第62話 テオドール皇子の生誕祭(前編)
テオドールから生誕祭のお誘いを受けて早2週間。この期間、オーロラは同級生でありテオドールの護衛でもあるナタリーから、貴族の振るまいとパーティーでのマナーについて学んでいた。
ナタリーはオーロラがテオドールの生誕祭で恥をかかないか心配してくれていたようだが、この2週間のナタリーの特訓のおかげでどうにか形になったようで、最後は鬼教官のナタリーも大丈夫だと太鼓判を押してくれた。
それどころか、オーロラが新調したドレスを試着したときには、あまりの美しさに感嘆のため息が漏れていたのを聞き逃さなかったよ、僕は。
ちなみにオーロラが特訓していた2週間、そうそうに貴族のマナーを覚えた僕は、街を散策したり、孤児院に寄付に行ったりしながら過ごしていた。おかげで帝都の孤児院にも猫の銅像が建てられることになってしまった。どこで見られてるんだろう、本当に。
そしていよいよ明日、2週間の特訓の成果が試される。
「うぅ、緊張するなぁ……」
テオドールが寄越した迎えの馬車の中で、オーロラがお腹を押さえながら呟く。ただでさえ、昨日の夜から緊張してあまり眠れていなかったオーロラは、迎えに来た馬車のあまりの豪華さに気後れしてしまったようだ。その緊張を紛らわすかのように僕の頭を撫でてくるオーロラの手は、細かく震えていた。
「にゃ~」
僕が大丈夫の意味も込めて一声鳴くと、オーロラはフッと小さな笑みを浮かべてくれた。どうやら少しは緊張をほぐすのに役立てたようだ。
オーロラを乗せた馬車は20分ほど街中を走り、帝都の中央へとそびえ立つ城へと入っていった。城の門をくぐってからさらに数分走ったところでようやく馬車が止まる。
馬車から降りたオーロラはお城に入る前に、入り口の脇にある部屋で厳重な身体検査を受けた。もちろん武器や防具は寮に置いてきたので問題はなかったのだが、そこで、検査を担当した女性から城の中では魔法は使うことができないと説明を受けた。
さすが第3皇子の生誕祭だけあって、帝国でもそれなりの権力を持つ者が集まるようだ。そこで暗殺などが起こらないための対策だろう。ただ、魔法の発動を妨害する魔道具はあっても、スキルの発動を妨害する魔道具はないらしく、対策が完璧なわけではないらしい。
ちなみに僕もしっかりと身体検査を受けた。"鑑定の水晶"で魔物ではないと判断されたので、中に入ることを許されたけど。
うん、"鑑定の水晶"も完璧ではないからね。まあ、僕が帝国のお偉さんを暗殺するはずもないけど。
検査を終えたオーロラと僕は、軍服のようなものを身に纏った若い男性に案内され、城の大広間へと到着する。そこにはすでにたくさんの人達が来ており、その誰もがきらびやかに着飾っていた。
ざっと見た感じ、ほとんどがオーロラよりも年上のようだ。まあ、クラスメイト達ですら誘われていないらしいから、テオドールの同年代は少ないのかもしれない。それこそ、侯爵以上の身分じゃないと参加できないのかもしれないね。
そんなところに放り込まれた田舎娘のオーロラが、彼らの貴族オーラに当てられて固まってしまったのは仕方がないだろう。何せ、広間に入った瞬間から注目を浴びているし。突然現れた見たこともない女の子に、貴族の方々も興味津々といった感じだ。
そんな貴族達の好奇な目にさらされたオーロラは、しばらくその場に固まったあと、目立たないように柱の陰へと隠れてしまった。
せっかく部屋の中央には、おいしそうな料理が所狭しと並んでいるのにもったいない。
オーロラの存在については興味があるが、何者かわからない分失礼があっては困るからだろうか、チラチラ視線を送ってはいるが意外にも貴族達の方から話しかけてくることもなかった。そんな状況が数十分続き、いい加減オーロラの神経が参ってしまいそうになっていたときに、ようやく今日の主役が現れた。
入り口とは反対側にある螺旋階段から、3名の人物がゆっくりと降りてきたのだ。
一人は細身ではあるが、決して痩せているわけではなく、しなやかな筋肉を纏った壮年の男性。頭に王冠を乗せていることから、この国の皇帝、いわゆるテオドールの父だとわかる。きれいに整えられた口ひげとあごひげがおしゃれなダンディなおじさまだ。その後ろに続くのは純白のドレスに身を包んだ美女。決してド派手な装飾をしているわけではないのに、圧倒的な存在感を示すその女性はテオドールの母、この国の皇后なのだろう。
二人とも物凄い整った顔立ちをしていて、絵に描いたような美男美女だ。そりゃテオドールもイケメンに生まれてくるわけだ。どっちに似たってイケメンが約束されているのだから。
そして、その二人の後ろに続くのが我らが級友テオドール殿下だ。
いつものようなラフな格好と違い、白を基調としアクセントに赤色が入っている軍服のようなものを着ている。王様が羽織っている長めのマントも真っ白なことから、白は帝国の皇族を示す色なのだろうか。
僕がそんなことを考えていると、3人が階段を下り終えて、用意されていた壇上へと上がった。確か、テオドールには2人の兄がいたはずだ。だが、生誕祭であるこの場にいないと言うことは……なるほど、ここに参加する貴族達に気を遣ったのかな。
確か、帝国はテオドールを含めた3人の子ども達が皇帝の座を争っているはずだ。ここにいる貴族の大部分はテオドール派なのだろう。そんなところに敵の親玉が現れたら……まあ、そういうことだろう。
そうこうしているうちに皇帝が壇上で話し始めた。回りくどく話しているが、要は息子の誕生日に集まってくれてありがとうということだろう。
続けて皇后が話すのかと思いきや、テオドールが話し始めた。こちらも僕のために集まってくれてありがとう。今日は楽しんでいってくれといった内容だ。
オーロラはようやく見知った顔が現れたおかげか少し緊張が解けたようだ。
結局、皇后はあいさつしないまま3人は壇上を降り、すぐに貴族達に囲まれることとなった。ただ、テオドールはその貴族達の群れの中をかき分けるように歩いて抜け出し、オーロラの元へとやってきた。途端に静まりかえる貴族達。ようやくここでオーロラの素性が明らかになると好奇の眼差しを向けている。
「やあ、オーロラ。よく来てくれたね!」
「あ、あの、そ、その、お、おめでとうございます……」
最早、涙目になっているオーロラは頑張ってお祝いの言葉を絞り出した。
「あはは! そんなに畏まらなくていいぞ。らしくない。一緒に学園で学んでいる仲ではないか。いつも通り接してくれて構わないぞ」
テオドールの言葉で周りにいる貴族達が大きく頷いた。オーロラの素性に心当たりがあったのだろう。このパーティーに参加できるだけで、それなりの力を持った貴族達だ。当然、帝都で起こっていることの大半を把握しているに違いない。ここ帝都の魔術学園にスペリオルグリフォンを従えた生徒が転入してきたことなど、知っていて当然の情報だ。
テオドールはオーロラが独りぼっちなのを見つけ、真っ先に駆けつけてくれたのだろう。そして、周りにいる貴族達にオーロラを紹介し始めた。数は少ないが侯爵家のご令嬢達もおり、ようやくオーロラも話し相手を見つけることができたようだ。
さて、そうなると今度は先ほどとは打って変わって、オーロラの元に人が集まりだした。この場にいる者達は権力を持つ者ばかりなので、田舎娘の家族や交友関係には興味はない。しかし、ことに武力が伴うとなると話は別だ。自分達の身を守るためにも、他の権力者達より有利に事を進めるためにも、武力というのは非常に有効に働くことを貴族達は知っているのだ。
オーロラがテオドールのお気に入りだとはわかっていても、A-ランクのスノウを従える彼女は貴族達にとって声をかけずにはいられないほど魅力的な存在らしい。
突然貴族達に囲まれることになったオーロラは、あたふたしながらも貴族達の質問に丁寧に答えていく。ナタリーに教えてもらったおかげで、立ち振る舞いにも粗相がないようだ。
パーティーも終盤へと差し掛かり、貴族達との会話にも慣れ、ようやく料理を口にする余裕が出てきたオーロラが今、帝都でも話題の店から取り寄せたスイーツを食べているとき、僕は偶然にもそいつを見つけた。この場にいるはずのないそいつの姿を。
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