら先ほどグレートマンティスにトドメをさしたことで、レベルが上がったようだ。本人は気づいてないみたいだけど。


 僕はオーロラについていきながら、時折探知に引っかかる動物や低ランクの魔物を威圧することで追い払っていく。そして、歩き続けること数十分、ようやくお目当てのシザーズアントを見つけることができた。


 おあつらえ向きに単独行動をしているようで、近くに仲間の姿は見えない。


「にゃー」


 僕はオーロラの前に歩み出て、いつもより警戒度を上げた鳴き声を上げる。召喚主にはこれだけでなんとなく意図が伝わるのだ。


「私にはわからないけど、近くにいるのね」


 案の定、オーロラは僕の鳴き声で状況を察してくれたようだ。


 リュックを地面に置き、杖と殺虫剤を見比べた後、殺虫剤をリュックにしまう。どうやら今回は杖で戦ってみるようだ。


 音が出ないように慎重に進んでいくオーロラ。すると目の前に草が踏み潰された獣道のようなものが現れた。その少し先にシザーズアントはいた。体長1mほどの自分の身体の2倍はありそうな大きさの熊っぽい動物を引きずって、こちらに向かって来ている。


 その様子を見たオーロラはいったん草むらに戻り、両手で杖を握りしめ身を潜める。シザーズアントが獲物を引きずるために、後ろ向きに歩いているのも好都合だ。オーロラはシザーズアントが真横に来た時に、草むらから飛び出した。


「えい!」


 掛け声とともに飛び出したオーロラは、振りかぶった杖を思いっきりシザーズアントの頭に叩きつけた。


「ガキィィィン!」


 硬い金属を叩いたような音が辺りに響き渡る。


 咥えていた獲物を放し、一瞬動きを止めたシザーズアント。


「倒した!?」


 オーロラはそんなシザーズアントを見て、倒すことができたと思ったようだが……


(それはフラグでは……)


「ギィギィギ!」


 僕の想像通り、シザーズアントはまだ死んでいなかった。と言うか、突然の衝撃で動きを止めただけで傷ひとつ負ってないようだ。レベルが上がったとはいえ、まだまだオーロラのステータスでは、シザーズアントの装甲にはダメージを与えられない。まあ、殺虫剤でも同じ結果だろうから、杖で攻撃したことが間違いというわけではないのだろうけど。


 シザーズアントはオーロラを敵と認定したようで、巨大な顎をガチガチと鳴らして彼女へと近づいていく。


(おっと、僕を無視してもらっては困るな)


 僕はオーロラを守るために、彼女とシザーズアントの間にひらりと躍り出た。


「ミスト! 大丈夫なの!?」


 オーロラの心配する声が後ろから飛んでくる。そのセリフに、初めての討伐クエストの時を思い出した。


「にゃ~」


 あのグリーンワーム大先生の前に立ちはだかった時のように、気合いの入った鳴き声を披露する。確かあの時は加減を間違えて、大先生を消し飛ばしてしまったから、今回こそは上手くやらねば。


 僕がどうやって倒そうか知恵を絞っていると、急に身体が光だし、力が少々湧いてきた。オーロラが召喚獣強化のスキルを使ったようだ。


「ミスト、頑張って!」


 彼女としても、黒猫の僕に任せるのは本意ではないのだろう。だが、自分の攻撃が効かないとわかった以上、僕に任せるしか生き残る道はない。だからこその召喚獣強化に違いない。


(よし、後は上手く手加減をして……!?)



「ドゴォォォン!」






 やってしまった……


 僕がオーロラからの愛(だと思っている)を感じている間に、シザーズアントが空気を読まずに襲いかかってきたのだ。気がついたら目の前にいたシザーズアントに、思わず加減を忘れて実力の半分の力を出してしまった。


 大きく陥没した地面の真ん中で、ペシャンコに潰れてしまったシザーズアント。


 そーっと後ろを振り返ると、胸の前で杖を握りしめ、目を輝かせながらこちらを見つめるオーロラと目が合った。


「すごい! 召喚獣強化のスキルがよく効いたのね!」


 このスキルにはよく効くも効かないもないのだが、オーロラがスキルのおかげだと勘違いしてくれているならば、それはそれでよしとしよう。


 オーロラは僕を抱き上げて、ひとしきり撫で回し喜んでくれた。僕も色々な意味で喜ばせてもらいました。ありがとう。


 それからオーロラはクレーター状に陥没した地面の真ん中へと向かい、シザーズアントの魔石と唯一無事に残った使えそうな素材であるシザーズアントの大顎を回収した。


 硬い外殻のせいで、大顎の回収には随分と時間がかかったが、何とか回収を終えたオーロラはにこにこ笑顔で戻ってきた。そして、左手に杖を、右手に大顎を、背中にはグレートマンティスの鎌がはみ出したリュックを背負い、ようやく街へと向かって戻り始めたのだった。






▽▽▽






「おお、オーロラちゃんじゃないか! 帰りが遅いから心配していたんだよ」


 僕達が街に着いた頃には、すでに辺りは暗くなり始めていた。朝もいた衛兵のおじさんがオーロラの姿を見て、ホッとした様子で声をかけてくれる。


「遅くなってすいませんでした」


 心配してくれた衛兵さんにペコリと頭を下げる。こういう風に素直に頭を下げることができるところが、オーロラが人に好かれるところなんだろうと思う。


「おや? その手に持ってるのは、もしかしてシザーズアントの大顎かい? それにリュックからはみ出してるのは、グレートマンティスの鎌じゃないのかい?」


 衛兵のおじさんは、オーロラが持っている魔物の素材に目が溜まったようだ。素材から魔物の名前をピタリと当てた。


「はい! 今日はEランクの昇格試験でした。これで無事に合格できそうです!」


 オーロラも嬉しそうに答える。


「へぇー、Eランクの昇格試験ね。オーロラちゃんも強くなったもんだ」


 少し前まではEランクどころか、冒険者登録すら出来なかったことを知っているのだろう。衛兵のおじさんは、まるで自分の子どもを見守るかのような優しい目をしている。


 オーロラも褒められて嬉しかったのだろう、ほんのり顔を赤らめている。彼女は衛兵のおじさんにお礼をいい、街の中へと入って行った。





 カランコロンと音を立て、オーロラが冒険者ギルドへと入って行く。僕はその後ろからついていく。夕方時だけに、冒険者ギルドはクエスト帰りの冒険者達でごった返していた。


 オーロラが中に入ると冒険者達が一斉に彼女に目を向けた。最初に彼女の顔を見て、男性達は表情を緩め、女性陣もまるで妹か弟子でもみるかのような温かい視線を向けている。

 それから彼女が手に持っているシザーズアントの大顎と、リュックからはみ出してるグレートマンティスの鎌を見て、誰もが驚愕の表情を浮かべた。彼女のレベルでは、とてもEランクの魔物をソロで倒せるはずはないと思っていたのだろう。


 でも、彼女がとびっきりの笑顔で受付のキティさんに成果を報告しているのを聞いて、みんな感慨深げに頷いている。中には涙を流しているものまでいる始末だ。


 それだけ、オーロラが学園で苦労していたことをみんなが知っていたということか。


 オーロラの報告を受けたキティさんも、信じられないといった顔つきから一転、受付カウンターから身を乗り出してオーロラを抱き締めて、我が事のように喜んでくれている。


 それからEランクの冒険者カードをオーロラに渡し、もう一度オーロラを抱きしめた後、カウンターに乗っていた僕の頭を撫でてくれた。


 オーロラは最後にギルドにある"鑑定の水晶"でステータスをチェックし、もう一つ嬉しいことを発見したようだ。何と、召喚魔法のスキルレベルが10に到達していたのだ。これで、オーロラはもう一体召喚獣を持つことができる。今日は疲れているので帰ってすぐに休むようだが、明日はまた忙しい一日になりそうだ。

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