第63話 テオドール皇子の生誕祭(後編)

(なんであいつがこの場に?)


 僕がテオドール生誕祭ももうすぐ終わろうかというときに偶然見かけたのは、テオドールともオーロラとも魔術学園で同じクラスのサミュエルだった。


 ご丁寧に顔を仮面で隠してはいたが、僕の"鑑定"はごまかせない。もしやと思い、探知を広げてみると、気配は薄くなっているがサミュエルの召喚獣であるシャドウマンティスの存在も確認できた。


 今まで隠し通してきた(とサミュエルは思っている)2体目の召喚獣。魔法を使えない広場。壁際にいる護衛の騎士達。ここまで来れば、僕じゃなくてもサミュエルが何をしに来たのかわかってしまうというものだ。


 さて、どうする。テオドールは今、貴族達との会話に夢中になっている。オーロラは……小さなケーキを一口で頬張り幸せそうな顔をしているな。仕方がない、僕が何とかするしかないか。


 僕は僕を撫でようと手を伸ばしてくるご婦人達の間をすり抜け、気配遮断と魔力遮断を発動させ、さらに幻惑で姿さえも消し、テオドールの足下へと忍び寄った。


(さて、どう出てくるかな?)


 僕に見られているとも知らずに、静かにテオドールへと近づいて行くサミュエル。その動きに合わせるように、天井に張り付いているシャドウマンティスがテオドールの真上へと移動した。


「やあ、テオドール。おめでとう。そしてサヨウナラ」

 

 サミュエルの声に振り向くテオドール。その真後ろに音もなく飛び降りたシャドウマンティス。床に降り立った時にはすでに、鋼鉄をも切り裂く前足が振り上げられていた。皆がシャドウマンティスを認識するよりも速く、その前足が振り下ろされることを確信したサミュエルが、その口角をニヤリと上げた。


(そうは問屋が卸さないぞ……っと)


 僕はシャドウマンティスが飛び降りるのと同時に、テオドールの横にあったテーブルに飛び乗った。そこですかさず麻痺の魔眼を発動する。


「グ、グギギィィィ!?」


 今まさに死神の鎌を振り下ろそうとしたシャドウマンティスの動きが止まる。


 遅れて響き渡る悲鳴。


「皆、殿下をお守りせよぉぉぉ!」


 壁際に張り付いていた護衛の兵士達が、隊長と思わしき人物の叫び声で一斉に動き出した。


「どうした、リッパー! なぜ動かない!」


 先程までの余裕は何処へやら。唾を飛ばしながら喚き散らすサミュエルからは、普段の冷静な姿は見る影もない。


 麻痺の魔眼の効果によって身動きの取れないシャドウマンティスは、集まってきた護衛の兵士達の槍によって串刺しにされ絶命した。


 一方サミュエルは、兵士達に取り押さえられた時に仮面が外れ、今は床に押さえつけられながらテオドールを睨みつけている。


「まさかお前が刺客だったとはな。さすがの余も気づかなかったぞ」


 その刺すような視線を真正面から受け止め、心底ガッカリとした様子でテオドールは呟いていた。


 まさかの暗殺未遂に場は騒然とし、すぐさま皇帝の判断でテオドールの生誕祭はお開きとなる。


 小さい頃からずっとテオドールに仕えていたサミュエルの突然の裏切り。いや、裏切りではなく、初めから暗殺するためにテオドールへと近づいたのだろう。それでも信頼していた部下であり、クラスメイトでもあったサミュエルの行動に、さすがのテオドールも顔色が悪かった。


 ただ、テオドールが皇帝と皇后と一緒に安全な2階へと避難する時に、心配そうに見つめていたオーロラと一瞬目が合った時には、弱々しくはあるが笑顔を見せていたのが救いだった様に見えた。


 その後、招待されていたもの達は再び身元を調べられ、問題なしと判断された者から帰されていった。オーロラも他の招待客と共に城を後にするしかなかった。


 こうして、テオドールの生誕を祝うはずのパーティーは、後味の悪い終わり方になってしまうのであった。



~side 皇帝と召喚部隊隊長~



「さすがに今夜の出来事は肝が冷えたぞ、ミルドよ」


「申し訳ございません。私めが近くに在りながら、皇子を命の危険に晒す様な事態になってしまい、面目ございません。本来ならば、首を切られても文句も言えぬ立場ではございますが……」


 ここは帝都ミシティアにある皇城の一室。派手さはないが、それこそひとつ売れば、大人が一年暮らせるだけの大金が手に入るであろう貴重な調度品が並ぶその部屋は、この国の皇帝であるカリグラ・クリフォードの私室である。


「よいよい、直接の責任は警備隊長にあるからな。それとて、今、有能な人材を失うわけにはいかぬから、あまり重い罰は与えぬがな」


「皇帝陛下の温情に感謝いたします」


 その部屋で今夜の出来事を語るのは、皇帝と帝国召喚部隊隊長のミルドである。


「ふっ、これも結果的にテオドールに何事もなかったからできることだ。感謝するのであれば、テオドールを守った何者かに感謝するのだな」


「流石は陛下、お気づきでしたか」


「当たり前だ。して、ミルドよ。そちは何者だと思う?」


「はい、私の見立てではテオドール殿下をお守りしたのは、黒猫だと思っております」


「黒猫だと? そんなものがあの会場にいたのか?」


「陛下はお気づきになりませんでしたか? その黒猫はテオドール殿下が襲われる直前に、殿下の横にあったテーブルに飛び乗っていたのですが」


「まさか!? あの時、そんなにすぐ近くにいたのに、余が気づかなかっただと!?」


「はい、私めは初めからその黒猫に注目していたので、辛うじて認識することができましたが、アレは殿下が襲われる直前に一切の気配を消したのですよ。いや、気配どころか魔力も、そしてその存在もですね」


「それは……本当に猫なのか?」


「事前の鑑定では間違いなく猫だったそうです。私めにはそうは思えませぬが……いずれにせよ、今回はサミュエルのシャドウマンティスを見逃したことといい、この黒猫を素通りさせたことといい、我々のチェックが甘かったと言わざるを得ませんな。もっと警備を厳重にし、鑑定の水晶に頼り切るのも考え直さなければなりませぬ」


「ふむ、その辺りはそちに任せるとして、その黒猫は……何者だ?」


「はい、私めが調べたところによると、その黒猫の名はミストと言い、テオドール殿下のご学友であるオーロラと名乗る少女の召喚獣であります」


「……オーロラ? 何やら聞いたことがある名だな」


「はい、レインボウの魔術学園より報告があった、スペリオルグリフォンを召喚した少女です」


「おお、あの少女か! 覚えておるぞ。何とスペリオルグリフォンだけではなく、その黒猫とやらもその子の召喚獣なのか。もしや、そちよりも召喚魔法のレベルが上だというのか?」


「いえ、それはありえません。それどころか、このオーロラという少女は今年魔術学園に入学したばかりで、3ヶ月ほど前までは召喚獣すらいなかったと聞いております」


「なぬ!? それでは、召喚魔法を覚えたばかりの少女が、あの黒猫やスペリオルグリフォンを召喚したというのか!?」


「そうでございます。彼女については黒猫が召喚される前のステータスも学園に記録として残っており、私めが見た限りでは、魔力量が平均よりも低く、他は軒並み平均値でした」


「うむう、そんな平凡な少女がスペリオルグリフォンを従えることなどできるのか?」


「実際に従魔の首輪も素直につけたと聞きますし、街で暴れることもありません。ですが、どうもオーロラという少女は召喚獣を従えているというよりは、召喚獣が自ら考え行動しているようなのです」


「どういうことだ?」


「彼女と行動をともにした者の話によると、スペリオルグリフォンがオーロラの考えや周囲の状況を察し、勝手に行動しているらしいのです」


「なんと? そんなことがあり得るのか?」


「通常であれば考えられません。基本的に魔物は自分よりも格上の相手の言うことしか聞きません。ましてや、格下の気持ちを察して行動するなど……」


「だが、それが現実に起こっているのだな」


「はい、そして黒猫の方もオーロラの指示とは関係なく、自由に動き回っている様です」


「そうなのか?」


「はい、何せテオドール殿下が襲われた時、オーロラは新作スイーツを頬張り、目をつぶって味わっていましたから間違い無いかと」


「そ、それは新作スイーツを無理言って作らせたかいがあったということか。だが黒猫が自分で考えシャドウマンティスを止めたとして、どうやったのだ? 魔法でも使ったのか?」


「いえ、あのホールで魔法は使えません。おそらくあれはスキルかと思われます」


「うむ、魔法は使えぬのであったな。だが、そんな簡単に相手の身動きを封じるスキルなどあるのか?」


「私めにはひとつ思い当たるスキルがあります。それは、"麻痺の魔眼"でございます」


「なるほど、確かにあのスキルであれば可能か。しかし、相当レアなスキルだぞ」


「ですが、それ以外に考えられません」


「ふむ、それでそちはあの黒猫がその麻痺の魔眼を持っておると考えているわけか」


「その通りです。あのパーティーに参加していた者で、私めが素性を知らないのは、オーロラとあの黒猫だけです。オーロラがあの時目をつぶっていた以上、麻痺の魔眼を使えたのはあの黒猫だけなのですよ」


「しかし、あの黒猫はシャドウマンティスの横にいたのではないか? 魔眼を使ったのであれば、相手の眼を見る必要があるはずだが」


「恐れながら陛下、シャドウマンティスはの魔物でございます」


「……なるほど、複眼か」


「はい、複眼であればほぼ360°見渡せますから」


「視野が広いというのも、時には弱点になるのだな」


 皇帝が思わぬところで感心していると、ミルドが意を決した様に語り始めた。


「陛下、もし私めの推測が当たっているのであれば、あの黒猫はとんでもない魔物でございます」


「それほどか?」


「はい、まずあの黒猫は我々が持つ鑑定の水晶を欺くほど、高度な隠蔽スキルを持っています。さらには私めですら存在を感知できなくなるほどの気配遮断、魔力遮断のスキルも所持していると思われます」


「むう……」


「それに、我々ですら気づかなかったシャドウマンティスを存在を察知するほどの探知能力。それに予めシャドウマンティスだとわかっていたからこそ、真横から魔眼を使用したと思われます。つまり、高い鑑定能力もあるということですな」


「それに麻痺の魔眼まで持っているのか……」


「正直、テオドール殿下を暗殺しようとしたのがこの黒猫でしたら、誰も気付くことなく成功していたでしょう」


「ぐぅ、確かに……」


「失礼を承知で言えば、暗殺対象が陛下であっても同じ結果かと」


 ミルド言葉に皇帝はあごを触りながら考え込んだ。


「……それが現実に起こる可能性は?」


「幸いなことに、今は限りなくその可能性は低いかと」


「なぜそう思う?」


「それは、あの黒猫がテオドール殿下を助けたからです。もし我々と敵対する気があるなら、あそこで殿下を助ける意味がありません」


「確かにな。しかし、そうなるとあの黒猫の目的は何なのだ?」


「それは……わかりませんが、あのオーロラという者の素性を考えるに、単なる偶然の可能性が高いかと」


「偶然か……。あれほどの魔物を従える召喚士が名も知られずにいたとはな」


「はい、今回あの者たちの存在を確認できたのは幸運だったかと。しかしこの黒猫、想像以上に恐ろしい存在ですな」


「む、それはどういう事だ?」


「いいですか、今までの推測が全て正しいとすれば、あの黒猫は帝国随一の鑑定の水晶をも欺く隠蔽能力を持ち、シャドウマンティスの隠蔽能力を上回る察知能力と鑑定能力を持ち、姿を隠す能力を持ち、麻痺の魔眼を持ち、Cランクの魔物を格下扱いするほどの強さを持つことになるのですよ」


 ミルドの考察に皇帝も息を飲む。


「我々は……どうすればよい?」


 ようやく絞り出した言葉にミルドは……


「テオドール殿下にお任せするしかないかと……」


 そう答えるのが精一杯だった。

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