第131話 最終戦争 ③

 僕は殴られて血が出た頬を拭いながら、静かに立ち上がる。


「ありがとう二人とも。神の恩寵の効果を教えてくれて」


 僕が絶望せずに立ち上がったことに、ヴリトラとサタンから驚きの気配を感じた。とは言え、おそらく今の一撃は手加減されていたはずだ。じゃなきゃ今ごろ僕の身体は原形をとどめていないだろう。

 全く、最後まで詰めが甘い。何だか、倒してしまうのがかわいそうになって来た。

 だがしかし、人々を滅ぼすのはいただけない。彼等は女神とは関係なく、一生懸命生きているのだから。


「神の恩寵」


 僕の静かな呟きが、劇的な変化をもたらす。


 僕の身体が光に包まれた。先ほどのヴリトラやサタンとは比べものにならないくらい強い光に。


 ああ、僕の中に力が注ぎ込まれて行く。これは僕を信じてくれている人達の思いだ。僕がカブトムシの時に気まぐれで助けたエリック達が、僕が黒猫の時に出会った孤児院の人達が力を貸してくれる。そしてこれは……聖国の人達か? なぜ聖国の人達がこれほど僕を信じてくれているのだろうか。


「お、お主、それはいったいどうなってるんだ!? おかしいだろう。なぜ新参者のお主にそれほどの信者がいるのだ!?」


 ヴリトラが僕の光の強さを見て慌てている。サタンに至っては声も出せないようだ。


 僕を包む光が消えたとき、僕は勝利を確信した。と同時に怖くなった。だって、僕のステータスがどのくらい上がったと思う? 1億だよ、1億! 確かサタンがこの世界の人口は2億って言ってたよね。1億だったらその半分じゃん!?

 薄々嫌な予感はしていたけど、あの王国で見た黒猫の像や、冒険者達がよくつけていたカブトムシの銀バッジが、僕の魔物の時の姿を模しているのは間違いない。


 聖国は……まさか聖竜か?


 まあ、信者の数を嘆くのは後にして、まずはこいつらにお仕置きするとしますか。


 僕はサタンの正面に移動し、デコピンの構えをとった。サタンは僕が目の前にいるのにもかかわらず呆けた顔をしている。そのおでこに僕はピンと指をぶつけた。


 バシュ


 消し飛んだ。かつて魔神だった者は、復活してすぐにまた、魂の状態に戻っていった。ヴリトラはこのことにまだ気づいていないようだ。

 僕はそんなヴリトラの背後に回り、尻尾をつかんだ。握りつぶさないようにそっと握ったつもりだったけど、手加減が甘かったようだ。完全に先っぽを握りつぶしてしまった。ごめん。


「グギャァァァァァァ!」


 尻尾の先がなくなったヴリトラが叫び声を上げた。


(うるさいし、さっさと終わらせよう)


 ヴリトラの巨体を消滅させるため、僕は両足を開き、腰を落とし、右手を引き、それから拳を思いっきり突き出した。そう、いわゆる正拳突きだ。


 バビュゥゥゥゥン!


 終わった。何もかも終わった。ヴリトラが消滅した。ついでに僕の正拳突きの余波は、悪魔の門デビルズゲートの壁を突き破り、先が見えないくらいの大穴を開けてしまった。ごめん、ジャバウォック……


「お、お前は一体何者なんやぁ!? ヒィィィィ」


 あ、エクセルがいるのを忘れてた。神の恩寵の効果が切れて、スキルが使えるようになったのか、エクセルが転移で逃げてしまったようだ。

 でも、まあいいか。邪神も魔神もしばらくは復活しないだろうし、大した脅威でもないしね。


〈ミ、ミストよ。お主はいったい……〉


 部屋の奥に隠れていたジャバウォックがいそいそと姿を現し、恐る恐る僕に聞いてた。


「えーと、なんといいますか……神になっちゃいました?」


 今更隠しても仕方がないので正直に答えちゃおう。


〈か、神とはそんなに簡単になれるものなのか?〉


「よくわからないんだけど、なれちゃいました!」


 僕の軽い返答にジャバウォックも呆れているようだが、こればっかりは仕方がないでしょう。さて、向こうもどうなったか気になるし、そろそろ戻ろうかな。


 そう考えた瞬間、空間の揺らぎを感じた。


 何だろう。時空間の支配者になったからだろうか、この場に誰かか転移してきたのがわかった。さすがは時空神。

 僕は空間が歪んだ先を見ると、ひとりの女性が宙に浮かんでいるのが目に入った。


「あぁぁぁぁ!? あなたは!? いやお前は、駄女神!!」


「失礼な! 誰が駄女神よ!」


 そこにいたのは、僕を苔にして転生させた女神、アス…アス…アスパラガースだった。


「アスタルティーナよ! ア・ス・タ・ル・ティ・ー・ナ!」


 そう、女神アスタルティーナだ。ここであったが百年目。今こそ積年の恨みを晴らすべし。


「神の恩寵!」


 僕はすかさず神の恩寵を発動する。


「何あんた? 私とやる気? ふふーん、この世界の創造神と神の恩寵で張り合うつもりなんだ。いいわよ。後で後悔しても知らないんだからね。神の恩寵!」


 二人の神が光り輝く。その光の強さの差は歴然で……


「ちょっと待ってよ!? 何で創造神のあたしより、新参者のあなたの方が信者が多いのよ!? おかしいじゃないのよ!?」


 そう、明らかに僕の光の方が強かったのだ。ありがとう、僕の信者を増やしてくれたみなさん。


 僕は慌てふためく女神の頭上にジャンプして、げんこつをお見舞いしてやった。


「いたーい!」


 頭を抱えて蹲る女神。すごいな、さすが創造神。ステータス1億を超えた僕のげんこつを受けて、痛いだけで済むんだから。


「僕をコケにしてくれた罰ですよ!」


 よし、僕を苔にした女神に仕返しができた。だけど、あの時は本当に死ぬかと思ったのは間違いないが、今は結構幸せなんだ。だから、今回はこれくらいで許してあげよう。


「んもう、苔はあんたが自分で選んだんじゃない……ブツブツ」


 女神はまだブツブツ言っているけど、一体こいつは何しに来たんだ?


「それで女神様はなぜここに?」


「そうそう、神の恩寵が使われた気配を感じたから見に来たのよ。アレを使えるのは邪神と魔神だけだからね。あいつらの封印が解けたのなら、今度こそめったんめったんに懲らしめてやろうと思ってきたんだけど、ちょっと遅かったみたいね。ま、あんたが代わりにやっつけてくれたみたいだからいいわ。ありがとね」


 それだけ言い残して、女神アスタルティーナは帰って行った。全く相変わらず自由な神だこと。


 頑張って門を守っていたジャバウォックに、一言くらい労いの言葉をかけてやってもバチは当たらないのにね。


 あっ!? 邪神がいなくなったから、ズメイもジャバウォックも地下迷宮ダンジョンから出られるんじゃない?


 ジャバウォックも何となくそう感じていたらしく、今後はズメイを誘って霊峰ドラゴニアに行ってみるそうだ。


 僕は自分で作った大穴を魔法で塞ぎ、王都の闘技場上空へと転移した。

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