第80話 カタリーナの決意

~side 村長の娘~


 私の名前はカタリーナ。森に囲まれたエンヤの村の村長の一人娘で今年で20歳になるわ。自分で言うのも何だけど、村で1番の美人で通ってるの。とは言っても村に若者はあまりいないけどね。


 この村は丁度、帝国と聖国の間くらいにある村で、一応、管轄は聖国になるみたい。でも、どちらの国からも距離があるせいか、この村によその人が来ることはほとんどないわ。おかげで税を払わなくていいって村長である父は言ってるけど、正直、行商人ですら滅多にやってこないこの状況には、年頃の私にとっては不満だらけ。もっと都会の流行りのものとか身につけてみたいわ。


 そんな田舎の村に大事件が起こったのは1ヶ月ほど前。すぐ近くの山にドラゴンが住み着いたの。そして10日前、そのドラゴンが突如村に現れて生贄を要求してきたのよ。若い娘をよこせって。


 突然の出来事に村はパニックになったわ。連日、村人達が集まってどうすればいいのか話し合いが行われたの。でも、何日経っても結論は出なかったわ。

 それもそうよね。逃げ出そうにも周りは魔物が住む森に囲まれている。ましてやただの村人達が、ドラゴンに目をつけられて逃げられるわけがない。

 かと言って、戦って勝てるわけもない。聖国に頼ろうにも冒険者を雇おうにも、時間がかかりすぎる上に、そもそもそこまで辿り着く前に魔物にやられてしまうわ。


 毎晩行われる話し合いは、段々と誰が生贄になるのかという中身に変わっていったの。


 この村に住む人は少ない。だからこそみんなで協力し合って生きてきた。魔物に襲われないように、村を囲うように頑丈な柵を作ったり、魔物よけの香を作ったり、自給自足できるように畑を耕したり、家畜を育てたり……

 苦楽を共にした仲間だから、誰か一人を犠牲にするという決断ができない。そんな村人達の、何より村長である父の苦しむ姿はもう見たくない。そう思ったから私は生贄に志願したの。


 もちろん父は反対したわ。それから村の若い男達も。でも私は見てしまった。友であり仲間であったはずの女達のホッとした表情を。思い出すたびに嫌な思いが溢れ出してしまうわ。完全にトラウマになってしまったみたいね。


 最初こそ反対していた父も、村長という立場からか最後には認めざるを得なかったみたい。あれほど反対してくれた若い男達も、もう決定が覆ることがないとわかると、明らかに私を避けるようになってしまったわ。誰一人私を助けようとしてくれる人はいなかった。私に猛烈にアピールしていた、門番の彼さえ。


 自分が言い出したことだけど、この状況に私の心は壊れかけてしまっていたわ。もう全てに絶望し、生贄の日まで残り5日となった時、彼らが現れたの。


 困っている人を助けるために強くなりたいと、修行の旅を続けている 4人の冒険者達。リーダーのエリックはこの村の事情を聞いて、すぐにドラゴンと戦うことを決めてくれたわ。彼らの冒険者ランクはCランク。とてもドラゴンに敵うランクではないのにも関わらず。


 なぜ見ず知らずの私のために命を捨てる覚悟でドラゴンと戦ってくれるのか、私は思わず聞いてしまった。その問いにエリックは『かつて俺達も命を救われた。その時決めたんだ、俺達も誰か困っている人がいたら、決して見捨てないと』とはにかみながら教えてくれた。


 おかげで私の心は完全に壊れずに済んだの。


 そして約束の日、私は指定された山の頂上を目指した。エリック達は私のすぐ後を隠れながらついてきてくれたわ。山頂までの道のりは楽ではなかったけど、あのドラゴンが退治したのか魔物は1匹も現れなかった。


 そして山頂に着いた時、ドラゴンと一緒に一人のローブを身につけた貧相な男が立っていたの。そこで初めてドラゴンがなぜ生贄を要求したのかわかったわ。いえ、生贄を要求したのがドラゴンではなく、目の前の男だったという事を。


 男が現れてすぐに、エリック達が私を庇うように囲んでくれた。しかも、彼らが言うには目の前にいるのはドラゴンではなくワイバーンだと。


(ひょっとしたら勝てるかもしてない!?)


 エリック達の様子を見て私はそんな期待を持ってしまった。その私の期待に応えるように、彼らは奮闘しワイバーンを追い詰め、ついには倒してくれたのだ。


 私の身は歓喜に震えたわ。一時は諦めていたけど、やっぱり死ぬのは怖かった。目の前の卑しい男の言いなりになるのが怖かった。そんな恐怖を目の前の冒険者達は振り払ってくれたのよ。


 でも、その喜びは一瞬で打ち砕かれてしまったわ。


 ローブの男が懐から黒い宝石のような玉を取り出して、倒れたワイバーンの身体に埋め込むと、死んだはずのワイバーンが黒いもやもやを纏いながら起き上がったの。


 素人の私が見ても明らかにヤバいとわかるその雰囲気に、エリック達も危険を感じとったようで、その表情に焦りの色が浮かんでいたわ。


 起き上がったワイバーンは男の命令などまるで聞かず、それどころか男の頭を前足の一振りで吹き飛ばしてしまったの。


 それを見たエリックはすぐに撤退の指示を出したわ。冒険者のうち後衛の女性二人が私の腕を引っ張り、後方へと走り出す。エリックともう一人の男性は私達が逃げる時間を稼ぐために、ワイバーンへと立ち向かった。


 でも復活したワイバーンの強さは圧倒的で、身体から溢れ出た黒いモヤに包まれただけで、私達全員がその場に倒れてしまったの。身体が痺れて全く身動きが取れず、もうここで人生が終わってしまうと覚悟したわ。見ず知らずの冒険者のみなさんを巻き込んでしまった事を後悔しながら……


 でも奇跡は起きた。何の取り柄もない田舎の娘で終わるはずだった私の人生が、大きく変わる出会いが待っていたのよ。


〈我が領域を荒らす者は何人たりとも許さん〉


 それはこの言葉から始まったわ。頭に直接響くすごく威厳のある声。それからすぐに私達とワイバーンの間に何か、とてつもなく大きなものが降り立った音がした。


 私達はみんな黒いもやから逃げようとしていたから、身体が動かなくなった時にうつ伏せに倒れてしまったわ。だから、降り立った者が何者なのかを見ることはできなかったの。


 だけど、あのワイバーンは当然その姿を目にしていたはず。Cランクの冒険者達をモノともしないワイバーンの鳴き声が、わずかに怯えているように感じたのは私だけだったのかしら。


〈ふむ。お主はすでに理性を失っているな。ならば手加減は無用。今度は迷わず成仏するがよい。"聖なる息吹ホーリーブレス


 再び念話が聞こえてきた直後に激しい光が辺りを照らし、耳をつんざくような大きな音が鳴り響いた。


〈さて、汝らからは悪意は感じぬ。身体は治してやるから、早々にここから立ち去るがよい〉


 しばらくして辺りに静かさが戻ってきた時に、先ほどよりも優しい口調で語り掛けられたわ。直後に自分の身体がうっすらと光り輝き、次の瞬間には何事もなかったかのように身体が動くようになっていたの。私はすぐに起き上がり辺りを見回したけど、そこにはすでにワイバーンの姿はなくて、半円状に山の向こうまで地面がえぐれた後がなかったら、先ほどまでの出来事が夢でなかったかと勘違いしてもおかしくないくらいの静けさだったわ。


 そして私は遠くの空を優雅に飛び去っていく白いドラゴンを見つけた。"聖なる息吹ホーリーブレス"を使ったところを見ると、おそらく聖竜ホーリードラゴンなのだと思う。聖竜ホーリードラゴンと言えば私でも知っている。Aランクを誇るドラゴン族の中でも上位種族。いくらパワーアップしたとはいえ、ワイバーンごときでは相手になるわけもないわね。奇しくもこの山は聖竜ホーリードラゴンの縄張りだったのよ。いつからかは知らなかったけど。


 あの貧相な男にとってはそれが不運であり、私達にとってはこれ以上ない幸運だったわ。


 私はその白竜を見た時、自分がなぜこの世に生を受けたのかを理解したわ。私の役目は白竜の教えを広める事だということを。


 その後、エリックさん達と一緒に村に戻った私は、人を生け贄に送り出しておいて無事に帰ってきた途端、手のひらを返したように大喜びしている村の人達に、言いようのない哀れみを感じながら、村長である父に村を出て行くことを伝えた。私が白竜様の巫女になるためには、聖国で巫女としての立ち振る舞いを学ぶのが一番早いと思ったから。幸い、エリックさん達が目指しているのも聖国なので、無理を言ってご一緒させてもらうことにしたわ。


 なにせ、今の私が信頼できる人と言えば『疾風の風』のみなさんだけだから。


 私一人をドラゴンの生け贄に平気で差し出す村にはもういられない。私の命を救ってくれたのは白竜様で、私の心が壊れなかったのは『疾風の風』のおかげなのよ。私のように死の恐怖におびえている人がいるのならば、白竜様の存在を教えてあげたい。それこそが私がこの世に生を受けた理由なのだと思う。


 慌てふためく父や村人達を置いて、私は私の使命を果たすために聖国を目指して旅立った。

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