第109話 シルバータイガー vs 疾風迅雷?

 前を歩くバッファの前に、1体のゴールドタイガーが姿を現した。その動きに呼応するかのように、残り5体のシルバータイガーが僕達を囲むように姿を現す。


「くそ、万が一の可能性も消えちまったか。こうなったら1体でも多く道連れにしてやる!」


 クロウが言うには、ゴールドタイガーが姿を現したところで1体ずつ倒す作戦は難しくなったようだ。なぜならゴールドタイガーには、"統率"というスキルがある。このスキルは、種族が同じであれば、下位の魔物を従わせることができる。つまり、この5体の魔物は連携して襲ってくるというわけだ。


 緊急クエストには、いやどんなクエストにもこういったイレギュラーはついてまわる。緊急クエストはその確率が少しだけ高いってだけだね。


 さて、この状況で僕はどのように立ち回るのが正解なんだ? もちろん彼等を死なせるわけにはいかないけど、あまり無双し過ぎるのもこの後の行動に影響が……まてよ? もう僕は魔物でもないし、召喚主がいるわけでもない。むしろ、早くランクアップするためにも、バカなことを考えて近づいてくる者を減らすためにも、積極的に僕の力をアピールしていった方がいいのでは? 説明が面倒くさそうなスキルは使わないとして、剣術と炎魔法でも余裕で倒せるでしょ。


 思考加速を使いそこまで考えた僕は、早速自分の考えを行動に移すことにした。


「ここは任せてもらおう」


 僕はその一言だけ残して風になる。


 最初のターゲットは背後にいたシルバータイガーだ。30mほどの間合いを一歩で詰め、シルバータイガーの横に並んだ僕は鋼の剣をその首目がけて振り下ろす。剣が壊れないようにそっとね。



「まずは1匹目……」



 この場に僕の動きに反応できた者は誰もいない。


 僕はシルバータイガーの首が落ちるのと同時に、左右の獲物目がけて同時にファイアーボールを放った。バスケットボール大のそれは高速で飛んでいき、寸分の狂いもなく着弾する。


 激しい爆発音とともに2匹のシルバータイガーがはじけ飛んだ。



「残り3匹……」


「な、なんやこれ……」


 これでゴールドタイガーを含め、残り3匹となった。クロウの呟きが聞こえてくるが、ここは無視して次の段階に進もう。


 ここに来てようやくゴールドタイガーが我に返ったようだ。一声吠えると残りの2匹のシルバータイガーがゴールドタイガーの脇を固めた。そうか、一対一だと勝てないと踏んで、3匹で一気にかかってくる作戦だな。


 そう上手くいくかな?


 統率のスキルを使ったのだろうか、一糸乱れぬ動きで3匹が左右と正面から同時に飛びかかってきた。


「スラッシュ……」


 僕は3匹同時に噛みつかれる直前に一歩引き、そこから剣術スキルで覚えた必殺技"スラッシュ"を放った。これは剣を振る攻撃の威力を上げる必殺技だ。正直、このレベルの相手に必要はないと思うが、せっかく覚えたので使ってみたかったのだ。


 僕が放ったスラッシュは金と銀の虎をまとめて上下に分断した。ほう、この必殺技、ほんの少しだが射程も伸びているみたいだ。覚えておこう。


「終わったぞ。解体は任せていいか?」


 僕は剣についた血を振り払い鞘に収め、振り向きざまにクロウ達に声をかけた。しかし、彼等は唖然とした表情のままその場にしばらく固まっていた。




「いや、まじで兄ちゃん何者や? Dランク云々のレベルやないやろ。強すぎや強すぎ、圧倒的や!」


 無言で解体を終えたクロウが、今度は堰を切ったようにしゃべりだした。うむ、そんなに褒められると照れるなぁ。


「ランクに関しては冒険者になったばかりだから仕方がない」


 まあ、ランクが低いのは僕のせいではないことはアピールしておこう。


「いや、そりゃそうなんやけど……規格が違いすぎるやろ、兄ちゃんほんま人間か?」


 クロウの指摘にちょっとドキッとする。


「お兄ちゃん、命を助けてもらってそれは失礼でしょ!」


 するとなぜか先ほどまでぼーっとこちらを見ながら黙っていた妹のスーが、突然兄を罵倒し始めた。どうした妹よ? クロウも突然のスーの剣幕にたじろいでいる。


「あ、ああ、すまない。失言やったわ」


 妹の剣幕に押され頭を下げるクロウ。別にいいんだけどね。当たってるし……


 しかし、スーのおかげでそれ以上追及されることもなくなったので、とりあえずお礼を言っておくか。


「ありがとう、スー」


 するとスーはなぜか後ろを向いて顔を隠してしまった。うーん、言葉が足りなかったのかな?


 それはそうと、おそらく森の異変の原因であっただろうゴールドタイガーとシルバータイガーの集団を倒したので、これでクエストは達成となりそうだ。一応、念のためもう少し森を調べて、他に問題がないと判断したら街に帰ることになった。泊まりの準備をしてきたが、この様子だと今日中に帰れそうだな。




 あの後、森の中を調査したが特に異変が見られなかったので、4人でトロンバレンへと帰って来た。

 早速ギルドで報告したのだが、ゴールドタイガーとシルバータイガーが現れたことに驚かれ、ギルドが一時騒然となった。だが、すでに倒していることを伝え、持ち帰った素材を提出したところでさらに騒ぎが大きくなってしまった。

 何せゴールドタイガーの素材は大金貨4枚ほどで取引されているからね。あの金の毛皮が人気なのだとか。シルバータイガーだって5匹分ともなれば、金貨35枚ほどになる。


 Dランク冒険者パーティーが一日で750万円も稼げばそりゃ大騒ぎにもなるわ。


 命の危険にさらされたのと、僕の圧倒的な強さを見て少々混乱状態だったクロウ達も、この結果には思わずにんまりしている。もちろん僕は4人で均等に分けるように提案したので、一人頭金貨18枚と大銀貨7枚、銀貨5枚を手に入れた。187万5千円といったところか。


 大金は手に入るし、ランクアップ査定は上乗せされるし、何よりクロウ達から感謝されたり、色々な人達から今度は自分達のパーティーに入ってほしいと頼まれるのが気持ちよかった。


 前世では疲れ果てての過労死だったからな。こういった職場の仲間達との楽しい経験なんて皆無だったし。こっちに来てからしばらくは人ですらなかったし……


 とにかく人の姿になってから、前世で夢にまで見た人並みの……いや、人並み以上に充実した人生を送ることができて幸せだ。苔からスタートして苦労もしたけど、ここまでこれたならばあの女神にも感謝の気持ちの一つも……芽生えてこなかったわ。


 まあ、あの女神のことは考えないようにするとして、明日からまたしばらく、ここでの生活を楽しもうと思うのであった。

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