第61話 閑話 クルルの村

 3連休の最終日ですね。ここで一話閑話を挟むのですが、日頃の感謝も込めて本日は2話投稿させていただきますm(_ _)m

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 ここはユークレア大陸にあるレインボウの街からさらに南西に歩いて10日ほどの場所にあるクルルの村。12年前、この村で一人の女の子が誕生した。父親であるダンテと母親であるシンシアの間に誕生したその女の子は、オーロラと名付けられた。


 オーロラは貧しいながらも父と母の愛情をたっぷりと受けてすくすくと成長した。オーロラが5歳の時に弟のサニーが誕生すると、ますます生活が厳しくなっていったが、それでも家族みんなで生活できることを感謝しながら日々を過ごしていた。


 そんなオーロラに転機が訪れたのは彼女が10歳になった歳の冬だった。たまたま村を訪れた行商人の中に"鑑定"のスキルを持つ者がいたのだ。鑑定のレベルはそれほど高くはなかったが、彼はオーロラが召喚魔法のスキルを持っていることを見つけ、レインボウの魔術学園への進学を勧めた。


 もちろんオーロラは反対したが、意外にも両親がその話に乗り気だった。娘が村の子ども達の中でも誰よりも優秀だったことと、弟のサニーが5歳となりそれなりに手伝いをこなせるようになってきたからだ。子ども達の将来のためにと、僅かずつではあるが蓄えていたお金が、ぎりぎり入学するための費用に足りていたのもそう決断する理由のひとつだったかもしれない。


 入学さえ出来れば、学費については自分で稼いでいるものも多く、それどころか召喚獣を手に入れることができれば、両親へも仕送りができるかもしれないと行商人に言われ、オーロラはレインボウ魔術学園の入学を決意する。


 それからオーロラは行商人から召喚魔法について書かれている本を借り受け、1年間勉強を重ねた。そして、12歳になる歳の春に入学試験を受け、無事に合格を果たしたのだった。





 オーロラがレインボウの魔術学園に入学してから1ヶ月ほど経ったある日、村を訪れた行商人からダンテの元に、小さな布の袋が届けられた。中には数枚の銀貨と四つ折りに畳まれた手紙が入っていた。差出人はオーロラだ。


 手紙にはレインボウでの生活のことが書かれていた。合格したのはよいが、魔力量が足りず未だに召喚獣を手に入れることが出来ていないこと。寮の掃除や皿洗い、学園に届けられた学生用の依頼をこなし、生活費を稼いでいること。少なくて申し訳ないが、一緒に入っている銀貨を家計の足しにしてほしいことなどが書かれていた。


 その手紙を見たダンテとシンシアは、オーロラをレインボウの魔術学園に入学させたことを後悔した。彼らはオーロラが魔術学園に入学さえすれば、すぐに召喚獣を手に入れ冒険者として楽にお金を稼ぐことができると思っていた。だが、小さな村には魔物と戦える者などおらず、レベル上げもできないまま入学したオーロラは、覚えた召喚魔法を使うことすらできなかったのだ。


 手紙には一切、つらいとか苦しいという言葉は出てきてはいなかったが、両親には娘の苦労が手に取るようにわかってしまった。こちらからお金を送ろうにも、昨年の不作で村の財政はますます苦しく、オーロラが送ってくれた数枚の銀貨がなければ、生活できなくなってしまうほどだった。いっそ今からでも呼び戻そうかとも考えたが、まだ入学してからたった1ヶ月。娘の口から辞めたいと聞くまでは見守ろうと二人で決めた。ただ、もしオーロラがつらくなって帰ってきたとしても温かく迎える準備だけは忘れずにしておこうとも。


 次の月もオーロラから手紙と僅かばかりの銀貨が届いた。生活は相変わらず苦しそうだが、もうすぐ召喚魔法を使えるだけの魔力に到達できそうだと書いてあったので、その言葉を信じ、オーロラが必死に稼いだであろう数枚の銀貨を、生きるためにありがたく使わせてもらうことにした。



 そして異変が起きたのは次の月の仕送りの時だった。



 いつものように行商人から小さな布の袋を受け取ったダンテは、ちょっとした違和感を感じた。袋を手渡すときの行商人の顔がやけににやけていたのと、受け取った布の袋がいつもよりも重たかったからだ。特に銀貨の数が増えている様子もないのに重くなるとはどういうことだろうと、首をかしげながら家に帰るダンテ。そこでシンシアと一緒に袋の中身を確認して、二人とも腰を抜かすほど驚いてしまった。


 何と、銀貨だと思っていた袋の中身が金貨だったのだ。それも3枚も。


 金貨3枚あれば、この村なら家族3人でも3ヶ月は楽に暮らしていける。おまけにいつも1枚しか入っていない手紙が、今回はいくつか重なって入っている。一体全体どういうことなのか、逸る気持ちを抑えて手紙をめくっていく。


 そこには驚きの内容が書かれていた。


 入学して2ヶ月目にして初めて召喚魔法を成功させたこと。召喚できたのは魔物ではなくただの猫だったこと。しかし、この猫(名前はミスト)のおかげで冒険者になれたこと。さらに、なぜかスキルレベルの上がりが早く20日後には2体目の召喚に成功したこと。しかもその召喚獣がスペリオルグリフォン(名前はスノウ)というB+ランクの魔物だったこと。このスノウのおかげで仲間と一緒に150体ものシザーズアントとその親玉であるシザーズアントクイーンを倒すことができたこと。その報酬の一部を仕送りできたことが書かれていた。


「あなた……よかった……」


 手紙を読み終えたシンシアがダンテへと寄りかかる。その肩を抱きダンテも鼻をすすりながら涙を浮かべた。


 次の日から夕食が少しだけ豪勢になる。


「おぉ!? とーちゃん、かーちゃんこのお肉はどうしたの!?」


 オーロラの弟、サニーがいつもは食卓に並ぶことがない焼かれた魔物の肉が皿の上に乗っているのを見て興奮した様子で大声を出す。


「ふふ、オーロラが送ってくれたお金で買ったのよ! お姉ちゃんに感謝しなさい!」


「ねーちゃん、ありがとー!!」


 シンシアの言葉に再び喜びの声を上げるサニー。姉のオーロラの成功がよくわかっていないサニーも、目の前に肉を出されては姉へ感謝の言葉も飛び出るというものだ。その日から1ヶ月、節約しながらも一家の食卓は今までよりも充実したメニューが並ぶようになった。



 だが異変はこれだけでは終わらない。



 次の月、いつもダンテの元にオーロラからの手紙と仕送りを届けてくれる行商人の顔が、なぜか引きつっていたのだ。受け取った袋もいつもの布の袋ではなく、上質な革の袋に替わっていた。その異様な雰囲気に恐る恐ると言った様子でダンテが革の袋を受け取る。ずっしりと重たい袋にダンテの顔も思わず引きつってしまう。


 何となく状況を悟ったダンテは、受け取った袋を大事そうに抱えながら家へと帰った。


 高級そうな革の袋を見て息を呑むシンシア。ダンテがそーっと袋の口を開けて中を覗き込むと……


 そのまま後ろへとひっくり返って気絶した。


 慌ててダンテの元へ駆け寄るシンシアは、ダンテが倒れた拍子に机の上に散らばった大金貨を見て『ヒッ!?』という言葉とともに気絶し、ダンテの上に折り重なるように倒れ込んだ。


 両親の異変を感じ取ってやってきたサニーは、倒れた二人を見て死んでしまったのかと思い、泣きながら二人の身体を揺すっていたのだが、気がついた両親からオーロラからの仕送りのことを聞くと、途端に泣き止み満面の笑みを浮かべながらまたおいしいお肉が食べられると喜びの舞を踊り始めた。


 ダンテが再度確認すると、革の袋の中には大金貨が3枚入っていた。一緒に入っていた手紙によると、学園での合同演習で帝都の魔術学園の生徒と一緒になり、その中にはこの帝国の第三王子テオドール皇太子がいたようだ。さらにその合同演習の最終日にドラゴンと遭遇し、そのうちの何体かを倒した結果、大金を手にしてしまったので送ってきたそうだ。


 大金貨1枚は金貨10枚と同じ。その大金貨が3枚。この村なら金貨1枚で家族3人が1ヶ月暮らしていける。大金貨が3枚あれば2年半は何もしなくても暮らせる計算だ。だが、ダンテとシンシアは二人で話し合った結果、大金貨3枚の内、2枚を村の畑をもっと広げることに使うことにした。この村は村人全員が家族のように支え合ってきた。そんな村で自分達だけ贅沢するのは気が引けたのだ。オーロラの手紙にも似たようなことが書かれていたし、サニーも世話になっている村のじじばばに恩返しがしたいと言ってくれた。


 次の日村長にその話を持ちかけると、泣いて喜んでくれた。やはり村全体の財政がきびしかったからだろう、早速、オーロラの手紙を届けてくれた行商人に、畑を広げるための道具と植物の苗を注文することとなった。


 さらにオーロラの手紙にはテオドール皇太子の生誕祭に誘われたことも書かれており、こちらも両親を驚かせる結果となった。


 果たして次の月の手紙には何が書かれているのか、仕送りの金額はいくらになってしまうのか、若干の不安を覚えるダンテとシンシアであった。

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