第136話 閑話 思い出の地を巡る③

 カブトムシの姿を満喫した僕は、続いて黒猫の姿に変身して王都へと向かった。


(何だか雰囲気が変わってる?)


 僕が王都について最初に感じたのは、王都の雰囲気が依然と少し変わっているということだった。しかし、それは決して悪い意味ではなくて、むしろ街に活気が溢れているし、何よりスラム街だった地区がきれいに整理され治安も良くなっているように感じた。


(国王の方針が変わったのかな?)


 急激な変化の原因はよくわからなかったけど、とりあえず前よりよくなっているようだったので、気にせず王都を見て回ることにした。まずは孤児院に行ってみるか。


(……)


 孤児院に着いた僕は思わず絶句してしまった……


 以前はお供えものを置くスペースの横にちょこんと置いてあったはずの黒猫の置物が、入り口に高さ3mくらいはありそうな黒猫の像がででーんと置かれていたのだ。


(いや、これはやり過ぎでは?)


 まあ、材質は木でできているっぽいので誰かの寄贈かもしれないけど、それにしても恥ずかしいわ。


「あっ!? ねこちゃんだ!」


 黒猫の像を、同じ姿でお行儀良く座って眺めていると不意に横から声がした。首だけ回して見てみると、そこには5歳くらいの女の子がこちらに指を指して立っていた。


(ん? 不意に声をかけられただと!? この僕が!? 何者なんだこの子は!?)


 僕が彼女の存在に驚愕していると、その女の子はとてとてと走りよりあっという間に僕を抱き上げてしまった。うーむ、オーロラ以外の女の子に抱きかかえられてしまった。許せ、オーロラ。


 女の子は僕を抱えたまま、孤児院の中へと入っていく。


「みんな、ねこちゃんのかみさまがきたよ!」


 女の子は、えらく立派になった孤児院に入るとすぐに大きな声で叫んだ。すると、わらわらと子ども達が現れ、僕はあっという間にもみくちゃにされてしまった。


 しかし、今日は恩返しの日。これくらいは耐えなくちゃね。


 いつの時代もどこの場所でも子ども達とは元気なもので、しばらく僕は子ども達の遊びに付き合ってあげた。いいかげん、子ども達が遊び疲れて眠そうになってきたのを見計らって、僕はしばらく前から僕等を見守ってくれていたシスターの元にとことこと歩いて行った。


「猫神様、本日は足をお運びいただきありがとうございました」


 シスターマリアが僕に向かって深々とお辞儀をする。うん、確かこの人は黒猫教の教祖様だったよね。とりあえず、ミャーと鳴いて首を傾げてみる。


「はぅ」


 なぜか、失神して倒れてしまった……


 そんな怪しげな教祖は放っておいて、十分な量の肉や野菜、果物を置いて孤児院を後にした。


 孤児院の次は果物屋のおばちゃんのところに行こう。


(何だこれ……)


 気のいいおばちゃんの屋台のようなリーンゴ屋は、喫茶店のようなオシャレな店構えに変わっており、外に行列ができるほどのお客さんが並んでいた。


 店の入り口にある看板には、『猫神様お立ち寄りの店』と書かれている。


 僕が唖然として、その様子を見ていると列の一番後ろに並んでいたカップルが僕の存在に気がついた。


「なあ、あれ……」

「ひっ!?、猫神様!?」


 その声を聞きつけた客の行列が、サーっと左右に割れた。その真ん中を、しっぽを優雅に立ててゆっくりと歩いて行く。ちょっとした有名人になった気分だ。猫だけど。


「あら! いつぞやの猫ちゃんじゃないの? またリーンゴを食べに来たのかい?」


 おお、さすが年季の入ったおばちゃん! この人だけは僕への対応が変わらない!


 僕は、手土産代わりに採れたてのリーンゴをカウンターに並べ、前足でちょんと突っつきながら『にゃー』と鳴く。


「何もないところからリーンゴが!? あんた、ほんとに猫神様だったのかい?」


 このおばちゃんには、このままの対応でいてほしい。そう思った僕はあえて返事をせず、後ろ足で耳の後ろをかきかきしてみた。


「ふふふ、私にはわかってるよ。あんた、このリーンゴを剥いてほしいんだね!」


 いや、なぜそうなる!? どこの世界にリーンゴを剥いてほしくて、こんなに大量のリーンゴを持ってくる猫がいるんだ!?


 うん、でも何だか落ち着くから剥いてもらおう。


 僕はおばちゃんがリーンゴを剥いてくれるのを、毛繕いしながら待つ。周りのお客さんがただひたすらに拝んでいくのが、少々気になるけど直接触ってこようとする人がいないからよしとするか。


「はい、できたよ!」


 僕はおばちゃんが剥いてくれたリーンゴをおいしくいただき、人混みをするりと抜けながら次はオーク亭へと向かった。



 オーク亭はお昼時だということもあってか、大繁盛していた。確か、オッチョさんは店長に格上げされていたはず。今日は、昔のように庭にオークを置いていこうかな。


 僕はお店の裏へと回り、ひらりと塀に飛び乗った。そこから裏庭に静かに降り立ち、アイテムボックスからオークキングを5体ほど重ねて庭に置いた。


「あんれ~、庭にオークキングが重なってるだ。さては、ミスト殿がきたんだな~」


 おおう、裏口から出てきたオッチョさんにいきなりバレてしまった。仕方がないので、オークキングの陰から姿を現す。


「あんれま、今日は猫の格好なんだべ。人間になったり、猫になったり忙しいんだな~」


 いや、姿を変えたからって忙しいわけじゃないんだけど、説明するのも面倒くさいからもうそれでいいや。それよりも、せっかくだから何かお肉食べさせてくれないかな?


 オッチョさんは僕の意図を察してくれたのか、オークキングを店の中に運び入れた後、お皿に焼いたお肉を持ってきてくれた。


「ほい、頼まれた焼き肉なんだな~」


 !? オッチョさん! 念話で頼んだことは内緒ですよ!?


 僕はお皿に出されたお肉をちまちまといただき、満足して再び塀へと飛び乗った。


(さて、次はあそこだな)


「ミスト殿~、人間の姿に戻るときはちゃんと服を着るんだな~」


 去り際に聞こえたオッチョさんの忠告が、僕の小さな胸にクリティカルヒットした……

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