第64話 テオドールのお願い
テオドールの生誕祭から1週間が過ぎた。当然だが学園にサミュエルの姿はなく、ゴードン先生はサミュエルの実家でトラブルがあり、急遽、実家に帰ることになったと説明していた。もちろん真実は違うのだが。
テオドールの暗殺未遂事件の真相を知っているパーティーの参加者たちには箝口令が敷かれ、長年仕えてきた部下であり学園での同級生でもあったサミュエルの裏切りはなかったことになっている。
テオドールの方も信頼していた者の裏切りにより、身辺調査をやり直しているらしく、この一週間学園には来ていない。
突然、2人も来なくなった召喚クラスの授業は何となく寂しいものになってしまっていたが、それでも授業は進みオーロラは少しずつ成長を重ねていった。
そして、あの出来事から丁度一週間経った日に、ようやくテオドールが学園に姿を現した。
「久しぶりね! お仕事お疲れ様!」
一週間振りの再会にアンジェラが嬉しそうな声を上げる。ゴードン先生からは、テオドールは皇族としての仕事で休んでいると伝えられていたからの発言であろう。
「ああ、ありがとう」
嬉しそうなアンジェラとは対照的に、テオドールの表情はいつもより元気がないように見える。まあ、長年仕えてきたサミュエルの裏切りには、少なからずショックを受けているのかもしれない。
「それで、今日からはこっちに通えそうなのかい?」
帝都で人気の焼き菓子を食べながら、オルゴンが続けて質問すると……
「ええと、それなんだが、余はこの学園を辞めることになったのだよ」
「っ!? 聞いておりません!」
テオドールの衝撃告白に、学園での護衛を任されていたナタリーが声を荒げる。
だが、その剣幕に慌てることなく、チラッとオーロラに目を向けたテオドールはぽつりぽつりと語り始めた。
曰く、今回、帝国の要人が何者かに暗殺されかけたのだとか。その暗殺者は捕らえられ、繋がりを追っていったところ、ある国へと辿り着いた。そこでその国を問い詰めたところ、逆に難癖をつけてきて勢いに任せ宣戦布告してきたそうだ。もともと、その国とは仲が悪く、今回のことをきっかけに近く戦争状態になりそうだと言うのだ。
そんな重大なことをこの場でしゃべっていいのかとも思ったが、明日には帝国の皇帝が臣民に向かって宣言する予定だから構わないらしい。
「サミュエルに続いて、テオドール殿下もいなくなるのか……」
アンジェラが寂しそうに呟く。
「戦争かぁ、戦争になったら学園対抗戦はなくなるのかなぁ」
ノートルが言う学園対抗戦とは、各国にある魔術学園の生徒が集まり、国と国の威信をかけて様々な分野で競い合う、一年で最も大きな行事だ。もちろん帝国も参加していたようだが、戦争になってしまったらさすがにのんきに交流試合などしていられないだろう。
「テオドールとオーロラがいれば優勝も狙えたのに……」
アンジェラが残念そうにつぶやく。
「戦争になれば余も最前線とはいかないまでも、遊撃隊として動くことになりそうなのだよ。それで、オーロラにお願いしたいことがあるのだが……」
テオドールの困ったようなものの言い方に、誰もがその先の言葉を確信し、重苦しい雰囲気となってしまった。
テオドールがオーロラに話を切り出す前に教授が来てしまい、結局、重苦しい雰囲気のまま授業が始まり、そのままほとんど会話もなく時間だけが過ぎていくのだった。
学園での授業が終わり、昼食を食べ帰る時間になるとテオドールがオーロラに話しかけてきた。朝に言いかけたお願いのことだそうで、獣舎裏で待ってるとのことだ。
前世で言う体育館裏への呼び出しといったところだろうか。向こうでは大体、告白かいじめのどちらかだったけど。
「単刀直入に言う。学園を辞めて余と一緒に戦ってはくれまいか?」
うん、予想できてたとはいえ随分直球できたね皇子様。オーロラもあまりにストレートな物言いに戸惑っているぞ。そして、さすがにこれでは説明不足と感じたのか、テオドールは学園を辞めさせてまでも、オーロラを誘った理由を話し始めた。
それによると、サミュエルを捕まえてすぐに聖国との繋がりを見つけたそうだ。宣戦布告してきたのはその聖国で、相当やっかいな国らしい。
さらに昨日、サミュエルが何者かの手引きによって脱獄したそうだ。さすがにこうも内部に裏切り者がいるとなると、安心して学園に通うことなどできないと、父である皇帝より学園を辞めるようにとお達しがあったようだ。
ただ、それは表向きの理由であり、皇帝の真の狙いは、冒険者であるテオドールが遊軍として戦争に参加することにより、囮として敵の戦力を分散させることなのではないかとテオドールは考えていた。
テオドールは学園に通いながらも冒険者としても活動しており、パーティーを組んでいる仲間もいるそうだ。しかし、テオドールは10年来の部下であり友であるサミュエルの裏切りをきっかけに、誰も信じることができなくなってしまったというのだ。
今唯一信じることができるのは、自分の命を救ってくれた黒猫の召喚主であるオーロラだけなのだろう。
オーロラは、なぜテオドールがこんなにも自分のことを信じてくれているのかはわかっていないが、この追い詰められたテオドールの心からのお願いを断れるわけもなく……
「どこまでお役に立てるかはわかりませんが、私でよければお手伝いしますね」
僕の予想通り、オーロラは静かにテオドールの手助けすることを決意したのだった。
オーロラは次の日すぐに学園長であるエルダン・アルグオーラに学園を辞めたいと申し出たのだが、エルダンは戦争が終わるまで休学扱いにしてくれると言ってくれた。
オーロラは一瞬驚いた顔をしていたが、学園長の配慮に感謝しながら学園を後にした。
戦争に参加するとなると色々と準備が必要になる。2日ほど準備の時間に充てたオーロラは、学園を休学した3日後にテオドールのパーティーと合流するのだった。
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