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 今日の移動は、サファナからロンデェエスト中央近くのべルテアまで馬車で走ります。

 そして、その町から馬車方陣を使って、ロンデェエストの西側の町、ラクリアまで。


 ここでもう一泊して、翌日は朝からずっと馬車移動で夕方にシュリィイーレ……

 ラクリアから西に行く馬車方陣というのは、ないのだそうです。

『辺境の町』に行く……という感じが出て来ましたね。


 ベルテアの近くは小麦畑が広がっていて、この時期は既に収穫も終わっておりますから景色としては退屈です。

 ……眠ったら……まずいですよね。

 皆さん、結構堪えて……あら、ふたりほど眠っちゃっていますね。


 なんとか眠らずにすみ、馬車方陣をくぐってラクリアに着きました。

 ラクリアの宿は、わたくしが予備試験前に泊まっていたカタエレリエラの宿とよく似ています。


 食事は全て宿の食堂で用意され、外出は認められておりません。

 まだ明るいのに、残念ですね。

 ロンデェエストの緋色の制服を着た女性衛兵隊員の方、見たかったのですけれど。


 食堂で皆さんの話に耳を傾けると、どうやら男性達はふたり部屋のようですね。

 女性達は……あら、ふたり部屋と三人部屋?

 推薦の方々がふたり部屋で、予備試験組が三人部屋のようです。


 なるほど、こんな所でも微妙な格差があるのですね。

 昨日もそうだったのかしら?

 自分がひとり部屋だったから、気付きませんでしたけど。

 ……わたくし、絶対にお友達とかできなさそうですね……


 暫く部屋で休んでいましたが……気付いたら眠っておりました。

 夕食のしらせがなかったら、夜中にお腹を空かせて起きてしまったかもしれません。

 食堂に行きますと何人かが欠伸をしていらしたので、皆さんもうたた寝をしていたのかもしれませんね。


 運ばれてきた夕食に、推薦組の方々がブツブツと文句を言っていらっしゃるみたいですが、お嫌いなものでも入っているのでしょうか。

 男性達も、推薦組は好き嫌いが多そうですねぇ。

 お食事に毒が入っていないだけでも素晴らしいのに、贅沢なことです。


 今、わたくしと同じ卓には、どなたもいらっしゃいません。

 なんとなく寂しさを感じてしまうのは、バーラムトさんのお宅での食事が賑やかだったせいかしらね。

 少しずつ、わたくしの中の感覚が変わってきているのかも。

 また暫くは、ひとりの食事というのを楽しまなくてはいけないかもしれませんね。


 夕食後はすぐに部屋へと戻るように促され、今日も特にどなたとも会話なく移動の二日目が終了いたしました。

 うっかり……食べ過ぎてしまいました。

 裏庭とかの散歩も……駄目ですよねぇ。

『外出』が禁止なのですもの。

 ちょっと部屋の掃除でもして、腹ごなししないと苦しいですわ。


 どうしても、出されたものを全部食べきらないと不安というか……もうちゃんと、次の日も食べられるというのに。

 次にいつ、まともな物が食べられるか解らなかった頃みたいに、あるったけ食べてしまう癖が抜けておりませんわ。



 翌朝、集合したのは……二十人だけでした。

 ふたり、足りませんが、何かあったのでしょうか?


「昨夜、外出禁止と言い渡していたにも拘わらず、町に出た者が二名いました」

 あらら……


「その者達は試験中勝手に離脱したことにより、失格。即時帰郷となります」


 ざわわっ、と全員……ではありませんね。

 この道中が既に試験中であると自覚していた数名以外の、ざわめきが起きました。

 不満を持つ者達を察したかのように、親切な説明が入ります。


「王都で制服を渡した時に言ったはずです。『ここより最終試験』と。私の言うことを碌に聞きもせず、心にも留めていませんでしたか?」


 ぐるりと視線を泳がし、先ほどまで今にも抗議の声を上げそうだった彼等を見渡していらっしゃいます。


「我々は『引率』ではない。王都での試験会場にも、この徽章を付けて立っていたでしょう? 『試験官』として」

 そしてもうひと方からも、お優しい忠告。

「既にこの二日で、幾人かに減点が付いております。道中のことは全てシュリィイーレ衛兵隊の試験官達にも通達され、総合的な合否判断の材料となります」

 若干、下を向いてしまっているのは、心当たりのある方々でしょうか。


「騎士に求められるものは『身分階位遵守』と『規律厳守』であり、自主性や冒険心ではありません」


 夜中に外出した方々は、推薦組の男性二名。

 どうやら宿の食事が口に合わず、町に勝手に食事に行ったらしいです。

 しかし、戻った時には宿の中に入ることができないように鍵が掛けられており、一晩中、外でお過ごしだったようで……今も、窓越しにこの広間を見つめていらっしゃいます。


「わたくし達より、シュリィイーレ隊……特に、衛兵隊長官のセラフィエムス卿は厳しいお方です。この程度で減点になっていたら、すぐにでも脱落してしまいますよ」


 ……!

 そうだわ、セラフィエムス卿がいらっしゃるのだわ!

 あの『迅雷の英傑』が!

 わたくしに勇気と希望を与えてくださった、あの詳録のご本人にお会いできるのだわ!

 今更ながらに、興奮してきてしまいました。

 己に大変厳しいお方だと、誰もが仰有っていました。

 それを、わたくし達にも求めていらっしゃるのかもしれません。



 全員馬車に乗り込むように指示があり、表に出た時に閉め出されていたふたりが試験官に駆け寄ります。

 ……当然、何を弁解したところで聞き入れてはもらえないでしょう。

 試験官の冷静な声が聞こえました。


「あなた達の荷物から、既に研修生用の制服は回収いたしました。シュリィイーレに入ることは認められませんので、このまま自力で帰郷なさい」

「あ、あのっ、あ、あとから追いつけば……」

「あなた達は既に失格です。失格者は来年の受験はできませんので、もし再度受けるのでしたら再来年以降です」


 そうだったのですか。

『不合格』だと、来年また受験できるのに『失格』は一年間受験資格がなくなるのですね。

 これは絶対に『失格』などして、追い返されたりしないように気を引き締めなくては!


 しかも、帰郷は自力……ですか……

 怖ろしいことです。

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