第53話 役割分担
僕達がアストラル大平原に着いてからしばらくして、帝都ミシティア魔法学園の召喚クラスのみなさんが到着した。ロマンスグレーの髪と口ひげをたくわえたダンディなおじさまに引率された男子4名、女子2名の計6名の集団だ。護衛についているのは冒険者というより、騎士に見える。ああ、そう言えばメンバーに皇子様がいるんだっけか。それなら騎士が護衛につくのも納得だね。
「ウォッホン! 私は今回の合同演習の責任者のゴードン・スチュワートである。今回の演習の目的は2つ。10日間このアストラル大平原で過ごすこと、C+ランクのブルーオーガを探し出し退治することだ。私からのアドバイスはひとつ……死ぬな……以上である」
今回の参加者全員が並んだところで、帝国の魔法学園の教師が挨拶をしている。どうやら今回の演習はただ10日間ここで過ごすだけではなく、目的の魔物を退治しなければならないらしい。設定されたランクがC+辺りなのが微妙だが、皇子とオーロラの召喚獣がいなければ妥当なんだろうな。
ところでオーロラのことはどうもあちらさんにはまだ伝わっていないようだ。オーロラを気にするような素振りも見られないし、至って普通に行動しているように見える。予想通り、帝国のお偉さん方の間でも対応の仕方で揉めているのだろう。変に騒がれるよりいいが、そうなるとオーロラがスノウを召喚したときの彼らの反応が楽しみだ。
ゴードンさんの挨拶が終わると、お互いの自己紹介が始まった。ここからは教師や護衛はこの場を離れ、完全に生徒だけで過ごす10日間が始まる。
帝都ミシティア魔法学園の生徒を簡単に紹介すると……
・テオドール クリフォード…帝国の第3皇子。オレンジ色の短髪のイケメンだ。BランクのドレイクとCランクのシルバータイガーを召喚した召喚界の若きエース。テオドールがドレイクを召喚して見せた時は、レインボウのメンバーから感嘆の声が上がった。ただ、思ったより大きな反応でなかったのか、テオドールは少々不満そうだった。
・ナタリー…青い髪をポニーテールにした美人さん。気の強そうなつり目が特徴的だ。DランクのファイアーバードとD⁺ランクのバトルホースが彼女の相棒だ。どうやら皇子の護衛を兼ねているようだが、はっきりいって皇子の召喚獣の方が断然強そうだ。
・サミュエル…灰色のロン毛で優しそうに微笑んでいるように見えるが、細い目は笑っていない。なぜか自分の召喚獣をE⁺ランクのポイズンスパイダーしか紹介していない。未熟者でまだ一体しか召喚していない何て言ってるけど、僕の"鑑定"ではCランクのシャドウマンティスも彼の召喚獣となっている。他のメンバーがそのことに触れていないところを見ると、自分のクラスメイトにも内緒にしているのだろう……めっちゃ怪しいぞ。
・ノートル…ボサボサの薄い金髪の髪を直そうともしていない背の低い男の子。E+ランクのストロングビートルとD+ランクのタフネスドッグが相棒だ。小さな召喚主と大きな召喚獣。随分とアンバランスだこと。
・オルゴン…焦げ茶色の坊ちゃんカットで少々太り気味の男の子だ。E+ランクのグラトニースライムとD+ランクのハングリーボアが相棒なのは、何というか彼らしい。自己紹介の間もずっと干し肉をかじっているあたり、彼も相棒達も相当食いしん坊なのだろう。
・アンジェラ…燃えるような赤毛にそばかすがかわいい、元気いっぱいの女の子だ。E+ランクのスリープシープとD+ランクのバトルモンキーが彼女の相棒らしい。スリープシープは"睡眠毒生成"のスキルとその毒を霧状にして散布できる"噴射"のスキルを持っている珍しい魔物だ。
以上6人が帝都ミシティア魔法学園の召喚魔法クラスのメンバーだ。
こちらの5人も自己紹介をしたのだが、最後のオーロラの自己紹介で予想通りの展開が訪れる。
「オーロラです! 私の召喚獣は黒猫のミストと……」
「黒猫!? それは魔物じゃないのか!?」
僕の紹介の段階ですでに大声で盛り上がる第3皇子のテオドール。大声を出したのは彼だが、他の帝都のメンバーも一様に驚いている。
「えーと、"鑑定"の水晶で見て貰ったときもキャットーと出ていましたので……ただの猫ですね」
「信じられん……召喚魔法で動物が召喚された例はないはずだが……」
やはり、帝都のみなさんも同じ反応でしたか。やはり、召喚の世界では常識なのか。隠蔽のための種族選択を間違えたか……ま、今更だけどね。僕の話題が一段落したところで、さらにオーロラが爆弾を落とす。
「それから、スペリオルグリフォンのスノウです。まだ、召喚士になったばかりなので足を引っ張らないように頑張りますのでよろしくお願いします!」
「「「……」」」
僕の紹介の時とは違い、急にみんな静かになってしまった。ドルイド達レインボウのみんなはこうなることを予想していたのだろう、口元を手で押さえ笑いを必死にこらえている。
「ス、スペリオルグリフォンだと……? ま、まさか、そんなことがあるのか?」
意外にもスノウの紹介に最初に反応したのは、テオドール皇太子ではなく僕の中で怪しさ満載のサミュエルだった。
「はい! 今、召喚しますね!」
そんな帝都組の反応を気にすることなく、天然少女の我が召喚主は嬉しそうにスノウを召喚する。オーロラの足下に強く輝く魔法陣が現れ、すぐにスペリオルグリフォンのスノウが姿を現した。
「こ、こんなことが……。こいつが暴れたら余達はおろか、召喚士部隊隊長のミルドでも押さえられるか怪しいぞ……」
テオドール殿下はスペリオルグリフォンの戦闘力を、正確に把握できているようだ。今のスノウはA−ランクだからね。隊長どころか帝国の魔法団相手でもそこそこやれると思うよ。
後ろを見れば、スノウの登場に帝国の護衛達の動きが慌ただしくなっている。それをエリザベート先生とゴウケンさんが必至に押さえているのが見えた。やはり、この一団にはスノウの存在は知らされていなかったのか。
「あんなものがいるなんて聞いてないぞ! アレが暴れたら誰も押さえられんではないか!」
おー、おー、引率のゴードン先生が何やら叫んでおられるぞ。でもそれを言ったらテオドールの召喚獣だって、暴れたらここにいる誰も押さえられないじゃないか。僕とスノウ以外はね。
「まいったな、余のスパーク以上の召喚獣がいるとは思わなかった。面白い! その方の名はオーロラといったな。たいして面白みもない演習だと思っていたが、俄然興味が沸いてきたぞ!」
そんな外野達の騒ぎは耳に入っていないようで、予想通りというか、予想以上にというか、とにかく第3皇子がオーロラに興味を持ってくれたようだ。これでエリザベート先生の計画も第1段階を突破できた。後は、この演習中にオーロラとスノウをパーティーに入れたくなるように持っていけばミッション完了だね。
そんなことを考えつつ、一瞬盛り上がりかけた僕の話題が、すっかりスノウに持っていかれたことにほくそ笑みながら、スノウが召喚されてきて改めてよかったと思う腹黒の僕でした。
「それじゃあ、せっかく11人もいるから3グループに分かれて、それぞれの役割分担をしよう」
やはりこのグループを仕切るのはテオドール殿下のようだ。さすがのドルイドも皇子を差し置いてリーダーになる勇気はないのだろう。大人しく殿下の話を聞いている。
テオドールは11人を3人,4人,4人のグループに分け、それぞれブルーオーガ探索部隊と食糧確保部隊、そして拠点作成部隊にすると言う。ブルーオーガ部隊はテオドール、ナタリー、オーロラだ。最初、テオドールはオーロラと2人でいいと言ったのだが、ナタリーと言う女性が、『テオドールの護衛も兼ねているので離れるわけにはいかない』と訴えたため3人になった。
食糧確保部隊は、ドルイド、カルスト、オルゴン、カレンの4人だ。ここは見晴らしのよい平原だから、カレンのウインドバードが索敵には持ってこいという選択だろう。
そして、残るサミュエル、ノートル、アンジェラ、イザベラが拠点作成部隊だ。女の子が2人もいるから、細かなところにも気がついてくれるはず。
それにしても最高戦力の2人を同じパーティーに入れるとは、オーロラは完全にテオドールにロックオンされたようだね。これでスノウの戦いぶりを見たら、きっと自分のパーティーに勧誘するだろう。それをオーロラが受ければ、後は帝国軍が何を言ってきても皇子様が守ってくれるはずだ。よし、スノウを念話でそのあたりの事情を話して協力してもらうとしよう。
僕が念話でスノウと話をしている間に、テオドールはドレイクに乗って拠点にふさわしい場所を探しに行った。その間に他のメンバーもテオドールが分けたグループ毎に集まり、今後の予定を立てていく。
オーロラはテオドールがいないので、ナタリーと2人っきりになってしまったのだが、なぜか会話もなくナタリーに睨まれている。大方、スノウの強さの前では護衛としての役目が果たせなくなることへの不満だろうが、そんなものオーロラのせいでも何でもない。八つ当たりもいいところだ。
だが、当のオーロラはそんなナタリーをにこにこしながら眺めている。相変わらずの天然っぷりだ。
しばらくそんな状況が続いたところで、テオドールが戻ってきた。ここから少し南東に移動したところに、川を発見したとのこと。水の確保が容易だし、魚も取れそうなので、その川から少し離れたところに拠点を作ることになった。
「では、各グループともにやることが決まったな。日が落ちる頃を目安に拠点に集合するとしよう。では、行くぞオーロラ! 余についてまいれ!」
そう宣下するや否やテオドールは自慢のドレイクに飛び乗り、大空へと飛び立ってしまった。
「えっ、えっ、えぇ!?」
それを見たオーロラは変な声を出しつつ、反射的にスノウに乗って追いかける。
「殿下!? お待ちを! お待ちをォォォォ!」
空を飛ぶ召喚獣を所持していない護衛のナタリーは、バトルホースに乗って追いかけようとするも、当然だが追いつけるはずもなく……後に一人とぼとぼ拠点へと帰って行くのであった。
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