第84話 vs 教皇 ②

 迫り来る枢機卿の一人、レイモン・デスタン。こいつは状態異常(憑依)がないことから、自分の意思で教皇に従っていると思われる。レイモンとブリュノの枢機卿二人はレベルを上げる前のハヤトとサヤカ並のステータスしかないので、矮小化した僕でも負けることはないと思うが……


 レイモンの攻撃を軽く受け流しながらちらっと周りを確認すると、神下十二部隊の部隊長6人が僕を取り囲むように移動するのが見えた。


(この部隊長達もブライアン以外はたいしたことがないな)


 第一部隊長であるブライアン・マルクミュートは要注意だが、それ以外の部隊長は枢機卿の二人にも劣るステータスだ。正直、無視してもかまわないレベルだな。

 それはブライアンも承知していたようで、他の部隊長に僕から一定の距離を保ったまま待機するように指示を出し、自分一人で僕の背後へと音もなく忍び寄ってきた。

 あくまで他の部隊長は僕が逃げ出すのを阻止するために使い、自分で決着をつけに来るようだ。


 目の前で杖を振るって僕を責め立てるレイモン。いや、彼のスキルからいってあれは棍の扱いになるのか? さらにその後ろから光魔法でレイモンを援護するブリュノ。僕はその二人の攻撃を捌きながら、背後に迫ったブライアンの足下に小手調べのストーンニードルを放ってみた。


「むうん!」


 僕には"生命探知"と"魔力探知"があるので、背後を見ずに正確にブライアンの足を潰しにいったのだが、ブライアンは僕の奇襲にも慌てることなく、手に持っていた大剣を一薙ぎしストーンニードルを蹴散らした。やっぱり、この中では頭一つ抜けた実力だ。


 僕はブライアンがストーンニードルを打ち払う時間を利用し、5mほど上昇する。そこで、逃げるのを防ごうと慌てて魔法を唱え始めた枢機卿二人に麻痺の魔眼をお見舞いしてやった。


 僕を逃がすまいと凝視していたのが徒となって崩れ落ちる二人。何が起こったのか悟られる前にすぐさま振り向いて、部隊長達にも麻痺の魔眼を行使する。


「バカどもが! 魔眼だ! 目を見るな!」


 結界の中から教皇の怒鳴り声がすぐさま飛んでくるが、一足遅かったようだ。ブライアン以外の5人の部隊長がその場に音を立てて崩れ落ちる。

 しかしこの教皇、ハヤトとの戦闘中にずいぶん余裕があるようだ。見た感じ押されっぱなしで、自己再生任せの戦い方に見えるのに。


 シュッ!


 おっと、教皇に気をとられていたらブライアンの斬撃が飛んできた。これは、剣術のスキルか?


 ハヤト達を覆う結界を張っているため、新たな結界を張りたくない僕は、連続で飛んでくる斬撃を躱しつつ魔法で応戦することにした。

 ブライアンのステータスはどちらかと言えば物理よりなので、僕の魔法が上手く当たれば倒せそうなのだが、そこはさすが聖国No.1の呼び声が高いだけあって素早く躱したり、上手に大剣ではじいたりとそう簡単には当てさせてくれない。


 一方でブライアンには遠距離攻撃の方法が斬撃を飛ばすくらいしかないので、空中にいる限り向こうの攻撃も僕には当たらない。

 他に魔法が使えそうな者は等しく僕の魔眼でおねんねしているので、まさしく僕らの状況はどちらも決め手に欠ける拮抗状態になっていた。

 もちろん、これは僕らの望む展開であり、いつでも逃げることができるといった点では、遙かに僕らの方が有利な展開な訳だが。


「ふむ。こちらの小僧達もそちらの幼竜も思ったよりやるようですね。このままでも負けはしないと思いますが、少々時間がかかりそうなのも事実。よろしい。仕方がありませんが、わたくしの真の姿をお見せするとしましょう」


 僕とブライアンが拮抗状態なのを見て、ハヤトに斬られては再生を繰り返していた教皇が、何やら不穏なことを口にし始めた。


「はっ! 今にも負けそうなお前が何言ってんだよ! このまま切り刻んで……」


「だまらっしゃい!」


 ハヤトの言葉を遮り教皇が吠える。


 それと同時に教皇の身体から黒いもやのようなものがあふれだし、警戒したハヤトが距離をとる。そのすきに教皇は自分の周りに結界を張り、その中に閉じこもってしまった。


「何だよ。真の姿とか偉そうなことを言って結局結界の中に閉じこもるだけかよ! 俺だったらそんな結界すぐに壊してみせるぜ」


「ふふふ、そう慌てなさるな。さて、貴方達その幼竜はもう放っておいてよいので、その結界を壊して私の元に来なさい」


 ハヤトの挑発を軽くいなした教皇がそう呼びかけると、倒れているブリュノ枢機卿の身体から教皇のと同じような黒いもやが飛び出し、ブライアンの身体へと入っていった。


「ぐぉぉぉぉぉ!」


 その途端にブライアンが叫び声を上げ、僕の攻撃をまるで無視して僕が張った結界を大剣で叩き始めた。


(おかしい!? 無防備なブライアンに僕の魔法が効いていない。これは一体どういうことだ?)


 ブライアンが結界を壊しにかかっているので、無防備になったブライアンの背中に僕の魔法が命中しているのだが、ブライアンは一向に倒れる様子がないどころか、ますます激しく結界を叩きだした。


 ピキ、ピキピキ


 ブライアンの激しい攻撃に僕の張った結界にひびが入る。そして、その直後に……


 バリィィィンという大きな音とともに結界が砕け散ってしまった。あまりにあっけなく壊れてしまった結界に僕ら三人が気をとられている隙に、ブライアンは教皇の元に素早く近寄ったのだが、なぜかそのままバタリと倒れてしまう。


「よくやりました我が分身達よ。さあ、わたくしの身体に戻ってきなさい」


 教皇が満足そうな表情でそう告げると、ブライアンの身体から先ほどよりも大量の黒いもやが溢れ出し、それはどんどんと教皇の胸に吸い込まれていった。黒いもやが教皇の身体に入っていくにつれ、その身体はどんどん黒く大きく膨らんでいき、完全に黒いもやを取り込んだ教皇の姿は最早人と呼べるか怪しいほどに変化していた。


 3mほどの黒く巨大な身体。赤い瞳に頭には2本のつの。背中にはコウモリのような翼が生えており、巨大な口には鋭い歯が何本も生えていた。まさしく悪魔と呼ぶにふさわしい変貌を遂げた教皇は、その大きな口をニターッと開きながら、嬉しそうに呟いた。


「さあ、蹂躙の時間ですよ!」

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