第51話 シザーズアントクイーン

 ドルイドの相棒であるファングウルフのグレイと、イザベラの相棒であるツインテイルフォックスのニコが倒したシザーズアントの剥ぎ取りをしているみんなの前に、スノウが躍り出る。そして、狼の遠吠えのように一声鳴いた。


 ドルイド達が何事かと顔を上げる。それと同時に聞こえてくるギィギィギというシザーズアントの鳴き声と、ドドドドドとたくさんの群れが行進してくる足音。


「全員警戒! 円陣を組む、召喚獣を近くに!」


 ドルイドの大声に全員が弾けるように散開し、その周りを召喚獣が取り囲んだ。即席の円陣が作られ、僕はその中心でちょこんと座る。

 先ほどまでの余裕はなくなり、辺りを緊張感が包み込んだ。


「来るぞ! カレン、幻惑蝶を!」


 大きな木の間から先頭のシザーズアントが顔を出したタイミングで、ドルイドの指示が飛ぶ。こういった状況も想定していたのだろう、間髪入れずにカレンが幻惑蝶に指示を出した。


 シザーズアントの前でひらひら舞う幻惑蝶。すると突然、先頭のシザーズアントが振り向いたかと思うと後ろにいたシザーズアントに噛みついた。幻惑蝶の鱗粉の効果だ。その後も3匹ほど鱗粉で混乱させたようだが、雪崩のように押し寄せるシザーズアントの群れにはそれが限界だった。


 シザーズアントの群れを正面で迎え撃つのはスノウだ。その右隣にドルイドのファングウルフが、左隣をカルストのキラードッグが固める。殲滅力のある3体が群れの勢いを止める作戦のようだ。


 円陣の左右を守るのはカルストのグレートマンティスとイザベラのデッドリースコーピオンの昆虫コンビだ。正面の3体を避けて回り込んできたシザーズアントを迎え撃つ。


 さらに円陣の後方にはイザベラのツインテイルフォックスとドルイドのポイズンスネークが守りを固めている。これで360度囲まれてもしばらくは対処できるはずだ。


 さらにカレンのウイングバードと幻惑蝶は空中からの援護を行う。戦況が厳しいところをサポートする遊撃部隊ととなっているようだ。


 この召喚獣の円陣の中にさらに4人がを正方形に陣取り、召喚獣の間を抜けて来たシザーズアントを処理するのだろう。ドルイドは片手剣とスモールシールドを、カルストは槍を、イザベラは細剣を、オーロラは杖を装備している。カレンはこの中で唯一治癒魔法を使えるので、この陣形の真ん中でみんなに守られながら、杖を握りしめていた。

 僕はそんなカレンの横でみんなを応援する係だ。危なくなったら出るつもりだけど、そうなる前にスノウがなんとかしちゃいそうでもある。


 幻惑蝶の先制攻撃のおかげで生まれた時間を利用し、みんな余裕を持って戦闘を開始することができた。後はシザーズアントを猛攻に耐えられるかどうかが勝負の分かれ目だ。


 まず力を見せたのは、やはりスノウだった。得意の風魔法第3階位"エアリアルブレード"で巨大な大気の刃を作り、地面すれすれを横なぎにした。それだけで、十数匹のシザーズアントがスパッと上下に分断される。さらに周辺の木々まで根元を切られ、シザーズアントを押しつぶすように倒れた。


「す、すげぇ……」


 これにはドルイド達も戦闘中だということを忘れ見入ってしまっていたようだ。


 スノウはその後も前足や嘴の攻撃でシザーズアントを一撃で葬り、時折風魔法のエアショットやエアカッターで周りをサポートする余裕まで見せていた。


 一方、スノウの両隣に陣取ったファングウルフのグレイとキラードッグのハスは、スノウのように一撃とはいかないまでも、2度や3度の攻撃で確実にシザーズアントを倒している。スノウの凄まじい殲滅力のおかげで、こちらも余裕を持って対処できている状況だ。


 僕らの円陣は今、中心にいるカレンの指示で一気に囲まれないように徐々に後退しながら戦っている。その作戦のおかげで、左右に位置する昆虫コンビはそれほど多くのシザーズアントと戦わずに済んでいるようだ。ランク的には同じくらいの相手だが、召喚獣強化の魔法や後方のポイズンスネークやツインテイルフォックスの援護もあり、優位に戦闘を進めることができている。


 倒した数が50を越えた辺りから、徐々に後方へと流れていくシザーズアントが出てきたが、遊撃部隊のウインドバードと幻惑蝶のサポートもあって、何とか召喚獣達だけでシザーズアントの群れに対処していたのだが……


「ギィィィィィ!」


 シザーズアントよりもさらに甲高い鳴き声が聞こえたかと思うと、状況が一変した。


「まずい、シザーズアントクイーンが出てきた!?」


 スノウの後方に控えていたドルイドの目に映ったのは、シザーズアントより一回り、いや二回りほど巨大な身体を持った蟻の女王だった。

 通常、クイーンは巣穴から出てくることはほとんどない。ドルイド達は、兵隊蟻達を殲滅してから巣の中に煙を送り込み、クイーンを引っ張り出して戦うつもりだったはずだ。この段階で女王蟻が出てくるのは予想外の展開だ。


 シザーズアントクイーンがギチギチとはさみを鳴らした途端に、兵隊蟻達の動きが変わった。先程までの単調な動きではなく、明らかに統率された動きのそれに。


 蟻同士が連携することで、同ランク帯のグレートマンティスとデッドリースコーピオンが押され始めた。さらに間が悪いことに、彼らの召喚主であるカルストとイザベラの魔力が尽きかけている。2人の魔力がなくなってしまったら、召喚獣強化も切れてしまう。そうなれば、さらに状況は苦しくなってしまうだろう。


 召喚獣達だけでは処理できなくなってきたシザーズアントが、円陣の内側に入り込むようになってきた。まだその数は少ないからドルイド達でも対処できているが、残りのシザーズアントは百体ほどいるようだ。


 このままではカルストとイザベラの魔力が尽きた時に、一気に陣形が崩壊してしまう。みんなも何となく気がついているのだろう。表情に焦りの色が浮かんでいる。


〈スノウ。ちょっとやばそうな感じだから、数を減らそうと思う。スノウのエアカッターならシザーズアントは一撃だよね?〉


〈はい、シザーズアントごときでしたら一撃ですわ〉


 よしよし、予想通り第5階位でも一撃だね


〈オッケー、じゃあスノウはエアカッターを同時にいくつまで出せる?〉


〈そうですね、10はいけると思いますわ〉


 同時展開で10とはなかなかだね。足りない分は僕が補うとしよう。


〈じゃあ、エアカッターを10よろしく! 残りは僕が引き受けた〉


〈えっ!? 残りとは……!?〉


 スノウの困惑する声が聞こえてきたけど、あまり時間がないからスルーするとしよう。


 僕の意図を察したのか、スノウはそれ以上突っ込んで聞いてくることはなく、詠唱に入ったようだ。こちらもスノウの詠唱に合わせてエアカッターを展開するとするか。


 スノウの詠唱終わりと同時に、僕も無詠唱でエアカッターを出現させる。その数90。スノウの咆哮とともに突如空中に現れた100の風の刃。上手くいった。どこからどう見てもスノウが出したように見えるはずだ。


〈さ、さすがにやり過ぎでは!?〉


 100のエアカッターにスノウが若干怖気付く。


〈えっ? いやもう出しちゃったし、いくしかないでしょ!〉


 出した後に言われても……もっと早く言ってくれないとね。


 それにしても100個のエアカッターはなかなか迫力のある景色だね。その100のエアカッターがスノウの諦めたような鳴き声に合わせ、それぞれ意志があるかのようにシザーズアントに襲いかかった。


「すげえな……マジでスノウだけでよかったんじゃねえか?」


 先程までの喧騒が嘘のように静まり返った森の中に、カルストの呟きがやけに大きく聞こえた。


「いや、これ本当にスノウがやったのか? B+ランクの魔物の範疇を超えてないか?」


 ん? 僕はドルイドの呟きに疑問を感じた。B+ランクの魔物はこれくらいできるのでは?


 周りには100体を超えるシザーズアント亡骸。ドルイドをはじめとする召喚士パーティーのみんなも、その召喚獣達も、そして敵として唯一残ったシザーズアントクイーンでさえも、あまりの出来事に動きを止めている。


〈ミ、ミスト様。しょ、少々やり過ぎだったのでは……〉


〈た、確かに……。でも大丈夫! 僕がやったようには見えなかったでしょ?〉


〈それはそうなのだけれど……ワタクシが目立ち過ぎませんこと?〉


 うっ、確かにそう言われるとそうなんだけど……


〈大丈夫! スノウは見た目から強そうだから!〉


 よくわからない論理でスノウを黙らせる。スノウはぶつぶつ言いながらも、仕方がないと納得してくれたようだ。ありがとうスノウ! これからもよろしくね!


「ドルイド、まだクイーンが残ってるわ。スノウはワザと残したのでしょう。私達に倒させるために」


 イザベラが言うように、シザーズアントクイーンにはわざとエアカッターを当てなかった。最後の美味しいところはみんなで共有してほしかったから。


 スノウにもエアカッターを撃ち終わったら一歩下がるように言っておいたし、イザベラはその様子を見て気がついたのだろう。


 ドルイドはイザベラの言葉に頷き、すぐにみんなに指示を出す。今度は円陣ではなく、ファングウルフのグレイとキラードッグのハスがクイーンの正面で囮役となり、後方からツインテイルフォックスのニコとウインドバードのソラが魔法で援護を、残りが森に姿を潜め、死角からクイーンに攻撃を仕掛ける作戦に変更したようだ。


 相手の出方によって作戦をいくつも用意しておくとは、やるなドルイド。


 シザーズアントクイーンはD+ランクの魔物だ。同ランク帯の上、素早さで勝るファングウルフとキラードッグであれば、クイーンの攻撃を余裕を持って避けることができる。


 その間にポイズンスネークとデッドリースコーピオンが毒を打ち込み、グレートマンティスが鎌で傷をつけ、ニコとソラの魔法が炸裂した。硬い鎧に覆われクイーンも徐々に傷が増え、そこから体液を垂れ流し始める。もうこうなれば、倒しきるのも時間の問題だろう。


 それから30分ほどで、ドルイド達の召喚獣は無事シザーズアントクイーンを倒すことができた。




「いや、すまないみんな。今回は俺の判断ミスだ」


 戦闘を終え、全員が地面に座り込んでしばらくしたところで、ドルイドがみんなに向かって頭を下げた。今回はシザーズアントの数が想定より多かったことと、シザーズアントクイーンが予想外の行動に出た事によりピンチを招いてしまったのだが、それでもみんなを危険に晒してしまったことへのリーダーとしての謝罪なのだろう。


「ほんとしっかりしてよ! スノウがいなかったら私達多分全滅していたわよ」


 と、説教をするイザベラだが、厳しい言葉とは裏腹にその顔には笑みすら浮かんでいる。


「まあまあ、今回は仕方がないと思うよ。シザーズアントの数が多すぎたし、まさかあのタイミングでクイーンが出てくるとは誰も思わないでしょ。それに、スノウがいなかったらドルイドだってシザーズアントの群れを確認した段階で撤退の指示を出してたはずだしね」


 そう言ってイザベラをなだめるカルストも、なぜだかにやけ顔だ。


「オーロラ、ありがとうね。あなたとスノウがいなかったら私達は無事じゃ済まなかったわ」


 なぜか僕を抱いて頭をなでているカレンが、オーロラに向かってお礼を言い頭を下げた。それに合わせるように他の3人も頭を下げる。


「そんな、たまたまピンチのところでスノウが助けてくれただけで、私自身は何も出来ていないから。それに、クイーンが出てきてなかったら、あのままみんなで倒せていたと思うし、やっぱりこれはみんなの勝利だよ!」


 そう返すオーロラの笑顔が眩しい!


 その後、シザーズアントの魔石を150個とシザーズアントクイーンの魔石と素材を回収し、みんなで分担して街まで運んだ。

 さすがに残りのシザーズアントの素材を運ぶのは難しいので、ギルドに報告して取りに来て貰うことになるようだ。確か、討伐報酬が1体につき銀貨5枚だったはずだから、今回の報酬は相当な額になると予想される。イザベラやカルストがにやけ顔だったのはこのせいか。


 苦戦はしたが、結果的にはほぼ無傷でこの成果だから、学生である彼らの頬が緩むのは仕方がない。重いはずの荷物を持ちながら、足取り軽く街へと戻る5人と10匹であった。

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