第69話 ミストの正体

~side オーロラ~


 テオドールから『英雄の剣』のメンバーになってほしいと頼まれてから、1ヶ月ほどが経ったある日、私達はいつものように帝都周辺の森を見回っていた。


 初めのうちは戦争参加すると思っていたから、すごく緊張して気が張っていたんだけど、やってることは今までの冒険者としての行動と変わらなかったから、だんだんと気が楽になっていた。


 ただ、一度だけ聖国から来たっぽい暗殺者の集団と出会った時は、驚きのあまり足が震えてしまったわ。


 幸いにも相手があまり強くなかったおかげで、私は特に出番もなく戦闘は終わってしまったけど。でも、仕方がないとはいえ、人を殺す場面を目にするのはやっぱり気持ちのいいものではなかったわ。


 そして今日、とんでもない人達と森で出会ってしまったのよ。


 そのうちひとりは私でも知っている人物だったわ。聖国で、いやこの世界で最も有名な人のひとり、聖女のサヤカ・カミシロよ。異世界からの転生者と言う噂で、聖魔法と結界魔法の使い手だと言う。ちなみに料理も上手らしい。


 テオドール達の話では、この戦争に参加している可能性もあるけど、おそらくは聖国にいるはずだと言っていたのに……なぜこんなところに?


 それからもうひとりは魔人だった。しかもただの魔人ではなく、魔王子と呼ばれる魔王に次ぐ実力の持ち主だったわ。


 魔王子の姿は見たことがなかったけど、噂だけは聞いたことがあった。こちらも聖女と同じく転生者で、雷魔法と闇魔法の使い手だとか。それに手に持っている槍も決してお飾りには見えなかったわ。


 この2人は突然、木の影から現れたの。私どころか、気配に敏感なアルマンディさんすら気がつかなかったみたい。でもこの2人は不意打ちを行うわけでもなく、まるで散歩のついでのように私達に宣戦布告してきたの。


 まず動いたのはアルマンディさんだったわ。素早い動きで聖女を狙ったのだけれど、結界に阻まれてその矢は届かなかった。


 それがきっかけとなり魔王子が仕掛けてきたのだけど、正直、彼の動きについていけているのはスノウだけだったわ。


 スノウのおかげで、ダリアさんが最初に犠牲者になるのは防げたけど、その後の魔法の一撃で、ジャックさんとアルマンディさん、そしてカイオンが地面に倒れてしまった。


 スパークが狙われた時はスノウのおかげで助かったけど、魔王子は明らかに手を抜いていたし、前衛がやられてしまった段階で私達に勝ち目はなかったと思う。


 それに気づいたパールさんが、アースウォールで隙を作ってくれたところで、テオドールがスパークを帝都に向かわせたんだけど、いつの間にか張られていた聖女の結界に追突して、地面へと落ちてしまったのよ。


 こうなるともう私達にできることはなかったわ。


 そして、今、テオドールが自分の命と引き換えに、私達を殺さないように魔王子にお願いしている。このままではテオドールが死んじゃう。でも、恐怖で足がすくんで声も出ない。代わりに溢れて出てくるのは涙ばかり。



 そんな絶望的な状況で、テオドールと魔王子の間に割って入った小さな黒い塊。何が起こったのかは咄嗟にはわからなかったけど、すぐにそれが、つい先程まで私の肩に乗っていたミストだと気がついた。


「なんだお前? 猫……なのか?」


 突然、目の前に躍り出た小さな黒猫に、さすがの魔王子も困惑しているようだったわ。


 そしてしばらく見つめ合うひとりと1匹。まるで言葉を使わずに会話をしているようだった。


 するとおもむろにミストに向けて右手を向ける魔王子。


「やめて!」


 何をするかわかってしまった私は思わず叫んでいた。


 けど、私の叫び声も虚しく魔王子の右手から雷がほと走る。反射的に目を瞑る私。


『バシュ!』っと何かが弾ける音がして、恐る恐る目を開けた私が見たのは、表面が弾け飛んだ土の塊だった。


「???」


 混乱する私。いや、私だけではなくテオドール達も口をぽかんと開けて、土の塊を見つめている。


 ぼろぼろと崩れ落ちる土の塊から、無傷のミストが現れた。


(えっ!? 今のって土魔法のアースウォール? なんでミストが魔法を!?)


 私の頭はパニックになって何も考えることはできないが、事態はどんどん進んでいく。


 突然ミストが消えたかと思ったら、次の瞬間、魔王子の首に小さな爪を振り下ろしていた。


 小さな爪から出たとは思えない、激しい衝撃音が辺りに響き渡る。ガラスが割れたような音がしたから、ミストは聖女の結界を爪の一振りで破壊したのかもしれない。

 確か聖女の結界は物理攻撃も魔法攻撃も通さないんじゃなかったっけ? 当の聖女サヤカも信じられないと言った顔をしている。


 魔王子がその音に驚いて振り向いたところを見ると、魔王子もミストの動きについていけていないようだった。


 そこでミストが聖女に向けて魔法を放った。おそらく、雷魔法第2階位"シャイニングボルト"だと思う。


 聖女は慌てて自分に結界を張って防いだようだけど、またガラスが割れる音がして、聖女の白いローブの端が焦げていたわ。


 それどころかミストの方に目を戻すと、左腕を押さえる魔王子が目に入った。その左腕は肘から先がなくなっていたの。それを見たミストがニヤリと笑ったような気がしたわ。


 もう何が何だかわからない。


 ミストは素早く魔王子から距離を取ると、今度はその背後に数十本のストーンニードルを浮かべた。しかも、その半分は先端が聖女の方を向いている。


「おいおい、うそやろ……」


 先程までの余裕は何処へやら。左腕を押さえ、額にうっすらと汗を浮かべる魔王子。


(魔人も汗を掻くんだ)


 思考が停止した私はそんな感想しか出てこなかった。


『ギュルルルル!』とものすごい音を出しながら、石の針、いえ最早石の槍ともいえる物体が回転を始めた。ただでさえ当たったら痛そうなのに、あんなに回転していたらどれだけのダメージが出るのだろう。


 そんなことを考えたのも束の間、数十本のストーンニードルが一斉に魔王子と聖女に襲いかかる。


「ガガガガガ!」


 その瞬間、周囲に張り巡らされていた嫌な感じが消えた。どうやら聖女はこの辺り一帯を覆う結界を解除したようね。

 先ほどのことと合わせて考えると、おそらく聖女が一度に張れる結界は2つが限界なのだと思う。


 だから聖女が自分に結界を張った時、魔王子の結界が消えて、その隙にミストは魔王子の左腕を切り落としたんだわ。

 そしてその考えを確かめるために、ミストは敢えて2人同時に攻撃し、大規模結界を解除させたんだと思う。


 結界がなくなったことで、スノウが帝都に向けて飛び立とうとしたんだけど、すぐにまた戻ってきた。

 私は召喚主だからわかってしまった。ミストがスノウに『余計なことはするな。黙って見てろ』と言ったであろうことに。


 聖女と魔王子は、防ぎきれなかったストーンニードルに全身傷だらけにされていた。

 怪我の具合が魔王子の方が大きかったのは、結界の強度に差があったからだろうか?


 慌てて聖女が回復魔法を使って傷を癒やしているが、魔王子が聖女に向かって文句を言っている。やれ、俺の結界の方が薄かったとか何とか。


 聖女の方も負けじと言い返している。回復魔法を使える自分の方を守るのは当たり前だとか何とか。まだそんな余裕があるんだ。


 それにしても、さすがは聖女。2人を同時に回復しているにも関わらず、凄まじい治癒力だわ。いつの間にか魔王子の左腕も元に戻ってるし。


「さて、お前は一体何者なんだ? ただの黒猫じゃないな」


 回復を終えたハヤトが、ミストに問いかける。あれほどやられても、未だ戦意は衰えていないようだ。


 だけど、ミストはそれに答えることなく静かに毛繕いをしている。


「なめてんのか!? ここからが俺の本気だぞ!」


 ミストの態度に激昂したハヤトが駆け出そうとして、前につんのめって転んだ。何が起きたのかはわからなかったけど、ハヤトの膝から下が元いた場所にポツンと残されていた。


「土に雷に風まで。あんたいったいなんなのよ!?」


 サヤカがヒステリックや叫ぶ。どうやらミストが風魔法の何かで、ハヤトの足を両断したみたい。全く気がつかなかった……


 叫び声を上げた聖女は、すぐに回復魔法を唱えようとして固まった。彼女の肩の上に乗っている黒猫の爪が、その白くて細い首筋に赤い線をつけていたから。


 両足を失ってもがき苦しむ魔王子と、真っ青な顔でうずくまってしまって、何かをぶつぶつ呟いている聖女。



 その2人が突然、ハッとしたように目の前に立つミストに目を向けた。


 その様子を見るに、やっぱりミストが2人に話しかけているんだと思う。確か"念話"っていうスキルがあったはず。上位の魔物しか持っていないはずだけど、今のミストを見たら持ってて当たり前って感じがする。


 まさかミストがこんなに強いだなんて知らなかった。ただのかわいらしい猫だとばかり思っていた。召喚主失格かな……

 

 ミストと2人は随分と長い間話をしていた。途中で聖女が治癒魔法を使い、魔王子の傷を癒したり、両足が復活した魔王子と聖女がミストの前で正座をし、何やら神妙な顔つきで頷いたり、驚いたりしていた。


 私はその間、魔王子の魔法で倒れたアルマンディさんとジャックさん、カイオンに治癒魔法をかけ、自力で復活したスパークも合わせて、みんなで黙って成り行きを見守っていた。


 しばらくして、話し合えたのかミストが私の元へとことことやって来た。そして……


〈ごめんね、オーロラ。ずっと正体を隠していて……〉


 頭の中に優しい声が響いてきた。この感覚は覚えている。レッドドラゴンが念話を使ってきた時と同じだ。違うのは、頭に響く声がとっても優しかったということだ。


 ミストが正体を隠していたということより、ミストの声が聞けたことが嬉しくて、不覚にも嬉し涙を流してしまった。

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