第108話 緊急依頼

 僕は今、クロウ達『疾風迅雷』パーティーと一緒に魔獣の森へと向かっている。歩いて2時間ほどの場所にあるので、僕は歩きながらクロウに出会ってからずっと気になっていたことを聞いてみた。


「一つ聞きたい。3人がつけているそのバッジは何なのだ? キルドでもそのバッジをつけている者がいたようだが」


 そう、彼等が身につけている銀のバッジについてだ。僕の見た感じだと、銀色のカブトムシに見えるのだが……まさかね?


「お、気がつきおったか。これは『銀色のカブトムシ教』の信者に配られるもんや。ま、信者っていうても聖教みたいに堅苦しくはないで。なんせ教義はひとつしかないしな。お布施やお祈り、階級なんかもないんや」


 おふぅ。やっぱりこれはカブトムシだったのか。聞いてしまったことをちょっと後悔したのだが、クロウの話はまだまだ続く。


 小一時間話し続けたクロウの話を要約すると、『銀色のカブトムシ教』とはパーティー『疾風の風』が広めている宗教だそうだ。治癒士のヘレンが教祖的な役割をしているらしい。教義はただ一つ『困っている人を見捨てない』だとさ。いや、すごく立派な教義でいいんだけどね。何だろうね。モヤモヤする。

 『疾風の風』は今やBランク冒険者となっており、若い冒険者達にとって憧れの的になっているんだとか。かく言うクロウ達のパーティー名も、この『疾風の風』をまねて作ったようだ。そんなパーティーが広めているもんだから、冒険者達の間で大人気だとか。

 冒険者達は日々命をかけて生活している。そんな中でお互い助け合うことができれば、生存率を上げることに繋がる。実際、このバッジをつけている者同士は、初対面でも安心して協力関係を築けるそうだ。じゃあ、『このバッジをつけて人をだませるのでは』と思ったが、そんなことをすると、いつの間にかそいつらは冒険者を辞めているってさ。何それ恐ろしい。


 それからこのカブトムシ教は商人達の間でも人気だとか。お金を扱う彼等にとって、銀というのが縁起がいいらしい。『金の方が縁起がいいのでは?』と思って聞いてみたが、金だとちょっとあからさま過ぎて敬遠されているそうだ。

 それに信用商売の彼等にとっても、このバッジをつけていると言うことは、それだけで信頼に値すると見てもらえるらしい。


 すごいな銀バッジ。


「ってな訳で『銀色のカブトムシ教』はな、今、冒険者や商人の間で偉い人気がでとるんや。よかったら兄ちゃんも入らんか?」


 そう言って、どこからともなく銀バッジを差し出すクロウ。


 僕は苦笑いをしながら、丁重にお断りした。





「よし、こっからはちゃんと隊列を組んでいくで。バッファがいつも通り先頭や。スーはその後ろで索敵を頼むな。俺とフォッグはスーの斜め後ろや。後ろの警戒も忘れるな」


 雑談しながら歩くこと2時間、ようやく森に入ったところでクロウがみんなに指示を出す。その指示に他のメンバーは無言で頷き、隊列を組んで進んで行く。先ほどまでの緩い雰囲気はすでになく、ピリピリとした緊張感が心地よく感じられた。




「確かに魔物が少ないわね。これは絶対何かあるわ。それも、あたいらにとってよくない何かが」


 森の中を2時間ほど歩いたところで、索敵を担当していたスーが不吉な感想をこぼす。


 実際、彼女が言うとおりこの2時間で出会った魔物はたったの3体。グレートマンティス一体とシザーズアント2体だ。シザーズアントに至っては全身が傷だらけで死にかけていた。どちらもバッシュとクロウが倒してしまったため、僕の出番は未だになしです。


 けど、それももう終わり。ようやく出番がやってきそうだ。僕の生命探知がこの先300m地点に、魔物の集団を捉えているからね。おそらく、この森の魔物が少ないのはこいつらが原因だろう。

 聞いた話によると、この森に住む魔物のランクはE~D+。なのにこの先にいる魔物のランクはC。明らかに場違いだ。こいつらがどこから来たのかはわからないけど、この辺りの魔物を根こそぎ狩っているに違いない。


 僕の探知にかかったのはシルバータイガーの集団だ。シルバータイガーと言えばテオドールの召喚獣だったな。懐かしい、みんな元気でやってるかな。オーロラとスノウは仲良くやってるかな。

 っと、感傷に浸ってる場合ではないか。おや、その集団の中にゴールドタイガーもいるようだ。なるほど、こいつがこの集団を引き連れてここにやってきたというわけか。


 しかし、ゴールドタイガーと言えば雷属性を持つBランクの魔物。ますますこんなところにいていい魔物じゃないな。Dランクパーティーじゃあとてもじゃないが歯が立たない。これは目視で確認したら、すぐに撤退案件だね。


(あ、まずい。風向きが変わった……ああ、どうやら向こうもこっちに気がついちゃったか。こりゃ間違いなく囲まれるね)


 僕が探知で魔物の動きを確認していると、運が悪いことに風向きが変わり、匂いで僕達のことがばれてしまったようだ。残念ながら、斥候役のスーはまだこのことに気がついていない。仕方がない、不意打ちされても面倒だから教えておこうか。


「いま、チラッとだが銀色の影が見えた。おそらくシルバータイガーだろう。囲まれているぞ」


 僕は腰に差した鋼の剣を抜きながら、みんなに聞こえるように伝えた。


「うそ!? そんな気配はなかったのに? 見間違いじゃなくて?」


 探知を持っていないスーが驚いた顔を見せるが、そんな彼女もしっかりと短剣を握りしめていた。バッファも大きな盾とメイスを、クロウも片手剣を抜いて辺りを警戒し始めている。信じる信じないは別として、きちんと最悪の事態を考えて行動できている。なかなか経験豊富なパーティーじゃないか。


「葉が揺れる音が聞こえた。スー、中に入れ」


 クロウは、微かな葉音でシルバータイガーがいると確信したようだ。バッファとクロウ、そして僕が三角形の陣形を作り、その真ん中にスーに入るように指示を出す。


「ごめん、みんな。あたいが先に気づけなかったばっかりに……」


 スーは自分の失敗を落ち込んでいるようだが、今回は風向きが急に変わってしまったせいだから仕方がない。次は風向きが変わったときにすぐ対処できる技術を身につければいいだけだ。それに今落ち込んでいる暇なんて彼等にはない。


「風向きには常に注意しろ」


「!?」


 僕の一言で、スーはなぜ先に見つかったのか理解したようだ。やはり素質は悪くない。


「ついでに伝えておく。金色の姿も確認した。ゴールドタイガーもいるようだ」


 僕が出した追加情報にクロウが顔をしかめる。バッファも言葉には出さないが、盾を持つ手が震えているし、スーに至っては顔色が真っ青だ。


「ゴールドタイガーとシルバータイガーの集団なら、慌てて逃げてもやられるだけだ。4人で固まってゆっくり来た道を戻るぞ。4人で一体ずつ倒していければ、運がよければ生き残れるかもしれないからな」


 クロウの指示に従って、僕達は来た道を引き返し始めた。しかし、すでにシルバータイガーの包囲網は完成している。その包囲網が徐々に狭まっていき……ついに5体の銀色の虎と1体の金色の虎が姿を現した。

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