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 翌日、買い物に行くなら一緒に行きましょう! とティアルナさんと町へ出ました。

 必要だと思われるものの買い物が終わったあとも、少し歩きましょうと言われて目的もなく店を見て回ります。


 なんだか、ちょっと照れくさいです。

 どなたかと一緒に買い物をしながら町を歩くなんて、なかったことなので。


 いつもは通らない細めの通りに入っていくと、全く違う町にいるようです。

 大きな商会の店だけでなく、小さい露店のような店もあります。

 いろいろな領地の方々が来ていて、狭い場所を借りて売り場を作っているのですって。


 そういうお店は期間限定で、珍しい物や掘り出し物もあるのだとか。

 ルリエールさん達が他の領地のことにお詳しいのは、こういう店でお買い物の時に店の方とお話ししたりするからなんですね。


「ヒメリアちゃん、これ! 可愛いわよ!」

「まぁ、素敵な髪飾りです!」

「いつも着けている駒鳥石のも良い色だけれど、ヒメリアちゃんの髪には赤も似合うと思うのよ」


 そう言って髪にあてて見てくださったのは、赤い透明な石がちりばめられていて可愛らしい花が象られたものです。

 似合うかどうか……なんて、あまり考えずに使っていたのは、ディルムトリエンにいた時に唯一持っていた髪飾りでした。


 オルツで綺麗に浄化していただいた時に、こんなにも美しい青い石だったのかと驚いたものです。

 確か、五歳の時に乳母がくれた物……だと思うのですが、よく覚えていません。

 くすんでいて汚らしい石だったので、わたくしが着けていても取り上げられなかったくらいですから、大したものではないのでしょう。

 ……この青い石は『駒鳥石』というのですか……初めて知りました。


「ずっと制服だけなんだから、ちょっとだけでも装いを楽しんだ方がよくってよ?」


 ティアルナさんにそう言われて、楽しむための装い……というのを初めて考えるようになりました。

 わたくしはその赤い石の髪飾りと、銀細工の押さえ留めふたつを買って持っていくことにしました。


 嬉しい。

 なんだか、もの凄く楽しい。

『必要だから』ではなく『楽しむため』の買い物なんて、思いつかなかったわ。

 それに、ティアルナさんと一緒だからか、いつもは全く目に止まらない物も沢山見つけることができました。


 あら、ここはタセリームさんの店だわ。

 刺繍糸や針、刺繍布も何種類か買って、それをまとめて入れておく小箱も。

 ……なんだか、変な物も売ってますのね。

『蛙』という生き物を象った置物があって、不思議なものもちらほら。


「やぁ! この間、刺繍糸を買ってくださったお嬢さんだね!」

「綺麗な金赤で、素敵でしたわ。買い足したいと思っておりましたの」

「あの色は僕も大好きだから嬉しいよ! 同じ『茜草染め』の金赤がこれで最後なのですよ。入って来る予定の糸が、オルツでまだ止まっていましてね……」

「まあ、この間と同じものが欲しかったので、是非いただきます」

「ありがとう! 今度入って来るものは新しい染料になるから、そちらも期待していてください!」


 金色でもいろいろな色味があるのだとかで、新しく入る刺繍糸をこの後オルツで仕入れるのだとか。

 オルツということは、他国で作られている染料が船で届くのかしら?

 そちらも楽しみですけど……わたくしが見られるとすればきっと来年ですね。

 ティアルナさんと、いろいろな刺繍糸を沢山買ってしまいました。

 何を刺そうか、考えるのがもの凄く楽しみです!


「あ、そうだ、これをどうぞ」

 袋に入れてくださった刺繍糸を渡されるときに、一緒に小さい鎖の輪がついている物を渡されました。緑の石で作られている……蛙?

「この『緑の蛙』はお守りなんですよ。幸運の、ね」


 ふふふっ、可愛らしい小さい蛙です。

 幸運……なら、ちょっとだけ期待して服の衣囊に入れておくことにしましょう。


 ここら辺の店はずっと同じ店があるというわけではありませんから、試験が終わって戻ったら……いらっしゃらないかもしれません。

 だけど、お店の目印に使われていた小燈火が、もの凄く可愛らしい形でしたから他の町でもこの燈火と蛙……を探したら、またお会いできるかもしれませんね。


 他にもティアルナさんとあちこちを目的もなくただ楽しんで歩き続け、戻る頃には空が夕焼けで赤く、染まっていました。


「ヒメリアちゃん、また一緒に買い物に行きたいわね」

「はい!」

「あなたなら、絶対に受かってしまうわねぇ……」


 受かってしまう……って、残念そうに言わないでくださいませ。

 まだまだ、油断はできないのですよ。

 なにせ、どこよりもお強い上に厳しいと噂のシュリィイーレ隊での試験なのですから……


「いいこと? 受かって、衛兵になったとしても、王都に来たら絶対にうちに来るのよ?」

「……はい」


 衛兵になったら、その領地から別の場所へ行くことは難しいでしょう。

 だけど、王都なら訪れる機会もあるかもしれません。


「衛兵隊が嫌になったら、いつでも帰っていらっしゃい。いいわね?」

「はい……」


 帰って。

 ここに『帰って』来なさいと、そう言っていただけて涙が出て来てしまいました。

 ティアルナさんが、わたくしを抱き寄せてくださるからもっと、止まらなくなってしまいます。


 皇国に来てから、わたくしはもの凄く泣き虫になってしまったみたいです。

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